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道筋(4)

 戦わざるを得ない……!

 悔しい思いを懐きながら俺は背中に手をやる。が、武器がない。そうだった。小刀も槍もエレックに預けてしまったので何も持っていないんだ。


「武器は……?」


「これを使え」


 正面のジャックスから投げ渡されたのは短剣。俺は受け取って、彼に視線を送る。ジャックスはにやにやと笑んでいた。


「お前は短剣使いなんだろう?」


「……ああ」


 俺は頷いて、短剣を鞘から引き抜く。綺麗な刃が出てきた。ガルムさんの作った小刀程ではないがしっかりとした作りで、更に値打ちもありそうな武器だ。

 その冷たい輝きに戦いの始まりを感じて一瞬の身震い。


「では……」


 ジャックスが腰の剣を抜く。彼は余裕の現れとでも言わんばかりに懐をあけっぴろげにして片手上段に構える。


「参るぞ!」


 ジャックスはその一声と共に素早く間合いを詰めてきた。俺は戦いに放り出された圧迫感を肌身に感じる。

 迫り来るジャックスの剣。上から下へと真っ直ぐに振り下ろされた刃を左手にある鞘で受け止めた。だが彼の剣を左手一本で抑えきれずに俺は徐々に押しこまれていく。


「う、ぐ」


 このジャックスという男、かなり力が強い。片手じゃ無理だ!


 俺は慌てて、剣を受け止めた鞘を、短剣を握っている右手の拳で押した。相手は右手一本に対して俺は両腕の力を込めている構図になる。

 俺は腕一本の力の差の分ジャックスの剣をどんどん押し返していく。しかしそれもジャックスが剣の柄に左手を添えるまでだった。


「ヌン!」


 ジャックスが気合いと共に力を加えてくると、簡単に鞘を押し返された。駄目だ、全然敵わない。力の込めすぎで腕も震えてきた。

 力で張り合うのは得策じゃないな……。俺は剣を受け流して鍔迫り合いを中断し、後ろに跳んで距離をとる。


「逃げるか?」


 ジャックスは飛び退いた俺を追撃しようと間合いを詰めながら剣を縦に振り下ろしてきた。

 俺は戦いで培ってきた見切りを使って紙一重でそれを避ける。だが、見積もりが甘かった。


「ぐあ……!」


 避けたはずのジャックスの剣が俺の左肩を掠め斬った。俺は反射で今度は大きく後ろへ後退する。肩から赤い水が流れ始めているのがわかった。

 血を見たバルク王や家臣が好奇にどよめく。先程の落ち着いた様子からはかけ離れた狂気の笑顔。流血への安易な好奇心が垣間見えて、俺は厭な気持ちになる。


「やはりジャックスは無敵かなあ……」


 バルク王は満面の笑みでジャックスを見た後、俺に対して嘲笑を突きつけた。家臣たちも皆顔を見合わせて含み笑いをする。

 笑っていないのは俺とジャックス。さらに、加えて恐怖を浮かべてるのは俺だけだろう。力で敵わないのだから当たり前だ。

 力で敵わない……だとしたら、やるしかない。

 俺はペンダントに触れた。一応、闘技大会のルールに従って、光が出ないレベルで身体強化の魔法を体に流し込む――。


「……あれ」


 ――流し込んだ、はずだった。


「……発動しない」


 背筋を冷やりとした何かが駆け抜ける。焦りと、絶望感と、吐き気。


 ああ、そうか。そういうことか。


 意味がないと分かっているのに、俺は自分の胸元にぶら下がる銀のペンダントにもう一度触れる。しかしそれはいつものように光ることも力を与えてくれることもなくなってしまった。

 魔法が使えない。フルを倒したから。拒絶したから。消し去ってしまったから。あの力はもう、俺のペンダントには宿っていない……!

 でも、俺が真理に気づいたところでジャックスの剣が手を休めるわけがない。


「小細工か? 好きにするが良い。それで俺を倒せるのならな……」


 俺に狙いを定めて確実に仕留めにきている。力が使えないことに気がついた俺は恐怖で息が上がっていた。


「はあ、はあ……」


 どうする。今からでも土下座して謝ろうか。死にたくない。どんなにカッコ悪くても死ぬよりはマシだ。その為なら靴の裏でも舐めてやる。

 ……でも、この状況は……許してもらえそうな状況じゃない。どうにかして……どうにかして……。

 焦りでふやけた脳を必死に働かせていたら、目の前でジャックスが笑みを浮かべた。


「微温いな、本当に決勝まで進んだのか?」


 俺の軟弱さを見抜いたような声色。それでも構えを崩さないのだから、本気で俺を殺す気なんだろう。


「くそ、お……」


 また俺は、力がないせいで、勝てない……!

 周りを見る。貴族の笑顔。誰も俺を助ける気はないみたいだ。そうだ。ここにいるのは貴族。俺とは違って生まれながらにして権力という力を持っている。

 俺は違うんだ。何もなかった。権力も才能も。人に誇れるものが無いんだ。どうせ俺なんかに、あいつらと同じく安全地から傍観するなんて権利は無いんだ……!


 ここにいる俺以外は、俺が欲しい力を……生きる権利を持っている。……ずるい。羨ましい。生きる権利が、『妬ましい』。


 俺が心から『それ』を思った時だった。


 ――やっぱり、オレが選んだだけあるな。


 その声は、何の前触れも無しに語りかけてきた。近くて、遠くて、高くて、低くて、クリーンで、ひずんでいて、太くて、細くて、苛々するほど捉えようのない声。

 この声は。


 ――言っただろう。一度溺れた人間が、逃れられると思うなよ、とね。


 この滲み出す嫌悪感……フルだ! あの時『精神世界』で消え去ったはずじゃなかったのか!

 俺は目の前の剣を避けることに集中しながらフルの声に耳を傾ける。


 ――体を、貸してみな。こんな雑魚、すぐに倒してやるよ。


 駄目だ、それだけは! この体は渡せない!


 ――へえ。良く考えろよ。


 俺はジャックスが横に薙いできた剣を短剣で辛うじて受け流す。そして相手と距離をとるために後ろへ。が、俺が後ろへやった足は壁にぶつかった。

 後ろへ下がれない。背後には壁しかない。いつの間にか追い詰められている。

 目の前のジャックスは不敵に一瞬笑うと俺に狙いを定めた。


「終わりだ」


 ――さあ、どうする。終わりだとさ。


 迫るジャックスの剣。嘲るフルの声。


 ――選びな。このまま死ぬか、それとも。


 絶体絶命。俺が何をしようと結果はバッドエンドだ。死か、体の引き渡しか。

 終わりか。終わりだというのか。……ならば、いっそ。

 俺は目を固く閉じ、ひとつの選択をする。


 ……フル! 俺の体を使え!


 ――安心しな、輝。


 声と共に、意識が体から離れていく。俺の、『久喜輝』の体の外の傍らへ意識が追い出される。

 今やフルのものとなった『久喜輝』の目に冷たい色が浮かび上がるのが、見えた。


 ――オレは負けない。


 ジャックスが俺を、『輝』を仕留めるために突いた剣は『フル』短剣を振り抜くことによって弾かれた。ジャックスの馬鹿力を弾き返すなんて、腕力を魔法で強化したに違いない。

 フルは次いで右足で中段蹴りを放つ。ジャックスは数歩下がってそれを避けた。


「ハッ! こんな雑魚に手間取ったとはな」


 さっきから、体が勝手に敵の攻撃を弾き、中段蹴りを放り込み、挑発的な言葉を口にしている。俺が、体をフルに明け渡した。これはその結果だ。

 ジャックスはいきなりの『俺』の豹変に動揺してさらに距離をとった。


「一体何をした……!」


 ジャックスの口調に微かに震えが交じる。動揺と……恐怖の色だ。


「さあなあ。……そんなにビビんなよ。震えてるじゃねぇか」


「……くっ! 怖じ気づいてなど」


 ジャックスが反論しようとした瞬間、ジャックスの右の手にある剣に亀裂が入った。さっき弾いた時の衝撃が原因だろう。フルは随分と、人の武器を壊すのに慣れているからな……。


「馬鹿な……!」


「馬鹿じゃねえ。終わりだよ」


 さらなる動揺で大きな隙を見せたジャックスの懐に瞬時に潜り込んでフルは笑う。この速さも、身体強化だ。そしてフルは短剣をジャックスのヒビの入った剣に打ち付けた。

 短剣を打ち付けられたジャックスの剣は、衝撃で簡単に砕かれる。


「あ、が……」


 剣を折られたショックで呆けた様に口を開けるジャックス。近衛騎士が折られたのはその剣だけではないみたいに見えた。

 フルは彼の間抜けな表情を堪能したあと、ジャックスの腹に思い切り蹴りを入れてぶっ飛ばす。ジャックスはそのまま謁見の間の端の方まで転がっていった。


「魔力がありゃあ身体強化なんて簡単なんだがな……輝には出来ないだろう」


 小声でフルが俺に話しかける。身体を動かす権利を持っていない俺は、答えることも何も出来ずにいた。


「……さて」


 砕かれた剣の刃が散らばってきらりと光る玉座への道。遮る者のいなくなったその道をフルは短刀をだらしなく構えながら堂々と歩む。


「へえ。何代も経た割にはバルクの面影があるんだな。……まあいい。さっき言っていた話だ。俺の願いを叶えさせて貰おうか」


「わ、わわかった。願いを叶える。だからその短剣を下ろしてくれ」


 バルク王は恐怖に顔をひきつらせながら、壊れたおもちゃのように首を縦に何度も振った。

 フルは薄笑いを浮かべながら短剣をそこら辺に棄てる。そして同時に『風の刃』を天井に沢山ぶら下がっているシャンデリアのひとつに向かって放つ。

 シャンデリアは風で炎が吹き消され、刃の威力で粉々になりながら床に叩きつけられた。


「武器なんて、あってもなくても変わらないな……そうは思わないか? 衛兵さん」


 そう言ってフルは背後を振り返る。先ほど謁見の間の扉にいた衛兵が槍をこっちに向けて固まっていた。

 背後から仕留めるつもりだったんだろう。……フルには見抜かれていたみたいだけど。


「妙な事はしないことだな。……まあいい。俺の願いは一つ、俺を王宮内にある『イッソスの部屋』へ連れていけ」


「い、イッソスの部屋、だと?」


 バルク王が酷く狼狽する。何の部屋だかわからないが、都合の悪いものでもあるのだろうか。

 フルはそんなバルク王の慌てふためく様子など気にも留めない。


「そうだ。部屋の中のものを頂く。……さあ! 早く案内しろ!」


 フルが怒鳴ると狼狽えるバルク王に代わって、側近とおぼしき老齢の家臣の一人がフルの前にひざまづいた。


「わかりました。私についてきてください」


 側近はそう言うと踵を返してバルク王が泡食って座っている玉座の後ろの壁へと歩いていく。複雑な装飾の壁の一部にある穴に側近が懐から取り出した鍵を入れると壁の一部が音を立てて崩れた。

 崩れた箇所の奥は真っ暗だが通路のようになっている。隠し部屋というわけか。


「この奥で御座います」


「ご苦労さん。この先の案内はいらない。俺一人で行く」


 フルは肩の傷の血を魔法で止めて、その暗い通路へ入っていった。

 壁の中の通路は暗かったが、フルが銀のペンダントから光を出して明かりを確保していたので歩けなくはない程度には周りが見える。

 相も変わらず勝手に動く体。俺はそれを背後霊が如く、傍らで眺めていた。


 ――ああ、俺の選択は本当に正しかったのかな。そもそも何でフルが復活してしまったんだ。


「お前のおかげだよ、輝」


 驚いたことにフルが、俺の口を使って返事を寄越してきた。


「お前が『嫉妬』に心を埋める事がある限り、オレに終わりはあり得ない」


 ……そうか。劣等感に嫉妬に、そういう感情を持つ限りは結局逃れられなかったのか。

 俺は確かにジャックスに殺されかけた時に『嫉妬』の感情を抱いた。あれがフルの復活の引き金になっていたんだ。

 ……もう一度、意思の疎通をはかってみよう。


 ――なぁ、フル。……体を、返してはくれないか?


 ふん、と鼻で笑われた。


「図々しいな。助けてやったんだ。文句言うなよ」


 厄介な事になってしまった。自分で選んだこととはいっても……。このままじゃ一生、体が戻ってこない。

 何か方法は無いのか……。

 今回は以前のように『精神世界』に封じ込められているわけではない。『精神世界』であれば、フルを倒せば体を取り戻せるというのに。

 悔しさを胸に抱いてそう考えていたら、フルは「残念だったな」とぼやいた。


「オレも今は力が足りねえ。あんなに豪華な空間は用意してやれねえんだよ。まあ、そのおかげで輝が何も出来ないってなら、幸運だったな。皮肉でもあるが」


 ――お前は、何が目的なんだ?


 フルはめんどくさそうな表情をする。


「傍らに置いとくってのは、うるせえのが玉に瑕、か。まあいい。『イッソスの部屋』にたどり着くまでの暇つぶしに話してやるよ」


 俺の体でフルは質問に答え始める。


「……俺が昔、体を奪い取った銀のペンダントの所有者。それがイッソス。今から向かうのはイッソスが俺から体を奪い返して、俺の力の一部を封印した場所だ。イッソスは俺の力を何箇所にも分けて封印した。だから俺は力を取り戻すために各地を回る」


 ――何で、そんなことを? 精霊だか何だか言ってるなら力は充分じゃないのか?


「お前だって自分の腕をちぎれたままで居させられたら嫌だろ? それに、『精神世界』だったとしても、人間なんかに負けるなんてのは、力が無いせいだ。全く充分じゃない」


 腑に落ちる部分はある。精霊とまで言われている存在がただの人間である俺に敗北する方がおかしいのだろう。おかげで助かったんだけど。……いや、現状、助かってはいないか。


 ――じゃあ、力を取り戻してその後どうするんだ?


「手にした力で太陽の精霊『オク』を倒す」


 オク。聞いたことがある。フルは『精神世界』でソラのことを『オクが導いた少年』と呼んでいた。銀のペンダントにフルが宿っていたように、もしかしたらソラの金のペンダントにも精霊が宿っているのかもしれない。……『オク』という名前の。


 ――『オク』を倒すのは、どうして。


「そんなもん、倒したいからだ。……もういいだろう、輝。黙ってろ」


 フルはそう言うと更に歩く速度を上げた。暗いトンネルの様な道を足音だけが響いていく。向かうは……イッソスの部屋、か。


 フルの力の一部を封印したというイッソスは、話を聞く限りアクセサリーの所有者だ。ということはイッソスはこの世界の住人じゃない。フルを封じてその後、自分の世界に帰れたんだろうか。


 フルが通路突き当たりの石造りの扉の前で足を止めた。石造りの扉には銀のペンダントに刻まれているものとよく似た奇妙な刻印が彫られている。


「ここだ……。扉を隔てた向こうでオレの力がオレを呼んでる……!」


 そう言ってフルはその重そうな扉を押し開けた。

 中は暗い。が、しかし少し待つと明るくなった。部屋の中の燭台や松明に勝手に火がついている。きっとそういう魔法だ。でもフルのものではないだろう。彼が扱えるのは風だけだ。


「さあて、どこかな……」


 フルは何かを探しながらゆっくりと部屋に入っていく。

 イッソスの部屋は正方形で、広さは高校の小教室ほど。高級そうな質感の木製の本棚やテーブルが置いてあり、部屋全体に広がる魔法陣の中心に剣と槍の中間のような形の武器が刺さっていることを除けば普通の部屋だ。

 剣と槍の中間のような形の武器を見てフルは独り言のように呟き始めた。


「グングニル……。オレがイッソスと居た時に使っていた武器……」


 グングニルとフルが言っていたその武器は俺の身長よりも短い。剣のような刃の部分が地面から俺のヒザ上まである。残りの部分は柄だ。

 名前からすると槍なのかも知れないが、それにしては刃の部分が長い。刃は幅広で片刃。真っ黒な刀身とつい最近研がれたかのような銀色の刃の部分が対比している。槍というよりは、柄の長い剣のような形状だ。


 ――なあ、フル。グングニルって……。北欧神話に出てくる投槍だろ? 全然それっぽくないけど。


「知らねえよ。この槍に名前をつけたのはイッソスだからな。……よし。『要』はこれか……」


 フルは舌舐めずりをして部屋の中央のグングニルの柄に手をかけた。


「戻ってこい! オレの力!」


 フルは一気にグングニルを地面から引き抜いた。そして、同時に魔方陣から溢れてくる光。銀色に見えたが、よく見ると青みがかかっている。その光を見てフルは喜びの顔を戸惑いの顔に変えた。


「な、に? この色は……どういうことだ?」


 溢れた青銀色が集まって、人の形を成した。周りには淡く青い光を放つ風の帯らしきものが渦巻いているのが見える。ちょうど俺やフルが、風の魔法を使う時に現れる帯だ。


「……愚かだな。懲りずに来たのか、月の精霊よ」


 人の形を成した青みがかった銀色の光。しかしそれは実態を持たず、半透明の人影の姿で存在している。


「これは、お前は……イッソス! ……まだ邪魔するかよ!」


 フルは右手に銀色の風を集めてイッソスと呼ばれた人影に向かって放った。しかしイッソスと思しき青い影も同じく右手から青い『風の刃』を放ち相殺する。

 イッソスはさらに青い『風の刃』を何度も放つ。フルは左手に持っていたグングニルを捨てて同じく『風の刃』で応戦する。

 でも、イッソスの方が上手だったのかもしれない。気づくとフルの周りに青い風の帯が巻き付いていた。気づいたフルは悪態をついた。


「また、封印術……! 罠か……!」


 風の帯に縛られ徐々にフルの動きが制限されていく。藻掻いても足掻いても、体を動かせなくなっていく。


「ぐ……!」


 フルが、俺の体が小さな悲鳴の様な声を上げる。イッソスはかざした手のひらで青い風の帯を操りながら、俺の方へ向き直る。


「本来の魂よ。『嫉妬』にあるべき場所を奪われた魂よ。今、元の体に戻るが良い」


 ――元の体に、戻る?


「魂を体に重ねろ。今なら叶うはずだ」


 魂を体に重ねると言われても、どうしたものかわからない。俺は戸惑って、それでもとりあえず試してみることにした。

 文字通り重ねる。つまり、傍らで背後霊の様になっている俺が、『俺』と重なるように移動してみる。

 始めは柔らかい抵抗があった。しかしすぐに馴染んで行くように全身の感覚が俺の体に戻ってくる。十秒もしないうちに、気づけば俺は再び、俺の体から世界を見ることが出来る様になっていた。

 ……体が、戻ってきた。


「動く……。動かせる……」


 ほっとしたのも束の間、一際大きな光が視界を覆う。イッソスの方から発光している。寂しさすら感じるような青色を帯びた、銀の光。


「嫉妬に、心を許すな。遠ざけるのだ、嫉妬を」


 頭の中に直接響いてくるような声。光に目を焼かれないように目を細めてイッソスの方を見ると、青銀色の人の形の光が役目を終えたかのように空気に溶けて消えていくところだった。

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