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道筋(9)

 酒場『グリフォンの羽根』は本日休業にした、とリザさんが言っていた。彼女曰く、元々情報屋の稼ぎをメインにしているので、数日開店しないくらいでは痛くも痒くもないらしい。

 そのおかげで俺とミアは夜になってもそのまま一階の床で寝かせてもらうことが出来た。エレックとアークはリザさんと一緒に、店の二階にあるという生活スペースで寝ることになった。


 皆が寝静まった夜、俺は酒場の天井の木組みの梁と柱を眺めながら、寝付けないでいた。容態が急変したときのためにも、灯りは念のために少しだけつけておいてもらっている。ランプの頼りない光が天井に梁の影を投影して揺らめく深夜。


「……はあ」


 俺はため息をついた。ズボンのポケットに手を突っ込むと魔法陣の設計図に指先が触れる。その度に俺は考える。

 俺は今、『自分のため』に人を殺せるのか、という覚悟を問われている。……それを思う度に迷いが浮かんでしまう。

 視界を天井から横にずらしていくと、隣で寝ているミアの顔。彼女はうつ伏せのままでぐっすりと寝息をたてていた。俺はそれを見て再びのため息。


 ミアは人を殺した。そして今日、アークを前にしてその罪と向き合うことになってしまった。

 俺がソラたちの中の誰かを殺したあかつきには、ミアと同じく罪に向き合う必要が出てくると思う。しかも、彼女は洗脳のせいだけれど、俺は自らの意思でそれを行おうとしている分、よりたちが悪い。

 その罪悪感に、俺は耐えきれるだろうか。その覚悟はまだ、定まらずにいる。


 答えのない問いに考えを巡らせていると、二階から物音がして、階段を下りてくる足音があった。階段の方を向くと、寝間着姿のリザさんが下りてきていた。

 彼女は俺と目が合うと「まだ起きてたのか」と小さな声で言って顔をしかめた。俺は苦笑する。


「寝付けなくて……。こんな時間に、どうかされましたか?」


「少し喉が乾いてな。傷の具合はどうだ?」


「痛みますが、なんとか。……回復魔法が使えたら楽なんですけど」


「そういえば、魔法は使わないんだな。……ソラからの話だと、高度な回復魔法も使えるという話だったが」


「ええ。……使えなく、なってしまいました」


 俺は胸元のペンダントに触れる。全く反応しない。力が眠ってしまったというよりも、失ってしまったというべきか。

 リザさんが酒場のカウンターに置いてあった瓶から木製のコップに液体を注いでいく。多分、酒だ。彼女はコップを手に俺の側まで来て椅子に座り、盃をあおった。俺の視線に気がついて冗談っぽく笑いかけてくる。


「寝酒だ。飲むか?」


「いえ、未成年なので……」


 言ってから、未成年飲酒に関する法律や制度が元の世界のものであると思い出して、弁明をしようとする。だが、リザさんは「ああ。狛江ソラたちもそんなこと言ってたな。『そっちの世界』の法律だったか」と先回りして続けた。彼らがリザさんのところに泊まっていた時に元の世界について少し話したのだろう。

 ……今頃、彼らはどこにいるんだろうか。疑問に思ってから、俺は一度ミアの方を見て彼女が寝ているのを確認し、リザさんに向き直った。


「……情報屋のリザさんに相談があるんです」


「……相談?」


 リザさんは怪訝そうな表情になる。俺はうなずき返した。


「はい。……橋山一樹たちの居場所を教えてほしくて」


「……知って、どうする」


 彼女の鋭い眼から逃げないように、目を合わせたまま俺は答える。


「俺は王城にあるイッソスの部屋で、『アクセサリー』についての情報を得ました。それを一樹に……橋山一樹に知らせたい」


 リザさんは「成程……」と唸り、それからぽつり、と、話し始めた。


「……今、彼らは西の果ての港湾都市であるヤマトに向かっている。将軍ラルガがクーデターを画策していると、情報が入ってな」


「クーデター……」


 日本にいる限り、聞くことのない単語だった。クーデターというからには、将軍である軍部のラルガさんがバルク王を打ち倒すために行動していると、そういうことだろう。……ラルガさんの軍隊にいたラーズもそこにいるんだろうか。

 リザさんは話を進めていく。


「まだ王宮にも入っていない情報だろうな。しかし、事実だ。彼はヤマトと、その隣にあるヒュルーの魔導石鉱山を抑えたという話だ。ハリアでもサターンの指揮のもとに蜂起はあったみたいだが、それは義勇軍が潰している」


「ハリアでも、ですか?」


「ああ。ハリアではソード家の家督であるマーカスが義勇軍の指揮を執って抵抗した。そして、そのままさらに義勇兵を募ってヤマトへ攻め込むという話が出ている」


「マーカスさんが!」


 聞き覚えのある人名を聞いてつい、声が大きくなってしまう。マーカスさんが動いているということは、同じくユリウスさんやエリスさんも立ち上がったに違いない。三人とも無事なら良いけれど。


「そうか、闘技大会に出ているなら知っているか。……橋山一樹は狛江ソラたちと共にその義勇軍に参加する、と言って王都を発ったよ。今朝の話だな」


 そう言ってリザさんは話を締めくくる。俺は彼女から天井に視線を移した。


「そうですか……。教えてくれてありがとうございます。助かりました」


 一樹は危険なことに足を突っ込もうとしている。それも全て、元の世界に戻る方法を探るためだろう。彼は因果の解消……つまり、『この世界に喚ばれた理由の解決』を行うことで元の世界に帰れるのではないかと考えていたはずだ。

 その説ももしかしたら正しいのかもしれない。でも、俺も俺で、可能性を感じる帰還方法は見つけた。……それが、犠牲を伴うものだとしても。


「……ハリア、か」


 俺も向かおう。明日には出発したい。全身の怪我もそう深くないし、全部治ってからだと追いつけなくなってしまう可能性がある。

 それに、クーデターの発生と、それに対抗する義勇軍の衝突が始まったらいよいよ本格的な内戦状態への突入だ。いずれ王国も軍隊を派遣するだろう。……戦争が始まってしまう。もたもたしていたら彼らも戦いの最中で死んでしまうかもしれない。


 そこまで考えて、自嘲気味に笑う。


 ……いや、それは無いか。ソラたちはあれだけ強力だったフルの攻撃にも耐えたのだ。本当に、あの力も仲間も、『羨ましい』。


「……っ!」


 そんな風に考えて、その感情を慌てて抑え込む。ソラたちに対して嫉妬してしまった。この感情は殺さなきゃいけないんだった。王宮の隠し部屋で出会ったあの青い影……イッソスという人物もそう言っていただろう。

 あまり考えすぎない方が良い。そのためにも、やっぱり体を動かすのが良いかもしれない。

 俺は痛む体を無理やり起こす。旅支度だ。一度エレックの隠れ家に戻って荷物をまとめて、明日には出発出来るようにしなきゃ。


「あの、俺、そろそろ――」


「――阿呆か」


 リザさんがその手に持っていた木製のコップで俺の頭を上から小突く。俺は小さな悲鳴を上げて頭を抱えた。


「その怪我で動ける訳がないだろう。野垂れ死にだ。それに、エレックとミアには話さないで出ていくつもりか」


「……これ以上、巻き込めません」


 本音だ。彼らにとって避けたい場所であるハリアにも行かなきゃいけないし、戦争となったら命の危険だってある。本当に色々と感謝をしているからこそ、そんなことに彼らを巻き込みたくはない。

 リザさんは呆れたようにため息をついて、コップの酒を飲み干してから言う。


「……はあ。まあいい。そんなに行きたいなら行けばいい。ただし、私も折角救った命が早々に散るのを見るのは忍びない。……明日の朝まで待て。そしたら少しは動ける体にしてやる」



 リザさんに言われた通り、俺は翌朝まで酒場『グリフォンの羽根』で体を休めた。リザさんは見張りのつもりなのか、あの後二階に戻らず一階で椅子に座ったまま眠りこけていた。俺もそれを見て逃げ出せないことを察し、諦めて眠った。


 そして、まだエレックもアークも階下に下りてこないような朝早い時間帯に、酒場の扉を叩く者があった。

 リザさんと俺はノックの音に目を覚ます。リザさんはあくびを噛み殺しながら入り口の扉を開き、一人の男を店内に招き入れた。


「リザさん、お使い行ってきましたよー……て、うわ、輝か、どうしたこれ」


 入ってきたのは手のひら大の小包を持った大男。……クーリだ。彼は包帯まみれの俺を見て驚いている。


「あ、クーリさん。……どうも。昨日ぶり、ですね」


「一体何があったんだ、これは」


 俺の方に近付こうとする彼の肩を掴んでリザさんが引き止める。


「お前は知らなくていい。さっさとそれを寄越せ。報酬はやる」


「ええ、ひでえなあ……。ま、こっちは貰えるもんが貰えれば良いんですけどね」


 リザさんにそう言われたクーリは彼女が差し出す金貨袋と引き換えに、持ってきていた小包を渡す。中に何が入っているのかはわからないが、高価なものだろう。

 そしてクーリは――リザさんに追い出されたのが理由だろうが――早々に『グリフォンの羽根』を後にしようと踵を返して扉に向かう。だが、ドアノブに手をかけて出ていくその前に、俺に視線を向けた。


「……輝。仕事仲間のよしみで教えるが、結構衛兵が本気だぞ。見つかんないように気をつけろ」


「わかりました。……ありがとうございます」


「じゃ、養生しろよ」


 クーリは笑顔になると、せかせかと店を出ていった。遅れて扉が閉じて、店内には俺とミア、リザさんが残される。

 そういえば王宮で手紙を届けてくれたのはクーリだった。リザさんとつながっているのは間違いない。情報屋は仕事の都合上、本来は知ってはいけないことも知ってしまう危険な仕事でもある。リザさんはエレックを拳固で殴れるほどの豪傑とはいえ、女性だ。クーリのような協力者が必要なのだろう。

 ……そんな協力者が持ってきた小包はなんだろうか。俺は気になってリザさんの手にあるそれを見る。俺の視線を気にもせずにリザさんは小包をテーブルの上に置いて、広げる。小さな木箱が二つ入っていた。


「……良し。それじゃあ早速使ってみるか。……の前に」


 彼女は上階に向かって顔を上げた。


「おい、エレック。アークを起こして下りてこい」


 リザさんと、彼女にどやされて慌てて起きてきたエレックとアーク。そして、その騒がしい物音に目を覚ましたミアを含め、五人が揃うと、リザさんはその木箱を手に持ってミアの近くまでやってくる。

 彼女は木箱の蓋を外し、中身を取り出す。錆の浮いた如何にも骨董品な金属製の腕輪と、……見覚えのある、黒い石。


「これって……」


 昨日の奴隷商が使っていたものと同じく、爪の先程度の大きさの黒い光沢がある石。全身の生傷が痛みだすような気がして顔をしかめてしまう。


「魔導石と、回復魔法の魔法陣が入った骨董品うでわだ」


 リザさんはそう説明すると、腕輪にある窪みに黒い石をあてがってからミアの側に座り込んだ。そして、戸惑うミアを無理やりうつ伏せに寝かしつける。


「リザ! 乱暴は……」


「黙って見ていろ」


 文句を言いたげなエレックをひと睨みして黙らせ、ミアの背中に腕輪をかざす。すると、腕輪からターコイズブルーに近い水色の淡い光が溢れ出し、ミアの背中の傷跡がどんどん治っていく。……回復魔法だ。


「輝、お前も寝ろ」


 ミアの傷を治しきったリザさんに言われて仰向けに横になる。同じ様に腕輪がかざされて、俺の傷も治っていく。

 昨日言っていた『動ける体にしてやる』というのは、これだったのだと思い出していると、硬い音と共に腕輪にヒビが入り、粉々に砕けてしまった。


「ちっ。壊れやがった」


 リザさんは悪態をつきながら、それでも「こんなところか」と満足気に言った。


「……ありがとうございます。これ、どこで」


 リザさんは口元に弧を描いて微笑む。


「そりゃ秘密だ。知りたきゃ情報料を払ってもらう。……ま、いいさ。さっさと水浴びでもしてこい」



 全身の傷を治してもらった後、俺はグリフォンの羽根のカウンターの裏にある浴室で冷たい水を浴びて汚れを落とした。二日くらい水浴びをしていなかったので、汚れを落としたらとてもスッキリとした気分になった。

 考えなきゃいけないことも、状況も変わっているわけではないが、それでもこうやって汚れを落とすのは人間にとっては重要なことなんだろうな。

 水浴びを終えた俺は、四人と飯を食う。パンとサラダを胃の中に放り込んでいくと、体に活力が戻ってくるのを感じた。


「……良し」


 食事を終えてた俺は木皿を流しで洗い、考える。これから俺はハリアに向かう。そこでソラたちに合流できれば良し、難しければ……そのままにしにあるという港湾都市ヤマトを目指す。

 ……もう、ミアとエレックに頼るつもりはない。一人で行くつもりだ。だけど馬鹿正直にこのことを話したら二人ともついてきてしまうような気がした。それほどまでに彼らはお人好しなのだ。


 だから、バレないようにこの場所を去らなければならない。


 洗い終わった木皿を乾燥棚に置いて、酒場のテーブルに戻る。リザさん、アーク、ミア、エレック。四人とも雑談をしている。……どうやって切り出したものかな。

 逡巡していると、皿洗いが終わったことに気づいたリザさんが俺の方を一瞥した。


「皿洗いご苦労、少年くん。……それで、この後はどうするつもりだ? まさかこのままずっとここにいるわけでもあるまい?」


「あ、……えっと」


 余計なことを言われてしまった。

 彼女は俺が一人でこっそりと抜け出そうとしているのを知っているはずなのに、なんであえて俺の今後の話をふっかけてくるんだ。

 俺がどう言い訳しようかと考えていると、ミアが話に横入りしてきた。


「……輝、昨日の夜、ボクも起きてたんだ」


 彼女の言葉を聞いて俺は諦めた。聞かれていたのならどれだけ言い訳しても仕方ないだろう。「そうか……」と相槌を打つと、ミアは話を続けた。


「全部、聞いてたよ。……何も言わないで一人で行くつもりだったんだよね。ボクたちを置いて」


「……でも、ここからは戦争だ。無事じゃ済まないかもしれない。それに、ハリアにも行く。……二人を巻き込むつもりはないんだ。だから、こっそり出てくつもりだった」


 ミアに説明する。『こっそり』は難しくなってしまったが、ここからは一人で旅を続けるという俺の意志は変わらない。二人を巻き込みたくない。

 彼にとっては初耳の話も多かったのだろう、驚いた様子でエレックも話に入ってくる。


「少年、ちょっと待て。話が見えないぞ、どういうことだ」


 俺はエレックの方を見て、昨日のリザさんの話を思い出しながら説明し始める。


「俺はこれから、大陸の西にあるっている港湾都市のヤマトに向かう。途中でハリアにも行く。一樹が向かっているらしいんだ。……前にも言ったとおり、俺は一樹に会いに行かなきゃいけない」


「じゃあ、俺も行くぜ。……ミアも、行きたいんだろ?」


 すかさず返ってくるエレックの言葉。彼はミアにも同意を求める。話を振られたミアも「うん」と一言言い、頷いた。


 ……そう言うと思っていた。だから、言わないようにしたかったのに。


「嬉しいけど、さっきも言ったように危険なんだ。ハリアにも行く。それに……俺は、ふたりにここまで良くして貰う程、いい人間じゃない。ひでえやつなんだよ。嫉妬に我を忘れてフルに心を侵されたのも見てただろ。昨日だって頭に血が昇ってあんな風になっちまった。しかも、気づいてると思うけど魔法だって使えなくなったから、何かあっても守ることは出来ない」


 俺は、二人にとってのデメリットを話し続ける。

 それでも『俺はソラたちの内の誰かを殺すつもりだ』とは言えなかったのは、二人に嫌われたくないからか。……変なところで、女々しい人間だな、俺は。


「……な? 俺についてきたって、良いことないだろ?」


 一気に言い切って、問いかけた。目の前で二人が黙りこくって、店内にしばしの沈黙が生まれる。

 ……ふたりとも、引いちゃったかな。でも、まあ、仕方ないことだ。

 反論が来ないうちに荷物をまとめて店を出ようと、二人から視線を外す。しかしその直後、重たい空気を破って発言したのは意外にもアークだった。


「……それで、いいのか?」


 彼は拳を握り、上目遣いで俺を睨みつけていた。


「俺は詳しいことなんて知らない。あんたが嫉妬に我を忘れたのも本当かもしれない。……でも、あんたはそれを変えようと思ってるんじゃないのか?」


 アークが話し続ける。


「昨日、あんたは俺に謝ってきた。それは、変われる人間だってことだろ。変われるのなら、嫉妬だって抑え込んでみろよ。……それとも、あの謝罪は嘘で、あんたは変われない人間なのか?」


「俺は……。……」


 アークの言葉に俺は上手く反論出来なかった。突然だったのもあるけれど、アークの言う通りである部分もあるからだ。


「子供に良いように言われてしまったな」


 くつくつ、と声に出して笑うのはリザさんだった。


「一人でいるのは楽だ。アークの言うように変われなくても誰も見ていないからサボり放題だ。だが、誰かが一緒なら、人の目がある。変わる必要がある。サボれないから苦しいぞ。……でも、それから逃げるつもりではないだろう?」


 リザさんまでそう言ってくる。そして、いたずらっぽくまた笑う。


「ふふ。何、すぐに変わるのが難しくても大丈夫だ。エレックなんて中々壊れにくくて優良物件だと思うし、ミアも馬鹿みたいに真面目だからお前のことをそう簡単に見限りやしない。……諦められない分、逆に辛いかもしれんがな」


 俺は不敵に笑う彼女を前にしてまた言葉を失った。そうしていると、アークが自信有り気に一歩近づいてくる。


「それに……俺もついていく気だぜ」


「阿呆。アーク。お前は留守番だ」


「なんで!」


 ……だがそれは、リザさんが無理やり押し留めてしまった。彼女はアークを抱きかかえるようにして捕まえて彼の頭を乱暴に撫でる。


「お前は強くなりたいんだろう? 良かったな。エレックを鍛え上げたこの私が直々に鍛えてやる」


「うぐ……離、せよ……!」


 何とか抜け出そうと顔を赤らめて暴れるアークだったが、どんどんと抵抗が弱まっていく。……彼も、ここにいるべきだということは、何となく察しているのだろう。

 リザさんはアークを制圧すると、改めて問を投げかけてきた。


「さて、後はお前の決断次第だ。……どうするか、選べ」


 俺のことを見ているリザさんとアーク。そして、ミアとエレック。四人の目がただじっと、見守るように俺を見ている。

 ここまでされて、それでも主張できる程、俺は強くなかった。だけど、選ぶことから逃げてしまう程、俺は弱くもないつもりだ。

 拳を握り、息を整える。


「……わかった。俺も、アークに言った言葉を嘘にするつもりはない。……ミア、エレック」


 俺は二人に向き直る。金色のゆるいウェーブのかかった髪の間から覗く優しい目と、黒いショートカットの前髪の下にある猫のように丸くて綺麗な目を交互に見据えた。


「迷惑をかけるかもしれない。そしたら、途中で抜け出したっていい。だから、もし良かったら、……俺の旅に、後少しだけ、付き合ってくれないか?」


「……勿論!」


「当たり前だぜ、少年」


 ミアとエレックは笑顔で承諾する。

 途中で何人かが交わりはしたけど、ずっと一人で辿ってきた俺のこの道筋。迷子になったり、覚悟を抱いたりしてきたこの道筋。そこに、はじめての同行者が出来た。俺は少しだけ嬉しくなって、そんなつもりは無かったのに顔を綻ばせてしまう。

 すると、リザさんが両腕からアークを開放して店内を歩き始めた。


「……ふふ。面子は揃ったな。ただし、早速問題がある。今、王都はクーリの言っていた通り、厳戒態勢だ。外は衛兵がうじゃうじゃといる」


 彼女はカウンターの向こう側に行くと、酒瓶が並ぶ棚のうち、一つを壁に押し込んでいく。すると棚が徐々に動いて、壁の向こうへ。何が起きたのかと思ってよく見ると、壁の向こうに暗い通路があった。


「……隠し通路……!」


「こんな仕事をしているからな。いつ権力者に狙われても良いように逃げる準備をしてるんだよ」


 そして、ポケットに手を突っ込んで紙を取り出し、カウンターの上にそれを広げる。一枚の地図だった。


「この道は王都の外にもケイロス家の隠れ家の近くにもつながってる。隠れ家の荷物を回収して、王都を出るんだな」


「ありがとうございます。……行ってきます」


 俺は深い礼を、リザさんに返したのだった。


 こうして俺は、長く滞在していた王都を出発することになった。

 王立図書館では魔法について調べることが出来た。一樹にも久しぶりに会うことが出来た。そして、ソラたちと刃を交え、嫉妬に溺れてフルに負けた。そういえば、その後にはジャックスにも負けたな。

 負けてばっかりの王都だった。それでも、悪いことばかりじゃない。俺には仲間が出来た。ミアとエレックという、頼もしい二人だ。

 それに……何よりも大きいのは元の世界に帰る有力な手がかりを得ることが出来たことだ。犠牲を伴う方法だけど、試すだけの価値がある方法だ。


 今はまだ、『自分の為に人を殺す』覚悟は固まっていないけれど、それでも俺はソラたちを追うことを決めた。

 ……同じ道筋を辿るからにはいつか追いつく。その時、俺はどんな判断をするのだろうか。まだ、俺には想像もつかない。

いつも読んでいただきありがとうございます。

この話で第三章は終了となりますが、輝の旅とともに物語はまだまだ続きますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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