3.友達
「アベリア、そろそろ起きなさい」
「もうおきてるわ、ママ」
アベリアは今日幼稚園の入園式に行く。
実は前日からわくわくしていたなんて恥ずかしくて言えない。
奏なら言えなかった。
「たのしみではやおきしちゃった!」
「パパも楽しみだぞ!アベリア、ばっちりカメラで撮るからな」
「うん!」
アベリア本人も楽しみにしているが両親のわくわく具合もなかなかだ。
「アベリア、ココアできたわよ」
「わーい!ココアだいすき」
湯気が立ち込めるココアを一口飲み、アベリアは息をついた。
「ママ、おともだちできるかな」
「できるわよ、大丈夫」
「アベリアなら大丈夫だ。パパとママを信じなさい」
「うん」
同年代の子供と遊ぶ機会がほとんどなく、ただただアベリアの中には不安が立ち込めた。
奏のときのように「都合のいい人」で終わらないように、でもマウントを取る嫌な人にならないように、どうすればいいのか。
そう考えているうちにアベリアの上唇は尖り始めた。
「アベリア、また唇が尖ってるわよ。大丈夫、今日はママたちも一緒だから」
「うん…」
「それにママだってアベリアのお友達のママと仲良くなれるかしら」
「ママは美人だから僻まれそうだな」
「ちょっとパパったら。パパもパパ同士仲良くなれるよう頑張ってちょうだい」
「まかせなさい!」
こんな陽気な両親に少し心が和らいだ。
朝食を済ませ、アベリアは着替えを始めた。
割としっかりと決まった制服。
紺色に臙脂色のラインの入ったセーラー服に臙脂色のリボンのついた紺色の帽子。
「靴下、どれがいい?」
「これ!」
靴下に指定は特にないため、アベリアは紺色のリボンのついた白い靴下を選んだ。
内心、こんなのこの年頃しか履けない、など奏的視点が入っての選択である。
「さて、そろそろ行くか」
家から幼稚園までの道は何度も両親と散歩した。
だけれど、いつもと違って見えてどきどきした。
自然と歩調が早くなっていく。
「アベリア、楽しみなんだな」
「あら、今更どうして?」
「歩く速度、早くなってるぞ、あの子」
「ほんとうね、ふふ」
幼稚園に近づくにつれ、同じ制服の子供が増えていく。
アベリアはピタリと足を止める。
「どうしたの?」
「きんちょうしてき…」
緊張してきた、そう言っている言葉を遮るように泣き声が聞こえた。
「あら、あの子泣いてるわ」
「ほんとうだ。不安なのかな」
「ママ…あのこないてる」
「大丈夫よ、アベリア、あの子もあなたと一緒で緊張してるのよ」
「でも、アベリアなかないよ」
「そうね、アベリアは泣いてないわね。大丈夫、すぐ楽しくなるから」
「うん」
アベリアはきゅっとスカートの端を握りしめた。
「保護者の皆さんはこちらで手続きをお願いしまーす」
「よろしくお願いします」
「はい、お名前お願いします」
「子どもの名前は…」
「アベリア・アクアです!」
「あら、よく言えましたね!ようこそアベリア」
「よろしくおねがいします!」
「よろしくねー、はい、これ」
幼稚園の教員はアベリアの胸元に布でできたコサージュをつけてくれた。
「アベリアよく似合ってるぞ」
「へへ」
「いよいよね」
入園式は特に何もなく終了した。
何もなく、と言いつつも泣く子が続出し、連鎖して大合唱となった。
アベリアの隣の子も泣いていたため、アベリアはその子の手を握ってあげていた。
それが、アベリアとリリーの出会いだった。