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第56話

『・私が倒れる(瀕死)

 ・カゲツとリクハと、ここのお宅のお嬢さんに助けられる。(主にカゲツのおかげ)

 ・リクハは予定通り囮役、カゲツは私を保護しつつ大会会場地下の安息香製作所兼保管所を破壊

 ・カルロは観覧席に私が居なくて、その場で棄権したうえで部屋を横取りした一味を制裁。会場半壊させる

 ・私が落とした梟のアクセサリーが欲しい嬢さんの希望たって、ここで療養中(すでに十日経過)

 で、あってます?』

「まあ、ざっくり言えばそんな感じだな」


 紙をひっくり返して、再び文字を追う。

 流れはわかった。

 自分のせいとは言え、カルロが試合を棄権したことは個人的にものすごく残念でならない。できることなら勝ったという報告を聞きたかったが、それを告げる資格は自分にはない。


 瞑目すること三拍。アンジェリカは口元に手を当てて考え込んだ。

 それで私は梟をどこぞのお嬢さんに献上したらいいのか?

 えーでもなあ……勢い余って大量生産したからあるけど、他人にあげるのは考えていなかったからちょっとなあ。ぺしぺししたあとだし。


 だとしても、この梟はなあ。新たに作っても妙に蟠りができる気がする。

 ならいっそのこと人にあげる用として編み図から作成し直せばいける、か……? 時間はかかるけど。


 う――ん。


「なんか作ってくれっていうのは、貴族相手だろうと嫌なら断っていい。世話になったから、とかも気にしなくていい」


 う――――――ん。

 個人相手で、しかも知らない人の希望で作るのはなあ。作ることそのものはいいけど、どんな人かにもよるなあ。職人というわけではなく趣味でやっているので選り好みしたい。


 となると、為人ひととなりも知らないで作る作らないは言えない。


 あと、知らん人にちょうだいと言われたからって無償であげるのもなあ。

 なにかみんなの利になるようなことがあれば。


 箇条書きでまとめたそれを、カルロの前に提示した。


「気にしなくていいんだが……ああでも、作ってくれるなら礼はすると侯爵が言ってたから、ニクスの欲しいものでもいいんだぞ」


 ほしいもの。

 腕を組み天井を見上げ、左に首を傾け、絞り出そうとするけれども、思い浮かばない。


 胸の前で腕を交差させた。


「そうか、思い浮かばないか」


 首を小さく縦に振った。

 編み物も飽きてきたし、字と絵は人目のあるところでやりたくないし。次の創作なにしようかなって悩んでいるくらいで、誰かに頼んで得たいものがあるわけではない。


 なにかぽろっと出てきたりしないかなともう少し捻り出していると、唐突に頭を撫でられた。

 首を窄めるより早く、カルロの手が離れた。


「あれを作るかどうかは、侯爵令嬢に会ってから決めるとして、会えそうか?」


 アンジェリカはへらりと笑って見せた。

 欲を言うなら会いたくないです。


「……、……大丈夫、じゃないなその顔。薄寒いからやめろ」


 アンジェリカはすっと意図して出した表情をすっとかき消した。

 安堵したようにカルロが息をつく。

 作り笑顔はかなり不評らしい。


『作品云々は置いといたとしても、一回どうしても会わなきゃダメですよね』

「会いたくないなら会わなくていい」


 わー、めっちゃ甘やかしてくれる。

 でもダメなものはダメです。わかってます。言ってみただけです。


 自分を甘やかしたくなる気持ちをぐっと堪え、けれども甘やかしてくれるその気遣いに心が少しくすぐったくて。

 誤魔化すように、右の肩に顔を埋めているリクハの頭を撫で回した。


 助けてくれて、療養させてくれたお礼に、ってことではだめかな? それでもいい気がする。

 多分、大人は大人で対応しているだろうから、そこには口を挟まず、子ども同士のやりとりということで丸く収めてほしいな。


 よし、そういうことにしておこう。


 今まで使ってきた梟とは違うデザインの梟を考える。

 欲を言うなら本物を見たいところだが、ご飯が終わってから今に至るまで、後ろから抱きしめる形でぴくりとも動かず言葉も発しないこの状況で頼むのは気が引ける。


 梟らしく細長で作ったから、今度はまんまる梟にでもしようか。それだけでも雰囲気は変わるはずだ。


 頁をめくって筆を走らせる。

 完成形を片隅に描き、それを見ながら編み図を考える。


 それを見ながら一度編み上げて、想像とは異なる印象を受ける完成品をじっと見つめる。

 編み図に修正を加えて再び編み上げ、修正を加えて編み上げること数回。

 納得がいくものが完成し、アンジェリカはようやく道具を机の上に置いた。


 凝り固まった体を伸ばすように、手足を前に突き出した。


「完成したか?」


 ソファの後ろからカルロが顔を覗かせた。

 彼の方を見ながら首を縦に動かし、完成品を掲げた。


「器用なものだな。前のと違って、特徴を捉えつつも簡略化したのか」

「リクハは前のほうがかっこいいと思うのだ」


 作業するにあたり利き手である右の肩にいるのは居心地が悪かったのだろう。左の肩に顔を乗せかえているリクハが拗ねたように唇を尖らせた。


 その頭を撫でまわし、ひっつき虫なリクハに寄りかかる。彼の右肩に頭を乗せるようにして視線をやや上に上げた。


 これはまだ試作品で、仮に献上する用としたらまた作るつもりである。色の好みもあるのだ。

 前作のと違って更にデフォルメ化の程度の好みは人それぞれ。この梟でもいいのなら、気に入ってくれるとありがたいのだが。


 今まで大人しかったリクハが、肩に顔を押し付けて頭を振った。

 首筋から頬にかけて肌を毛先が撫でる。くすぐったさに、背筋が震えた。

 押しのけそうになった手を、意図してリクハの頭に置いて、動きを止めるように左側へ首を倒した。

 ぴたりと動きを止めたリクハが、お腹に回していた腕に力を込める。


「ニクス、リクハはご飯を作りに行ってくるのだ。だから兄から離れたら駄目なのだよ」

(はい)

「絶対駄目なのだ。兄とちゃんと部屋にいるのだ」

(はい)

「絶対の絶対なのだ」


 渋々と言った様子で解放されて、アンジェリカは久しぶりに自分でソファに座る。

 物憂げな顔でちらちらと背後を振り返りながら用意を調え、出入り口の前に立つ。


「絶対の絶対の絶対なのだよ?」

「わかったって。ニクスはちゃんと見てるから。早くしないと食べる前にニクスが寝るぞ」

「……急いで戻ってくるのだ」


 名残惜しそうにリクハが扉の向こうへ消えた。

 室内に静寂が降りる。カルロが隣に腰を下ろして口を開いた。


「何度か、今晩は俺が作るって言ったんだけど、駄目の一点張りでな。お前に作りたくて仕方なかったらしい」

『よっぽど心配かけたらしいことは理解してます』


 もとより文句は存在しないが、それだから大人しく受け入れている。

 あれはあれでちょっとかわいいとか思っているのは秘密だ。


「それもあるし、俺らが怪我することに慣れてないのもあるだろうな。俺が命に関わるような大怪我したの、出会う前だしな。出会ってからは、そこまで大きな怪我はした記憶はないな」


 昔を思い出すように呟かれた内容に、肝が冷えた。

 流れから考えても、リクハが出会う前ということで間違いないだろう。リクハが出会う前。――カルロと出会ってまもなくの頃の空白の二年間。

 そういうこともあったかもしれないと、考えたこともあった。でも聞かなかった。聞くのが恐ろしかったから気づいていないふりをしていた。


『そうなんですか?』


 文字を書く手が震えないようにするだけで精一杯だった。

 引き攣りそうになる頬を隠すように顔半分を紙で隠して掲げる。

 緊張のあまり心臓が口から吐き出そうで、喉の奥にぐっと力を込めた。


「まあ、今でこそこうだが、昔はいろいろとやんちゃしてた時期にいろいろな」


 紙とともに視線を下ろした。

 それ以上、聞きたくはない。踏み込んでしまったら、自分の知らなかった罪と向き合わなければならなくなる。

 贖いが遠い。


 不意に、カルロが腰を浮かせた。顔を上げると、カルロを制すように椅子に座っていたカゲツが出入り口へと歩いている。

 疑問に思って見つめていると、扉が三度叩かれた。

 びくりと体を震わせ、ソファの上に蹲るように乗り直し、カルロの陰に隠れる。


「ひゃっ。こほん。失礼致しました。こちら、お嬢様からの本日の書状にございます」

「確かに」

「――もう大丈夫だぞ」


 背中を撫でられてそろそろと顔を上げた。


「ほれ、剣の子」

「俺宛か? いつもはニクス宛なのに」


 カルロが受け取った手紙を見下ろす。

 体を起こして、ニクスはカルロの手元をのぞき込んだ。


『お客さまへ

 わたくしのわがままでお招きしたのにごめんなさい。どうかとても欲しかったけれど、はやくここから出てください。あの子が来ると、今知りました。明後日はついてしまうそうです。お願いします。あの子に会わないでください。会ってしまう前に、早くここを出てください。ごめんなさい』


 所々、字が滲んでよれている。


「あの子、ねえ。どうするかは任せるぞ、ニクス」


 差し出された手紙を思わず受け取った。カルロがソファから立ち上がる。

 それを目で見送って、ニクスは眦を下げた。


 任せるって言われましても……。

 

「ニクス、さっき言ってたお前宛の手紙と、あと一緒に渡された贈り物の類。悪いが、どっちも開封して害がないかだけは確認させて貰った」


 目の前に置かれた手紙の小山といくつかの贈り物。小瓶に入った液体や、シンプルな髪飾り、リボン。


 何度かカルロと置かれたものを見比べて、恐る恐る手を伸ばした。


 手紙は全部で十通。一日一通は送られてきていた計算になる。

 どれだけ梟のなんちゃってあみぐるみが欲しかったんだ。


 それを訴える内容だろうと思って手紙を開き、虚を衝かれた。


『拝けい ニクスさま

 わたくしはリリアンヌです。お怪我はだいじょうぶと聞いておりますが、まだ目を覚まされていないそうですね。いつこのお手紙を読まれるのかわかりませんが、お体を大切にしてください。

 敬具 リリアンヌ』


『拝けい ニクスさま

 今日はよいお日柄でした。お庭に咲いている花の道がとても綺麗です。目が覚めましたなら、ぜひご案内したいと思っています。水の女神イルカルラの祝福がありますように。

 敬具 リリアンヌ』


『拝けい ニクスさま

 今日は商人の方が来て宝石を見せてくれました。お母様の形見さえあればいいのに、だめなんのですって。どうしてかしら。でも、見ているのは楽しかったわ。貴女の瞳の色はなんなのかしら。アンバーのように輝く黄色? ペリドットのように美しい緑色? ラピスラズリのように吸い込まれるような深い青色? 目が覚めるのを楽しみにしています。

 敬具 リリアンヌ』


『拝けい ニクスさま

 今日は、廊下でリクハさまと会いました。元気がなさそうで心配です。ニクスさまが目覚めたら元気になってくれるでしょうか。

 少しお話をしたときに、リクハさまに髪を褒めていただきました。自分の赤い髪も、赤い目も好きではないのですが、でもどうしてか温かい気持ちになりました。

 私が使っているオイルをお裾分けするのでニクスさまも使ってみてください。

 敬具 リリアンヌ』


 こちらを案じるような手紙に一通り目を通す。

 最後に、今日渡された手紙をもう一度見返して、ニクスは天井を仰いだ。


 善良さが前面に押し出されているこの子の希望を無視するという選択肢はないが、可能な限り人に会わず私は自分を慰めていたい。

 慰めていたいけれども。


『この子には、会うだけ会ってみようとは思います』


 カルロが驚いたように目を見開き、そして目元を和めて頷いた。



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