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月の精霊(3)

 過去の俺と寸分違わない姿の存在が、俺の目の前で薄ら笑っている。彼は俺の胸元を指していた指を下ろして、やはり……笑んだ。

 目を細めた彼――『フル』を前にして、俺は逆に眉をひそめる。


「ペンダントに宿っている存在……だと」


 唐突に示された事実。俺はそれでも、これまでのことを思い返して心当たりを見つけていた。

 俺の記憶が正しければ、二度、『フル』という存在を感じた瞬間があった。

 一度目は異世界へと引き込まれる寸前。空耳のようだったが、誰かが頭の中に語りかけてくるような感覚があった。

 二度目はジャングルで甲冑竜に襲われた時。危機に瀕して声が聞こえた。俺はその声に従うことで、アクセサリーを使った魔法を……『風の刃』を会得した。


 あれらの声の主が、今俺の目の前にいるフルだというのならば、合点がいく。ペンダントに宿る存在が語りかけてきたのだと思うと、納得できる部分がある。

 俺は胸元のペンダントを一瞥してから、もう一度フルに向き直る。


「……今まで力を貸してくれたのは、あんただったのか?」


「うん。ご明答。そこまで馬鹿じゃないみたいで安心だ」


 そう言ってフルは首をこてんとかしげる。俺の姿をした存在が、俺が絶対にやらない動きをしているのが絶妙に気色悪い。


「ま、そんなどうでもいいことより、訊きたいことが有るんじゃないのかな? 君には」


 訊きたいことだと。そんなもの、ありすぎて困るぐらいだ。ペンダントを拾ってからここに至るまで、ずっと色々なことがわからないままだった。

 でも、まず一番聞きたいのは今のこの状況についてだ。


「俺は死んだのか? ここから出られるのか? いや、そもそもここはどこなんだ? どうして、俺はここにいるんだ?」


 口に出していくと疑問が留まることを知らない。矢継ぎ早にまくしたてながら途中で『しまった』と思って無理矢理口をつぐむ。

 フルは月の精霊だかと呼ばれている謎の存在ではあるだろうけど、こんなに色々聞かれてもついている口は俺と同じで一つだけ。あんまり問い詰めても答えきれなくなってしまうだろう。

 案の定、フルが呆れたようなため息をついた。


「混乱しているようだね。……わかった。ひとつひとつ答えようか。まずは輝、君は生きている。だから君次第でこの場所から出ることは出来るよ」


 この場所に来てから続いていた、胃の底に溜まっている不安感が消える。良かった。俺は生きてるんだ。……まだ、俺は終わっちゃいないんだ。

 安心している俺を他所に、フルがさらに続けた。


「次にこの場所だ。ここは『精神世界』、『ペンダントの世界』、『心の中』……色々言葉はあるけど、どうせ君には理解できないかな。概念が君たち人間とは別の空間だ。それに、知る必要もない」


「精神世界……」


 復唱する。彼は、人間には理解できない概念だと言っていた。しかし漫画やらで描かれている『精神世界』と似たようなものだと思えば、理解は出来ずとも腑には落ちる。

 そうじゃなきゃ、俺の記憶の奥にある、あの『忌まわしい景色』を再現できようはずもない。

 フルは「で、最後に」と言った。


「なぜ君がここにいるのか、だっけ。それは簡単かな。オレが呼んだからだよ。タイミングも良かったし、ね」


「呼んだから……でも、どうして」


 訊くと、フルが失笑した。


「『どうして』? そんなの、君が弱いからだろ。『オク』が導いた少年に対して君は全くの無力だったね。悔しいとか、羨ましいとか思わないのかい」


 彼の言う『オク』が導いた少年。……さっきの戦いのことを考えると、きっとソラの事だ。

 確かに俺はソラの圧倒的な力を前にして、手も足も出なかった。それどころか手加減をされていた。悔しいし、そんなことが出来る力を……羨ましく思わないはずが、ないだろう。


「……認めるよ。俺は無力だったし、ソラのあの力を……羨んだのは事実だ」


 渋々、うなずく。フルはというと、俺が認めるのをとても嬉しそうに見てくる。


「そう! 負けたんだ。あの力が羨ましいだろ? だから君には一つ力を貸してあげたいと思ってる!」


「力を?」


 聞き返す。フルはまだ不敵に笑っている。


「ま、とりあえず……オレと戦って貰おうかな」


 そう言うフルの手から銀色の光を伴って一振りの剣が出てきた。そして辺りの闇が薄くなっていき、周囲の景色は先程の『屋上』ではなく、巨大な石造りのスタジアムへと変わっていった。

 この建築物には見覚えがある。


「……コロッセウム」


 帝政ローマだかなんだかの時代の建物だ。ちゃんと世界史をやってないからよくはわからないけど、教科書で写真を見たことがある。元の世界の文化財で、観光地だ。

 確か現役で使われていた時代には、この建物はグラディエーター同士の戦いを見世物とする試合を行う場所として使われていたはず。

 地面からは履き慣れたスニーカーを通して砂の感触。多くの戦士たちの血を吸収したものであるのだろう。


「これは……?」


「昔、オレの力を使用した者の記憶からもらった景色だよ。闘う為の場所らしいね。これ以上にぴったりな場所は無いだろう?」


 フルは先程出現させた剣をふらふらと振りながら構える。

 どうやら帝政ローマで見世物として戦わされていたグラディエーターの中にも、銀のペンダントを手にした輩がいるらしい。


「さあ、始めるよ」


「へ……?」


 まだ、『戦って貰おう』という発言に対して承諾も拒否もしていない。それなのに突然フルが斬りかかってきた。


「ちょっ……!」


 縦に振り下ろされたそれを半ば反射的に避ける。そしてそのままフルの背後に回り込んだ。……が、武器もなければ戦う準備も出来ていない。

 フルの背後をとったまま何もできずにいると、彼はつまらなそうに俺を振り返って大げさにため息をつく。


「身体能力は昔の君と同じだからなあ。動きづらいね」


「ち、ちょっと待て! まだ、戦うなんて!」


「戦うんだよ。そんなに気が乗らないなら……そうだね。『オレを斬らないと君は目を覚ませない』ってルールにさせてもらおうかな」


 フルが渋々といった様子で言い放つ。

 いきなりのことで困惑してしまう。でも、この『精神世界』とやらから出る方法は恐らくフルにしかわからないし、彼も敵対的なようには見えない。

 だったら、彼に従うほかないだろう。


「……わかったよ。じゃあ、せめて俺にも武器をくれ」


 フルは首を横に振った。


「無いなら作れ。イメージだ。武器を、剣をイメージしてみろ」


「そんなこと言ったって……」


「泣き言はいらないよ。君は『オクが導いた少年』と違って才能が無いんだ。追い込んだ方が早い」


「……くそ」


 一々ソラと比較されるのが気分悪い。そこまで言われるなら、やってやる!

 俺は苛立ちながらも右手に集中した。フルは『イメージ』と言っていた。剣のイメージをすれば良いのだろうか。意気込んでは見たもののやり方がわからない。

 俺がうんともすんとも言わない右手に力を込め続けていると、フルは剣をもう一度構えた。


「ほら! 行くぞ!」


「うあっ!」


 再び振り下ろされるフルの剣撃。しっかり見切って一歩下がり、避ける。フルは笑みを浮かべながら空振りした剣の刃を返し、切り上げてこようとする。


「鈍いなあ……。君は今までどうやって魔法を使ってきたんだい!」


「どうやって……。……そうか」


 俺は剣をイメージする。今目の前にいるフルが握っているような銀色で装飾の少ないシンプルな剣。鋭く細く、煌めく塊。

 直後、ペンダントが輝くと共に右手にわずかな手応えがあった。銀色の光を放ちながら先程イメージしたとおりの剣が俺の手に現れた。


「……こういうことか!」


 風の刃も身体強化も回復魔法も、全てはイメージだ。銀色の風を動かしていくイメージ、体の一部に魔力を流し込むイメージ、傷口がふさがっていくイメージ。それと同じことだ。

 俺は右手にある剣を握り込む。剣はまともに扱ったことがないが、武器としての基本の基本にあたる使い方は小刀や槍とそこまで変わりないだろう。すなわち、振って、突き刺す。この二種類。


「安心は早いよ」


 フルが切り上げてきた。攻撃の前にまずは防御だ。それから反撃に移ろう。

 俺は造りたての剣で早速フルの斬撃を受け止めた。しかし、上手く攻撃を受け止められた時の衝撃が手に伝わってこない。


「え……?」


 疑問に思い自分の剣を見る。するとフルの一撃によって、まるで粘土のようにぐにゃりと曲がってしまっていた。


「何で!」


 俺は焦りながら後方へ跳び、無理矢理フルとの距離を置く。曲がってしまった俺の剣は銀色の淡い光を放ちながら、空気に溶けるように消えてしまった。


「何が起こった……!」


 戸惑う俺を嘲るようにフルが薄ら笑いを浮かべる。


「イメージは合格。次は『想い』だね。『想い』があれば魔法は強くなる。強い感情を込めてみろ」


 形を作るのがイメージなら、その中身を作るのは想いというわけか。

 目の前でゆらゆらと剣を構えて笑うフルを斬る為の『想い』。俺は深く息を吸って、思い切り吐いた。


 何故フルを斬る? ……力が欲しいから。

 何故力を欲す? ……ソラからミアとエレックを守るために。


「そうだ……守るために!」


 再び一瞬の強い光。右手にはまた剣が現れる。さっきの粘土のような剣よりもしっかりとした重さを感じる。地面に軽く打ち付けてみたが、折れない。硬い金属音を響かせている。

 頑丈そうだ。これなら……!


「今度はこっちから行くぞ!」


 出来たての剣を構え、フルに向かって上から下に打ちつける。それをフルは剣を横にして受け止めた。新たな剣は曲がらない。手にも確かな衝撃が伝わる。

 フルは頷きかけてきた。


「うん。さっきと比べて大分硬くなったね。……でも」


 体勢を変えたフルは俺の剣をはじいて横薙ぎに剣を振るう。俺は剣を縦にして受け止める。


「ん……?」


 上手く受け止められたはず……それなのに、若干の違和感があった。

 そんな俺の違和感には構わずフルは何度も打ち付けてきた。俺はその動きを一つ一つ見切り、すべて受け止める。


「あっ……!」


 五回攻撃を受けとめたところで違和感の正体に気づいた。

 ……剣に、ヒビが入っている。


「まだ、だね」


「うぐっ!」


 フルが一際気合を入れた一撃を放ってきた。剣のヒビに気を取られてしまった俺が回避のタイミングを逃してそのまま剣で受け止めると、甲高い音を立てて刃の真ん中から半分に折れてしまった。


 まだ駄目なのかよ……! 充分に『想い』は込めたはずなのに!


「足りないな。……一体何を想ってその剣を造ったんだ?」


 冷たいフルの言葉。すっぱり真っ二つに折れた剣を見つめて、俺は後ずさる。

 何を想ってこの剣を造ったか……? そんなもの、決まっている。


「ミアとエレックを……守りたい人たちを想って……」


「弱いな」


「え?」


「理由が、想いが、弱い」


 折れた剣から視線をずらしてフルの顔を見た。自分と同じ顔が俺をじっと見つめてくる。

 あきれたような表情を見せる彼は、折れた俺の剣の刃を指差した。


「見てみろ。その空洞は何だ?」


「は……?」


 指摘されて、折れた剣の断面を見た。刀身の芯に大きな空洞が空いている。俺が振るった刃は、外側だけの……ハリボテのような重大欠陥を示していた。


「何で、こんな」


「輝、忘れたのか? 君は誰かの為なんかじゃ力は出せない。その証拠がそれだよ。薄っぺらな外側だけの、建前のような『想い』なんて、『芯』になりえるわけがないだろう。……君の『芯』はそこにはない」


 言われてから、それでも俺は首を横に振る。守りたいという気持ちは、フルの言うような誰かの為を想ったものではないと自分で自覚していたからだ。


「違う。『守りたい』のは誰かの為じゃない。俺が、俺であるためだ。……俺のためだ。建前のような、薄っぺらいものじゃない! 俺の『覚悟』だ!」


「それこそ勘違いなんだよ、輝」


 フルが諭すように否定して、続ける。


「オレはフル。月の精霊。……そしてオレは『嫉妬』を司るもの。君は『嫉妬』に選ばれた。オレが選んだ。わかるかな?」


「……『嫉妬』、だと?」


「そうだ。君が言う『覚悟』は、君が自分を律するためのものだろう? ……そうじゃない。芯に込めるべき想いは『覚悟』ではなくて、君の本質であるべきだ」


 フルは俺の折れた剣を見下ろして、語りかけてくる。


「君はあの『最高の景色』のその後に、ある人に助けて貰っていたね?」


 フルの言う『最高の景色』。あの、長いリンチを終わらせたのは――。


「――『藤谷カズト』の事を、言ってるのか」


 口に出したその名前に、心が暴れそうになる。フルは満足げな表情で頷く。


「そう。でも君は『藤谷カズト』へは感謝なんてしなかった。それだけじゃない。『オクが導いた少年』に助けられた時も、ここに来る直前の戦いでもそうだ。……君は、彼らを羨ましいと思っている。嫉妬の感情を抱いている」


「く……」


 思い当たる節はある。だけれど、それを認めたくない自分がいた。

 俺の本質が嫉妬だと? 羨んで、妬んで。追いすがるような……そんな惨めな感情が、俺の本質であってほしくない。


「お前が俺の何を知っている! 勝手な事を言うなよ! 俺は違う! 俺の本質は『嫉妬』じゃない! そんな浅ましいものじゃない!」


 叫ぶ。しかしフルは悲しげな表情になるのみで、その視線に至っては……哀れみすら内包していた。


「そうか」


 一瞬で間合いを詰められた。しかし目と鼻の先には剣ではなく、フルの手のひらがある。


「否定するなら……気づいてもらおうか」


 刹那、銀の光がフルの手のひらから溢れた。


「があっ」


 銀色の光の洪水の中で一つの景色が浮かぶ。囲まれて蹴られて。何にも通用しなくて。誰にも想いは届かない。あの屋上のことが思い出される。

 ……心が、掻き乱される。


「あああああ!」


 頭の中を埋め尽くすような『想い』を追い出そうと叫び続ける。でも、どれだけ叫んでもそれは一向に出ていかない。

 そうやって叫び続けた悲鳴が自分の体に馴染んだ頃、気づくと俺は手に一本の剣を握っていた。折れてない剣。今ならわかる。この剣には『芯』がある。


「……これが、答えかよ」


「……それが、答えだよ」


 俺はフルを、過去の俺をフルの剣ごと横一文字に断ち切った。先程までの剣とは段違いの斬れ味で、何の抵抗もなく真っ二つにする。同時に朦朧もうろうとし始める意識。

 フルは散り際に愉しそうに口を歪ませて笑う。


「ふふ。ちゃんと出来るじゃないか。――合格だよ。久喜、輝」

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