再会
理事長室
職員室や以前入ったことのある学院長室とも違う、独特な雰囲気の部屋の中では落ち着くことができない。
零はそわそわしながら、キョロキョロと部屋を見渡す。
「お茶でいいですかな?」
白ひげの生えたお爺さんがそう聞いてくる。
「ええ」
聖奈がそう答えると、綺麗な柄の急須にお茶を煎じる。
零は、足を組みやけに偉そうな態度の聖奈に、
「やっぱりお前この学院を…」
「今からそのお話もするから待っててね」
こちらを見て笑顔でそう言う。
この笑顔は可愛いがなにか怖い。
そんなことを思っていると、お茶ができたようで、
「粗茶ですが」
よく聞くそんなセリフと共にお茶が出てきた。
お爺さん……いや、現在の三桜学院の理事長が2人の前に座り、
「ご入学おめでとうございます。おっと、おかえりなさいでしょうか?」
そう言って笑う。
聖奈は少し笑ってから、
「ありがと」
短くそう言った。
理事長が続ける。
「さて、聖奈ちゃん。何からお話をすればいいのですかな?」
呼び方から察するに親しい間柄なのだろうか?
もしかしたら聖奈の家の人なのかもしれない。
「先ずは私からお話するね」
聖奈はそう言うと、零の方を向き、
「わかってるとは思うけど一応ね! こちら現理事長の岩際巌さん。うちのお爺様の同級生なの」
「約1年前にあったきりで、自己紹介もしてませんでしたな。改めまして、岩際巌と申します。聖奈ちゃんの爺様とはもう長い付き合いになりますな」
深々と頭を下げる姿を見て、
「あぁっ…ご丁寧にどうも」
慌てて頭を下げる。
「私も小さい頃からお世話になってる方なの」
「なるほど。2人の関係性はわかったけど…俺が聞きたいのは…」
そう言いかけたところで、言葉がさえぎられる。
「学院のことだよね?」
「お、おう」
聖奈は少し考えるような仕草をした後に、
「最初から話そ!」
そう言って話を始めた。
「退学になるきっかけの事件は忘れもしないよね?」
「当たり前だろ」
「零くんが私の弱った時を狙って襲ってきた事件だね」
「ちげえよ!!! いや、違うとは言いにくいが……実際そう処理されてるだろうしなぁ…」
「冗談だよ」
聖奈はくすくすと嬉しそうに笑っている。
「あの日に零くんは、生徒指導の先生とかに連れていかれちゃったよね?」
「だなぁ。こっぴどく叱られたわ。濡れ衣とも言い切れないところがあったし、反論もできなかったから、ただただ聞いてるしかなかったのつらかったなぁ」
「そうそれなのよ! 教師に多いんだよね。事情を全部知りもしないくせに、頭ごなしに否定して叱りつけ、人格の非難すらようなごみくずどもが! 私はそんなやつらが、本当に本当に嫌いなの…」
可愛い顔を歪ませて、下を向く聖奈の頭を撫でる。
聖奈がその手の教師を顔を歪ませるほど嫌う訳を知っている。
だからなのかもしれないが、自然とそうしていた。
「わかってる」
聖奈は嬉しそうに抱きつき、
「うん」
「話の続き頼めるか?」
「そうだね! だからね私はあの時の教師どもが許せなかったの! 零くんのことをクズだの最低だの罵ってたあいつらが……。もともと学院長とパイプのあったから、最初は退学を取り消しにして終わり!って思ってたんだけど…」
聖奈はぐっと拳を握り、
「零くんたちの会話を聞いて、腹が立って仕方なくてね。この学院ごと変えてやろうと思ったの」
「ちょっと待ってくれ、なんで俺らの会話知ってるんだ?」
疑問に思い尋ねると、聖奈は下手に口笛を吹き始めた。
こいつ盗聴してたな。
「はぁ…そんで?」
零は諦め、話の続きを促す。
「学院長に提案したの」
「提案?」
「そう! このクソ学院を変えないかってね」
「学院長にそんなめちゃくちゃな話持ちかけてたのか」
「そうでもないんだよ?」
聖奈がそう言うと、理事長が飲んでいたお茶を置き、
「私も古い考えで凝り固まった学院を変えたかったものでね。聖奈ちゃんの無茶な提案に乗ることにしたんですよ」
「そこからは割とスムーズに進んだ訳! とりあえず退学して、先ずは零くんの意思確認をしたの!」
「俺の意思確認?」
「そう! ムカついてはいたけど、零くんが学校に行きたくないなら、あんなところ無視するつもりだったから」
「なるほどな」
聖奈は話し過ぎて、喉が渇いたのか、お茶を飲み、
「確認するまでもなかったけどね。答えはわかったから退学した次の日から行動し始めたの。理事長やお父様、お母様、お爺様と計画を立てて、実行していったわ」
「当時の昼間いなかったのはそういうことか」
「詳しい内容は省くけど、結果計画は完遂できた!」
「そんで、この学院が変わったってことか?」
「そうだよ! 校則関係が大きく変わったのは理事長が変わったから! あと、大きく変わった点は教師陣かな」
零は入学式の新入生挨拶を思い出し、
「そうだよ! それ!」
「さすが零くん! 気がついんだね! そう、約半数のごみくずどもは解雇して、新しい人を雇ったの! 全員うちの使用人だけどねー」
「やっぱり、海月家の人らか! めっちゃ深々と頭を下げてたもんなぁ…。まあなんとなく察してはいたが……。あっ! 周防さんはなんなんだよ?」
「あー、姫花ね。姫花も今は三桜学院の教師なの」
「は?」
「もともと姫花は教員免許あったしね。本邸で躾しなおして、ここの教師にしたの」
「まじかよ……」
「ちなみに体育担当だよ」
「数学とかじゃなくて安心はしたよ」
「まあ説明することはこのくらいかなー」
零は、すっかり冷めたお茶の飲み、
「つまりは、この学院は現在ほぼ半分が聖奈の傀儡ってことね」
「まあ、そうなるね。嫌だった?」
「普通とは言えねえが、嫌じゃねえよ。なんにせよ、また学校には通えるんだ。その点は感謝しかない」
「よかったー!」
聖奈はそう言うと、腕の力を強める。
「いてぇ! 力抜いてくれ!」
「あっ、ごめんね?」
前から思っていたが、聖奈は力が強い。
そんなやり取りをしていた、2人を見ていた理事長が、
「君がいるなら、あいつの会社も安泰だなぁ。うちの孫も聖奈ちゃんの様な子を捕まえられればいいんだがなぁ」
などと言っていた。
こうして、現状の学院のことを聞いた零と聖奈は帰路に着いた。
家に着くと、聖奈は疲れていたからだろうか、ソファで寝てしまった。
その日の晩御飯は零が調理場の食材でカレーを作った。
普通のカレーだったが、聖奈は大喜びで食べていた。
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翌日
2年6組の平岡の席に4人が集まっていた。
メンバーは以下のとうりだ。
核原匠、高野龍二、栗原直広、高橋天馬
「そんで? どうしたんだよ? 朝からこのメンツ集めるなんて」
「悪いな朝の忙しい時に。というか、明日葉はどうしたんだ?」
その質問に答えたのは直広だった。
「明日葉は生徒会の仕事だから朝は無理だろ」
「あー、そっか。 今みたら連絡入ってたわ! じゃあ明日葉には後で伝えるかー。クラスも同じだし」
平岡はそういうと座り直し、
「落ち着いて聞いてくれ」
「おう」
「聖奈が昨日入学してきたかもしれねえ」
平岡がそういうと、全員が目を見開いて、
「どういうことだ!!!?」
核原が大声を上げる。
平岡は両耳を塞ぎ、
「だーーー!? うるせえ! 落ち着いて聞けって言ったろうが!」
クラスの視線が集まるが、すぐに視線は元通りとなる。
「朝から大声だすな! とにかく落ち着いて聞いてくれよ」
「わ、わかったよ」
「どういうことなんだよ」
質問を投げかけたのは龍二だった。
「昨日入学式だったろ? 俺の友達の友達が吹奏楽部なんだが、その子の話だと新入生挨拶の女の子の名前が海月だったらしいんだよ」
「友達の友達って信憑性はどうなんだ? というか下の名前はわからんのか?」
平岡は直広の問いに答える。
「昨日聞きに言ったが、その子もそんな真剣に話とかは聞いてなかったらしいんだよ。ただ、珍しい苗字だなと思ったみたいで、苗字は覚えてたらしい」
「ふーむ」
核原が手を顎に起き、悩む。
「ちょっといいか?」
手を軽くあげ、天馬がそう言う。
「どうした?」
「うちの担任が、昨日言ってたんだけどさ。代表の子は清楚な感じで、印象が良かったらしいんだわ。あの人は黒髪の人しか清楚って言わねえんだわ。となると、失礼だが、聖奈は当てはまらなくないか?」
「金髪だしな」
全員が悩みつつあった。
次の瞬間、バンッと大きな音がなる。
核原が机を両手で叩いて、立ち上がっていた。
「悩んでても仕方ねえ! 今日の昼休みに見に行ってみようぜ!」
「学食を探すのなんか途方にくれるわ」
「ぐっ…」
しかし直広が、
「いや……見つかるだろ?」
「あの混み具合だぞ?」
「思い出してみてくれよ。入学式の翌日って弁当じゃなかったか?」
全員が思い出した。
たしかに入学式の翌日は、特別な弁当だった。
それをクラスで食った覚えがある。
「ケーキとかも出てたな!」
「弁当はあんま美味くなかったな」
「見た目重視だったからな。おめでとうとか書いてあったしな」
「そうだ。あれが今年もあるなら、みんな教室にいるんじゃねえか?」
「それはたしかだな。少なくともどこかの教室にはいるな」
「だろ? それなら見つかるんじゃねえか?」
「とりあえず行ってみるか!」
全員が頷き、朝は解散となった。
昼になり、明日葉を含む6人で、1年の教室のあるA塔へと向かった。
ちなみに、今年からA塔が1年、B塔が2年、C塔が3年と振り分けられている。
明日葉には歩きながら事情を説明した。
「やっぱ、弁当みたいだな」
1階の学食に人の姿がないのを確認して、直広が確信を持つ。
全員が自然と早足となり、階段を駆け上る。
「とは言え何組かわからねえな」
「聖奈ちゃんて特待クラスじゃないのかな?」
明日葉の疑問に平岡が、
「零のやつが別のクラスならそっちにいる説もあるな」
「聞けばいいんだよ!」
核原はそう言うと近くを歩いていた2人組の女生徒に話しかける。
「ねぇ! ちょっといいかな?」
「えっ、なんですか?」
「海月聖奈って子知らないかな?」
核原の質問にとなり、茶髪の女の子が、
「あー! 知ってますよ! 新入生代表の人ですよね?」
「それそれ!」
「確か特待組のトップなんで、10組だと思いますよ」
「おお! サンキュー!」
核原は手を振り、こちらを向きなおすと、ドヤ顔で歩いてくる。
「俺のお陰でクラスがわかった! なんと……」
「10組な」
「聞こえてるから」
「お前らノリ悪いぞ」
「時間ねえんだよ」
平岡がそう言うと再び早足で歩き始め、10組の前にたどり着いた。
他のクラスに入るのは妙に緊張するものだ。
まして、それが他学年ともなるとなおさら。
教室の前側の扉の前で、深呼吸して、いざ開けようとしたその時、扉が開く。
平岡たちの目の前にいたのは、零だった。
1年前とは髪型、体格などが多少変わってはいたが、平岡たちが気がつかないわけもない。
当然、零の方もみんなに気がついて、
「おお! 久し……」
零が言葉を言い終える前に、
「「「うおおおおおおお!!!? 久しぶりじゃねえかぁぁぁぁぁ!」」」
男5人の声がハモり、零はあっという間に担がれ、胴上げをされる
「なんなんだよぉぉぉ!!!」
男どもが馬鹿騒ぎで胴上げをし、クラスの注目を集めている一方で、
「………」
「………」
立ち上がっている聖奈と明日葉は無言で睨み合っていた。
今にも戦争が起きそうな雰囲気で…
そんな光景を、大半のクラスメイトが驚きながら見ている中、入学式の時の赤髪の女の子が怪訝な顔で見ていた。