最後のおみくじ
閂神社と石の柱にかかれた文字は、古くかすんでおり、
境内も草が生え放題、本堂も手付かずのまま
中は時々掃除されていたが、外から見るとボロボロの
お化けでもいそうな風貌だった。
「写真でも撮ってこうかな」
夏休みを利用して、親戚のいる田舎の島に
遊びに来ていた宮野与作(18)は、スマホを片手に
境内への石畳を上がると、たぶん、久しぶりの来訪者だろうと
荒れ放題の境内を見渡しながら思い(確信し)ながら、
スマホを片手に適当に撮りながら、5月とは思えない
夏の日差しの中を歩いていった。
そして、大きな大木の木陰で休憩しながら、途中で買った
ジュースを飲んでいた時、ふと、目の前のおみくじを売っていた
場所だろうと思われる一角の窓がいつの間にか開いている
ことに気が付き、さらに、スッとどこから現れたのか
白い巫女の服を着た若い女性が、ニコニコしながら
こちらに手を振っていた。
「ようこそ閂へ」
「どうも、ここって、荒れ寺とかじゃなかったんですね」
「フフ、めったに誰も来ませんから、ほとんど荒れ寺と
かわりません。それよりも、どうですかおみくじでも」
スラリと伸びた髪は首の所で人結びされており、年も、
自分と変わりなく、そして、なにか人を引き付ける
不思議な魅力が女性にはあった。
「ほかの人たちはどうしてるんですか?」
「私だけですよ。」
「えっ、一人でやっているんですか?」
少し突き出た屋根のおかげで、日差しは
さえぎられており、吹き抜けていく風が心地よかった。
「最初は、みんなもいたんですけど、私だけ残されてしまって
困りました。こんなところには滅多に誰もきませんから、、さぁ、どうぞ」
そう言って、女性は与作の目の前に古びた小さな木箱を差し出した。
よくみると、木箱を持つ女性の指の爪は鋭く長く、伸びた爪の
先が木箱にめり込んでいる。
「あ、はい」
いつの間にか、あたりの音はなにもしなくなっていたが
それには気が付かず、言われるがままに木箱の小さな丸い
口に右手を入れると、中にあるであろう紙をさぐってみたが
指に当たる感触は、サラサラとした木の感触だけだった。
「あれ?これって入ってるんですか??」
「もちろんです。一枚だけ。」
「一枚だけ?補充とかはしないんですか?」
「残り一枚だけです。ずっと、一枚だけ残ってて、
気が付かなかったんです。もう、ないと思ってて
ほかの皆が帰れるのにアレ?私だけ??ってなって
父が言うには、一枚だけ残ってるって」
そう言う女性の顔は悲しそうに歪み、大きな目からは
涙があふれだしていた。
「いっ!?あの!?大丈夫です!!僕が最後の一枚を!!」
なぜそう言ったかわからないし、明らかに今考えると
変な状況だったのだが、僕は、必死になって右手を動かし、
蛇のようにくねくねと手首と5本の指を動かして、手当たり次第に
木の中を探り、とうとう、穴の入り口の横、上の木の表面に
くっ付いていた紙を取り出した。
「お願いします」
差し出したおみくじは、すでにボロボロに腐食しており
何が書いているかも、いや、開けることもできない状態だったが、
女性は、一目見るなり子供のようにぴょんぴょんと跳ね、そのたびに
後ろの方で、黄色い箒のような綿毛が上下に見え隠れしていることに
気が付いた。
「ありがとうございます!!」
窓を飛び越え、女性は与作に抱き着くと、フンフンと匂いでも
嗅ぐような仕草で顔を近づけてくると、与作がしゃべる前に
ふっくらと柔らかい唇の感触が伝わり、耳元で
「ご縁があればまた、次の閂は100年後ですので、、では
本当にありがとうございました。」
と、囁くように女性の声がしたかと思うと、一陣の突風が
与作を包み込むように吹き荒れ、気が付くと、
石畳の下で与作は、ポカンと上を向いた状態で
尻もちをついていた。
そして、階段の先には、鬱蒼と茂った木だけが絡まるように
あり、その奥には、ただ、光も届かない暗い穴だけが
垣間見えた。
「神社、、」
混乱する頭を揺らしながら立ち上がると、太陽は西へと沈みかけており
手に持ったスマホを確認したが、撮ったはずの写真はどこにもなく
地面に置かれたキャップの開いた飲みかけのジュースを取ろうとしたとき、
ポケットからヒラリと一枚の紙切れが目の前に落ちてきた。
それは、ボロボロで茶色く腐食していたおみくじではなく、
綺麗な淡い黄色い紙で、「1000番・中吉」と大きく
書かれており、最後には閂神社のハンコがポンと押され
小さく、金桜とその下に書かれていた。
与作は、風に飛ばされないようにおみくじを拾うと
まじまじと見つめながら、もう一度、石畳の上を
見つめ
「100年か、、無理だろうなぁ~」
と、嘆くようにつぶやきながら、来た道を歩き出した。