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第40話

「初めまして、マイアよ。これ愛想なくてちょっととっつきにくい奴だけど、大丈夫だった? リクハくんがいるから大事はないと思うけど」


 手の届かない位置でしゃがんで視線を合わせた女性がにこやかに毒を吐く。

 リクハの後ろからそろそろと顔を覗かせた。

 思いのほか、こざっぱりしている。研究者気質というから、てっきり衣食睡眠は雑なものだと思っていた。先入観があったことは改めなければ。


 内省しながら、彼女の後ろで渋面を作るカルロを一瞥する。


 愛想がない、とっつきにくいと言われても、ぴんとくるものは何もない。

 大丈夫という意味を込めて小さく頷いた。


「そう、ならいいんだけど。カルロに言いにくいことで、言いたいことがあったら言ってね。魔道具の実験台にするから」


 カルロの顔が更に渋く歪む。けれども、意外にもなにも反論することなくカルロは顔を背けた。

 カルロの反応が釈然としない。訝しげにカルロを眺めていると、ぽん、と気の抜けたような音がした。


「はっ、焼けたのだ」


 リクハが聞きとして天火てんぴへ駆け寄っていく。

 マイアとの間に壁をなしく、アンジェリカは右往左往する。


「焼けた? なに作ってるんだ、リクハは」

「あなたも知らないのね」

「天火使うような料理なんて、貴族が食べる菓子くらいしか知らないぞ」


 状況を見守る姿勢に入ったカルロの後ろに回り込み、アンジェリカは安堵の息をついた。


「兄もマイアも来るのだ! 驚くから食べてみるのだ!」

「天火を使っている時点で十分驚いてるって」


 人壁なくして直接対面は荷が重い。

 魔法の勉強以前に慣れるところからとなると一体どれほど時間がかかるのか。

 そもそも使えるようになるのかすらわからない。


(うひゃっ?)


 突如見舞われた浮遊感に慌てて手を伸ばし、触れたものをがしりとつかむ。

 椅子まで運ばれ下ろされるが、首をめぐらせた時にマイアの姿を認め、思わずしがみつき直した。


「こっちの冷たいのも美味しいのだ。でも熱々さくさくのも美味しいのだ。リクハのおすすめはこっちのさくさくの分なのだ」


 手際よく紅茶を用意してリクハがカルロとマイアの間の席に座る。

 早く食べるのだ、とそわそわするリクハに苦笑しながら、二人はそれぞれ菓子を口にした。

 そしてぴたりと動きを止める。


「リクハ、これどうした。砂糖でも買ったのか」

「買わないのだ。買っても料理に使えないのだ」

「じゃあこれはなに? こんな甘い物、私たちが食べられるような物じゃないわよ」

「ニクスは蘇って言ってたのだ。はい、これはニクスの分なのだ」


 目の前に小皿が置かれた。

 寝かせただけのものが一枚、焼いたものが一枚。


 あまりお腹は空いていないのだが、リクハに勧められて断るという選択肢はない。

 客人の対応中であり布団に逃げ帰る事もできない。カルロの膝の上で、なおかつ隣にリクハという防波堤があることで先ほどより落ち着いてはいるが、なるべく意識を逸らすようにちまちまと蘇をかじる。


「そ? というか、発案はニクスなのか」

「そうなのだ」

「砂糖なしでここまで甘くなるの?」

「なったのだ」


 私はなにも聞いてない聞いてない。

 お店にお邪魔してそこで教わるものだと思っていたから菓子折りをと思っただけで、なにも常識外れなことはしてない。

 いや、手作りお菓子を持って行くのはそもそも失礼になるのか? なにが入っているかわからない。とはいえ、リクハが手がけたものだからそれで全ては許される。


「ニクスちゃん。そのレシピの権利、買ったわ」

「作り方も知らないのによく言えるな」

「だって、砂糖なしに甘い物が食べられるのよ? 甘い物に手が届くのよ! 逃がすわけにはいかないわ!」


 立ち上がって力説するマイアから顔を背けた。焼いた蘇がなくなり、寝かせただけの蘇を手に取って再び小さく囓る。


 圧が怖い。


「ニクスが怖がってるからだめなのだ」

「諦めろマイア」

「無理よ! これを食べられるなら、魔道具作りを三倍は頑張れるわ!!」


 単に赤くして角をつけたら三倍にならないんですかね。その方が手間がよりかからないと思います。


 心の中で突っ込みを入れつつ、蘇を口の中に放り込んだ。零れ落ちそうな欠伸をかみ殺し、食い下がるマイアの応対に苦戦するカルロの膝から降りた。

 鞄から筆記具一式を取り出して、書く。


『手続きとか、なにかしたほうがいいのですか』

「砂糖なしの甘味は珍しいから、作り方次第では売れると思う。売るなら知り合いの商会に話を持って行ってみることも可能だ。お前はどうしたい」


 ペンが止まる。

 どうしたい、と言われるのが一番困る。

 ただ菓子折りのつもりで、それ以上のことはなくて。


『単に作り方を教えるだけではだめなのですか?』

「マイアにだけ教えたとしても、いつかはどこかからもれるものだ。利益が見込めるもので、商業ギルドで登録されていないレシピともなれば、我が物顔で自分が発案者だと宣うやつもいる。そうなればそいつにすべて利益がいく。それを許せるならばいいと思うが、どうだ」


 言っていることは理解できる。けれども、心情的に気が乗らない。

 試行錯誤した末の結果を、自分の意図に反して横領されるのは流石に頭にくる。しかし、これは知っていたものを再現しただけ。


 それで利益を享受することは果たして、物事の道理に適うことなのか。


「誰かに横やりを入れられることを素直に許容できないのなら、貰えるは貰っておけ。得た利益はお前の納得のいく使い方をしろ」


 カルロの助言に首を縦に振った。


「そうと決まれば早速」

「行かないからな」

「えっ?」


 筆記具を鞄に収め、出かける用意をしていたニクスも手を止めた。

 欠伸を飲み込み、目に滲んだ涙をぬぐう。

 すぐに襲ってきた欠伸に口を開いた時、体が浮いた。


 驚きのあまり息が止まる。


「ニクスとリクハはお昼寝の時間なのだ」


 ててて、とカルロの隣を駆け抜けたリクハがベッドに飛び込む。

 カルロに抱えられ硬直していたアンジェリカは、背中をとんとんと叩かれるうちに、ゆるりと弛緩する。心地よさに一瞬瞼が重くなるが、なんとか押し上げる。

 大丈夫と書こうとして、物がなくてカルロを見上げた。

 止まらない欠伸をこぼし頭を横に振る。


「外に出たうえに慣れない来客でいつもより疲れてるんだから無理するな」


 やるならばきちんとやる。自分でも動く。

 全てを任せきりにはしたくないのだが、あやされる心地よさには勝てず、意識を手放した。






 十日後。アンジェリカ(ニクス)ははリクハとともにカルロの膝の上に座っていた。

 ため息を吐いたカルロがリクハの頭に額を乗せて項垂れる。アンジェリカはカルロの袖を引っ張った。


『降ります』

「ああ」


 文面を見て相槌を打つものの、カルロは再び項垂れて微動だにしない。同じように抱えられているリクハに助けを求める視線を送る。

 にぱっとリクハが笑った。かわいい。


 アンジェリカは背中をカルロに預けた。

 カルロの様子がおかしい理由は明白。食い下がらずもうしばらくは膝の上に収まることにした。


(カルロというか、どちらかといえば私の巡り合わせがよろしくないんだよなあ)


 あの翌日、今後の事を考慮して、ギルド登録に行くついでにこの街で最大の商会へ話をもって行ったのはいいものの、私とリクハは別室。そこで大人の商談に口を出すな、ガキがどうやってカルロに取り入った、ここで雇ってやるカルロとの窓口になれ、それくらいしかお前みたいな孤児には価値がないとか、好き勝手言われる始末。

 精神的負担に気絶する前に吐瀉してしまったのは仕方がないと思う。

 しかし、身勝手な人種というのはそれにさらにケチをつけるもの。

  弁償がどうこうとわめき立て罵っているところにカルロ帰還。薄ら寒い笑みを浮かべてソファを破壊。床に風穴をあけ、ついでと言わんばかりに散らばる破片を一瞬にして灰に帰していた。


 軽く泣いた。

 慌てふためいたカルロは宿屋に戻る道すがらあやす。その内容が街の人の耳に入りどうなったのかは知らない。


 数日療養してさあ商業ギルドへ行こうとしたら運悪く宿屋にまで怒鳴り込んできた元商会職員。もちろん、一気に精神的負担がかかり部屋に逆戻り。


 ならば、と無理を言って部屋で書類を持ってきて貰ったが、登録者が子どもと知るなり贔屓は困ると話を聞きもせずに苦言を呈す。

 一応条件は満たしていると告げれども取り合う姿勢を見せなかったため、要件を済ませることなく追い出したのが先ほどのことだ。


「よしよし、大丈夫なのだ。兄は兄なのだ、リクハがそう言っているからそうなのだ」


 腕の中で向きを変えたリクハが、カルロの頭を撫でる。


「気にしなくていいと思うのだ。だってニクスなのだ」

(私?)


 唐突に話題にのぼり、ニクスは首を捻った。

 首を巡らせるがカルロの頭しか見えない。


(まあいいか。説明が必要なことなら向こうから言ってくるだろうし)


 しばらくして落ち着いたのか、抱きしめていた腕がするりと離れた。

 待ってましたと言わんばかりに床に降りて後ろを振り返る。


「悪かったな、いつまでも抱えてて。この話はいったん置いておいて、マイアに魔法を教えてもらおうな」


 穏やかに笑って見せるカルロに、首を縦に振った。

 なんかおかしいなと思っても、私が土足で上がり込むことではない。

 心配そうにカルロを見つめるリクハに任せて、アンジェリカは鞄を持って隅に座った。

 筆記具を取り出して紙を開く。


 手のひらほどの大きさに切り取り、意味もなく紙を塗りつぶす。

 無心で片面をきっちり塗り終え、切り取った紙は鞄に収めた。


 体をほぐし、あくびをこぼす。

 いつの間にか二人は流し台に立っていた。リクハが作業に戻ったということは、カルロは恐らく落ち着いたのだろう。髪一筋分ほど安堵して、アンジェリカは紙に視線を落とした。


 行ったところでどうせ役には立たない。ならばここでこのまま息を殺している方が邪魔をしなくてすむ。


 余白に色々な表情であったり、動きのある動作であったりを描きいれて埋める。


 自分のお金で買ったものではないため、普段は無駄遣いしないようにしているが、今日は特別である。ただでさえ不安定なのに、さらに精神的負担を溜めすぎるのはよろしくない。


 なにも描けなくなった頁を凝視する。

 ふと、思いついた。


 切り絵をしたい。


(下に敷くものがないけど、代わりになりそうなものならなんでもいいとして。問題は細かい作業する道具がない。詰んだ)


 そっとため息を吐いて筆記具を鞄に片づける。

 膝を抱えて体を丸め、声をかけられるまでぼんやりと宙を見つめ続けた。





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