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前編

  1


 降りはじめの雪を少女は憎らしく思う。

 高い露台より見下ろす城下に、人がいなくなるのがたまらないのだ。

 いたとしても皆襟をしめ、視線を落とし歩き行くだけで、自分をあおぎ見る目や、たたえる声のないことが我慢ならない。

 陶器のごときに血を通わせた肌も、長くなびき闇色に艶めく髪も、夜に産まれ月の祝福でなされた美貌さえも、すべては自らの為のものではないのに――少女はそう考えているからだ。

 わが身を眼にした者たちが、めいめいに神のみわざを想うべく自分はいる。

 それを気づかせることが王女の使命なのだと信じている。それなのに――


(ああ、なんて忌々しいのかしら)


 ぎりりと見すえる空より西風が鳴る。左右に離れおかれた松明が赤く盛る。

 それは暖を取るものというより、自室前に白雪など積もらせないための処置だ。

 ”白”は彼女の最も嫌いな色だった。

 ふと、遠く魔女が棲むといわれる森の横を、二頭立ての馬車が走るのが見えた。

 やがてその車輪の音がこちらに近づき、城門を越えて停車すると、


「あら、あなたカタリナが……」

「おお、姫よ、今帰ってきたぞ」


 隣国の会合から戻った王と王妃が、車中より共に降り立って手を振る。

 その仲むつまじい様子を眼にとらえるや、カタリナは気づかぬ素振りでぷいと自室へひきこんだ。

 部屋には夜合樹で編まれた鳥カゴが置かれ、蒼羽の珍しい小鳥が入っている。

 今年の秋の演奏祭で、彼女はフィドル(弦楽器)を披露したが、その音色に感銘をうけたという太った婦人より贈られたもので、「この鳥は願いをかなえる力を持っているのです」とその扱いかたを耳打ちされた。

 たしかに、この名もわからぬ鳥は姫の心を多少なぐさめた。

 今日のような日も、この小さな者だけはその眼を主に向け、無邪気にさえずってみせる。

 姫はカゴへ手を入れ、するりと鳥をつかみ出した。

 菫色の瞳でそれを眺める姫の脳裏に、しかし浮かんでいるのは王妃の姿だった。


(なぜ、どうしてあのような者が……!)


 小鳥は蛇にまかれた獲物さながら、十四の娘の白い指に羽ごと絡めとられ、逃れようと鋭く鳴いてもがき続ける。


  2


 王妃の来るその日まで、カタリナは自らを神の御使いと信じて疑わなかった。

 実の母は彼女が五つの時分に病で亡くなっている。

 父王は悲しみのあまり十年もの間独り身でいたが、ようやく後妻を迎えたのが半年前。

 新たな王妃は大変美しく、また聡明であり、近頃では国政の相談までされる程になっている。

 しかも早いうちからその慈悲深さが国中の評判となったのは、嫁ぐと共に国民に暖かい上着を配り、またそのすべてには王妃の自らの手による赤い釣り鐘草の刺繍がなされていたからだ(カタリナだけは手渡されたドレスをその場で暖炉へ投げ込んだが)。

 王妃の慈しみと優しさは当然娘にも惜しみなく注がれている。

 しかしそのことが、カタリナには尚のこと気に入らなかった。

 突然現れては、父の愛と国民からの崇拝をかすめ取り、そして何より、美しさで自分を上回る事実こそ許しがたかった。


(皆があの女のことを良いようにいう……今じゃ誰もがあの女の言いなり……でも、そのうちきっとよくないことが起きるに決まっている。皆の眼を覚まさせるにはこのわたしが何とかするしかないんだわ――)


 力の込められた手の内で既に小鳥は動かなくなっていた。

 くちばしから肉色のものを長く吐き、無惨となった姿を姫はつまらなそうに見つめる。

 そうして再び露台の方へ行くと、死骸を盛る炎へと放り込んだ。

 暮れの薄闇にパッと火の粉が舞い黒煙が立ちのぼる。

 カタリナはしばらく見上げていたが、やがて息をつき部屋へと戻った。

 戸が閉められると、露台の柵の向こうに、青白い子供の顔がぬっと現れた。

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