【短編】だれも居ない街で
(短編集は)初投稿です。
死んでしまった街、と聞いたら何を思い浮かべるだろう。
人のいなくなってしまった街とか
インフラの止まった街とか
物流や鉄道網が寸断された街とか想像するんだろうか。
僕たちがいるミト市はそれらの条件を満たしており。
随分と長い間、活動を止めてしまっている。
大通りはゴミが山積していて、撒き散らしている臭いは醜悪なものだ。
人通りは全くなく、道路には多くの破損した車が放置されている。
こんな所にわざわざ商売をしに来る人間なんているはずもなく、長い間搬入のトラックなんて見ていない。
まるで血の巡りが止まった体が、ゆっくりと腐り落ちる様を眺めている気分になる。
かつてこの世界にあったもので今も機能しているものと言えば、政府が発信しているラジオくらいだろう。
それですら毎日決まった時間に放送などはされたりはしない。
たまたまラジオを入れたら運良く聞ける、くらいの頻度だ。
それでも僕は、僕たち二人はこの放送があるから希望を持っていられる。
僕ら以外の 生きている人間に 会えることを。
ほんの一年前にはこんな事になるなんて、考えもしなかったのに、一体地球では何が起こっているんだろう?
_____________________________________________
____________________
____
世界中で作物の、特に麦の不作が懸念されています。専門家は近年の異常気象が悪影響を与えていると指摘しており・・・
依然高騰を続けている麦の価格ですが、政府は特別対策本部を設置して・・・
麦の使用を家畜の飼料にのみ許可し、他商品への使用を禁止する「麦類等穀物に関する特措法」が国会を通過し、大手飲料メーカーは反発をして・・・
続報です。謎の奇病が世界各国で流行しています。不審なものには近寄らず、最寄りの保険センターに連絡を・・・
奇病の治療法はいまだ見つかっていません。感染経路である血液や唾液には充分に気を付けて・・・
政府は緊急避難勧告を発令しました。該当エリアの住民は速やかに避難所へ・・・
避難所でも感染者が現れました!ここはもうダメです!放送を見ている皆さん、不特定多数の人がいる場所はから直ちに退避を・・・
駅も空港もパニック状態です!封鎖された搭乗ゲートを乗り越えた一般人が、警備隊に射殺されました!にらみ合いは現在も続いており、解決の糸口は・・・
この放送をお聞きの皆さん。世界は滅びに向かっています。奇病の研究や治療法は進んでおらず、人々への感染は拡大する一方です。彼ら明るい場所を嫌います。何か行動する際は暗がりに注意を払うように・・・
__________________________________________________
______________________________
______
僕は商店街の探索を終えて拠点に戻った。
覗き穴から見える位置に立つと、中からミヅキが話しかけてきた。
「よかった、無事だったのねユウスケ。今開けるから。」
重そうな鍵がガチャリと音を立ててドアが開いた。
幼馴染であり、今では協力者のミヅキだ。
いつもと変わらず屈託の無い笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま。いくつかの商店を回ったけど、だいぶ荒らされた後だったよ。ホラ。」
「やっぱりね。でも飲料と缶詰があるじゃない、包帯も見つけられたんだ。十分な成果じゃない!」
そういって両手に収まる分量でしかない収集物を、ミヅキは心から評価してくれた。
確かに水や食料は貴重品だけど、もっと見つけ出したかった。
せめて一人一つ行き渡るくらいは。
大きい店や商店街は、もう探すだけ無駄かもしれない。
きっと早い時点で略奪されただろうから。
「ねぇ、裏手に止まってる車だけど・・・あれ動きそうよ。ガソリンも十分あるし!」
「そうか、それは良かった。これで遠くまで行けるし、脱出手段にもなるな。」
その知らせを聞いて早速車のもとへ向かった。
車の鍵は家の中にあったので、問題はまともに動くかどうかだった。
キイを回すと、エンジンが大きな音をたてて起動した。
車が脈を打つかのように、車内は振動で揺れている。
アクセルを軽く踏んで前進させ、バックも試してみた。
ハンドルもブレーキも問題なく動く。
完璧、といっていいほど状態が良かった。
車内で長らく放置された菓子類の匂いは別として。
「うん、十分使えそうだ。これは大きいぞ!」
「でしょでしょ?これで安全に地方まで行けるし、そしたら人に会えるかも?!」
「そうだったらいいな、情報や所持品の交換もできるし。」
「何言ってんの、そこから協力して村とか作っちゃおうよ?出来るだけ人をたくさん集めるの!」
「あ、そうか。僕は感覚が麻痺しちゃってんのかな?」
二人で顔を合わせて笑いあった。
このままここで朽ち果てていく恐怖から解放されたせいか、心がグンと軽くなった気がした。
出発前にガソリンスタンドにでも行きたいけど、この辺りにあっただろうか?
街の概形を頭に描いて思索に入ろうとした。
でもその時だ。
入り口からドォオンという、重い音が聞こえてきた。
ミヅキが小さく悲鳴をあげる。
「なんだ?ビルの壁でも崩れたのか?」
「いや、そんな危ない建物はこの辺りにはなかったはずだけど・・・。」
ドォオン!
まただ。
これは落下物とかそんな代物じゃない。
「ちょっと見てくる。ひょっとしたら生存者かもしれないし・・・。」
「待って、私も行くわ。」
「わかった。念のためバッグの準備をしておいて。」
足音を殺しながら、できる限り急いでドアへ向かった。
すぐ後ろにはミヅキがいて、繋いだ手は恐怖から震えていた。
励ますようにギュッと握ろうとしたけど、僕の手にも力が入らない。
お互いに怖いのは一緒だった。
ドアの付近にまでたどり着いた僕は、覗き穴から外をうかがった。
そこには白目をむいて口を半開きにした、血塗れの女がいた。
女から少し離れた場所には腕のねじ曲がった老人や、足を引きずっている男も見えた。
「か、感染者だ!3体もいる!」
「そんな、まだ外は明るいのにどうして?!」
「わからない、わからないけど居場所がばれてしまった。早く逃げないと・・・」
ガタァァン!
パラ・・・パラ・・・。
なんて力だ。
補強をしたドアをこうも簡単に破壊するだなんて。
僕とミヅキは相手を刺激しないように、通路に張り付きながら息を潜めた。
ドアを破壊した女がゆっくりと中へ入ってくる。
近くにいた老人と男も遅れて入ってきた。
ずるり
ずるり、と。
彼らはそのまま部屋の奥へと侵入し、ダイニングテーブルに3体とも座った。
どこから用意したのか、3本のグラスをテーブルに載せて。
各々の目の前に置かれたグラスを、3体それぞれがジッと眺めている。
この動き、疑いようもなく感染者だった。
彼らの病名は通称「麦茶欠乏症」と呼ばれている。
政府が麦の使用を禁止して以来、僕たちは麦茶を飲むことができなくなった。
そして麦茶を飲めなくなり発狂した愛好家達が次々と発症した・・・結果がこれらしい。
運良く麦茶を持っていて、感染者をもてなせた人は助かり、逆にもてなせなかった場合は襲われてしまうんだとか。
「アマイィ、アマイィ麦茶ァアア!」
「氷ハァ、二個ダ・・・氷ヲ二個、イレロォ!」
「ナミナミトォ、ナミナミト・・・注イデェエ!」
まずい、第二段階だ。
この厚かましい要求が出始めたら黄色信号だ。
このまま放っておくと、暴れ始める。
お店にクレームをつける客のように。
「ミヅキ、車だ。ここから逃げよう」
「そうね、この家はもうダメだもんね。」
物音を立てないように、ゆっくりと裏手へと向かった。
車に乗り込んでエンジンをかけ出発しようとしたが、また別の感染者がやってきてフロントガラスに張り付いた。
「ムギィイイイ、ムギィイイィイイ!」
「クソッ、邪魔だ!」
アクセルを蹴るようにして踏み込んだ。
男はフロントガラスを登るようにして吹っ飛んで行った。
よし、なんとか逃げられたな。
道は廃車やゴミが散乱して運転しづらかったが、なんとか走ることはできそうだった。
ミヅキが街中をうろついている感染者を見つけては、声をあげている。
「見て、何人も感染者が・・・。今まで明るい場所は安全だったのに。」
「夜に比べたら数が圧倒的に少ない、だから変異種みたいなものか?」
「変異・・・。それが主流派になったら、昼も危険になるのね。」
「あまり考えるのはよそう。今は新天地を探すことだけ考えよう。」
「そうね・・・、まだ見ぬ生存者を探しましょう。」
僕らは力なく頷いた。
表情は文字通り沈みきっている。
日中を動き回れることは、僕たち生存者の唯一のアドバンテージだったのに、今やそれすらも危うい。
それでも泣き言は言っていられない。
もはや誰も助けてはくれないのだ。
僕たちは行くあてもなく車を走らせた。
まだ見ぬ安全な場所を求めて。




