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震える手で(1)

【贖罪】[しょく・ざい]

自らの犯した罪や過ちを償うこと。罪滅ぼし。

 ドラゴンの背に乗って空を駆けていく。白銀の風をまとい、大きな鱗に両手でしっかりと捕まる。片手がグングニルでふさがっていたらこうは行かなかった。武器を携帯するためのベルトを作ってくれたティアさんに感謝だ。


「どこだ……。どこに……」


 俺は地表を見下ろす。ヒュルー周辺の特徴的な荒れた地面が物凄いスピードで流れていき、徐々に草木が生い茂ってきて森や草原の類も現れるようになってきた。ヒュルーからずっと伸びる街道には人通りもなく、見えるのは粗野な一筋の線のみ。

 これの続く先に、港湾都市ヤマトは存在している。


「誰も居ない……」


 ヒュルーに俺が探している人たちは居なかった。彼らはヤマトへ向けて旅立ったとのことだ。だったら、街に至る道のどこかに彼らはいる。もしくは……。


「もう、着いちゃってるのか……?」


 ヤマトは反乱を起こしている革命軍の本拠だ。聞いた話じゃまだまだ兵力もあるらしい。たった七人がまともにぶつかって勝てる相手じゃない。


「……生きていてくれ……」


 鱗を掴む手に力が入る。自分勝手な願いだとしても、彼らにもう一度会うために俺は今こうしているんだ。普通じゃありえない速度でここまで飛んできたんだ。

 俺はちらりと後ろを振り返った。遠くにフラルダリル鉱山が見える。ハリアは流石に見えないか。本当ならば十日以上かかる道のり。


「どうして……暗殺だなんて……」


 ついさっき起きたヒュルーでのことを思い出し、俺は固く歯を食いしばった。



 想像と現実が違うということは往々にして存在することだ。夢見る上京学生が全て成功者になれるわけは無いし、テストに臨む俺のヤマ勘はことごとく外れる。いにしえの知恵者なんかは捕らぬ狸の皮算用という言葉を残してくれていたりもする。

 俺だって当たり前のごとくそれを理解していたはずなのだけど、まさか、ここにきて実感することになるとは思わなかった。


「ようやく……マシになってきたかな……」


 俺はかじかむ両手の指先から力が抜けてしまわないようにドラゴンの鱗を握り直す。視界には大きなドラゴンの首と頭部。そしてその先は抜けるような空。


 俺は今、グウェインという通称のドラゴンの背中にしがみついて異世界の空を飛んでいた。


 空を自由に飛びたいな、という想像は誰でも一度はするものだろう。幸運にも俺はそんな想像に近づくことができた人間ではあるものの、飛行というのは思っていたよりも負担の大きい行為だった。

 ドラゴンの背に乗って上空まで来てからまず最初に感じたのは寒さ。そして酸欠だ。高速で飛ぶことで生じる風の抵抗も驚異的だった。身体を回復魔法で癒やしながらもハリアから飛び立って一分も持たないうちにギブアップした俺は、格好悪くもグウェインさんに懇願して一度地表近くまで降りたあと、周囲の空気を集めて自分を覆うようにまとめ上げ、改めて上空へと戻ったのだ。


「こんなところで躓くなんて……」


 想像と現実のギャップに辟易している俺に構うこともなくヒュルー方面へとグウェインさんは飛び続ける。

 グウェインさんは四桁の年数をあの『触れざる島』で過ごしていた。そのせいか目的地の『ヒュルー』という地名を知らないらしく、首を傾げられてしまうのみだったが、魔導石の鉱山の話をすることによってようやく行きたい場所を理解してもらうことができた。

 逆に言えば、鉱山の名前になっているフラルダリルというのは古くから使われている名称らしい。懐かしそうに「ああ、あそこか」とのたまったグウェインさんの優しい声がまだ耳に残っている。千年単位で懐かしさを語られるとスケールが大きすぎて共感はできなかったが。

 とにかくドラゴンはイメージ通り、かなりの長命のようだということがわかった。

 ふと、自分がそれだけの期間を生きる生き物だったらと考える。誰も自分のことを知らない世界に在って、俺は平静を保てるだろうか。きっと難しいんだろうな。耐えきれずに正気を手放してしまうかも知れない。

 ……意味のない想像か。


「そろそろ見えてきたな……」


 時間はどのくらいかかっただろうか。フラルダリル鉱山の大きさがどんどん大きくなっていき、その近くに建物が密集した地域が見えてくる。鉱山の町、ヒュルーだ。何やら見覚えのない木製の柵のようなもので囲まれている。俺が去った後に建てたのかな。防衛目的だろう。

 目標が近くなっていくにつれてグウェインさんはスピードを徐々に落としていく。ゆっくり止まるのではなく、到着してから止まってくれればいいのに、などと考えていたら、俺のからっぽの頭の中を読み取ったように「急に止まれば投げ出されるからな」とグウェインさんが言った。

 確かにここまで慣性が乗ってしまったら、止まるだけでもタダじゃ済まないだろう。


「……お気遣い、ありがとうございます」


 お礼を言って、それから「あの街の近くで降ろしてください」とお願いした。


 ヒュルーの東側、柵の外でグウェインさんに降ろしてもらうと、俺はしびれかけている両手をぶらぶらと振りながら身体の周りに巡らせていた空気を開放する。地表の濃密な酸素を吸い込んでゆっくり肺になじませてから周囲を伺う。


「要塞みたいだな……」


 ヒュルーは棘のついた木製の柵によって囲まれており、戦への備えを済ませているようだった。街の入り口では何かを騒ぎながら二、三人の戦士が屯している。どうやら俺の方を見て話をしているようだ。

 ……いや、当たり前か。

 俺は地面にきちんと身を降ろしているグウェインさんの方を振り返る。こんな巨大なドラゴンが街までやってきて、挙げ句その背中から怪しい人間が一人降りてきたとあったらヒュルーにいる戦士は過敏に反応するだろう。ただでさえ戦いのあと。少し考えればわかることだ。


「グウェインさん。ありがとうございました。俺はここに用があるので、行ってこようと思います。グウェインさんも、どこかいく場所があるのであれば、向かってください」


 俺が言うと、グウェインさんは長い首を下ろして、顎を開ける。


「休んでから、どこかへ向かうか。……日が沈む頃まではここにいる。目的の達成を祈ろう。小さな友人よ」


 その言葉に頭を下げて、俺は再びヒュルーに向き直る。街の入り口に更に数名の戦士が集まっていた。名前こそ知らないし話したこともないけれど、戦場で見かけたような顔も混じっている。


「ふう……」


 俺は胸に手を当ててから息を吐き出す。

 ここにソラたちがいる。エレックと、そしてミアもいる。俺はここまで来た。話をするために。……どうやって話を切り出そうか。頭の中では、まだうまくまとまっていない。

 脚が鉛のように重く感じられたが、思い切って街の入り口に向かって歩き始めた。



 戦士の集まる街の入り口までたどり着く。木の柵を越えたり避けたりしながら進んでいったら時間がかかってしまい、そのうちにもどんどんと戦士は集まり今や二十数人。その中から代表と思しき青年の男性戦士が出てきて、俺を迎え撃つように剣を抜くと、突きつけてきた。


「さあ、そこで止まって貰おうか。……ラルガの麾下きかとは思えないが、ドラゴンまで引き連れて一体何をしにここへ来たん――」


 やる気のなさそうな様子でそこまで話した彼は、俺の顔を眺めてから眉をひそめた。


「――ふむ。その顔は覚えているが、何があってノコノコとここまで舞い戻ってきたんだ? お聞かせ願いたいものだな。……久喜、輝」


 俺の名前を知っている。つまりは『色々』と付帯する情報を知られているのだろう。まずは彼を説得しないと、先には進めない。

 緊張で乾いた喉を開く。


「俺、は。……ミアを、狛江ソラたちを探しています。彼らにもう一度会いに来ました」


 そう伝えると、目の前の青年戦士は剣を微動だにせずに、その首を左右に振る。


「……それは、お断りだ」


 はっきりとした拒絶だった。俺はどうにか縋ろうと口を開く。しかし俺が何か言う前に、彼は背後に控えている戦士の集団に向かって大きく呼びかける。


「おい! お客様がお帰りだ!」


 言葉に反応し、身体の大きな中年戦士が歩みを確かに前へ出てくる。俺を見据えながら青年戦士の前に入り込んでくると腰の剣に手をかけた。


「気乗りはしないが、命令であれば仕方ない。問答無用だな?」


「そうだ」


 すれ違いざまに中年戦士と青年戦士がやりとりをかわす。良くない方向に話が進んでしまっている。俺は慌てて両手を上げてみせた。望ましくない流れだ。


「ちょっと待ってくれ! 敵意はないんだ!」


 しかし、俺の言葉には何の重みもないのだろう。中年戦士は手にかけていた剣の柄を握り、上段へと振り上げる。


「悪いな坊主。先の通り、問答は無用らしい」


 そして距離を詰めてくる。踏み込みの深さからして冗談ではない。本気で殺すつもりで来ている。抵抗しなければ、殺られる……!


「くっ」


 俺は背中のグングニルを引き抜いて上から打ち下ろされる剣を受ける。


「ほう。受け止めたか。だが、それだけでは……」


 つばぜることもなく、中年戦士は何度も剣を打ち下ろす。一見棒を振るうが如き剣の扱い方だが、剣筋自体は真っ直ぐで鋭く、重い。この剣の振り方は他の戦士も良く使うものだったことを思い出した。

 剣を刃物として扱い、『斬る』ことを念頭に置いているユリウスさんの太刀筋とは違う無骨なもので、剣を鉄の棒と見做して、打ち付けて殴り殺すことを至上とする野戦の剣術。剣が錆びても切れなくなっても、敵を屠ることのできる戦い方。

 俺はグングニルで受けながら、胸元のペンダントに触れる。

 魔力を両腕に流し込んで、更に目へも向ける。すでに十二分に可能だった見切りに魔力による補助がかかり、中年戦士の剣は完全に読み切ることができるようになる。

 打ち下ろしと打ち下ろしの間隙。俺はグングニルを振り抜いて相手の剣へ打ち付ける。超重量のグングニルに加えて、魔力で強化した筋力で与える衝撃に中年戦士は剣を取り落とす。すかさず俺は左手で小刀を抜くと、刃筋を滑らせて相手の首元へと当てた。


「な、ここまで強かったかよ、お前……」


 中年戦士は降参とも受け取れる言葉を吐く。それを見た青年戦士は剣を掲げた。


「ちぃ……。弓兵!」


 街の入り口にいた兵の中から数人が渋々といった感じで弓を構えだす。俺は右手のグングニルを背中にしまい、そのまま胸元のペンダントに触れる。


「待て! 仲間を巻き込んで撃つ気か!」


「構わねえ! 俺ごと撃て!」


 中年戦士が叫ぶ。これが兵士の矜持なのか。彼らにとっての『覚悟』なのか。……でもそれは俺の『覚悟』とは相容れない。この中年戦士の死を、俺は背負うつもりはない。俺の『覚悟』はそのために在るんじゃない。……『自分のため』だ。


「させるか……!」


「撃て!」


 青年戦士の合図で矢が放たれる。数本の矢が弧を描いて飛んでくる。俺は右手に白銀の風を集め、矢に向けて放つ。『風の刃』ほど空気を凝縮はさせず、ある程度の膨らみを持たせる。目的は軌道を変えることだからだ。

 風に吹きつけられた矢は地面に叩きつけられたり左右に逸れていったりしていき、俺と中年戦士には当たらずに落ちていく。


「お前……」


 首筋に小刀を当てられたままの中年戦士が驚いた様子で口を開閉させる。俺は右手で彼を突き飛ばして、それから一歩後ずさる。


「やめてくれ! 戦うつもりはないんだ!」


 おそらくこの一隊を指揮しているだろう青年戦士へ向けて叫ぶ。すると彼は諦めた様子で剣を下ろした。


「聞いていた話と違うな……。魔法を使えるのか。……であれば、こちらではどうしようもない」


「お願いします。本当に危害を加えるつもりは無いんです。……ただ、ミアに……狛江ソラに会わせてほしい」


 再度頼み込む。ようやく受け入れてくれたのか、青年戦士は「……良いだろう」と言った後に、背後に控える兵士たちにも武器を下ろすように伝えてから俺に向き直った。


「それだけの力があって、ドラゴンまで率いながら、街には攻撃していない。……この状況を敵意無しの証明と見做そう」


「それじゃあ……!」


「だが、彼らとは会わせられない」


 ピシャリと断定する青年戦士。俺は「どうして!」と聞き返す。冗談じゃない。そのためにここまで来たんだ。俺は。

 だが、彼は再び首を横に振る。


「すでにヒュルーにはいないから、だ」


「ヒュルーには……。そんな。彼らはここに残ったはずじゃ……!」


 そのはずだ。俺はハリアへ戻った。その時の一団に彼らの姿はなかった。それにユリウスさんには『彼らに会いたい』という意志を伝えている。もし彼らに義勇軍としての別命がくだってヒュルーを離れるという情報があれば教えてくれたはずだ。

 動揺している俺を見て、青年戦士はバツの悪そうな様子で肩をすくめた。


「ラルガを討つためにヤマトへ向かった。ミアやエレックと名乗った戦士も同行している」


「そ、それはいつ……!」


「七日前だ。もうヤマトにたどり着いているかもな」



 その言葉を聞いた俺はすぐさまグウェインさんの元へと戻った。それからもう一度背中に乗せて運んでもらいたい旨を伝え、今こうして街道沿いを目視で確認しながら港湾都市ヤマトへ向かっている。


「もう、海に着くが」


 そうなのだろうと感じてはいた。遠く地平線が平らになってきていたからだ。地平線であれば山や谷で多少の凸凹が在るはずなのだ。それがないということは、地平線ではなく水平線なのだろう。

 ヤマトまでたどり着いてしまう。そうだとしたら厄介だ。彼らも敵地の街中で姿をあらわしているほど間抜けじゃない。隠れ忍んでいるはず。……どうやって探せば良いんだ……。

 しかし、その俺の悩みはすぐに解決した。いや、解決というには少々力技がすぎるところではあるが。


 ……ヤマトから少し離れた丘の上から、金色の光線が天に向かって伸びていたのだ。


「あれは……!」


 俺は驚きながらも確信を持った。この世界においてあんな出鱈目な出力の光線なんて、扱えるのはたった一人だ。


「あの光、か?」


 グウェインさんが確認してくる。俺は頷き、それから彼に聞こえるように大きめの声で言った。


「はい。見覚えのある色です! ……グウェインさん、お願いします……!」

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