第二話 金平糖の墓守**
トントントン
見慣れたウェハースのドアをノックする
「おかえりなさい」
出迎えてくれた、男の人
この人が、先生だ
この街の墓守で、私の師匠でもある
数年前、先生に弟子入りをした私は、先生の元でお手伝いをしているのだ
「先生、今日は赤色ですよ」
ピカピカと光る、先程拾った金平糖を先生に渡す
「ありがとう、いつも助かるよ」
そう言って私の頭を撫でる先生
こうして先生に撫でられると、いつも不思議な気持ちになる
焼きたてのホットケーキの香りを、胸いっぱいに吸い込んだような、そんなふわふわした気持ち
「先生!レディーの頭を、そう撫でるものではないです!」
「すまないすまない」
そう言って柔らかく笑った先生は、ふと真面目な顔に戻り、金平糖と向き合った
「では、今回も始めよう」
そう言って、先生は準備を始める
まずは部屋の片付けから
シフォンケーキのソファー
クッキーのテーブル
ズボラな先生の部屋は、ソファーもテーブルも散らかり放題だ
「またこんなに散らかして…」
本は本棚に
出しっぱなしの食器は、洗って棚に
ひとつずつ戻したら
水槽のラムネを入れ替えて
泳ぐゼリービーンズに餌をやる
こうして、心をスッキリとさせることが重要なのだと先生は言っていた
散らかっていた部屋が綺麗に片付いて
準備が整ったら、いよいよ本番
先生は小瓶に入った金平糖を、ひとかけら、口に入れた
そしてそのまま、ゆっくり味わう
先生いわく、金平糖を食べることで、持ち主が分かるそうなのだ
ただ、金平糖を食べることは墓守にしか許されていないので、私にはどんな味がするのかも、なぜ持ち主を知ることが出来るのかも、分からない
金平糖を食べている時の先生は、いつもの先生とは別人のように真剣だ
それは先生が、ひとつひとつの恋心と真摯に向き合っている証拠であり、先生のそんな所を、私はとても尊敬している
しばらくして金平糖が溶けきった頃、先生は顔を上げた
「持ち主が分かったよ、すまないがラベルを持ってきてくれないか」
「わかりました」
クラッカーの棚、2番目の引き出しから、ラベルを取り出す
ラベルに持ち主を記載して、墓地に保管するのだ
『マドレーヌ街 ローリエ』
記載したラベルを瓶に貼り付けて、先生は私の手を取った
「それじゃあ、行こうか」
今日は、初めて金平糖の墓地へ連れて行って貰える日
「はい!」
またひとつ、新しいことを教えて貰える
先生に認めてもらえたようで、私はなんだか嬉しくなる
ブラウニーの廊下を進んだ先にある扉
ここが墓地だ
「それじゃあ、開けるよ」
「は、はい!」
ドキドキと高鳴る胸をおさえて、ゆっくりと開かれるドアを、じっと見つめた
キィィーー…
「わぁ…」
思わずあげた自分の声も聞こえない程、そこには美しい景色が広がっていた。
夜空の輝きより、もっとずっと、幾つもの
無数の彩りが広がるそこは、まるで宝石箱の中に入ったかのように
カラフルな金平糖が、キラキラ、ピカピカ輝いていて
でも不思議と眩しくはない
夢の中か天国のような
そんな、現実感のない光景
「すごい…綺麗…。恋って、こんなに綺麗なものなんですね…」
ふわふわとした心地のままそうつぶやく
先生は、何も言わず、優しい瞳で私を見ていた