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第44話

 料理を持っていた後、壇上で横たわる牛の神獣に一人引き留められたアンジェリカ(ニクス)は、正座をして紅い瞳を見つめ返す。


「狼が、そこにいるでしょう」


 森の中で出会った狼が脳裏をよぎる。

 胸元に手を当てて目を伏せた。


「そのほかにも若輩者が二人に、ふふ。まさかあの竜が人に力を与えるなんて、随分と守られているわ」


 竜というのに心当たりはないが、守られていることは自覚している。庇護されるばかりで何もできていないことも。


「真面目で、とてもまっすぐね、あなた」

(真面目なのは認めますが、残念ながらそれなりに捻くれてます)

「真っ直ぐだわ。だからこそ、裏返った貴方は容赦ない」


 アンジェリカは目を瞬いた。


「剣の子と未熟者を大事に思うなら、この前みたいに飲まれてはだめよ。もっと制御を覚えなさい」

(やっぱり、あの灼熱地獄の跡地は私のせいなんですね)


 がくりと肩を落とした。


 カルロは何も言わなかった。起きてからも説明はなかった。

 慮ってくれているのだろう。けれど、そんな恐ろしい力があるならば、神獣のように制御する方向で話をしてほしかった。


 わがままばかりの自分に嫌気がさす。


(どうすればいいですか)

「貴方が自信を持つこと。自分を許し、そして二人を守りたいと心から望むこと。それが力になるわ」


 アンジェリカは目を伏せた。

 自分には難しい課題である。自信を持てと言われて、はいそうですか、というわけにもいかない。


(約二年後、もう一年と十ヶ月後くらいですかね? どこの女狐かは知りませんがこの体をくれてやるなって言われました。どちらの女狐か知ってますか。近づきたくないんですが)

「それは無理じゃないかしら。どう足掻いても、変えられない運命というものがあるの」

(ええ、嫌すぎる)


 膝を抱えて膝頭に顔を埋める。

 今までの人生が人生だ。ろくでもない運命だとしか思えない。


(どうして出会ってしまったんでしょうね)

「あら、寂しいことを言うのね。未熟者が聞いたら泣くんじゃないかしら。私たちのなかでも、とても人に近い感性を持っているみたいだから」

(…………そう、ですね)


 リクハにもカルロにも迷惑ばかりかけている自分が嫌いだ。これ以上、二人の負担になりたくない。でも、現実はままならない。

 引きこもって自堕落に過ごしたいだけなのに、前世よりも過酷な現実が許してくれない。

 噛み合わない欲望と希望と現実が自分をがんじがらめに縛り付けている。


 自分自身に対する分析をぽつぽつと胸に浮かべたアンジェリカに、牛は朗らかな声を上げた。


「でもそうね。帰結する運命は変わらないけれど、それまでの過程なら変えられる。良いところを知っているわ」

(え?)


 牛の神獣が立ち上がる。

 きょとんと見上げるアンジェリカの襟首を牛は咥え、背中に乗せた。

 既視感のあるそれに多少驚きつつ、前回と同じように背中の毛をわしづかむ。


(あの、どちらへ?)

「貴方たちに最初に力を分け与えた若輩のところよ。時が来るまでその子のところにお邪魔するのがいいわ。そうと決まれば、さっそく行きましょう」

(え? いや、そんなつもりで言ったわけでもなく、なんのお伺いもなしに決めてしまうのは)

「大丈夫よ。ちょっと気難しいところはあるけど、悪いようにはならないから」


 まともに取り合わないまま、ずんずんと壇上から降りて牛は部屋から出る。

 その間も必死に待ってください、とお願いするが、聞く耳を持ってくれない。


 最初の神秘的で頼りがいのありそうな神獣さんはどこに行ったんですか。あれが緊急時で、普段はこっちですか、そうですか。


 借りている部屋の扉を前足で器用に牛が開け放つ。

 地図を広げた前で顔を突き合わせていたリクハとカルロが驚いた顔で振り返った。


「ほら、なにをぼさっとしているの。あなたたち、早く仕度なさい」

「へ?」

「なんだ、急に。仕度っていっても、まだルートは決めかねて」

「いいから早くなさい。そうね、半刻ほどは待ってあげるからそれまでに入り口に来なさい。来なかったら大姫だけ連れて行くわ」


 背中から下りるに下りられず、しがみついたままアンジェリカは縋るように二人に視線を向ける。


(だれかこの人をとめてください)


 情けのない声はカルロにだけ届かなかった。








 翌朝、一同は出発した。夜だというのに出ようとした神獣だが、館の主の説得によりなんとか出立を翌日にずらしてもらったのだ。


 軽やかに地面を駆ける神獣の背から流れていく景色を眺めていたアンジェリカ(ニクス)は、ちらりと後ろを振り返った。

 リクハを抱えたカルロが少しも遅れることなくついて来ている。


 人が走る速さでは到底出せない速度なのだが、いつの間にカルロは人外になっていたのだろう。

 もっとも、だからといって忌避感や恐れがあるわけではない。

 ただ、狐につままれたような感覚に戸惑いが消えないだけだ。


(考えてても仕方ないし、カルロはカルロだけど)


 前を向くけれど落ち着かなくて、しばしば二人を振り返る。


 待ちきれないと言わんばかりに朝早くに出発したはずなのに、太陽はもうすぐ頂点を迎える。


 その間、休憩は一切ない。

 疲れているようには見えないけれども、疲れがないわけではないはずだ。


 かくいう自分とて、座り続けていることにとうの昔に疲れ果て、飽いている。


(あの、ちょっと休憩しませんか)

「大丈夫よ、あと少しだから」


 信用ならない。

 日が昇ってしばらくしたころに休憩しませんか、と神獣に聞きはした。だが、もうちょっとだからと言われてからが長い。ものすごく長い。

 もう一度同じように声をかけるが、大丈夫の一点張りでそれ以上の会話をつなげられなかった。

 ちなみにカルロも何度か声をかけているが、結果は同様である。


 ちらりと二人を振り返り、悄然と肩を落とす。


 いつ到着するかもわからないからこそ覚える苦痛。気を紛らわせようと、創作について考えようとしても気づけば思考が途切れてしまう。


 無理に考え続けても徒に精神力を消費するだけだ。かといって、振動があるためにぼんやりし続けることもできず、いらいらが募る。それを自覚しては精神を削られるという悪循環に陥り始めていた。


 ずきん、と痛んだ頭に僅かに眉を寄せた。


 平原を駆け抜け、今は山を駆け上っている最中だ。日はとっくに頂点を越えている。

 あと少し、というのはどれくらいなのだろう。


 神獣が魔法を使っているのか風の抵抗はなく、また日もあったから。けれども、標高が高くなるにつれ冷える空気が体の表面から熱を奪っていく。

 山に根付く木々が光を遮り、肌を温めていた熱が遠い。


 後ろでカルロが制止の声を上げるが、神獣は相変わらず取り合わない。


 自覚した頭の痛みが、徐々に主張を始める。

 冷たいという感覚はやがて寒い、という感覚へ変化する。暖を取るように起こしていた体をぺたりと背中にくっつけた。


「いいから止まれ!」

「まったく、すぐそこだから辛抱なさい。軟弱な子ね」

「気づけ! ニクスの様子がおかしいだろ!?」


 張り上げられたカルロの声に、ニクスは固く目を瞑った。

 声が頭に響いて、痛い。体の震えが止まらず、それでも振り落とされまいと、かじかむ手を握りしめようとしたその時。


 ふわりと、体が宙に浮いた。


「ニクス!!」


 切羽詰まったカルロの声。

 大きな岩を飛び越えていく牛の神獣。

 身を包む浮遊感。


 投げ出されたと理解するより早く、しっかりと体を支えられた。

 その衝撃で鈍い痛みに頭を覆い尽され、両手で頭を抱える。


「ほら、ここよ……って、あら? 大姫、どこに行ったの?」


 慌てた神獣の声に応える余力はない。

 静かに地面に下ろされ、体に何重にも布を巻きつけられた。

 激しい痛みの波が引いて、アンジェリカは僅かに顔を上げる。


(み、ず……)

「水? 用意するからちょっと待つのだ」


 安静に、ということでカルロに変化を禁止されていたリクハが、人の姿で鞄を漁る。


(塩と、砂糖、も)

「塩と砂糖もなのだ?」


 コップ一杯にひとつまみの塩とひとつまみを10回程度繰り返した砂糖を入れてぐるぐると混ぜる。

 体が震え、持てそうもなかったコップをカルロが持ち上げる。


 手伝ってもらいながら即席の経口補水液もどきを頑張って飲み干した。


「大丈夫なのだ?」


 大丈夫じゃないです。

 首を横に振ったアンジェリカは、再び頭を抑えて蹲った。


「え、えっ。どうしましょう。神の子ってこんなに軟弱だったかしら?」

「ニクス、そこに洞窟がある。そこで暖をとろう」


 小さく、ゆっくりと首を縦に動かした。


「我の住処の前でさっきからやかま」

「りゅ、竜の――――! どうしよう、どうしましょう、どうしたらいいのですか!? 大姫にもしものことがあれば、わたくしは、わたくしはぁぁぁぁっ」

「えぇい、纏わり付かないでいただきたい! "神の子"をもたぬ我よりも、汝のほうが扱い方をこころえ」

「はっ、そうです!! ここで会ったのもなにかの縁! 大姫を助けなさい、竜の!!」

「我の話を聞かぬか!」


 二人の大きな声ががんがんと頭に響いた。手を滑らせて耳を塞ぐ。

 ゆっくりと力強い腕に抱き上げられたアンジェリカは、片方の耳をカルロの体に押し当て、もう片方の耳を両手で押した。


「とりあえず、洞窟借りるぞ」


 頭痛いし、寒いし、そのうえ気分も悪くなってきた気がする。

 喉の奥で苦悶を掠らせながら、アンジェリカは固く閉ざした目尻に涙を浮かべた。


「リクハがすぐに火を熾してくれるから、な。大丈夫だ。リクハも無理はするなよ」

「わかってるのだ」


 休憩なしの移動。最後に食べた食事は約一日前。昨日摂取した水分も昨日の食事時のみ。その前は気絶していたという状況、つまり飲水できていない。


 そうなれば待っているのは脱水だ。そのうえ、風からは守られているとはいえ、薄手で山に長時間居れば体が冷え切るのは至極当然のことであり、体調悪化にとどめを刺した。


(もうやだよう。引きこもりたいよう、引きこもりたいよう)


 体調とともにとどめを刺された精神を持ち直すこともできず、アンジェリカ(ニクス)はぐすぐすと泣き出した。




知ってるんだ、タイトルとあらすじに対して内容と雰囲気がそぐわないこと。

自分でけらけら笑うために、今のところ変える予定はない。

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