俺今日からヤンデレ女の家(豪邸)で暮らします。
晴れだ。まごうことなき晴れのこの日は、少年の高校入学式の日だ。
少年はいつものように目覚ましで爽やかに起きる………ことはなく絶賛寝過ごし中だった。
「ふざけんな…むにゃむにゃ」
ボサボサの黒髪の普通の学生、特徴と言えば片えくぼくらいの少年は目をさます。
「何時だ…?」
時刻は午前9時半。入学式の始まる午前10時まで30分を切っている。
少年の家から通う事になる高校は徒歩で40分程で、入学式以降は自転車で通う予定の距離だ。
ただ、今日は自転車を修理に出している為、歩くしかない。
面倒くさがりな少年が、歩きを了承した理由は、まったりと3年間通う通学路でも眺めながら、のんびりと入学式へ行こうとしていたからだ。
しかし、
「間に合わねえじゃねえかーーー! 母さんと父さんなんで起こしてくれねえんだよ!」
そう文句をたれつつ、駆け足で階段を降り、リビングのテーブルを見ると置き手紙が1つあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
可愛い可愛い零へ
母さんと父さんはちょっとパチンコ屋さんに顔出してきます。
母さんと父さんはあの台を信じています。
今日はきっと出ると。
出なければ後から入学式にも顔出すね(^^)
あっ、ご飯炊いてないからコンビニとかで食べてね〜
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あのクズどもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! 息子の入学式の日にパチンコ屋に行くとかふざけんなぁぁぁぁ!!!」
少年の名前は都城零。
そう、零の親はクズなのだ。
父は一応不動産会社をやっているが、立場を利用してなのか、行ったり行かなかったりが多く、良くパチンコ屋にいる。
母は専業主婦なのだが、有り金すべてをパチンコに突っ込む程の依存症で、ほぼ毎日パチンコ屋にいる。
まあ、まとめると2人ともクズなのだ。
そうこうしているうちにも、時間が迫り来る。
零は急いで制服に着替え家を出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
家を出ると猛ダッシュで街を駆け抜ける。
しっかりと着た筈の制服は乱れ、黒髪の寝癖が風に揺れる。
急ぐあまり、周りどころか自分すら見えてなかった零は事故を起こす事になる。
そう、生活がガラリと変わる事となる大変な事故を…
「やべぇ、やべぇ!マジで間に合わんぞこれ!」
そんな零の視界には、街角から金髪の女の子が出てくるのが見えた。
しかし、猛ダッシュ中の為、止まることが出来ない。
「どいてくれぇー!!」
そうして大激突を起こし同じ制服を着た1人の少女を突き飛ばしてしまった。
零は起き上がり彼女に手を差し伸べ、
「悪いな、止まれなかった。怪我とかない? ってか同じ制服じゃん! 急ごう急ごう」
「えっ、あっはい」
こうして零は、名も知らぬ少女と入学式へと大至急向かう事になった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私立三桜学院校門前
ここ三桜学院は地元では有名な私立校だ。
進学率90%以上を誇る程の進学校として。
大きくクラスが三個に分かれていて、特待生クラス、普通科クラス、スポーツ科クラスとある。
スポーツも有名でチアダンス、野球、サッカー、剣道どれも全国常連のいわゆる強豪校。
零は頭の出来は普通で、入学するのも普通科だ。
因みに有名な私立校なのでお金の方はそれはもう高い。
何故入れたのかは、零自身も疑問に思っている。
「はぁ…はぁ…なん…とか間に合った」
明らかに30分以上経っていたので終わったと思ったのだが、校門の時計は午前9時54分を指していた。
零は遅刻防止に時計を早めにしていたのを忘れていました。
零は大きくため息を吐き、
「えっと…」
体育館の前の掲示板を見て、普通科の生徒の席とクラスを確認する。
「7組か。おっし、んじゃあね」
少女に別れを告げ、体育館へと向かおうとした零の手を彼女は掴み、
「あの…」
そう言って黙り顔を見つめてきた。
良く見るととても美しい人だった。
綺麗な金髪に大きな赤い目、とても整った顔立ちにスタイルも良かった。
テレビで見る芸能人なんかと変わりのないほど美しい人だった。
おそらくハーフ。
そんな彼女に黙って見つめられる事は、童貞の零には堪えられる筈なく、無理に手を振りほどき、
「時間ないから急いだ方がいいよ」
顔を赤らめながらそう言って7組の席へと向かった。
「やっぱり運命なんだ」
1人となった少女は呟く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
零の出席番号は18番だった。
18番の座席へと向かう途中、
「重役出勤だな」
声をかけられた。
「まあな」
零は立ち止まり、
「みんなとは会ったか?」
そう聞くと、軽く天然パーマのかかった少年は笑いながら答える。
「この状況で会うわけないだろ。なんせ、俺も来たばかりだ。こないだのカラオケで会った人しか知らん」
「お前もそこそこ重役じゃねえか! まあ、自己紹介でわかるっしょ!」
「だなー。早く席につけよ」
「おう」
零に話しかけていたの平岡優真。零の中学からの同級生だ。
なんの話をしていたかというと、入学前から作っていた友人のこと。
零の中学から三桜へと来るのは、零を含め3人。
零、優真、そして特待生クラスに入学する栗原直広だ。
この直広というのが、いわゆるカリスマで、勉強、スポーツ、美的センス、書道等全てに優れている男だ。
そんな直広は入学前から某SNSで呼びかけ緑のSNSグループを作っていた。
直広と仲の良かった零と優馬は、それに入っていたので、入学前から仲良くなった友人が何人もいるという訳だ。
そのうち顔を合わせたのは数人のみ。
数日前にカラオケに行った時にいた人だけだ。
と、まあこのことについて話していた。
そうこうしているうちに入学式は始まり、お偉方のありがたいとされるお話等の時間となった。
あまりに暇すぎてあくびが出る。
暇なので隣のやつに話しかけてみた。
ちなみに席は出席番号順で二列で、零が左側なので、隣のやつの出席番号は19番だ。
「いやー、こういう式系ってこれがだるいよね」
フレンドリーに話しかけたつもりだったが、返事は返ってこない。
無視されたと思い隣を見ると、ぐっすりとお寝になっていた。
「マジかよ」
零は入学初日から居眠りをしている彼を見て、すげえな…と若干引きつつ、おしゃべりで時間を潰すというあてがなくなったので、大人しく前を向き時間が過ぎるのをただただ待った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長い長い式が終わり、零達は教室へと移動していた。
「はーい、座って座って! 自己紹介をします。私は神崎恵このクラスの担任です。一年間よろしくお願いします」
そう言ってそこそこ美人な担任教師が頭をさげる。
恵は顔を上げると、肩くらいまでの長さの黒髪をサッと後ろへと流し、
「それでは、みなさんにも自己紹介をしてもらいます! 出席番号1番からどうぞ」
自己紹介の時間となり、無難な自己紹介をする者、1発狙って失敗し大滑りする者、ノリだけで何故かうける者様々だった。
因みに零は小心者なので無難な自己紹介を。
名前、出身校、趣味、一言と言った具合だ。
自己紹介が終わると軽いホームルームをしてこの日は解散となった。
終わった後は、平岡と共に帰路へと着くことになった。
親は結局来てないからな。
平岡の親は先に帰ったので2人きりでの帰宅となる。
「そういやさ」
帰り道平岡が急に話を始める。
「なに?」
零があくびを混じえて聞くと、
「海月も三桜らしいぞ」
「海月?」
平岡は呆れた顔をして、
「覚えてねえのかよ。小学校で俺とお前と仲の良かった女子グループの1人だよ」
そう言われて零は思い出す。
「あぁ。聖奈か」
「そそ」
「聖奈も三桜だったんだな」
「それが話によると特待生クラスらしいぞ」
「マジでか。なおと同じか」
なおは栗原直広の愛称、いわゆるあだ名だ。
零のあくび混じりの返答を聞いて平岡は、
「お前興味ねえだろ」
「まあ、正直あまりな」
「ひっでえやつ。お前好きだったろうに」
「好きじゃねえし」
「おっ、照れんなって! 告っとけば良かったのに」
零は嬉しそうにそう言う平岡を見て、だるそうに言う。
「小学生の頃にそんなこと考えてるやついなくね」
「そうか? 聖奈はお前のこと好きだったのにな」
「マジで?」
「マジマジ」
「なんで?」
「知りたいんだぁー」
「うるせ」
そう言って軽く殴りかかりに行った零を、身軽にかわし、
「そんじゃうちこっちだから。また明日なー!」
平岡はそう言って手を振りながら走って行ってしまった。
1人となった零は、
「聖奈…か。なんで俺のこと好きだったんだろ?」
少し小学生の頃のことを思い出すが、特に思い当たることがない。
零はモヤモヤとしたまま、普通のベランダ付きの4LDKの家に着いた。
家の鍵を右ポケットから取り出し開けた…つもりが何故か閉まってしまった。
親が帰ってきてたかと思いつつ、もう一度鍵を使いドアを開け中へと入る。
何時ものようにリビングへと向かうととんでもない光景が広がっていた。
「はっ…?」
リビングのソファには屈強な黒スーツの男達が座っており、中央の細身のサングラスの男がこちらに気がつき、
「都城零様ですね。お母様、お父様より聞いてはいませんか?」
零は二歩ほど後ろに下がりつつ、
「何をですかね?」
いやな予感がした。
「あなたはお金で売られました」
「は?」
理解が追い付かない中、黒服は続ける。
「ですからあなたはお金で売られました」
「冗談でしょ?」
「取り押さえろ」
「「「はい」」」
屈強な黒スーツ3人に囲まれる中、
「あんのクズ親共ぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
そう叫んだ。
零の叫びは届かず、屈強な黒スーツの男3人に取り押さえられ、サッと車に乗せられ、なにかを吸わされて意識はなくなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
眼が覚めると、零は無駄に広くなにもない部屋にいた。
「どこだよここ」
開幕1発目の文句をたれつつ立ち上がり、
「あんのクソ親共ついに息子を売りやがったな! なーにがあの台を信じてますだ」
そこまで追加の文句をたれたところで部屋の扉が開く。
零を買ったという張本人様のご登場だろう。
ごくりと息を呑み、身構える。
隙さえ出来れば逃げようという魂胆を秘めつつ、扉を睨む。
しかし、
「へっ?」
間の抜けた声を出してしまったのには理由がある。
現れたのは白を基調としたひらひらの服を着て、長く美しく少しウェーブかかった金髪に、綺麗な赤い瞳の少女、つまりは今朝の少女だったのだから。
少女はこちらを見て頬を染め、もじもじしながら、
「ひ、久しぶり」
そう言うと下を向いてしまった。
そんな少女を見つめ、
「えーと、今朝の?」
そう尋ねると少女は信じられないとでも言いたげな顔となり、
「酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷いよ。なんで覚えてないの? 運命で繋がってるのに…あぁどうしようどうしたらいい?」
1人でぶつぶつと何かを呟き始めた少女を見て、零は後ずさりをする。
少女はぶつぶつと何かを呟き続けたまま少しずつ近づいて来た。
僅かにドアの前が開いたのに気がつき、ドアへと走る。
ドアに鍵はかかっておらず簡単に開く。
そして、無限に続いてそうな長廊下を走り始めた。
「あの子やべぇって」
独り言を呟き、振り返るととんでもない速度で追いかけてくる少女の姿が見えた。
「マジやばい!」
「待って待って待って待ってよ」
「着いてくるなってぇ!!」
「本当に覚えてないの? 私だよほらこれ」
そう言うと少女は笑顔を作る。
一瞬なんだかわからなかったが、零は見逃さなかった。
少女に片えくぼがあることを。
「お前、もしかして聖奈か!? 海月聖奈なのかぁ!?」
そう言うと少女は立ち止まり、両手を頬に当て赤くなり、
「うん。そうだよ零くん」
零も立ち止まり、
「やっぱりかぁ。びっくりさせんなよなぁ」
「ごめんねー」
「でも、それなら話は早い。俺を逃がしてくれよ」
少し安心してそう言うと、
「やだ」
即答。
「え?」
「だって運命で結ばれてるんだよ? どうせ一緒に暮らすことになるんだし、今からでも問題ないよ! 私ね、零くんと会えなかった3年間花嫁修業してたんだよ! 料理も洗濯も何にも出来なかったのに、今ではママより上手くなったんだ!」
零は苦笑をしながら、
「運命? 花嫁修業…? なに言って…」
そう聞くが、
「零くんは今日からうちで私といちゃいちゃして暮らすの」
零は立ち上がり、走り出す。
それを独り言を言っていた聖奈が気がつき追う。
零は走りながら、考える。
そして答えに行き着く。
「これヤンデレってやつか!? とりあえず、着いてくんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
大絶叫しつつ、無限に続くのではないかと思える長廊下を再び走り出す。
ごくごく普通の新高校1年生となる筈が…
「零くぅん〜! 待ってえーーーー!」
こうして冒頭へ物語は繋がる。
ごく普通の高校1年生となる筈だった都城零は、ヤンデレと思われる状態へと進化した小学校の同級生海月聖奈の豪邸で、一緒に暮らすことになる。
これは零が巻き込まれることになる数多くの事件の最初の事件だった。