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第25話

 街や村を転々して、一年が経った。

 それはいい。だが問題は、その一年の中で知った常識ゆえに、カルロには言うまいと決めた秘密がいくつも増えてしまった。


 たとえばポーション。

 下級ポーションであるはずなのに傷を癒やすほどの効能があることはともかく、私が作ったポーションは傷口にかけても効果があること。

 乾燥させた葉を煎じたものは創傷治癒の効能がなくなる代わりに解熱鎮痛解毒作用があること。

 乾燥させた葉を細かく砕いて飲用、あるいは食物に混ぜて摂取した場合、滋養強壮、感覚を強化する作用が一日ほど続くこと。


 他にも細々と創りだしたものについて口を閉じておかなければいけないものがあるけれど。

 秘密の中で最重要極秘事項なのは、女将さんから頂いて修繕しながら使っている鞄が、魔法鞄に化けていること。

 しかも、普通の魔法鞄にはない、時間停止機能があること。

 その上、内容量は今のところ無尽蔵であること。

 ポーションを含め、ちょっと世の中に出すには性能的に憚られる数々のものが多数眠っていること。


 とある街のとある宿屋で、アンジュは深いため息を吐いた。


「カルロの心労を増やすまいと黙っていることがただでさえ沢山あるっていうのに……」


 そうぼやいたアンジュの目の前にあるのは、水が入った器だ。

 ただし、その中にあるのはただの水ではなく、砕いた魔石が入っているすり鉢。


 昼間だというのに、燐光を発するそれ。おかげで普段より部屋が明るい。

 例えるならば、昼間に照明をつけているかのような。


 魔石は、魔道具を動かすための動力源。あるいは、魔法を使うための媒介に使われたりすることもあるらしい。

 どちらにしても使えなくなったら砕けて跡形も消えてなくなる。消耗品だ。


 間違っても主たる使用用途がある魔石を砕こうとする人はいない。普通は。

 その普通ではないことをある目的のためにしでかして。水分を補給しようとして手を滑らせた結果が、これ。


 喉の奥で唸りながら、アンジュは目元を覆って天井を仰いだ。


 そもそも砕こうとしなければこんなことにはならなかった。なんで魔石を砕こうという思考に至った私。

 細かく砕いたときの手触りが欲しいだなんて思ったからだね。やらかした。


「魔石の流通量はそれなりにあるっていう話だから、そういう使われ方をしてないっていうことは、知られてないということで。つまりは世紀の大発見になるようなもので」


 過去に戻って、砕いたらいらん秘密が増えるぞと忠告してやりたい。


 誰かに知られた場合、騒ぎになることは必須。

 騒ぎになればカルロが必要に迫られて対応せざるを得ない。

 イコール、カルロに多大なる迷惑をかける。


 それは却下。隠蔽するに限る。


 器の中に手を入れた。

 砕いた魔石の多くは溶けていて、掬いだしたものはごく一部。

 透明な水は今も燐光を放ち続けている。


 蒸発を待つ時間は惜しい。

 あとで繕い物に使う予定だった端切れをすり鉢の中に入れた。


「…………」


 水を吸収したことは予定内。

 きらきらと端切れが仄かに輝いているのは想定外。

 つまみ上げたそれが濡れていないことは予想外。

 すり鉢の中が、水が入っていたとは思えないほど乾いているのは予測外。

 光の加減で風合いが変わって見えるのはもはや推測不可能。


 持っていた端切れを無言で鞄の中に押し込んだ。


「私は何も見ていない」


 自分にそう言い聞かせて、最初に割ってしまった魔石のもう半分をすり鉢に入れる。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。わたしは、なにも、みていない」


 ぶつぶつと口の中で呟きながら、魔石を砕く。

 時間をかけてできる限り細かく砕いた魔石を、端切れを縫って袋状にした物の中に入れる。

 ざり、ざり、と、指先で押せば伝わる感触に満足して口を閉じた。


 そして、さらにそれを裏地がある袋状にして、綺麗に形を整える。

 鞄の中から干からびた皮を取り出して、綺麗に折りたたむ。

 そのまま中に入れて中身がばれた時が怖いので、見えないように包んで、袋の中に入れ込んだ。

 着られなくなった服を切ってねじって紐状にした物で二重叶結びを作り、袋の口を閉じる。

 そこから更に、紐を結び足して、輪を作れば作業は終わりだ。


「よし、完成」


 紐の端を持ち上げて、目の前にぶら下げる。

 刺繍はしたことがないから、それっぽく見えるように適当に縫っただけだけれど。

 『御守』と日本語で書かれている文字に、満足げに目を細めた。

 

 『御守』と縫ったその裏には五芒星を縫ってある。

 文字も紋様も、全て自分の好みだ。


 扉の向こう側から聞こえた声に、視線を滑らせた。

 ちょうどよくカルロが部屋の扉を開ける。


「おかえり」

「ああ、戻った」


 いつものように手にしている食事に、アンジュは机の上を片づけた。

 食事を置いて、武器を壁に立てかけたカルロは、嬉しそうな顔で手にしている物を見つめているアンジュに問いかける。


「それは?」

「お守り」

「おまもり? なんだそれ」


 その疑問に、アンジュは視線を上に向ける。


 由来はなんだっけ 神道? 仏教? 道教?

 魔除け、厄除け。うーん。中に入っているのは、神木の欠片とか、縁起物。あとは呪符の類だったような気がする。


 お守り作ろうって思ったのは、少し前に似たような文化に出会ったからなのだが。

 喉まで出かかっているのに出てこない。


「なんだっけ。うーん……あ、タリスマン? アミュレット? みたいな願掛け的なもの」

「ああ。願掛けに縁起物をつくる風習があるところがあったな。それにしては変な形に変な模様だな」

「そこは欲望の詰め合わせだから」

「願掛けに欲望を詰め合わせてどうする」

「欲望の詰め合わせが願掛けでしょ。大丈夫大丈夫」


 けらけらと笑うアンジュをカルロは話半分に聞き流す。

 着席したその胸元にお守りが下がった。

 虚を衝かれて言葉を失う。


「そういうわけだからカルロにあげる」

「いや、どういうわけだよ」

「欲望の詰め合わせとともに縁起物の詰め合わせでもあるから御利益は期待しないで」

「随分適当だなおい。そこは期待して、というところだろ」


 カルロの指摘にアンジュはけらけらと笑い、机の前に腰を下ろした。

 お守りの本体を指でつまんだカルロは、指先に伝わる感触を訝しげに弄ぶ。


「砂でも入ってるのか、これ」

「………まあ、間違ってはない」


 一瞬逸れたアンジュの視線に、カルロはにこやかな笑顔を浮かべた。


 嘘をつくときにはよく喉元を触り、きまりが悪いときは視線を逸らす。

 そういう時、程度の差こそあれ、とんでもないことをしでかしていることが多い。


「何を入れたんだ? 言えるだろ?」


 追及を重ねるカルロは、アンジュの一挙一動を凝視した。


「…………………えへ」


 笑ってはぐらかそうとするときは大体確信犯。

 カルロは笑みを深めて、アンジュの頬を軽く摘んだ。


「大丈夫、そんなひどい物入れてないからっ」


 慌てた様子で行われた弁明に、無言で頬を摘む手に力を入れる。


「痛い痛い。大丈夫だって。変なものじゃないし、知らないほうがきっと精神衛生上よろし、いた、痛い、いたたたっ」


 一言も発することなく笑顔で両頬を引っ張る。

 アンジュは両手を上げた。


「ごめんなさいごめんなさい。わかった、ちゃんと吐くから」


 挟んでつまんで引っ張って。

 これ以上我を通そうとすると頭ぐりぐりの刑に処されるので


「そうか。で?」


 さっさと吐け、と茶色の瞳が雄弁に語っている。

 それに気圧され明後日の方を向く。


 重たい口を開いた。


「このあいだ貰った魔石を砕きましたごめんなさい」

「はい? 魔石を、砕いた?」


 呆然とするカルロに唖然とする。

 時々欠けている魔石を見かけていたから、別段おかしなことではないと思っていたのだが、この反応はまさか。


「え……と。欠けてる魔石があるくらいだし、砕けるよね?」

「……………………よっぽど強い衝撃を与えない限り、普通は欠けない」

「はい。ごめんなさい」


 案の定、大丈夫と思っていたことすら大丈夫ではなかった。

 砕けないかなって思って、手のひらを額に当てて天井を仰ぐ。


 なにからなにまでやらかした。


「お前が欲しいって言っていたやつは欠けてないやつだよな」

「ソウデスネ」

「どうやって砕いた?」

「どう、と言われても。……こう、机の角にこんこん、ってぶつけてみたら、ぱきっと」


 袋の中に眠っている魔石を取り出して、カルロは魔石を机の角にぶつけた。

 ひびが入り、ぱらぱらと欠片を落としながら魔石が割れる。


 疑ってかかっていたカルロの目が見開かれた。


「いや、これくらいの衝撃で壊れるのなら、袋に入れてる魔石は粉々になってなきゃおかしいだろ」


 割れた魔石を床において、新たに二つ、魔石を取り出したカルロは魔石同士を軽く打ち付け合った。

 びしり、と。魔石の表面に亀裂が走る。


 明らかになにかがおかしいことだけは理解した。

 袋の中では傷一つなく綺麗な魔石が、手で打ち付けあう程度で割れる道理がない。


「うん、これ私のせいじゃないね。何も見なかったことにしてさ。ご飯を食べよう」


 動揺のあまり硬直するカルロの手から魔石を引き抜いて、床に転がる割れた魔石とともにアンジュは鞄の中に押し入れた。

 茫然自失としていたカルロが返ってきたのは、アンジュが食べ終わることのこと。


 一言も発することなく食事を終えたカルロは、ベッドに横たわり、電池が切れたようにふつりと眠る。

 無、を体現したかのような顔で淡々と動くカルロを見守っていたアンジュは、そろそろとカルロの顔をのぞき込んだ。


 あどけない寝顔だ。

 指先で頬をつついてみても反応はない。


「許容量を超えちゃったか」


 アンジュはベッドの上に座って、ぽんぽんとカルロの頭を撫でた。


 自分の常識と、見せられた非常識の差を処理しきれなかったとき、カルロは今のようになる。

 この姿を見るのは二回目だ。

 最初にこうなったのは、下級ポーションの作り方を実演したとき。完成した、上級ポーション以上の効能を持つ下級ポーションに虚ろな目をしていたことを覚えている。


 その時は、寝て起きたらいつものカルロに戻っていた。今回もそうであることを願うばかりだ。


 記憶のなかの常識と、閉じこもっているがための常識の無さ。掛け合わさってできるのは非常識。

 それらも抱え込んでいるカルロの精神的な負担は計り知れない。


 言えないことがある。それは、今でも精一杯の子どもが抱えるには重いから。

 聞かないことがある。それは、関心を抱くそぶりを見せれば気を遣わせてしまうから。


 願うことがある。それは、責務から解放されたそのときに。

 言わないことがある。それは、今ではなく、いつか来るときための。


「おやすみカルロ。どうか、いい夢を」


 愁いを帯びた笑みをたたえながら、赤茶に染まる髪を梳いた。




 翌日。割った魔石の一部をそのまま拝借し。

 花や実から抽出した染料で色をつけた水に砕いた魔石を溶いて布に水を吸わせる。

 出来上がった、色とりどりに輝く元端切れたち。


「くっ! 昨日のうちに思い至れば、お守りも紐も染めたのにっ」


 ごろごろと転がって心ゆくまで悔しがったその後で。

 染料と水と魔石の黄金比を求めて、密かな研究が始まった。


 マル秘と書かれた紙の束に、新たな研究成果が書き連ねられていく。


 無自覚にやらかしてしまったことは反省はした。

 ただし、後悔はしていない。


 それゆえに、欲望のままに暴走に暴走を重ねる。

 その果てに、カルロには言わないと定める秘密が増えていく。




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