0.息苦しい
「お前の生きてる価値、あんの?」
鈍器で殴られたような痛みが全身に走る。
鈍く、じわりと、そして徐々に熱くなる。
なぜ人の傷つく言葉をこうも容易く発するのだろう。
なぜ相手が感じることを察することが出来ないのだろう。
あなたこそ生きてる価値ありますか?
水野奏は演劇部の同級生の男子に部活終わりに言い放たれ、呆然と立ち尽くしている。
「お前、普段は暗いくせに芝居になると生き生きしてさ。きもいんだよね。お前、見苦しいんだよ。下手くそなのにそうやって楽しそうにやっててさ。イタイんだよ」
奏は胸から何かせり上がってくるものを必死に飲み込み、リュックを抱え、小さな声で
「お、お疲れ様です…お先に失礼します」
部室から走って出て行き、女子トイレに駆け込んだ。
洋式トイレの個室へ入り、せり上がって来たものを全て吐き出す。
吐いてしまえば全て楽になる。
体の中身が空っぽになって全てなかったことになる気がする。
嫌なことを言葉で吐き出せない奏はこうやる手段しか知らない。
喉がヒリヒリすることに気づいた奏は明日の部活のことを気にし始めた。
明日の部活で声が出なかったらどうしよう。
明日声が枯れてしまったらどうしよう。
そんなことを考えながら奏はトイレから出て足早に学校を後にした。
11月になり、もう外は暗く、住宅街の中にある学校から駅までの道は狭く、街灯も少ない。
奏はいつも1人で歩いていたわけでは無い。
3ヶ月前まではいつも一緒に帰る人間がいた。
隣に住んでいた幼馴染の藤崎紘輝が奏の部活が終わるのを待っていた。
恋人関係というわけではなかったが、それ以上に家族のような関係だった。
「だった」である。つまり、今は奏の隣に紘輝はいない。
奏は帰り道でぼうっとしながら空を見ていた。
空は雲が厚く、月が見えない。
「今日は曇ってるなぁ…」
そうぼんやり呟いていると、目の前が真っ白になった。