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第23話

 なんとか草原を越えた先で野営をした。

 寝られないことはないが、なにかあった時のことを思うと熟睡するのは難しい。


 隣でごそごそと動く気配に眠い目をこすった。


「おはよう……」

「もう少し寝てていいぞ」

「んー……おきる」


 ぐーっと背伸びをして、大きなあくびを零す。

 目尻に浮かんだ涙をぬぐって、アンジュはカルロのほうへと視線を向けた。


 軽く荷物の整理をしているようで、出立まではまだあるようだ。

 重い身体をほぐすように屈伸させて息をついた。


「ねえ」

「なんだ?」

「この木を含めて二本分くらいのところまで行ってきていい?」


 整理とともに軽く手入れをしていた手を止めて、カルロが顔を上げた。


「用たしか?」

「うんにゃ。薬草、生えてるから採ろうと思って」


 一瞬、沈黙が降りた。


「あれを? 作らなくても、買えるからいいだろ」

「そうだけど、少しでもお金を浮かせた方がいいかなって。カルロに頼りきりだから、何かあったときが大変」

「それは、そうだが……」


 歯切れの悪い様子で、カルロが唸る。


「あれ、専用の道具を使わないで摘むと臭いんだよな……」

「そんなに酷いの?」

「大丈夫なやつもいるみたいだが、まあ、まず好きっていうやつは見ないな」

「そう言われると、一回嗅いでみたくなるよね」


 臭い、というとアンモニアか? それとも硫黄か、はたまた別な物か。

 植物からそんな臭いを醸し出されるのもなにか納得がいかないが、一回は嗅いでみないことにはね。


 アンモニアは辛いけれど、硫黄はまだ耐えられるからな。


「……、…………。もう少しで終わるから待ってろ」

「あいさ」


 こっくりと頷いてアンジュは木の根に腰を下ろした。

 草原の先にも木々が生い茂っているが、こちらのほうがすかすかしている印象を受ける。


 手入れが終わるまでどうしようかなと、地面を見つめる。

 時折吹く風にそよそよと揺れる雑草をむんずとつかみ上げた。


 ずぽっと根っこから引き抜かれた雑草。

 アンジュは瞳を輝かせると、雑草を地面に叩きつけて、根に絡まる土を落とした。

 隣接するところから草を引き抜いては土を落として、小さな草山を作る。


 途中で根っこが切れたときは悔しいが、するりと抜けたときは気持ちよくて、にんまりと口元が緩んだ。


「おーい、アンジュ」

「あ、終わった?」

「終わったけどな。なんで草をむしってるんだ?」

「え、そこに雑草があって引っこ抜きたかったから?」


 引っこ抜かれて、なんだっけ。

 戦って食べられるやつ。あのゲームしたことないからよく覚えていないな。

 それでも記憶に残る旋律はエンドレスで流れるんだよな。

 引っこ抜かれるところだけが。あ、あと、ほったかされて……あれ? ほったらかされるんだよな、たしか。

 ほったかされて? ほったらかされて? ……ほったかすって、方言だっけ?


「おーい、薬草摘みに行くなら帰ってこーい」

「え? あ、はい、ごめんなさい」


 引っこ抜いた雑草を放り投げて、立ち上がる。

 ひっくり帰った土を足で踏み固める。

 手についた土汚れを払って、カルロとともに街道から少し奥へと入った。


「普通に摘んでいいの?」

「あぁ。臭いだけで、毒はないからな」

「なるほど。では遠慮なく」


 根元のほうで、薬草を手折った。

 しばらくして鼻を突いた臭い。


「くっさっ」


 顔をしかめて手で仰ぐカルロを見て、薬草を見て、こてんと首を傾げた。


「あれ?」

「なんでお前そんな平気な顔をしてるんだよ。鼻、大丈夫か?」

「いや、臭うよ。臭うけど想像したほどではないな。それに草の臭いって落ち着くしね。どちらかというと好きだよ」

「えぇ……」


 顔を引き攣らせる様子に、そこまで引かなくてもいいのではないかと思いながら薬草に顔を近づけて臭いを嗅ぐ。

 ポーションにしたときのあのえぐみや何やらのほうが辛い。


「よくそんな間近で嗅げるな」

「うーん。確かに臭いは強いけど、問題ない。摘んじゃだめ?」

「……………………俺の荷物と混ぜるなよ」

「混ぜない混ぜない。さすがにそんな嫌がらせはしないって」


 カルロの許可が下りたこともあり、嬉々として片手一杯に薬草を摘む。

 肩から提げている鞄に一度しまおうと蓋を開けて、動きを止めた。

 びくっと身体がはねて、手から薬草が落ちる。


 瓶がある。それはいい。

 白蛇がいる。それもいい。


「どうした?」

「…………なんかいる」

「はあ?」


 口周りを片手で覆いながら近づいたカルロは鞄の中を覗き、あ、と零した。


「あー。すまん。忘れてた」

「なにが!?」

「ほら、昨日襲われたとき、魔物がずっこけたろ」

「あのドジっ子?」

「それ、こいつのせい」


 中にあった白い甲羅をひっつかんでカルロは持ち上げた。

 それは何事かと顔と手足を覗かせて、それは赤い瞳で辺りを見渡す。


「踏み込んだところにちょうどこいつがいて、踏んだ拍子にな」

「なんで私の鞄の中にいるの?」

「…神獣ってのは、滅多に人前には現れない。見つかったら大騒ぎになる。だから、咄嗟にお前の鞄の中に隠して忘れてた。すまん」

「そういうこと。……びっくりしたぁぁぁぁぁぁ」


 しゃがみこんでアンジュは顔を覆った。


 びっくりした。本当にびっくりした。

 心臓に悪いくらいにはびっくりした。


「でもさ、滅多に見ないって嘘じゃない? 結構ほいほい見てるよ」

「それがおかしいんだよ。お前、なんかしたか?」

「え、私?」

「いや、アンジュしかいないだろ。お前が起きてからの何日かで見てるからな」

「そんなこと言われましても、心当たりは全くございません」


 だよな、とカルロは苦笑いをする。

 アンジュも乾いた笑いを零して、息を吐いた。


 カルロの手につるされて手足をのそのそと動かしている亀。

 鞄の中から顔を覗かせている蛇。


 そして。


 木の枝に留まってじーっと見つめてくる梟。


「どうするの? ここまで来たらいっそのこと飼う?」

「飼わねえよ。ってか、今まで俺らなにもしてないからな。勝手に食ったりなんだりしてるんだろうよ。面倒を見きれない」

「ですよね。……ちょうど木々に囲まれてるし、ここに捨ててく?」

「捨ててく言うな。自然に帰すだけだ」

「あ、でも亀は水辺まで連れてったほうがいいのかな?」

「あそこにいるくらいだから生きていけるだろうよ」


 亀を地面に降ろそうとしゃがんだカルロに倣い、アンジュも鞄の中から白蛇を持ち上げた。

 野生に帰さねばと思って、すっかり忘れていた。

 ずっと鞄の中にいて悪さをすることもないがために、意識の範疇から外れていたのはある。


「ごめんね、ずっと森に帰してあげるの忘れてて」


 地面に降ろそうとしたとき、不意に白蛇が動いた。

 嫌だ、とでも言うように腕にしっかりと巻き付く。


「先生、巻き付いて離れません」

「……………………」

「カルロ?」


 振り返ったアンジュは、目の前の光景に思わず吹き出した。

 かぷりとカルロの手の甲を噛んだ亀が、ぶら下がっている。


「いや、ちょっとまって、何してるのさっ、くふふっ」

「……斬り捨てていこうかこのやろう」


 カルロが低い声で呻いた。

 肩を震わせていたアンジュは、地を這う声に慌てて白い亀に手を伸ばした。


「神獣なんでしょ! そんなことしたらだめなんじゃないの!?」


 ぱっと口を離した亀を胸に庇うように抱きしめて隠す。

 むすっと、ふくれっ面をしているカルロは無言で噛まれた手を振る。


「怪我は?」

「ない」

「え、でも結構がっつり噛まれてたんじゃ……?」

「ない。力がないわけではないから、それに害意があったかどうか、なんじゃないのか」


 見せられた手の甲には、確かに噛んだ跡はあっても出血は見られない。

 安堵の息をついてアンジュは抱えている亀の甲羅をこつん、と叩いた。


「怪我がなかったからいいものの、カルロに怪我させちゃだめだからね」


 亀の顔が、甲羅の中に隠れた。

 どうしたものか、と唸ったとき、羽音が響いて空を仰ぐ。

 木の枝に止まっていた梟が、滑空し、カルロのほうへと舞い降りる。


 肩に降り立った梟は、けれどもうまく止まることができず、ずり落ちた。

 体勢を立て直そうとはためかせた翼がカルロの顔をばしばしと叩く。


「ん……っ、ぐふっ、……げほん。……ぐふっ」


 なんとか安定して止まった梟は、優雅に羽を伸ばす。

 それまで散々顔を叩かれ続けたカルロは、怒る気力もなくして、深々とため息を吐いた。


「いっそのこと笑え」

「や……っ、それは…、ふっ……失礼だって、……っ、……頭では、ちゃんと、わかって……んっふふふふふっ」


 頭ではわかっていても、笑いが止められない。

 ごめんなさい、と謝りながら、しばらくアンジュはお腹を抱えていた。




 白蛇と亀は鞄に。空いている隙間に薬草を詰め込んで。

 梟は今までのように木々に止まりながらついて飛ぶ。

 そういうことに落ち着いた。


 とことこと並んで歩きながら、アンジュはカルロの腰にかかっている袋を見た。

 先ほどまで疑問を何も持たなかったが、視界の端でちらちらと揺れているその巾着には、例の魔石がごろごろしている。


 ピンポン玉ほどの大きさとはいえ、量があったから嵩張るはずなのに、見たところそんな様子はない。


 袋の外側をつんつんと突いてみても、中に石が入ってはいるが、あの量が入っているとは思えない。

 何度か触ったり下から持ち上げてみたりするけれども納得がいかない。


 物理法則はどうなっているんだろう。


「さっきからなんだ」

「よくよく考えたらこの袋の中にあれだけ魔石が入るのおかしくないか、って思って」

「そういう袋だからな」

「どゆこと?」


 カルロはちらりと辺りを窺う。

 人の気配がないことを確認して、カルロはしゃがみ込むと袋の口を開けた。


 袋の中にさらに小ぶりの袋が入っている。

 その袋の口も開けた途端、目の前に、薄い青色の、透明な板が浮かんだ。


「わっ。……なにこれ。中に入ってるものの、一覧……?」

「そう。この小さいのが魔法鞄。見た目に反して、物が入るんだ。高いけどな」

「魔法鞄…………」


 言われてみれば、ここは魔法がある世界。

 魔法道具があってもおかしくはない。


「これでも小さめの木箱一つ分くらいは入る。結構貴重だから言いふらすなよ」

「合点承知」


 そんな貴重なものを、いくら二重とはいえ腰にぶら下げていて大丈夫なのかと思わないこともないが、口をつぐんでおく。

 カルロのような子どもが、そんな貴重なものを持っているわけがない。そんな先入観をも利用した見事な欺き方だ。


 魔法鞄。できることなら欲しいがわがままは言えない。

 でも、おかげで一つ気づいたことがある。


「カルロ。私、文字読めない」

「安心しろ。俺もあんまし読めねえ。……お前、勉強させてもらってないのか?」

「んー……」


 アンジュは“アンジェリカ”だった頃の記憶を掘り起こす。いつも周りを困らせて、気を引きたがっていたあの子は。


「嫌だって逃げ回ってたね」

「うっわ……贅沢な……」

「……まあその当時はそんなものよりも、どうしても欲しい物があったんだよ。自分が自分であるために」

「お前がお前であるために? ……遊び道具か?」

「そんな簡単な物だったら、あの時の私にとってどんなによかったことか」


 どこか他人事のように肩をすくめるアンジュに、カルロは視線を彷徨わせた。


「そうか。……体調は変わりないか?」


 触れてはいけない物に触れてしまったような、そんな後ろめたさに、無理矢理話題を転換する。


「今のところ大丈夫。なんだったんだろうね、あれ」


 アンジュは小首を傾げた。

 街を出た初めの頃はいきなり動けなくなったり倒れたりしたこともあったけれど、今はそういうこともない。


「さあな。まあ、元気ならそれでいい。ただ、無理はするなよ」

「大丈夫。私、引きこもるの得意だから」


 一瞬カルロを見上げて、ぐっと親指を立てた。

 不安そうな視線が降り注ぐのに気づくことなく、アンジュは待っているポーション作りに思いを馳せた。



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