放課後
誰のBADかって?
成績優秀、容姿端麗。誰が見ても美人と思え、誰に聞いてもかわいいと答える。そんな女の子と夕日の差し込む用具室で二人っきりになれたらどう思うだろうか。
男性諸君なら迷わずこう思うだろう、最高っと。
正直言って俺もそんなシュチュエーションに恵まれれば嬉しくて小躍りしてしまうだろう。ましてや入り口のドアを閉められ鍵かけて、
「君がしたいこと何でもしていいよ。君だったら何されてもいい」
なんて言われた日にはもう嬉しさで死んでしまいそうになるね。高校生になって初めて女子から言われりゃ、さすが高校とはしゃぎたくなる。そんなことが今まさに俺の前で起こっている。
朝、遅れて教室に入った時から妙にそわそわしてると思ったら、昼休みにここに来るように言われたのさ。愛の告白か?女に興味津々な年頃の男子高校生ならそう思うだろ。俺だってそう思ったさ。俺にもついに春が来たと思ったのは馬鹿な事じゃない。クラスからの奇異の視線など気にせず上機嫌で鼻歌歌うのが男ってもんだろ。
放課後待ち合わせの用具室に向かう俺の足取りは他人から見れば変態に見えただろうな。鼻歌にあわせて三歩に一歩後ろに下がってたんだから。
「もう一度言うね」
成績優秀、容姿端麗
「私、君が好き。ううん祐君が大好き」
誰が見ても美人と思え
「ずっと好きだったの。もし祐君も好きっていってくれるなら」
誰に聞いても可愛いと答えるだろう。つぶらな瞳に愛らしい口元、まっすぐ伸びた色の薄い髪。微笑みを浮かべるその表情は夕日と相成って眩しすぎる。小柄な体に着こなす俺と同じ学校の制服、おとなしそうな雰囲気なのに年長者のような包容力。俺と同じ高校三年とは思えない。
ま、実際留年してるから一つ年上なのだが
「祐君にだったら、、、何されてもいいよ、私、、、ちゅぅでも、キスでも、そのもっとエッチなことでも」
かすかに頬を染めて言う姿がたまらない。もじもじと恥ずかしそうにする左手がいじらしい。男なら今すぐ抱きしめて、己の欲情をぶちまけたいのが本音だろう。相手だってそれを良しとしている。はっきり言って俺は普通の男子高校生より性欲は強い、理性の枠なんて据え膳の前では二秒で崩してみせる自信がある。
じゃぁ、何で、行動に移さないかって?
そりゃ当然だろ?刺さっちまうだろうがよ包丁が
「そんなこと言うような状況か」
のど元に突きつけられてるのは小さな柔らかそうな手には不釣り合いのもの、おそらく出刃だろう。
「どうして、、、普通女の子がここまでしたら返事は一つでしょ」
のど元に包丁突きつけられてどうして普通といえるだろうか。嫌出来ないね。あなたの右手が紅く見えるのは俺の気のせいですか、きっと夕日が照ってそう見えるんだろう。
床の広がる紅い水たまりは何なんでしょう、きっと美術部の馬鹿が絵の具を洗った水を零したんだ。
「もし、嫌だって言ったらどうなる」
うぅうんと悩むあなたの顔に見とれてしまう。気合い入れて化粧したんだろうな、いつもにまして美しい。けどちょっと気合い入れすぎだぞ、あっちこっちに口紅が飛んでるじゃないか。点々と飛沫のようなそれは新しいファッションなのか。
「取りあえず私の右手が15センチ前に動くかな」
痛いのでそれはやめてください、本当に。せっかく綺麗に染め上がったその制服が醜く汚れちゃいますよ。
「もしこのまま、何も答えなかったら」
意外そうな顔を向けてくる、我ながら名案だ。これなら何とか切り抜けられるかもYo。取りあえず人を呼び出した張本人さんはずっと床で寝てるので、どうしたものかな。そう言えば演劇部だったかな、起きたら確認しよう。そして褒めてやろう寝ながら美術部が用意した水をまき散らすなんて凝った演技だって。
「答えてくれるまで一分に1センチずつ前に、全部で15センチ押し出す」
嫌、だから15センチ前に出されたら死んじゃいますから俺。てか、おいっもうカウント始まってるのかよ。かすかに動いたよね包丁、1センチぐらい。のど元、3センチの包丁が迫る恐怖は何ともいえないな。笑顔で早くーと急かすのはたまらなく可愛いのだが出来ればまずその右手をおろしてほしい。俺の人生も後15分で終わってしまうのか。短い人生だったが15分で思い返せるほど軽い人生でもない。ていうより後5分もしたらチクリと痛さでそれどころじゃないっての。
後ろに逃げればいいじゃないかって、、、ふふふん、ここは用具室だぜ机やら椅子やら置いてあって狭いったらありゃしない。逃げ場なんて限られてる。そしてとうの昔に俺は壁際に追いつめられてるのさ。てっ待て待て馬鹿なこと考えてる間にのどに包丁立ってますから、怖いほど冷たいですからその包丁。て、わっわっ動いてます動いてますから包丁、さっきから10秒もしないのに動いてますから、公約違反でしょぉおお。
、、、、、、
前略5分たったけど俺は元気に生きています母さん。
まぁ包丁は喉にわずかにふれた状態で留まっているから無事なわけですが、先ほどから小さなあなたの肩が小刻みに震えている。せっかくの綺麗な顔も俯いていては見ることが出来ない。震える肩を優しく包み込んであげたいのはやまやまだけど、包丁をどうにかしないと動けない。
不意にあなたの顔から水滴が落ちる、夕日に照らされてきらきらと光るその宝石は床に落ちて四方に散る
「全部、祐君が悪いんだよ。全部、全部何もかも」
ぽつりとあなたはそう言った。時折とぎれて聞こえるのは泣いているからだろうか、今更ながら祐君とは俺のことつまり裕一郎である。長くて呼びにくいから祐君って呼んでいいかって上目使いで聞かれたのはいつだったけな。もう覚えていない。
確か一緒の傘で帰った日だったけな。
「まぁあ何だ、何で俺が悪いんだ」
この言葉を言ったのはおそらく間違いだったのだろうが俺にはそう思うほか無いだろ。突然全部悪いって言われても訳がわからない。
案の定、君は呆れた様な悲しいような何ともいえない顔を俺に向ける。その顔も新鮮でなかなか好きだと思う俺は変態、だろうな、やっぱり。
少し寂しそうな笑顔で、いつもより潤んだ瞳であなたは言う
「祐君、格好いいのに、鈍すぎるんだもん」
前者も後者も俺は否定して良いのだろうか、この場合。何となく話の腰を折ったらチクリと来そうなので止めておこう。
「私が一年留年して周りから一人浮いてるのに、祐君はそんなこと気にせず話しかけてくれた」
そんな昔の事なんて俺は覚えてないんだけどな。少なくても浮いてた理由は彼女が一つ年上だったからだけじゃない。
「祐君と話してるとすごい楽しかった。嬉しかった。今までで一番、祐君が好きになった。お父さんよりも」
それは告白と思って良いのだろうか、何となく最後の一言が引っかかる。お父さんと比べられる俺って一体。
「私、今までこんなに誰かを好きになった事なんて無かった。だから頑張って祐君に大好きなこと伝えようとしたのに、、、全然気づいてくれないし、この鈍感やろう」
最後に毒が出てるぞ毒が。確かにそんなこと気づかなかったな。ていうより、そんなことあったか、あなたが俺を好きだと気づかせるようなこと。
「勉強教えてあげたり、お弁当作ったり、一緒に買い物にも行ったのに、、、映画も見たのに」
あぁ、今思えばあれはそうだったのか。そう言えば映画見た時、あなたはエロシーンでは紅くなって俯いてたっけ。でも、
「嫌、その、友達として遊びに行ってるだけかと思った」
俺はそう思っていた。むしろ彼女の方がそのつもりなのだと持っていた。あなたは一瞬驚いたような、それでいて初めから解っていたような顔で綺麗なしずくを増産する。
出来ればあまり見ていたくはない。あなたにその宝石は似合わない。
「そう、そうだよね、、、」
あなたは震える声、俺は震える体。きっとこの部屋がすごく寒いんだ。そう思うでしょ床に転がるマネキンさん。こんなに寒いのだから今すぐ、目の前に立つあなたに抱きついてこの体の震えをどうにかしたいのですが良いでしょうか。
わぉっようやく包丁が重力に惹かれて下を向き向きましたよ。やったぜ父ちゃん何とか説得できたみたいだ。生き延びられたって思うべきだよね、思うべきでしょ、思うべきじゃないの。だって力無く下ろされた右腕がその証拠でしょ。綺麗に飾られた赤と黒のコントラストがすばらしいですよ。
「もう、、、いいや」
あなたは愛らしい唇でかすかに呟く。これは、やばいのか、助かったのか、何だか非常にやばい事が起こりそうな感じがするのは、僕とミステリ小説の第一被害者ぐらいですか。
うん、てかっようやく下ろした右手なんだからさぁ、下ろしとこうよ右手、振り上げないでおこうよ右腕
あなたは両手でもって突きつける自分の首に。
「御免ね、迷惑かけて。本当は祐君も連れて行こうかなって思ったけどやっぱり嫌だよね」
はい、嫌です俺はチクリとされるのもグサリとされるのもザクザクされるのも嫌です。
床に転がるマネキンさんとは違うので俺は。
それよりどこに連れて行くつもりだったんだ、家か、公園か、ホテルか、、、、、、やっぱりあの世だよね。
「バイバイ祐君、大好きだったよ」
チクリとされるのもグサリとされるのもザクザクされるのも嫌な俺だけど、
もっと嫌なことがある
「この馬鹿っ」
赤と白と透明なしずくが混ざり合う首に噛みつこうとしてる銀色のそれを俺は急いで止める。右手に握られたそれを、あなたの細い手首をぎゅうぎゅう締めてふるい落とす。
少々、乱暴になってしまったけど仕方ないだろう。銀色のそれが水音をたててマネキンの横に転がり、かすかにマネキンが動いた気がする。
「チクリとされるのは嫌だ」
急に激しく動いたもんだから息が切れるが取りあえず、今やることは一つ。あなたはといえば突然の事に驚いて、手を捕まれたまま俺の顔を見つめている。驚き顔、きょとん顔ていうのかな、どこか気の抜けたその顔がまた何とも可愛いのですよ。
「グサリとされるのも嫌だ」
我ながら他に言うこと無かったのかって呆れるよたく。何気なく本音出ちゃってだけだし俺。何が言いたいのか解らないって顔しないでください。もう上目遣いたまらない。俺は変態かな、違うはずだよね、多分。
「うん。解ってるよ。祐君痛いの嫌いだもんね。変態だけど」
いいや、解ってないね。何一つ解ってない、断じて解ってないこれっぽちも解ってない。そして俺は変態じゃない。
このお馬鹿さんめ。潤んだ瞳に引き込まれそうだぜ。
「だけど、もっと嫌なことがある」
もぞもぞと抵抗しないで下さい。俺から逃げようとしたって無駄ですよ。力はこっちが強いんだから。てか元々あんまり丈夫な体じゃないのに無茶しないでクレYO。今更だけど少々華奢な体つき何だよな、出会ったときより随分ましだけど。胸は最近大きくなってるよなBかなCかなって、そんなの今はどうでもいい。
「解ってるっ死にたく無いんだよね。だから私だっ」
別に否定はしないよ。誰だって死ぬのは嫌だろ。俺だってそうだ、ましてや一度もあんな事やこんな事を経験する前に死ねるかっての。だけど俺にはもっと嫌なことがあるんだ。チクリとされるよりもグサリとされるよりもザクザクされるよりも嫌なこと。
成績優秀、容姿端麗。
誰が見ても美人と思え、誰に聞いてもかわいいと答える。
だから、俺は、あなたの唇を奪う。
寒さに震えるあなたの体を抱きしめる。思っていたよりずっと小柄でずっと柔らかい。唇を解放したら蛸のように真っ赤だし、眼はまん丸。その顔笑って良いですか。
「なっ何で」
今更そんなこと聞きますかあなたは。キスでもチュウでも好きにしていいって言ったのはあなたですよ。もちろんそれだけで終わらせるほどお人好しではないぞ俺は。そんなわけで、愛しくてたまらないあなたを美味しく頂きます。
「まっ待って、心の準備がっんっ」
理性の枠なんて2秒で壊れてるぜとっくの昔にね。
「ここじゃっんっ駄目っだってば、ぁあっ」
正門で
「人の前でやるな馬鹿野郎どもぉ」
と声がしたのは気のせいだ。明日マネキンに確認しよう。
マネキンさんです