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第24話

 紆余曲折はあったものの、無事に次の街に到着した。

 もっとも、街に入ってからも、はぐれて迷子になりかけたり、人攫いに遭遇したり。

 くだんの魔石のごく一部を売却する様子を眺めていたら。カルロが万引き犯としての濡れ衣を着せられそうになったり。

 濃いネタに尽きないめまぐるしい一日を終え。


 よく寝てよく食べて、早起きをしたアンジュはカルロが持っていたすり鉢を借りて、部屋の中でごりごりと薬草をすっていた。

 本当は昨日のうちにすりたかったのだが、そんな気力と体力が残っているわけもなく、今に至る。

 薬草の特性なのか何かしらの処理をカルロがしてくれたのか分からないが、薬草が摘みたての瑞々しさを失っていなかったのは幸いだ。


 すりおろした薬草を濾して完成するポーション。

 単純な手順だが、初めて一人で作り上げたとなると、主に効能の面で不安が残る。


 都合良く怪我をしているわけではないし、あまり部屋からでないという約束をしているのもあり、アンジュは腕を組んで唸る。


「…………あまり、やりたくないんだけどな。いざというときに使えなかったらそれはそれで困るからなあ」


 荷物の中から裁縫用の鋏を取り出す。

 刃を人差し指の腹に当てて、硬く目をつむる。何度か深呼吸を繰り返して、意を決して鋏を持った手を引いた。

 ぴりっと指先に走る痛み。じわりと、血がにじむとともに瞳も潤む。


 お試し用に小分けをしたポーションを飲み干して、そのあまりの苦さに悶絶し、激しく咳き込んだ。

 女将さんと作ったときよりもさらに苦い。ぶっちゃっけ飲めた物ではない。

 あの一瞬で、吐き出さなかった自分をよくやったと褒める。


 先ほど自分で傷つけた指先は綺麗に治っている。効能としては問題ないだろうが、飲めなければ意味がない。

 濾過用に用意していた水を口に含んで、苦みとともに飲み込んだ。

 多少ましにはなったが、それでも口に残る苦みはなくならない。


「うー……効能はあるから、捨てるのはもったいない。けど飲むには不向き。どうすべ……」


 すりおろして濾すだけだから、ぶっちゃけ失敗すると思ってもいなかった。

 多少の可能性は考えないこともなかったが、まずないだろう、ということが現実になるのだからほんとうにままならない。


「ポーション。怪我。治す。薬。……薬、かあ。これ、丸薬にできないかな。それか塗り薬」


 丸薬と塗り薬だと、試しやすいのは塗り薬だ。

 塗る、というより傷口にポーションをかける、という表現のほうが正しいが問題はそれでも効果があるのか、ということなのだが。


「また切るの……? やだなー、やだなー。でも試してみないことにはなあ」


 痛いの嫌い。

 指先に走るであろう痛みを想像して、アンジュの顔が泣きそうに歪む。


 痛くてもいやでも、試さなければ材料が無駄になるだけだ。

 先ほどとは違う指を、意を決して鋏で切る。


 泣くような痛みではないことはわかっている。

 わかっているが、刃物を使って故意に傷つけるという行為が痛い。


 瓶の中に残っていた雫を一滴、指先に垂らした。

 傷口はあたかも傷がなかったかのように、瞬く間に癒える。


「かけても効能は変わらず、か。ただ、液体の色がえぐいだけに、身体にかけたら気味の悪いことになりそうだな」


 欲を言うなら、もう少し透明化したい。

 もう少し濾過を重ねてみてもいいが、入れる物が足りない。


「とりあえず、このポーションはかける用だな」


 カルロが持っていた空の瓶にわけて入れていく。

 わからなくならないようラベルを貼りたいが、ないものは仕方ない。

 それに急ぎではないから、これも後々に必要な物品として頭の片隅にメモをする。


 もう少し作りたいが、最近あまり倒れていないとはいえ油断は禁物なのでアンジュは広げていた物を片付ける。

 そして一度濾過した薬草に、片付けの手を止めた。


 濾した、ということは薬草から必要な成分は抜け落ちていると考えた方がいいだろう。

 ただ、この薬草に関して気になることがあるとすれば。


「形状も臭いも、どくだみなんだよな」


 自生しているのを見たときからずっと思ってはいた。

 臭いを嗅いだときもくさいというよりむしろ懐かしいと思ったくらいだ。


「試してみたいこととしたら、生で食べられるか。あとはお茶でも効果はあるか、かな」


 じっと、濾した残りかすの薬草を見つめる。

 ポーションとして一回濾しているけれども、この状態での効果はデータとして欲しい。


「……………………一回も二回も変わらないから、三回目も一緒。うん、頑張れ」


 自分に叱咤激励を飛ばして、指先を切る。

 濾した後の薬草を指でつまんで口の中に放り込む。


「…………ん?」


 濾した液体が液体だから、残りかすのほうも似たような味を想定していたが、思ったよりも味がない。

 こくりと嚥下して、じーっと指先を見つめた。


 傷が、治っていないわけではないが、その効果の現れ方は今までで一番遅い。


「んー……。薬草の量か、濾した後だからなのか。乾燥させたらまた違うかな。これも要検証だねえ」


 使いやすさという観点において、ポーションをかける、濾した後の薬草を食べる、ポーションを飲む、という順で使い勝手がいい。

 だが、効きめの早さという観点では、ポーションをかけるのと飲むのでは大差はない。かけ離れて遅いのが濾した後の薬草を食べる方法。


 今のところ、ポーションをかけるのがもっとも使い勝手が良く効きめも早い。

 ただし、使ったときの見た目があれ、という欠点はあるが、それに目を瞑ってもおつりはくるだろう。


「女将さんと作ったときよりも飲めた物じゃないという結果になった原因も調べたいし、やること盛りだくさんだなあ」


 濾した薬草の残りは窓のすぐ下に広げた。

 その隣で、いくつか薬草の葉と茎も干す。


 臭いが篭もった窓を開け放ち、アンジュはベッドに飛び込んだ。


「…………寝るか」


 今頃、カルロは頑張っているだろうに。

 申し訳なさを抱えつつも、襲ってきた眠気に瞼を閉じた。






 お昼寝から目覚めたアンジュは、ちくちくと繕い物をしていた。

 といっても、服がすぐに着られなくなるとぼやいていたから、今繕っているものもあとどれほど着られるか。


 カルロが何着か買えるくらいだから、恐らく服の価格は地球の中世よりも安値なのだろう。

 服を作るにあたって、あの時代、最も大変なのは紡績だ。羊毛にしても絹にしても亜麻にしても、糸を紡ぐのは労力がかかる。

 機械化しているとは思えないから、可能性があるとしたら魔法の貢献が大きいのだろう。


 だとしても、服に値が張ることに変わりはない。

 成長するのはカルロだけではない。

 仕立て直すことができればいいのだが、その手の知識は乏しい。

 

 いっそのこと、ペロプスにしてしまったほうが楽なのでは。

 古代ギリシャの装束っていいよな。一枚の長方形の布さえあればいくらでも丈の調整が可能。長く着られる。

 多少すり切れようが、解れようが、大きくなければ隠せるだろう。


 布の値段をそもそも知らないし、買うにしたらどれくらいの大きさの物を買えばいいのかある程度計算しておく必要があるけれど。

 長い目で見たとき、どちらが安上がりなるのか。


 こんこんこん、と硬い物を叩く音に顔を上げた。

 呆れた顔で、食事を片手にカルロが立っている。


 窓の外はすでに赤く色づいていた。


「お帰りなさい」

「相変わらず、すごい集中力だな」

「まあ、ちょっと考え事もしてたから。すぐ準備する」


 裁縫道具を片付けて、部屋にある小さなテーブルの上を空けた。

 その上に、宿から提供された食事が並ぶ。

 とはいえ、スープにパン、サラダという、食事事情が気に掛かる内容ではある。

 だが、道中の食事に比べたら格段にいいものなのでありがたく手を合わせた。


 ある程度食事を進めたところで、ふと、カルロの手が止まっていることに気がついた。

 何かを考え込んでいる様子で、スープにつけたパンから汁がぽたぽたと滴り落ちている。


「カルロ。どしたの?」


 問いかけに返答はない。

 カルロに近い腕の方をのばして、目の前でひらひらと手を振った。


「うわっ。なんだ。どうかしたのか」

「どうかしたのはカルロだよ。大丈夫?」

「ああ。なんでもない」


 断じてなんでもなくないように見える。

 けれども、本人がそういうのならば突っ込むのも野暮だ。ひとまず口をつぐんで食事を再開した。


 無言で咀嚼していたカルロが、しばらくしてやはり動きを止める。

 食べつつ眺めていたが、再始動する様子はない。

 先に平らげて手を合わせて食後の挨拶を終える。それでも、カルロはまだこちらの世界に戻ってこない。


「おーい、カルロさんや」


 ぽんぽんと肩を叩く。

 呆けた様子で視線を向けて来たカルロの額に手を当てた。


「熱はないね」

「お前じゃないから、体調は大丈夫だ」

「それは悪うございました。で、なにが大丈夫じゃないの?」


 しばらく逡巡する様子を見せる。

 辛抱強く待っていると、どこか困惑したような顔で、カルロが口を開いた。


「アンジュは、この先どうしたいとか、あるのか?」

「なに。唐突に」

「ちょっとな」


 カルロが口ごもるのは珍しい。

 訝しみながらも、質問の答えを思案する。


 どうしたい、と言ったら引きこもり一択。

 真っ当にお金を稼いで貯めて、引きこもり。

 ごろごろぐだぐだ自分の世界に万歳。


「やりたいことをやれれば、それがいい」

「やりたいことって?」

「ごろごろ転がる自堕落な生活」


 至極真面目な顔のアンジュ。

 なに言ってんだ、と思ったが、ふと、初めて会った時のことを思い出して、カルロは遠い目をした。


「そういや、お前、最初に会ったときもそんな感じのこと言ってたな」

「私の人生の目標だから」

「目標……?」


 訝しげな視線に、アンジュは大きく頷いた。


「私が私らしくあるためには必要なことだからね」


 らしく、と言われてもカルロはその言葉の意味をうまく飲み込めない。

 家に帰りたいとか、なにかになりたい、とか、そんな解答を予測していた。しかし。掠りもしないアンジュの答えに返答に困る。


「あ、ちゃんとやることはやるから安心して。ちゃんと自分で稼いで、貯めて、引きこもるから」


 そうではないのだが。


 どこか納得のいかないような顔でカルロが問う。


「人生設計としてどうなんだ、それ?」

「ありあり。何事も十人十色。なにがあったとしても引きこもりだけは譲らない」


 にこやかに言い切ったアンジュに、カルロは追及しなかった。

 そうか、とだけ呟いて食事を再開する。


 家に帰りたい、と言われるよりはいいのかもしれない。

 そう望んだとしても。彼女の帰る家は、家があった都は、国は、もうどこにもないのだから。





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