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月の精霊(4)

 視界がひらけた。晴天の隅っこに雲が浮いている。遅れて体の感覚が戻ってくる。地面を背に感じる。王都の乾燥した空気が肌にふれる。そして、顎の痛み。

 俺は仰向けに倒れていたようだ。


「痛えな……」


 目を閉じてイメージする。体中の痛みが引き、傷ついた細胞組織が修復されていくイメージ。胸元から銀色の光が淡く溢れ、程なくして痛みは感じなくなった。

 ゆっくりと立ち上がる。地に足がついていないような気分だ。自分の周りを見たが、ソラに倒された場所から移動していないようだ。手元に小刀が落ちている。俺はそれを拾ってから『探しもの』を探すことにした。


「どこだ……」


 俺は更に周囲を見渡した。王都の表通り。遠巻きに赤髪の少年、アークがいるのが視界に入る。


「どこだ……」


「くるなっ……」


 後ろから少女の声がして、俺は振り返った。

 表通りから脇道へ入る交差点。横たわるエレックと、その前に立ちはだかるミア。そして、二人に剣を向けて追い詰めている……狛江、ソラ。


「俺に従え、デミアン。そこの金髪の男も、輝も、お前のせいで倒れた。もう動けない。……もう、お前をかばう人間はいない。殺人鬼の、お前なんかを!」


 ……見つけた。


「勝手に戦闘不能扱い、するなよ」


 俺は右手に銀色の風を集めていく。風は俺のイメージ通りに動き、一本の槍の形を成していく。

 ソラが俺を振り返った。


「なっ! ……しばらくは、起き上がれないと思ったんだけどな」


 そして彼は剣をもう一度ミアに向ける。


「もうよせ、輝。お前の負けだ。こんなことしたくないけど……お前が動いたら、俺はデミアンを斬る」


 人質か。脅しというやつだろう。

 しかし俺は槍を形作る風を止めることはしない。右手を握ると、一瞬、銀色の光が輝く。そして右手には一本の槍が握られていた。

 元々持っていた木製の柄と鋼鉄の穂先ではない。穂先から柄、石突まで、すべてが凍えるように冷たい銀で形成されている一本の槍だ。

 ソラの表情に、わずかに動揺がちらついた。


「武器をつくっただと……!」


 俺の知らない魔法を幾つも使っていたソラだが、こういったものは見たことがないらしい。悪くない気分だ。

 俺は出来たての槍を握ってゆっくりとソラに向かって歩き出す。ソラは剣をミアの喉元に近づける。


「動くなって言っただろ!」


 剣を突きつけられたミアが、その顔に恐怖を浮かべながら口を開いた。


「輝! 逃げて! ……ボクはもう、良いからっ」


 俺は歩みを止めない。ソラの言うように動きを止めることはないし、ミアの言うように逃げるつもりも無い。

 ……俺が今望むのは、一つだけ。


「斬りたいのなら、斬ればいい。そんなことはどうでもいい。……俺と、戦え」


「何を言って――」


「――戦え! ソラ!」


 俺はソラの言葉を遮って、左手に持っていた小刀を彼に向かって投げつけた。


「ちっ!」


 ソラは投げつけられた小刀を剣で弾く。そしてミアとエレックを放って一目散に俺の方へ走り出してきた。……人質と言っても殺す勇気など無かったのだろう。


「……もう一回、寝てもらう」


 ソラがそう言った直後、彼の胸元のペンダントが一際大きく光りだす。……と、そう思ったのも束の間、超人的なスピードで彼は俺の懐まで潜り込んでいた。彼はもう、剣の峰で俺の顎を打ち付けようと、剣を振り始めている。

 今までであれば全く捉えることは出来なかったであろう速さ。無様にもまた顎を打ち抜かれて気絶してしまっていたかもしれない。


 ……でも、今は違う。


「今まで――」


 ソラが峰打ちで振るってきた剣は、他でもない俺の銀色の槍によって受け止めた。通りに金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。

 俺はソラを見下ろして、笑った。……愉快で、仕方がなかった。


「――お前の動きを遅いと思ったことはなかった。でも、今は俺のほうが速い!」


 槍で剣を押し退け、俺はソラの腹に蹴りを入れる。ソラは呻きながら数歩後ずさった。


「ぐっ……?」


 戸惑いを隠せない。そういった表情だった。

 あまりにも無様で、自然と笑いがこみ上げてきた。


「あははははは! こんなもんだったのかよ! お前!」


 俺は魔力で強化した脚力で一気にソラの懐に潜り込んだ。ちょうど、先ほどとは真逆の立場だ。しかし俺はソラの様に武器を振るわない。槍で突いてしまったらそれでお終いだ。こんなに愉快な状況を、そう簡単に終わらせるものかよ!

 ソラの左腕を掴むと、膂力の為せるままに思い切り投げ飛ばす。


「があっ」


 放り出された彼は地面を転がっていく。追い打ちをかけるように、俺は風の刃を撃ち出す。

 風の刃は地に這いつくばるソラへまっすぐと向かっていき、その背中を鋭くえぐった。


「ぐあああ!」


 悲鳴が心地良い。俺の勝利を演出してくれる最高のBGMだ。

 圧倒的じゃないか。あんなに速かったソラの動きもしっかり見える。逆に、ソラには俺の動きは捉えられていない。更には無尽蔵とも思えるばかりの魔力。そういえばさっきから魔法を使っていても、精神的疲労感というものが微塵も蓄積しない。


「これが……」


 俺は槍を握って、笑みを浮かべた。


「これが『想い』の力……!」


 あの場所で、フルに手をかざされた時に気づかされた。『他人のため』とか、『自分のため』とか、『覚悟』なんてものはどうでもいいことだと。『想い』を魔法に変える時、真に必要なのはもっと原初の感情だった。すなわち『嫉妬』。

 ソラの力が羨ましいと思った。強く妬んだ。その気持ちをそのまま込める。槍に、風に、自分自身に。……その結果がこれだ。圧勝だ。


「簡単なことだったな」


 俺は倒れているソラに近づいていく。しかし、途中で厭な気配がした。彼の手元を見ると金色の光が……光の弾丸が俺を狙っていた。


「く、らえ……!」


 苦しそうなソラの声とともに俺を狙って一直線に飛んでくるエネルギーの塊。俺は側面から撫でるようにして槍の穂先を押し当てる。すると簡単に軌道をそらしてどこかへと飛んでいってしまった。二度も同じ手は通用しない。他愛ない。


「はは! 残念! ハズレ! 哀れだなァ……」


 俺はソラの直ぐ側までたどり着き、槍を構え直す。ソラは横たわったままで動かない。荒い息で必死に酸素を取り込むのみ。

 ちょっと風の刃の威力が強すぎたか。


「もう、楽になりたいだろ?」


 仕方ないが、反応もないんじゃ俺も楽しくない。ここで終わりだ。

 俺はソラの背中に狙いを定める。そして槍を振り上げた瞬間、足元に何かが飛んできた。


「……何だ?」


 足元を見下ろすと、矢が刺さっていた。次いで、風切り音と共にもう一本足元の地面に矢が刺さる。……狙われている。


「やめなさい!」


 声、だ。今の矢の飛んできた方向から。俺はそっちに顔を向けて、それから睨みつけた。知り合いだったからだ。


「……白石、綾香」


 ポニーテールの髪型は変わらず、はっきりした顔立ちに気の強さが垣間見える。そうだった。一樹は言っていた。こいつら全員王都に来ているんだ。

 彼女は構えている弓に新たな矢をつがえて俺を狙う。


「ソラに触らないで。……次は、当てるから」


 今の二発は威嚇射撃だったということか。そして、『次は当てる』ときた。つまり、当てられるだけの実力はあると見ていいだろう。それでも、彼女の矢が俺に当たるとは思えない。


「やってみろよ」


 俺はソラを突き刺そうと槍を握り直す。すると、白石さんの手から矢が離れ、俺の右足ふくらはぎに向かって飛んでくる。俺は半身になって易易かわした。

 白石さんが新たな矢をつがえる。俺は彼女の視線を確認してから、今度は左足を上げて避けた。

 ……当たるはずもない。彼女は、避けにくい胴ではなくて、足ばかり狙ってきている。話にならない。

 今もまた新たな一発が俺の太ももを狙って放たれたので、俺は魔力を眼に流し込んで矢の軌道を見切り、素手で捕ってみせた。


「こんなんで当てられると思ってるのか? これじゃあ百年あっても俺には当たらな――ぐあっ……!」


 背中に鋭い痛みが走る。何かが刺さった! 俺は振り返る。


「成瀬、速人か……!」


 眼鏡の奥の冷たい視線。長い前髪で隠れているが、美形の男。彼は俺に向けて何かを投げた後の格好をしていた。


「綾香、本気で行かねば傷一つ与えられませんよ」


 彼はそう言って白石さんに目配せする。

 俺は背中に手を回して、刺さっているものを掴んで抜き取り、確認する。


「投擲ナイフ、か……!」


 痛みは走るが、体は動く。恐らく傷は深くない。俺は背中に意識を集中して回復魔法を使う。たった数秒の治癒。それだけで、痛みがあったことすらわからなくなった。

 俺は手のナイフを速人に向かって投げ返す。しかし彼はいつもの冷静さでかわし、その拍子にずれた眼鏡を直す。


「……もっとも、傷一つではすぐに治されてしまうみたいですが」


 白石さんと速人は俺を挟む位置で、かつ、距離を置いていた。厄介だ。……いや、面倒だ。これではソラを倒すのに、時間がかかってしまう。

 不意に、笑えてくる。


「……ははは! 仲間ってやつか」


 ソラが持っていて、俺にはない力だ。俺が欲しくっても、手に入れることができなかった力だ。『自分のため』に生きた俺には無くて、『誰かのため』に生きていたソラだけが、持っている力だ。

 普通に戦えば力の差は出来るだろう。……でも、だからといって俺は逃げることは許されない。力の差。そこに生じる『嫉妬』こそが俺の原動力だ。

 俺は左手に銀色の風を集める。


「いつもそれが良い方ばかりに働かないってこと、教えてやるよ!」


 一人ぼっちの人間には一人ぼっちの強さがある。仲間のいる人間には仲間のいる人間の弱さがある。

 俺は集めた風を竜巻状に固めて手のひらに。そして、手のひらを赤髪の少年の方へ……この戦いを遠巻きに見ていたアークの方へ向けた。


 足元でソラが叫ぶ。


「くっ、アーク! 避けろ!」


「遅いッ!」


 竜巻状になっていた風の塊は、俺によって射出されると、アークを狙って一直線に宙を切って進んでいく。その過程で風は研ぎ澄まされていき、風の刃となる。

 風の刃は驚いた表情のアークを捉え、切り刻む――そう、確信していた。


「水の、壁……?」


 青い色の水で出来た壁が地面から湧き上がり、アークの目の前に現れる。俺の放った風の刃は水の壁に阻まれてしまう。

 そして、水の壁が崩れていくと、アークが誰かに庇われるように抱えられているのが見えた。


「……天見、さん」


 黒いセミロングの髪。色素の薄い白い肌。幼さの残る優しい顔立ち。

 ジャングルで出会ったときと何も変わっていない。天見舞。俺がこの世界に来て、最初に出会った少女が、アークを抱きかかえて俺を見ていた。


「どうして、こんなこと……」


 彼女の視線はあの時と同じく、哀れみを帯びたものだった。俺は、言い訳をしたいような気持ちにかられて――。


「勝つためだ」


 ――それでも、しなかった。

 俺は一人だ。一人ぼっちの人間が勝つために弱点を突いただけ。それだけのこと。俺の『嫉妬』を満足させるために必要なことだった。それだけだ。


「うおりゃああ!」


 ソラの声。いつの間にか立ち上がっていた彼が剣で斬りかかってきていた。先程まで指一つ動かせないような重症だったのに。

 かわすことを諦めた俺は槍を構えてソラの剣を何とか受け止める。

 避けきれなかったが、まあ良い。今の俺ならちょっと力を込めてやればソラなんて跳ね跳ばせる。


「ぐ……。何……?」


 おかしい。ソラの剣を跳ね除けられない。力は込めている。『想い』も充分に込めている。それなのに、まるで壁を押しているかのように動かない。……それどころか、強くなった俺の力でも、押し負けそうになる。


「輝……!」


 ソラは怒りをその顔に表していた。あの人懐っこい笑みは掻き消え、俺のことを憎しみの表情で睨みつけている。


「お前は確かに強い。でも、やっちゃいけねえことをした……!」


 更にソラの力が強くなる。徐々に押し込まれていく。


「俺のことはいい。でも、罪もない子供に手をあげた。俺の仲間にも攻撃した……!」


 俺はペンダントから力を引き出して両腕に回す。しかし、それでも押し返すことが出来ない。

 ソラの両腕が黄金の光をまとい始める。


「……そんな人間を、許すわけにはいかねえんだよ!」


 ソラの咆哮。俺はその尋常ではない力によって、槍を弾かれてしまった。


「馬鹿な!」


 武器を弾かれ、俺の懐がガラ空きになる。

 不味い! 逃げないと……!

 そう思ったときには、すでにソラが剣を振り下ろそうとしているところだった。


「速……」


 ソラの持つ剣を見る。金色の光を帯びている。そして、峰と刃が逆ではない。……今度は峰打ちなんかじゃない!


「これで、終わりだ!」


 一閃。右肩に熱い痛みの感覚。


「が、ああ」


 遅れて槍が落ちる音と、重たい塊が落ちる音。

 右肩より先の感覚がない。残るのはただ、痛みの感覚だけ。


「あああああああ!」


 俺は尻もちをついて痛みが溢れてくる右腕を見た。

 ……ない。腕が、ない!

 赤黒い血液がどんどん溢れてくる。急速に全身が冷たくなっていく。剣を振り下ろしたまま、顔を上げないソラの姿が、霞んでくる。

 こんなところで、死んでたまるか。俺は帰るんだ。元の世界に。助けてくれ。死にたくない。

 視界がゆらぎ、青い空が全面に映る。背中に地面を感じて、倒れたことに気がついた。その青い空すら霞んでいき、徐々に暗くなっていく。


「嫌だ……死にたくない……死にたく……」

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