35.レオ、輝く(中)
(うわああああああ!)
アルベルトの髪がぶわりと逆立ちながら金色を取り戻し、アイスブルーの瞳が、まぎれもない殺気を帯びたのを見て取り、レーナは内心で絶叫した。
しかも、床にたたきつけられていたアリル・アドがゆらりと起き上がり、禍々しく哄笑しはじめるではないか。
『ははは、遅いお着きでしたなあ、ヴァイツの皇子よ。今頃あなたの想い人は、その清らかな体を卑しい男どもに蹂躙され、喉でも裂かれてこと切れているでしょうよ!』
「なんだと……!?」
(やめてええええええ!)
早口のエランド語を余すことなく理解したらしいアルベルトが、ぐんと光の色を強めるのを見て、もはやレーナは両手で頬を挟みそうになった。
(こと切れてない、こと切れてない! 全然切れてない!! こいつ、金儲けしようとしてただけだから! 豚の解体ショーしてただけだから! お願いだから、あなたのほうが切れないで!!)
あなたの愛した美少女面の守銭奴は、今ここでのんきに『なんかやべえ……!?』と呟いています。
レーナとしては力の限り訴えたかったが、もちろん、その心の叫びが誰の耳に届くわけでもなかった。
アリル・アドもアリル・アドだ。
もう少し言い訳するなり、言い逃れするなりすればいいのに、なぜ皇子の逆鱗を全力で掻きむしるようなことをするのだ。命が惜しくないのか。
だが、懺悔の香ですっかり正気を失っている彼は、熱に浮かされたように窓の外を仰ぎ見た。
そうして、夜明け前の暗く沈んだ空を見て、その瞳に歓喜の光を浮かべた。
『あと少し……あと少しだ……。儀式が完遂すれば……あの娘が死ねば、偉大なる闇の精霊が現れる……! 空には雷が走り、勢力を増したかの精霊のもと、禍の暗雲が大陸中に垂れ込める……! さすれば、すべての力は私のものだ……!』
アリル・アドの視線を追い、バルコニーの向こうに広がる空を確かめたレーナは、冷や汗を流しながら、必死に自分に言い聞かせた。
(大丈夫……大丈夫よ……、儀式は破綻している。無事に日が昇れば、みんな冷静になるわ)
だがそのとき、横のレオがぼそっと呟いた。
『あ、光った』
――ピシャーン!
同時に、すさまじい勢いで空を暗雲が覆い、雷鳴が轟く。
(いやあああああああああ!)
レーナは血涙を流しながら、頭の片隅で、ブルーノが今まさに闇の精霊を宥める儀式を行っている――つまりは、一時的に闇の精霊が顕現し、力を増していることを理解した。
(ブルーノぉぉぉぉぉ! あなた……あなた……っ、タイミングが悪すぎるのよおおおおお!)
この場にいない無表情の少年を思うさま罵倒するが、もちろんそれに気付いてくれる者は誰もいなかった。
「――…………レオ、ノーラ……っ!」
精霊布の向こうでは、不気味な気象と最悪の事態を結びつけたらしいアルベルトが、愕然と目を見開いている。
彼はふらりと片手で顔を覆い、――次にその手を下ろしたときには、全身を、それこそ雷のような青白い火花に包み込んでいた。
ばち、ばち、と、不穏な音が響く。
膨れ上がる魔力と、それを抑え込もうとする精霊力とがぶつかり合っているのだ。
(まずい、まずい、まずい……!)
その凄まじさから、放たれるであろう魔力の量を推測したレーナは、がくがくと膝を震わせた。
この部屋が吹き飛ぶくらいの話ではない。
下手をしたら、エランドの土地すべてが焦土と化す。
『レ……レーナ……なんか、やばくね? 皇子、髪の色、変わってね? つか、全身、光ってね……?』
隣では、ぎこちない笑みを浮かべたレオが、つんつんと袖を引っ張り、今更ながらの質問を寄越してくる。
レーナは、がっとその腕を取り、勢いよく揺さぶった。
『やばいわよ! 超ド級にやばいわよ! と、止めて! レオ、あれ、なんとかしなさいよ!』
『いや無理くね!? あれ魔力だよな!? なんか暴発しそうになってんだよな!? 魔力の暴発を食い止めるスキルなんて、残念ながら持ち合わせてねえよ!』
『スキルがなくても気合でなんとかしなさいよ! あれ、あなたのせいだからね!? あなたを心配しすぎてハッスルしちゃってるんだからね!?』
ふたりして皇子を指さしながら、小声で激しい応酬を交わす。
実際には守銭奴がただ豚の解体ショーに興じただけだというのに、国が滅びてよいものだろうか。
いや、よくない。
絶対によくない。
レーナは苦渋の決断をし、レオに言い放った。
『レオ……、出ていきなさい』
『は?』
『今すぐ、あの場に颯爽と「私、生きてますう」って登場して、あの正気を失いかけてる皇子の目を覚ましてきなさい……!』
この脱走は諦めるということだ。
レオはぎょっと目を見開き、それから困惑したように眉を寄せた。
『そ……そんな……。てか、そんなことであれ、止まるのかよ』
『止まるわよ! というか、止まらなきゃ困るのよ。止まれ!』
『ええ? いや、でも――』
もごもごと逡巡するレオの顔を、レーナはがっと両手で挟み込み、至近距離で睨みつけた。
『いい? 皇子は、あなたを好いているのよ。あなたが心配で心配で、大切だから、今あんなに取り乱しているの。わかる? あなたが、彼を追い詰めてるのよ。魔力を暴走させるくらいに人を振り回して、あなたの良心はちっとも痛まないというの?』
『う……』
レオは情けなく眉を下げた。
『そんな、好意なんて……向けられたことねえから、……わかんねえよ』
いまだに、自分が愛されているということが信じられないらしい。
まあ、同性だし、レオだし、仕方ないといえばそうなのかもしれないが――、
『言っとくけど、皇子の魔力が暴発したら、あなたが観光ビジネスを興そうとしている下町だってもれなく吹き飛ぶわよ』
『それは大変だ! すぐ行こう!』
苛立ったレーナがやけくそで付け足した言葉で、結局あっさりレオは決意を固めた。
とたんにきりりと表情が引き締まり、むしろレーナ以上に前のめりの姿勢を見せはじめる。
『任せとけ、俺は元気だって超アピールして、絶対皇子を止めてくるから』
『え、ええ……。あの……、勢い余って皇子とキスしたりしないでよ?』
『誰がするかよ。任せろ、それについては誠心誠意、ばっちりお断りしてくるぜ!』
前にも思ったが、相手が自信にあふれているほど心配になるというのは、いったいどうしたことだろう。
レーナは正体のわからぬ悪寒を抱きながら、想定されるフラグの回避にこれ努めた。
『ほ……本当に、無事だと印象付けるのよ? 儀式の詳細とか、受けかけた被害とか、グロテスクな描写や余計な情報は一切話さないのよ?』
『任せろ、必要最小限で話すから』
『カー様とかの単語も出しちゃだめよ。私が思うに、それが大概の誤解の原因なんだから』
『ん? よくわかんねえが、わかった、任せろって!』
わからないがわかったとは、どういうことなのだろう。
不安に陥ったレーナが、やはりほかの方法を考えるべきではないかと思いはじめたとき、しかし、精霊布の向こうでアルベルトが平坦な声で呟いた。
「――……許さない……」
どうやらほとんど理性の箍が外れかかっているらしい。
ひときわ大きく、ばちっと光が走ったのを見て、レーナは覚悟を決めた。
『わ、わかった……! 頼んだわ……!』
今回の脱走計画は水の泡だが、そして、おそらく今後の脱走は大層難しいものになるが、命あっての物種。
これ以上のひどい事態になることもあるまい、と、そう考えて。
レーナがぎゅっと両手を握り合わせるのと同時に、
「――待って、ください!」
可憐な守銭奴がばさりと精霊布を巻き上げ、凛とした声を張って室内へと躍り出た。
***
暗がりと紫電。
いかにも剣呑な雰囲気の立ち込める部屋に、鈴が鳴るような声とともに踏み込んできた人物を見て、その場にいた者たちは一斉に息を呑んだ。
「私は、生きています! 落ち着いてください!」
暗闇でもわかるほどの白い肌に、漆黒の髪、紫水晶の瞳。
ほっそりとした体をしゃんと伸ばした、美貌の少女――レオノーラ・フォン・ハーケンベルグである。
「レオノーラ……!」
アルベルトは、その姿を認めるなり大きく目を見開き、周囲を置いて素早くこちらに駆け寄ってきた。 彼は勢いよくレオを抱きしめ、
「よかった……!」
声を掠れさせて叫ぶ。
「レオノーラ! 心配したよ。いったいなにが――」
しかし、体を離し、少女を覗き込もうとしたところで、彼ははっと顔を強張らせた。
もとよりきゃしゃな少女の、その身にまとった装束は、見るに堪えないほど赤黒い液体で汚れ、裾から覗く足首にも傷が走っているのがわかる。
髪は乱れ、細い首には手の形をしたあざがあった。
「これは……」
中でも、一番に目を引くのは、やはり、床に今もぽたりと滴を落とす、その血である。
アルベルトは、身体から放たれる魔力の光こそ抑えたものの、全身を怒りにわななかせた。
「これは、どういうことだ……?」
(ひっ!)
レオはそのあまりの迫力に、反射的にびびってしまう。
だが、今の自分には、エランドの下町の皆さんの命が、そして彼らによってもたらされるはずの観光ビジネスが懸かっているのだと言い聞かせ、二の腕を掴んでいる皇子の手に、そっと自らの手を添えた。
「わ……私は、無事です! たしかに地下牢に閉じ込められましたが、その……こうして脱出して、元気、そのものです! 闇の精霊も、召喚なんてされていません!」
レーナの言いつけを守り、経過を省き端的に事実を告げる。
「だが、この血……。これは、君のものではないのか?」
「ああ、これは……いえ、とにかく大丈夫です」
経過を省き、端的に事実を告げる。
「ひどい怪我を負ったのではないのか!?」
「とにかく大丈夫です!」
端的に事実を告げる。
だが、そうすることでむしろ、重傷を負いながらも虚勢を張っているようにしか見えないことに、本人は気付いていなかった。
(レオ……! こんの……馬鹿……! 大馬鹿ああああ……!)
ちなみに、精霊布の後ろでそのやり取りを見守っていたレーナは、あまりのレオのぽんこつぶりに青褪めていた。
「大丈夫などと言っても……たとえ傷はなくても、さぞ怖い思いをしただろうに……!」
約一名の心の叫びは当然誰にも届くはずもなく、思わしげに眉を寄せたアルベルトが、肩を掴んで全身を確認しようとする。
どうやら元気アピールが足りていないようだと判断したレオは、そこでもう一言付け加えてやることにした。
「大丈夫です。私には、カー……、いえ、アル様が、いますから」
安心感を演出すべく、微笑みもプラスする。
金貨様の単語を出すなという指令を思い出し、とっさに金の精霊様に言い換えたわけだったが、そういえば彼らは、アルタの存在を知らないのだと思い至り、レオははっと口を押さえた。
「あ、いえ……! アル様というのは――」
「レオノーラ……。もういい」
だがもちろんそれは、心の支えにしていた皇子を愛称で呼んでしまったことに慌てる、純情可憐な美少女のようにしか見えなかった。
アルベルトは、心臓のど真ん中を撃ち抜かれたか締め付けられたかのような表情を浮かべている。
彼は、
「もういい。ただ――君が無事だということを、感じさせてくれ」
そう言って、そっと少女のことを抱きしめた。
(レオ……! こんの……レオおおおおお……!)
覗き見ているレーナの中では、そろそろ「レオ」という名前と「馬鹿」という概念が融合しようとしていた。
彼女は、レオの言う「アル様」というのが、アルベルトのことなどではなく、どうせ金に関するなにかなのだろうと確信していた。
皇子の肩越しに、「え、なんでそこでハグ」みたいな困惑顔が見えるのが、その証拠である。
なんでじゃねえよと叫びたい。
だが、死ぬよりはまし。
戦を引き起こしたり、国を吹き飛ばすきっかけになるよりは、ましだ。
そう自分に言い聞かせ、なんとか呼吸を落ち着ける。
またあの大馬鹿守銭奴の無欲聖女列伝に、エピソードがひとつ加わっただけ。それだけだ。
とそのとき、愕然として立ち尽くしていたサフィータが、よろめく足取りでこちらへやってきた。
『そなた……無事だったか……!』
彼は、顔を青褪めさせたまま、レオの身体に何度も視線を走らせ、その場に崩れ落ちるようにして跪いた。
『申し訳なかった……! ヴァイツの巫女よ。私は、そなたになんということを……!』
その怜悧な美貌を強い悔恨の念にゆがませ、血を吐くようにして叫ばれるものの、レオとしては戸惑うばかりだ。
自分を攫って闇の精霊の生贄にしようとしたのはアリル・アドだし、サフィータはちょっと感じの悪いときがあっただけで、特になにをしてきたというわけでもない。
(さては……また、自虐癖っつか、全部自分のせい、みたいな発想に縛られちゃってんのかな、この人)
たとえば、部下が暴走したから上司が責任を取るべきだとか、この世に悪事がはびこるのは自分が無能なせいだとか。
せっかく、タマが腐ったからといってくよくよすんなと、渾身の慰めをしたというのに、彼の苦悩はなかなか深いようだ。
そんなわけでレオは、さりげなくアルベルトの腕から逃れつつ、ためらいがちに口を開く。
『いえあの……サフィータ様のせいだとは、私はなにも思っていませんよ。サフィータ様には、ただでさえ、タマ……あの、重大な悩み事があるのですから、それ以上ご自分を追い詰めないでください』
エランド語でそう宥めると、そのフォローが今度こそ通じたのか、サフィータは大きく目を見開き、感に堪えないというように小さく首を振った。
『なんと……寛容な……』
もちろん彼としては、少女には耐えがたいような恐ろしい目に遭ってなお、精霊珠を守護するサフィータの重責に対して配慮してみせた、その懐の広さに、ただただ感じ入っているわけであった。
「レオノーラ……いったいなんの話をしているんだい?」
主にはタマの辺りの文脈が理解できなかったらしく、アルベルトが尋ねてくる。
まさか人様のタマ事情を、しかもこの状況下で話すわけにもいかないと思ったレオは、曖昧に言葉を濁した。
「いえあの……この場で、お話しするのは、ちょっと……」
『よいのだ、ヴァイツの巫女よ』
しかしそれを、サフィータ自身が遮る。
彼は、部屋の中央の台座に据えられていた精霊珠――空に暗雲が広がると同時に、ぐんと汚濁の度合いを増していたそれに向かって、すっと目を細めた。
『珠の腐蝕がヴァイツの魔力のせいなどとは、私はもはやかけらも思わぬ。私が愚かだったのだ。筋違いの攻撃を仕掛けるようなことは、もうしない』
サフィータは、少女が国際問題に配慮してくれたものと思ったわけだったが、周囲に当たり散らすことをやめたのかと単純に考えたレオは、はっと顔を上げた。
『……そうですか。周囲を見渡して、前を向かれたんですね』
『ああ。そなたの言葉のおかげで目が覚めた』
両者は互いの目を見つめ、しっかりと頷き合ったが、その内容は虚しいほどにすれ違っていた。
『なぜだ……』
とそこに、ひび割れたエランド語が響く。
視線を向ければ、それはグスタフに体を抑え込まれたアリル・アドだった。
彼は、丁寧に整えていた髪をほつれさせ、もはやその瞳に狂気の色を浮かべながら、呆然とバルコニーの向こうの空を見つめていた。
『なぜだ……なぜ生きている……。儀式が失敗しただと……? そんな馬鹿な……』
しかし彼は、天を引き裂く勢いで轟く雷鳴と、一瞬遅れて響く民の悲鳴を聞くと、口の端に泡をにじませたまま、にいと笑った。
『いいや……そんなはずはない……かの精霊は、すでに顕現しているのだから……! ――ヴァイツの娘! そなた、そのように平然と立ってはいるが、本当はその身体を、めちゃくちゃに穢されたのであろう!?』
「こいつ、なんてことを――!」
即座にグスタフがその身を再度床に引き倒すが、アリル・アドは激しく暴れ、顔だけを起こして叫んだ。
『そうとも! 糧はそなたの、破瓜の苦しみで足りたのだ、だから生きている、そうだろう!? はは! あの夜と見まごう黒き雲がその証だ!』
彼がぎらぎらとした瞳で見つめる先には、たしかに禍々しい色の雲が広がっている。
すでに、日が昇るべき時刻。
それがまるで夜のように闇に閉ざされているという事実は、その場に居合わせた者に動揺を走らせた。
「レオノーラ……?」
『巫女よ――!』
男たちが「まさか」みたいな切羽詰まった表情でこちらを見てくるが、それ以上に慌てたのはレオのほうだった。
(うおい、アリル・アドおおお! せっかくの全然大丈夫アピールが台無しじゃねえかああ!)
ちらりと視界に収めたアルベルトは、衝撃のあまりか、再び魔力の光をばちばちと帯びはじめている。振り出しに戻った展開に、レオはさあっと青ざめた。
だいたい、これは他人様の――レーナの身体。それを勝手に傷物呼ばわりなどされては、たまったものではない。
焦ったレオは、
「騙されないで、ください! 私は無事だと、言っているでは、ありませんか!」
きゅっと拳を握って叫びつつ、なにか証拠をと思い、とっさにバルコニーへと駆け寄った。
「ほら、落ち着いて、よく見てください。闇の精霊なんて、いますか? たしかに、ものすごい悪天候ですが、こんなの、単なる偶然です」
ばん、と窓を開け放ち、バルコニーへと一歩足を踏み出す。
小さい頃から、雲の色や形を見て数時間後までの降水確率を予想し、実演販売の客入りを算出していたレオなので、天気予報は得意だ。
とたんに全身に風が叩きつけられ、階下からは戸惑う参拝客の悲鳴が聞こえてきたが――予想以上の民衆の数だ――、今はそれより潔白の証明だと思い立ち、きっと空を見据えた。
まさかブルーノが本当に闇の精霊を呼び出しているとは知らないレオは、心の底から、この暗雲が単なる偶然だと信じていたのである。
「ほら、よく見てください! あの黒い雲は……今に流れ去って、すぐに、朝陽が差し込むはずです! まばゆいばかりの――」
ところが、そこで少々予想を超える事態が起こった。
「光が!」
声高らかにレオが叫び、何気なく空を指さした瞬間、
――パァァァァァァッ!
まるでその細い腕に払われたとでもいうように、暗雲が搔き消え、代わりに、矢のような陽光が燦々と注ぎだしたのである。
それは単に、ブルーノが闇の精霊を呼び出し、無事その心を宥めおおせて追い払ったことによるものであったのだが、これでは、どこからどう見ても、少女が闇を祓い、光を呼び込んだようにしか思えない。
(ブルーノぉぉぉぉぉ! あなた……あなた……っ、タイミングが絶妙すぎるのよおおおおお!)
精霊布の裏側に一人残っていたレーナは、その場に崩れ落ちて、がりりと壁を削った。
しかも、悲劇はそれだけにとどまらなかった。
――ふん……こたびはこれでよしとしよう。
背筋をぞくりと粟立たせるような声とともに、――つまりは闇の精霊の「退場」とともに、彼に捧げられたあらゆる穢れ、そして禍が消えていったのである。
空からは暗雲が、精霊珠からは濁りが退いていく。
そして――
「レオノーラ……!?」
『なんと……!』
当然、生贄の豚の血で染まったレオの衣装も、もれなく汚れが退き、まるで洗濯したてのような純白の巫女装束に早変わりしていた。





