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身分(4)

 図書館の三階には無限とも思われるような本が納められている本棚のほかにも、本の内容を確認するスペースがある。とはいっても、長机が何台か並んでいるだけの簡素なものだ。窓からの明かりと、燭台の火が光源になっているので読書をするだけなら困ることはない。

 ……トイレが遠いことや、のどが渇いたときに気軽に自販機へ行けないのは、元の世界の図書館と比べると劣る部分ではあるが。


 今も俺は長机に本の山を築いて、黙々と読書をしている。


 図書館での調査は引き続き難航していた。何故かすべて日本語で書かれているので読むのに不都合はなかったが、それでも、だ。

 この世界で日本語が使われていることに疑問を持ち、休憩がてらに言語学の本を読んでみたこともある。しかし、今使われている言語はバルク語というらしく、過去に使われていた言葉の中にも『日本語』という記述はなかった。

 疑問は解決しなかったが、考えてもわからないことだと思った俺は、『何にせよ読めるに越したことはない』という理由で言葉に関する調査は諦めて、大人しく魔法についての本を読む作業に戻った。


 俺が読んでいる魔法関係の本の中には『禁書』というのも混じっている。鎖と鍵がかけられていて普通は読めないものらしいのだが、銀級の身分証と閲覧証を持っている俺には閲覧権があるようで、司書の人を読んで鍵を貸してもらっている。

 そのせいか、館内にいる学者らしき人間たちの視線が少し痛かった。物珍しいのかもしれないし、ただ純粋に俺が読んでいる本を読みたがっているのかもしれない。


 俺は視線を気にしないようにしながら、読んでいた古めかしい装丁の本を閉じた。


「これも、ハズレっぽいな……」


 ため息をついて読了済みの本の山に放った。題名には、『魔法による移動』と書かれていた。内容は……正直、半分も理解できなかったが、異世界に移動する方法ではないことは明らかだった。


 だけど、今まで読んできて、理解できたことが無駄にならないように、わかったことはメモに残してある。

 俺は一休みがてら、書いてきたメモを読んで少しだけ考えをまとめることにした。


 まず、前提として。


 魔法というのはこの国が出来る前から既にあった技術だということだ。

 体内にある魔法の力……魔力と呼ばれるものをエネルギーとし、魔法陣によって制御することで発動するものだという。

 魔法の種類も身体強化のような簡単なものから、水や火を具現化するものまで多岐に渡るらしい。魔法陣をいじることで新たな効果が出るようで、今も新たな魔法を生み出すために研究がなされているのだとか。


 そして、研究が重ねられて魔法の力が大きなものになると国によって管理されることになった。

 魔法を使うための魔力を備えている量は人によって大きく変わるものであり、魔力を持った人間のみが魔法を扱う事ができる。魔法が使われると単なる喧嘩ですら生死に関わる規模になることも多いので、現在は王国が魔力を持った人間――魔法使い――を管理している状態だ。

 サウルのスレイやイースさんの話を聞く限り、管理というのは建前で、王国側が民衆の反乱を防ぐために武力を削っているのだろう。日本でいうと、太閤豊臣秀吉の刀狩りがニュアンスとして近いのかもしれない。


 ここまでは理解することが出来た。漫画やゲームで使われている設定と近しいので、わかりやすかった。

 でも、魔法を使うための魔法陣の作り方についてはあまり理解が及ばなかった。幾つもの複雑な法則性が混ざり合って魔法は発動するようで、今まで読んできた本の殆どが、その法則性についての考察が主だった。


 そうなると、魔法陣もなにもわかっていない俺が今まで魔法を使えていたことに疑問が残る。


 その答えは、幾つかある禁書の中にあった。


 この世界では度々、魔法の装飾品を持った異郷の人間が現れる現象が起こっているのだという。

 その魔法の装飾品は魔法陣無しで魔法を使えたり、一説には魔力のない人間に魔力をもたせるものでもあるという話だ。


 ……恐らく俺の持っている『銀のペンダント』はこの魔法の装飾品なのだろう。


 俺が読んでいた本たちの中で、それは『魔法装飾品』やら『神の贈り物』やら『世を統べる力』やらと色々な名前で記されていた。

 仰々しく『世を統べる力』とも呼ばれていたのは、大昔にこの国の王の先祖にあたる人物がこの『アクセサリー』の力を使って国を建てたかららしい。


 この国の建国云々は置いといて、とりあえず、この世界へと来てしまった者たちはみんな一様に何らかの『アクセサリー』を持っていた。だから『アクセサリー』が元の世界と異世界をつなぐ鍵になっているのは間違いない。


 ……ただ、気になることもある。


 一度ならず、何度も異郷の人間が現れている。それなのに、彼らが持っていた『アクセサリー』はこの世界に現存していないようだった。それこそ王の遺産であれば大切に保管されてしかるべきなのに。

 ……それが無いってことは、保管ができなかった。つまり、『消えてしまった』ってことだ。


 すると、考えられるのは二通りだ。


 一つは、完全に消滅してしまった可能性。

 でも俺のこの『銀のペンダント』を持っていた人間が大昔ハリアに居たとユリウスさんが言っていた。仮に大昔の所有者が持っていた『銀のペンダント』が俺の持っているものと同じものだとしたら、この可能性は消える。現に今、俺の胸元に存在しているのだから。


 もう一つは、『アクセサリー』には元の世界に帰る為の魔法が込められているという可能性。

 何かをきっかけに『アクセサリー』がこの異世界から元の世界へと魔法で移動する。そして、元の世界に戻った『アクセサリー』は、また新たな所有者が現れるまで元の世界に存在し、不運にも手に入れてしまった人間――俺のような――と共にこの異世界へと戻ってくる。それを繰り返している……。

 ……こちらの仮説であれば、この異世界に現存する『アクセサリー』が、俺やソラたちのもの以外には無いことも、大昔の所有者が持っていた『銀のペンダント』と同一のものを俺が手に入れた理由も、説明できる。


 あとは、その『元の世界に戻るための魔法』がどのタイミングで発動するかだ。これを任意で発動させることが出来るならば、今すぐにでも元の世界に帰ることが出来る。


「いい線いってると思うんだけどな……」


 俺はメモを机の上に戻して、ため息をついた。

 ここまで来て手詰まりである。次に調べる場所としては『アクセサリー』に関する本になるのだとは思うが、なにせ殆どの本が魔法陣についての研究書だ。読んではハズレを繰り返している状態である。


「お探しの本は見つかりましたか?」


 背後から声をかけられた。図書館に来た初日に俺の身分証と閲覧証を手配してくれた女性司書である。俺は無言で首を振る。すると彼女は「よっぽど難しい調べ物なんですねえ」と呟いた。


「調べ方が悪いのか、全然見つからないんです。……いっその事、情報を持ってる人を探したほうが早いかもしれないですね」


 いるのかわからないが、例えば『アクセサリー』について研究している人とかに話を聞ければもう少しスムーズに物事が進むかもしれない。

 そう思っていたら、女性司書は「あ」と何かに気づいたように声を出した。


「だったら、情報屋に聞いてみても良いかもしれないですね」


「情報屋……ですか?」


「はい。最近、『リザ』という情報屋の話を聞いたんですけど、彼女は王都内の大抵の情報なら集められるらしいですよ。迷子の犬から……王様の隠し財産まで」


 冗談めかして彼女は言う。

 王様の隠し財産は置いといて、情報屋とやらに当たってみるのは良いかもしれない。

 このまま調べていたら本当に年単位で時間がかかってしまいそうだ。


「じゃあ、そのリザという人に会ってみることにします。……その情報屋の場所を教えてくれませんか?」



「結構、路地裏の方に入ってくんだな……」


 図書館で情報屋についての話を聞いた俺は女性司書から渡された地図を手に王都を歩いていた。

 結局夕方になるまで図書館で調査をしても進展のなかった俺は、夕飯を買って宿に戻るついでに情報屋を尋ねることにしたのだ。


「暗くなってきた」


 俺は夕焼けの赤い日差しが青みがかってきたのを感じながら呟いた。

 王都の夜は、昼とは雰囲気が変わる。

 微細な装飾が施されている大きな建物は、昼は日に照らされて美しい光と影のコントラストを生み出していたが、夜になると街頭に照らされて闇に浮かび上がっているようだ。

 街頭は大通りには幾つも並んでおり、魔法なのか油を燃やしているのかわからないが、炎が灯されていて、歩くのに不自由はない。

 家々から漏れ出る明かりと相まって幻想的な光景だ。

 しかし、それは大通りの話。今俺が向かっている情報屋のある場所は裏通りと言っても差し支えないような場所なので、薄暗くて気味が悪い。


「急ごう」


 足早に目的地へと向かっていく。辿り着いたのは一軒の小さな酒場のような場所だった。しかし、賑わっている様子もなく、店の扉も閉めっきりになっている。

 本当にここであってんのかな……。

 不安に思った俺は周囲を見渡した。石造りの無愛想な外壁が並ぶ町並みの中に、溶け込むようにして看板が出ているのを見つけて近づいていく。ジョッキと一枚の羽根の絵が描かれている看板の下のほうに、『グリフォンの羽根』と書いてあった。

 俺はそれを確かめると、木製の扉に手をのばして、止める。


「『グリフォンの羽根』……。店の名前は、一応、あってるみたいだけど……」


 変な緊張感が出てきてためらってしまうが、ここで渋ってても仕方ない。間違っていたら間違っていたでまた探し直せばいい。

 俺は伸ばした手で拳を握ってノックをした。


「開いてますか? リザさんに用があるのですが!」


「リザはこっちだよ」


 後ろから声をかけられた。振り返ると、灰色の長い髪を揺らした女性が一人。歳は二十代後半くらいだろうか。大人の女性だ。気だるそうな雰囲気を漂わせている。

 彼女は前髪で片目が隠れる髪型をしていたが、残りの片目だけでも訝しげな視線は充分に伝わってきた。

 ……この人が、リザさんか。


「何の用?」


「あ……」


 睨まれて、たじろぐ。何とか自分を奮い立たせて俺は口を開いた。


「いきなり押しかけて済みません。旅人の久喜輝と言います。調べたいことがあって、ここに訪ねてきました」


 まずは名乗る。するとリザさんは少し驚いたように目を見開いた。


「久喜……? ほう。お前が、か」


「え……?」


 俺の名前に反応している。俺のことを知っているのだろうか。

 いや、少なくとも俺はこの人と会ったことはない。

 違和感を感じていると、リザさんは「失礼。闘技大会での活躍は聞いているよ」と言ってくる。

 そうか。そういえばハリアの闘技大会は有名なんだった。王都の門番をしていた衛兵も興奮気味に闘技大会の話をしていたくらいだ。俺も、決勝まで残っていたから一部には名前も出回っているのだろう。


「……それで、『調べたいこと』というからには、情報屋としての私に用があるんだな?」


「はい。どのくらいのお金がかかるかはわかりませんが――」


「――駄目だ」


 にべもなく断られてしまう。何か失礼なことをしてしまったのだろうか。心当たりがない。


「どうして、ですか」


「駄目なもんは、駄目だってことさ」


 食い下がってみたが、取り付く島もないほどの無愛想さだ。

 リザさんはこちらに歩み寄ってくると「どけ」と一言。俺は『グリフォンの羽根』の入口の前から退く。

 彼女はドアノブに手をかけて俺のことを一瞥すると、「出直してくるんだな」と気だるそうに言う。


「しばらくはこのあたりに近寄らないほうが良い。……それが、お前のためだ」


 そして、俺が何か反論する間もなく、その灰色の長髪をなびかせながら酒場の中へと入っていった。

 残された俺はしばらく立ちすくんでから、重たい足取りで裏通りへと戻った。


「これは……キツいな」


 全くもって、交渉の余地すら無さそうだった。その事実もあるが、何よりここまではっきりとした拒絶の意思にさらされるのが久しぶりで、気分が凹んでしまう。

 理由があればいいのだが、今の所それすらもわからない。それに、最後に彼女が残した言葉……『しばらくはこのあたりに近寄らないほうが良い』というのも意味がわからなかった。

 シンプルに受け止めるのならば単なる拒絶の意思を示す言葉だが、その後に続く『それが、お前のためだ』という言葉もよくわからない。わからないこと尽くしだ。


「……手がかりナシ、か」


 わからないことを解決しようと訪ねた情報屋で、さらにわからないことを増やされた俺は盛大に溜息をつきながら、路地裏を抜けて表通りまで逃げ出すように歩いた。


 それから、俺は表通りに沿って噴水広場まで向かい、屋台で夕飯を購入することにした。


 王都とはいえ夜になると多くの場所では人通りが少なくなり、活気も失われていく。しかし噴水広場は違う。毎日のように入ってくる行商人や旅行者のために屋台が出ており、昼以上の盛り上がりを見せている。

 王都について数日は残っていた旅のための食料を消費しながら生きていたが、それが尽きたあとは俺も他の『よそ者』たちと同じく、屋台で食事を摂ることが多くなっていた。

 屋台には幾つもの種類があり、串に肉や野菜を刺して焼いたものや、薄いスープのラーメンのような麺類であったり、ライ麦パンのような癖のあるバンズで具材を挟んだサンドイッチも売られている。

 大抵俺は串焼きとサンドイッチを食べているのだが――ちなみに『ラーメンもどき』はあんまり美味しくなかった――、若干飽きつつある自分もいる。


 異世界に遭難してしまっている非常事態の中で文句を言うのは贅沢かもしれないが、コンビニやスーパーに行けば、……家に帰れさえすれば……色々な料理が食べられる元の世界は本当に豊かだったんだな、と感じた。

 だだっ広い噴水広場を一周し、めぼしいものを見つけられなかった俺が一番安い店のサンドイッチを買おうと列に並ぶと、見覚えのある姿を見つけた。

 赤い髪で、ミアと同じくらいの背丈の少年……俺が王都に来た初日に遭遇した奴隷の少年だった。彼は一人で噴水広場に幾つかある花壇の縁に座り込み、俺が買おうとしているのと同じ最安値のサンドイッチを頬張っていた。

 その周りには例の上裸の奴隷商はいない。いま、一人で黙々と食事していることから考えても、あの奴隷商からは逃げ切れたと見て間違いないだろう。


 声をかけようか迷ったが、やめることにした。


 なにか困っているかもしれない。今も奴隷商に追われているのかもしれない。

 ……でも、俺にはそこまでの親切はできない。それをするのはソラや『藤谷カズト』のような人間だろう。

 俺は、俺のことで精一杯だ。すべての人と関わって、片っ端から救っていきたいなんて、思えない。そんなことを出来る身分ではない。


「俺自身のことだって、上手くいかないのに」


 手のひらを眺め、それから拳を握る。ポケットに手を入れると、中に入れていた銀級の身分証が手にあたった。

 こんな身分があったって、俺は何も変わらない。『自分のため』。そのためにしか、生きられない。


 サンドイッチを購入し、列から外れたあとにもう一度花壇を見たが、赤髪の少年はどこかへと去ってしまっていた。

 手に持つ出来たてのサンドイッチの暖かさと正反対の自分の手の冷たさが、打ち消しあって消えていく。


 早く、宿に帰って休もう。情報屋に協力を仰ぐのは難しくなってしまった。明日も図書館に行って調査を続けないと。


 宿に向かって足早に歩き始める。しかし人通りが多かったせいか、俺の注意力が低かったせいか、歩き始めてすぐに通行人の一人とぶつかってしまった。


「……うわっと、済みません」


 反射的に慌てて謝る。人とぶつかることに良い記憶はない。サウルでスレイにスリをされたことを思い出しながら謝っていると、俺とぶつかった男も頭を下げて謝ってきていた。


「こっちこそ、済まない……。……!」


 謝って、それから顔を上げた彼は、俺の顔を見て驚いた表情をした。


「……輝……?」


 恐らく俺も、彼と負けず劣らずの表情だったに違いない。それは――。


「……一樹?」


 ――懐かしい友人の姿が、……橋山一樹の姿が、目の前にあったからだ。

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