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《閑話》 レオ、真贋を見極める(1)

※毛髪の量が相対的に少ないことに関する表現があります。

閲覧ご注意ください。

 ある、よく晴れた昼下がり。


 レオは下級貴族や市民が集う第二食堂で、庶民的な味わいの昼食を堪能していた。


「あっ、デザートはこれねー、持ち込みだけど、この前オープンした『ガウス』のバウムクーヘン!」


 いそいそとスイーツを差し出すのは、ひょうきんな口調が特徴的なロルフ。そして、


「おまえ、よくもそんなに甘いものばかり買い求めて来るな」


 呆れ顔で頬杖を突いているのはオスカーである。

 レオは二人に挟まれながら、次々と差し出されるタダ飯およびタダデザートに舌鼓を打っていた。


「おいしい、です」


 第一食堂で食べるものほど素材の原価は高くなくても、タダで頂ける食べ物というのは、それだけでまず間違いなく美味しい。


 レオは、味覚や視覚触覚を押しのけ、金覚という後天的な第六感で食べ物を味わう習性の持ち主である。

 通常は金覚の望むところに従って、高級素材をふんだんに使った第一食堂で昼食を取っていたが、時折庶民派の味を求める他の五感が反乱を起こした時には、オスカーたちが奢ってくれるという場合に限り、第二食堂で食べることに決めていた。


「あっ……と。レオノーラちゃん、バウムクーヘンは剥がさなくていいんだよ」


 差し出されたのは砂糖がたっぷり付いた、レオが知る中で最上級に高級なバウムクーヘンだ。金香る高級スイーツを味わう時間を引き延ばそうと、レオがちみちみと層を剥がしはじめると、なぜか気まずそうな顔をしたロルフが止めに掛かった。


「こう、がぶっと噛り付いていいんだ」

「なぜ? こうすれば、明日も、明後日も、食べられます」

「レオノーラちゃん……」


 少女がろくに食事も与えられずに育ったと聞いていたロルフは、菓子すら数日分の食料に充てようとする彼女の行動に、痛ましさを覚えた。

 彼はそっと少女の手を取ると、


「ガウスのバウムクーヘンが食べたくなったら、僕が毎日でも買ってくるから、そんなことはしなくていいんだよ」


 と、ゆっくりとした口調で諭す。


「そう、ですか……?」


 さもしい己の行動を憐れまれているなど思いもよらないレオは、きょとんと首を傾げた。


 と、二人のやり取りを見ていて何を思ったか、傍にいたオスカーが不意に話しかけてきた。


「なあ、レオノーラ。次の安息日、俺の屋敷に昼飯でも食べに来ないか」

「え?」


 なんと、今度は学院外でタダ飯のお誘いである。

 断る理由はなかったが、屋敷にまで誘われる理由もまた思い浮かばなかったレオは、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「なぜ、ですか?」

「おまえは妹の恩人だ。何か礼がしたいと前々から思っていた。もし、都合が合えばだが……」

「恩人?」


 そんなものになった覚えはないレオは、はてと眉を寄せた。


「は、まさかカミラに起こした奇跡を覚えてないとは言わないだろう」


 オスカーは肩を竦める。

 その「カミラ」という名前を聞いて、レオはようやく合点がいった。


(ああ、あのアドバイスのことか)


 なぜだか近頃やたらと妹の話をするようになったオスカーは、以前食事を共にした時も、「元気になった妹が今度は生意気になって困る。どうしたものか」と心持ち頬を緩めながら愚痴を零していたのだ――薄毛に悩むオスカーの妹の名は「カミラ」と言うのか、と感慨深く思ったために覚えている。


 それに対し、なんだこの人シスコンかと思ったレオは、実に適当に「胃袋に大量のカロリーを投下してみてはどうか」といった主旨のアドバイスをしたのである。


 男には金を、女には甘いものを与えとけば、大抵のことは上手くいく。レオはそんなざっくりとした信念を持って生きていた。


(どうやらカミラのご機嫌は取れたみたいだけど……なんだ、先輩ったらそんなことでいちいちお礼するほどマメな人だったのか)


 人は見掛けによらない、と思い掛けて、レオははっと目を見開いた。


 いや違う、そうではない、と。


 レオは、オスカーが真に報いたいのであろう「恩」に、ようやく思い至ったのである。


(あっちか!ヅラ用に提供した俺の髪の方か!)


 オスカーには譲った髪のお礼に、学院脱出用の路銀を手配してもらっていたが、なにせハーラルト事件に伴う諸々があったため履行されていない。

 恐らく、それを気に病んだ彼は自らの屋敷で高級料理(希望)を振る舞うことで代えたいと考えているのだろう。


 たかだか適当な相槌を打った程度のことで礼をされるはずはないから、つまりカミラ云々というのはフェイク――口実なのに違いない。


(仲間内には共有してるとは言ってたけど、きっとやっぱ、大っぴらにヅラの話をすんのは嫌だよな)


 納得したレオは、念のため、


「それは……髪の……?」


 とボカして聞いてみた。

 するとオスカーはちらりと周囲を見回した後、「もちろんだ」と心持ち低い声で囁いた。やはりそういうことだろう。


(口止め料も兼ねてるのかもしれねえな)


 オスカーがやたら自分にご馳走したがる事情を察したレオは、多少の同情を覚えて、「行きます」と答えた。


 横でロルフが「えっ、それなら僕も!」と挙手しているが、オスカーの心情を考え――ついでに自分の取り分を多くするためもあって――やんわりと諌めて遠慮してもらう。


 ロルフがまさか、「僕にも母の命を救ったお礼をさせてほしい」という意味で手を挙げていたのだとは、思いもよらないレオであった。


(そういや、結局ヅラって上手く作れたんかな)


 ふと疑問に思い、レオはオスカーの頭部をじっと見つめる。

 紫の瞳に真剣な光を乗せて、上目遣いでこちらを見上げる少女に、オスカーは


「なんだ?」


 と首を傾げた。


「いえ、あの……。その、髪……の具合は、いかがでしたか?」


 レオは「髪」の部分はなるべく声量を落とし、おずおずと尋ねた。


 レオとオスカーでは、同じ黒髪とはいえだいぶ髪質が違う。見る限りオスカーの頭部は自然にふさふさしているが、果たしてこれは、自分が譲った髪で作ったブツなのか、それとも違うのか。


「その後、どうかな、と……」


 そういえば、以前ハーラルトが、レオが髪を譲ったことで魔力の受け渡しが云々と言っていたので、譲った黒髪には多少の魔力が籠っていたのかもしれない。


 よくわからないが、魔力とはとかく掟破りの力なので、それを利用すれば、個々人の髪質に合わせたヅラに変化させることも容易なのだろう。


「レオノーラ……」


 髪を譲っただけでなく、その先のカミラの容体にまで心を砕く少女の優しさに、オスカーは珍しく言葉も失って感じ入った。


 まったく、目の前の彼女ときたら、無欲と献身の塊だ。


 オスカーはふっと小さく笑みを漏らすと、真剣な眼差しでこちらを見上げる少女に向かって、力強く請け負った。


「前も言ったろう。快調だ。魔力が暴走する気配もなく、体にもよく馴染んでいる」

「おお。馴染む、ましたか」

「魔力というのはすごいな。家族も皆、感謝している。お前はベルンシュタイン一家全員の恩人だ」


 たかだかヅラ用の髪を譲ったくらいで、家を挙げて感謝してくれるらしい。

 レオは、団結力の強い商人一家の家族愛に感じ入るべきか、それ程までに大きな家庭問題となっていたらしいハゲの脅威に慄くべきか、表情に悩んだ。


 が、


「えと。よかった、です」


 結局無難に、今日も無事髪が自然な見た目でそこにある奇跡を讃えるにとどめた。


「では、決まりだな。昼前に迎えの馬車を寄越すから、それに――」


 会話が一段落したと見たオスカーは、さくさくと段取りをつけていく。

 そうして、あれよあれよと言う間に、レオは次の安息日を迎えることになったのである。



***



(でっけー家……!)


 安息日。


 下町にほど近いオスカー宅に訪れると言うことで、難色を示していた従者を宥めすかし――もしかしたらカイは、隙あらば脱走しようといつも考えている主人に薄々気付いているのかもしれない、とレオは思った――、ご機嫌でタダ馬車から下りたレオは、予想を上回る屋敷の豪勢さに目を瞠った。


 学院は巨大だし、ハーケンベルグ侯爵家だって荘厳な構えだが、オスカーの家はやはり商人の屋敷だからか、とかくきらびやかだ。

 金箔ドーン、柱がバーン、豪邸でござい、といった、一歩間違えば下品になりそうなところを、ぎりぎりのラインで豪華の域に踏みとどまっている、そのバランス感が絶妙だった。レオ的審美眼では実に好ましい屋敷である。


(うおぉぉ、至る所から金のかぐわしい風を感じるぜ)


 恍惚としながら、こりゃ今日のタダ飯も期待できそうだとレオが胸を高鳴らせていると、オスカーがわざわざ玄関まで迎えに出てくれた。


「レオノーラ。よく来てくれたな」

「どうも。お世話、なります」


 心配そうに辺りを警戒するカイの背中を押しながら、ぺこりと一礼する。

 レオとて、高級飯をふるまってくれる人物には礼儀をつくすのである。


「早速だが入ってくれ。親父たちが待ちかまえている」


 意外に手慣れたオスカーのエスコートに従い、レオはきょろきょろと辺りを見回しながら廊下を進んだ。

 壁沿いには、豪奢なタペストリーや明らかに高級そうな壺、教科書で見たことのあるような絵画等が、これでもかと言わんばかりに並んでいる――しかも、なぜか同じものが二つずつ。


 保存用と観賞用だろうかとレオは首を傾げたが、とかく美術品から醸し出されるオラオラ系の高級オーラに当てられて、理由を尋ねることはしなかった。


 やがて、ここは美術館かと突っ込みたくなるような、壁全面に彫刻が施された居間に通されると、先に席に着いていた中年の男女と、レオより少しだけ年下と見える少女が、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。


「ようこそ、我が家へ」

「よく来てくださいました、レオノーラさん」

「来てくれてありがとうございます、レオノーラさま!」


 間違いなく、オスカーの家族だろう。


 オスカーと同じ黒髪に藍瞳――ただし、ぽってり膨らんだチャーミングなお腹と、ぎょろりと鋭い眼光がいかにもやり手の商人に見える男性が、すっとレオに向かって右手を差し出した。


「ようこそお越しくださいました。私は、ハーゲル・ベルンシュタイン。こちらは妻のフアナと、娘のカミラです」

「…………」


 禿げる氏と不安な夫人の名を聞いたレオは、つい無意識に視線を夫妻の頭部に走らせた。


 大丈夫。今は二人ともふさふさしている。


(いや……逆に大丈夫じゃないってことなのか? まさか一家でヅ……)


 ごくりと喉を鳴らしたレオに、オスカーがひょいと肩を竦めた。


「そう緊張してくれるな。親父は商売敵からはハゲタカだの何だの呼ばれているが、家族の恩人に仇なすような礼儀知らずではない」

「そ……っ!そう、ですか……」


 オスカーの発言は狙ってのものなのだろうか。こういったネタは、どこまでカジュアルに踏み込んでいいのかが読みにくいので困る。


「レオノーラさま!」


 レオが言葉に悩んでいると、栗色の髪を丁寧に編み込んだ、なかなか愛らしい少女――カミラが勢いよく抱きついてきた。


「わ」

「お会いしたかったです!ずっとずっと、お礼を伝えたかったの!髪を譲ってくれて、本当に、本当にありがとうございました!」

「これ、カミラ。申し訳ありません、レオノーラさん」


 ハーゲルが慌てて(たしな)めるが、その目元や口調の端々には、隠しきれない愛情が滲んでいる。少し前までは病弱だったと聞いたことがあるから、最近回復したらしい末娘のことが愛しくて仕方ないのだろう。

 別に抱きつかれても何の得も損もしないレオは、「お気になさらず」と冷静に返しておいた。


「レオノーラさま、とってもおきれいですね。お姫様みたい!わたし、本当はレオノーラさまみたいなお姉様がほしかったの」

「はあ……」

「うふふ、でもね、これ以上わがままを言ったらバチが当たるって、お母様が。その通りですよね」


 カミラの話は、やはり年端も行かない少女だからなのか、取り留めがない。

 曖昧な相槌を打つレオに対し、彼女はそっと奇跡を噛み締めるように呟いた。


「わたし、病気のことがずっと辛くて、恥ずかしくて。ちょっと元気な日があっても、街を歩く気にもなれなかった。でも、レオノーラさまの髪のおかげで、今では毎週末のように、オスカーお兄様と街を出歩けるようになったんです」

「そう、なんですか?」


 なんと、オスカーの薄毛は病によるものだったらしい。病気が原因なら何もそこまで肩身が狭いなどと言わなくてもいいような気もするが、年頃の少女の残忍さを嫌と言うほど知っているレオは、無難に相槌を打つにとどめた。


(オスカー先輩……あんた、色々苦労してたんだな……)


 同情の視線を向け、今度小銅貨が充分貯まったら、小菓子の一つも恵んでやるか、などと考えるレオである――もちろん、これまでに奢ってもらった質や量に照らすと、毛程のささやかなものでしかないが。


「ああ、その通りだ。レオノーラさん、あなたが惜しげもなく髪を譲ってくれたおかげで、我が家には光が溢れるようだ。毎朝、眩しさに目を細める思いで生きているよ」

「ま……眩しい、ですか」


 どうしよう。もはやオスカーが可哀想になってきた。この家族ときたら、彼のことを愛しているのだか貶しているのだかよくわからない。

 というか、鬘を作ったのに眩しくなったとはどういう状況なのだろうか。


 レオは居た堪れなさに胸を押さえた。


「そこらへんにしてくれないか、親父。レオノーラは、あまり大袈裟に何度も感謝されると、かえって困惑してしまうような奴だ」


 レオの仕草を助け舟としたらしいオスカーが、会話をようやく切り上げてくる。

 一家は「そうだな」と頷き、フアナ夫人の案内でダイニングへと向かった。

全4話予定です。連日8時の投稿を目指します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「毛程の」ささやかなものっwww…狙ってやってます?
[良い点] これは良質なハゲネタ どこ読んでても面白い
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