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無欲の聖女は金にときめく  作者: 中村 颯希
第三部(完結編)
137/150

29.レオ、窮地脱出を試みる

 生きることとは、稼ぐことだ。

 稼ぐことは、すなわち生きること。


 レオはいつどんな時だって、その強い信条を胸に、全力で金を儲けてきた。


 情報を収集すること。

 相手の真のニーズを読み取ること。

 さりげなくメリットを提示すること。

 自分だけではなく、互いの利益を追求すること。

 これらを突き詰めれば、それは人付き合いだとか生き方、人生の極意に通じる。


(つまり、言い換えりゃ、生き延びる極意にも通じる! ……はず!)


 そう。

 レオは今、むくつけき下郎に取り囲まれながら、これまでに培った金儲けスキルを最大限に活用し、なんとかこの窮地をくぐり抜けようとしていた。


 魔力も使えない、助けを求める相手もいない、武芸に特別優れているわけでもない自分が生き延びるには、もうそれに頼るしかないのだ。


 これは、自分という命をかけた実演販売(プレゼン)だ。

 彼らに、「今持ってる商品(依頼)もあるけど、それよりもこっちの商品(お願い)を手にしたほうがいいかも」と思わせれば、レオの勝ちである。


(懐の紐の堅い下町の主婦に、高級包丁を幾千本と買わせてきたレジェンド・レオに、不可能の文字はねえ……!)


 よくわからない方法で自分を鼓舞すると、レオはまっすぐに男たちを見つめ、ゆったりと見える笑みを浮かべた。


 まずは商売の基本・穏やかなスマイル。

 そしてターゲットを定め、情報収集を行うのだ。


『――これはみなさま、こんばんは。……いえ、おはよう? こんにちは?』


 祭壇から身を起こし、丁寧に話しかけてきた少女に、ぎょっとしたのは男たちのほうである。

 異国の、しかもこんな怪しげな部屋に鎖で繋がれ、体格のいい男たちに囲まれた、この状況。

 仮にこれからなにが起こるのかを理解していないのだとしても、その不穏さに、このくらいの年の少女なら泣き出すであろうに、よもや悠然と微笑みかけてくるとは。


『……なんだ、おまえ』


 ひとりの男が警戒したように呟いたのを聞き取り、レオは瞬時に彼に照準を絞った。

 一番に発言したことと、彼の立ち位置、そして体格や雰囲気からも、この男がこの集団のボスであることは間違いない。


『どうかそんな怖い声を出さないでください。喚いたり、命乞いをしようとしているんじゃありません。

 ただ、話を聞かせてもらいたいだけなんです。暴れたりなんてしませんよ、ほら、こんな状態ですから』


 警戒しないでくださいよお客さん、売りつけようっていうんじゃありません。

 ただちょっと、話を聞いてくれるだけで、それだけでいいんです。


 そんなセールストークの基本に則りながら、レオはまず、彼らの目的や人物像の把握に努めた。


『あなたたち、アリル・アドさんに雇われた方々ですか? これから自分をどうしようって言うんです?』

『……聞かねえほうが身のためだぜ。結果は変わらねえんだから、先取りして怯えることもねえだろ』


 険しい声での答えを聞き、レオは半分胸を撫でおろし、もう半分で焦りを覚える。

 滔々と語りだすような、嗜虐性の高いイっちゃったタイプでないのは幸いだが、命令をちゃきちゃきこなしてしまうタイプというのも、それはそれで厄介だ。


(にやにや笑いながらいたぶってくる感じじゃねえ。これに対してものすごい乗り気ってわけでもねえ。たぶん、割とまじめなタイプだな。手付け金は受け取っちゃったから依頼は完遂する、みたいな、そんな感じ)


 素早く当たりを付けながら、心持ち話のペースを上げていく。


『怯えるようなことをするんですか? 年端も行かない子どもに、大の大人が、ええと……五人がかりで?』

『…………』


 道徳心に訴えてみたり。


『報酬はいくらもらうことになっているんですか? 例えばここで自分を見逃せば、その倍の利益だって手にすることができますよ』

『…………』


 経済観念に訴えてみたり。


『あまり興味がない? 命じられたらただ動くんですか? 犬みたいに』

『……なんだと』


 誇りを揺さぶってみたり。


 レオからすれば意外なことだが、最後の投げかけに対して、男たちは最も反応したようだった。

 背後に控える者たちの一部も含めて、一斉に柄の悪い唸り声を上げる。

 その険悪な空気に、最年少と見える人物がひとり、少々困惑したようであるのがわかった。


 しかし、下町でヤのつくお兄さんたちと丁々発止のやり取りを交わしてきたレオは、それをすんなりと受け流し、そこを中心に踏み込んでいくことに決めた。


 あまり男たちを蔑みすぎても、キレて攻撃される恐れがあるので、まずは話題の目先を変えてみる。


『ねえ、お伺いしたいんですけど、あなた方、なんと言われてこの仕事を頼まれたんですか?』

『ああ?』

『この怪しげな部屋。鎖に繋がれた生贄。彼が闇の精霊を呼び出そうとしていることは、もちろんご存じなわけですよね。豚の死体がどうとか言っていたから……豚をバラして、ついでに女の子をめちゃめちゃにしたら、それだけで金貨が三枚もらえる簡単なお仕事ですよ、とか、そんな感じですか?』


 滑らかな口調で畳みかけると、それにつられたのか、男がぼそりと「銀貨十枚だ」と呟いた。


『銀貨十枚! 銀貨十枚ですか! それはあまりに――安いですよね』


 普段のレオからすれば、銀貨十枚だって立派な大金だが、ここはあえて、はした金のように言い捨ててみせる。

 怪訝そうな様子を見せた男たちをじっくり見渡し、レオは持てる最大の迫力を滲ませて、ゆっくりと告げた。


『命と、誇りの代償としては』


 本人は気付いていなかったが、エランド人の信仰する光の精霊もかくやという美貌を凄ませ、射抜くようにこちらを見るその姿というのは、並みの人間には逆らえないような、神秘的な威厳があった。


『――……な、なんだと……?』


 裂帛(れっぱく)の気合――実演販売における「ヒキ」の言葉に、見事呑まれた男たちが、ごくりと喉を鳴らす。


(かかった!)


 カモがこちらのトークに集中しはじめた気配をたがわず察知したレオは、そこで一気に攻勢を掛けた。


『え? 依頼主がどういうつもりであなた方に依頼したのか、あなた方はよくよく吟味しなかったんですか?』

『そりゃあ……腐りきった貴族野郎の考えることなんて、わざわざ吟味なんかするかよ。俺たちはいつも通り豚をバラして、おまえを穢してやれば、それで銀貨が手に入るんだ』

『嘆かわしい! 依頼の真意、相手のニーズを奥の奥まで考え抜くのは、ビジネスの、そして人生の基本ですよ! あなた方だって、それが煮込みに使われるか、串焼きに使われるか、はたまたフライに使われるかで、商品の切り方を変えるでしょう? 相手の目的も知らずにひとまず手を動かそうなんて、そんなの二流の仕事ですよ』

『お、おう……?』


 つい熱弁を振るいすぎてしまい、男たちが着地点を見失ったような、曖昧な相槌を打つ。

 レオは慌てて『なにが言いたいかというと』と軌道修正し、ひとりひとりの目を覗き込んだ。


『闇の精霊を呼び出して、あなた方が無傷で、銀貨を手に帰れるとでもお思いですか? とんでもない。彼はね――』


 そこで、神妙な面持ちをキープして、重々しく告げる。


『あなた方のことも、生贄の一部にするつもりですよ』

『なんだと……!?』


 レオが長年磨いてきたはったりと、その神秘がかった外見が奏功し、男たちはぎょっと肩をいからせた。

 即座に鼻で笑うのではなく、聞き返す。

 話を信じはじめている証拠だ。


 レオは、あと一歩で財布のひもが緩むという手ごたえを感じ取ったときのように、全神経を集中させ、慎重に言葉を紡いだ。


『考えてもみてください。闇の精霊を呼び出すなんていう、彼にとっては重大な儀式を遂行するのに、なぜ腕利きの殺し屋や、その手の稼業の人に依頼するのではなく、あなた方を彼は選んだのでしょう』


 先ほどアリル・アドが、「下賤の民」と言っていたことから、レオは彼らを、貧民街のごろつき程度の存在と冷静に分析していた。

 善良とは言わないが、邪悪ではない。

 愚鈍とまでは言わないが、頭脳明晰というわけでもない。

 それはつまり――レオの慣れ親しんでいる、下町の連中と同類ということだ。


 レオは彼らにむしろ親しみすら抱きながら、ぐっと身を乗り出した。


『それはね、使い捨てたい(・・・・・・)から。こき使うだけ使って、あとは一緒に生贄として捧げてしまいたいからなんです』


 実際、下町の孤児であるレオたちが巻き込まれやすいのが、この手の犯罪だ。

 気前のいい報酬をちらつかされて、せっせと働いたあとは、口封じに殺されたり売り飛ばされたりする。


 かくいうレオ自身、一度だけ、銀貨二枚という破格の報酬につられて運び屋の仕事を引き受けてしまい、危うく尻尾切りに合いそうになったのだ。

 幸い途中で気付いたレオが、ハンナとともに警邏隊に駆け込んだため、事なきをえたが、銀貨二枚はもちろん手に入らず、ハンナにもこっぴどく叱られ小遣いを没収された、大変忌まわしい事件である。


(あ、いかん、なんだか素で腹が立ってきた)


 貧民を搾取するやつは、この世で最も許されざる巨悪だ。

 食い入るようにこちらの話を聞いている男たちに向かって、レオは一層熱を込めて話しかけた。


『ねえ、あなた方はそんな彼に従うんですか? 銀貨十枚の前に、誇りと命を差し出して?』

『…………』

『依頼はこなす、それが仕事だから。そういう考えは立派です。でも、あなた方に説明責任も果たさない、銀貨十枚なんていう不当に安い報酬で命を買い叩く、そんな雇用主の与える仕事は、仕事と言えるでしょうか』

『…………いや』


 紫水晶の瞳に浮かぶ、力強い意志の光にやられた男たちが、やがてもごもごと同意の頷きを口にしはじめる。

 レオは無意識に拳を握り、それを、まるで彼らに誓うかのように胸に当てた。


『働き手――私たちにだって、誇りはあります。命と安全は第一に優先します。私たちはそれを、今改めて相手に突きつけなくてはならない。そうでしょう?』

『…………おう』

『新しい年を迎える、この春という季節。精霊すら大地との契約を更新するこの季節、今こそ、我々は、契約と仕事のなんたるかについて、考えようではありませんか』

『おう……』

『そして、声高らかに宣言しようではありませんか、我々の誇りと命に見合う仕事しか、我々は引き受けないと!』

『おう……!』

『彼に突きつけてやろうではありませんか。俺たちを利用したつもりか? ふざけるな、こんな仕事、誰が引き受けるものかと……!』

『おう!!』


 最後、レオが勢いよく拳を掲げると、すっかりそれにつられた男たちが、一斉に拳を突き出した。

 その光景は、もはや実演販売の域を越え、むしろ春の労使協議、春闘の現場である。


 レオは、カリスマ的革命家のように威厳のある仕草で頷くと、「ありがとう!」「ありがとう!」といった感じで、彼らに手を掲げた。


『あの……じゃあ、彼女の鎖を外してもいいかな、リーダー』


 すると、男たちの一番奥で縮こまっていた少年が、おずおずとそんなことを言ってくる。


(――あれ? この声、なんか聞き覚えがあるような)


 ふと思い至り、レオがまじまじと、一番背の低い黒頭巾男を見つめたとき、しかしそれは起こった。


『――……あ、れ……?』


 リーダー格の男の許可を得て、鎖を解こうとした少年が、手元を照らそうと手近な燭台を取り上げたとたん、ふらりとその場でバランスを崩したのである。


『おい、どうした?』


 リーダーの男が、とっさに少年に手を伸ばす。その肩を支え、少年が取り落としかけた燭台を受け止めると、彼ははっとしたようにそれを振り払い、床に叩きつけた。


『おい! その香を吸うな!』


 が、時すでに遅く、むしろ男が粗相した燭台を拾い上げようと、数人の男たちがその場に屈みこんでいた。


『…………』


 とたんに彼らも、ぴたりと動かなくなる。


『――……せ』


 いや、違う。

 彼らは、わずかに左右に揺れながら、ぶつぶつとなにかを呟きはじめていた。


『……穢せ。……ろせ、穢せ、殺せ……』


(――……え……?)


 一連の様子を見守っていたレオに、じわりと冷や汗がにじむ。

 その脳裏には、先ほど見たある光景が思い出されていた。


 アリル・アドが、歌うようにしながら燭台に振りかけていった、怪しげな香。


『…………っ!』


(なんっか、アレな香が撒かれてるううう!?)


 懺悔の香といい、これといい、エランドのお香技術の発達ぶりには驚嘆の思いだが、いやいや、今はそんな場合ではない。

 せっかく脱したと思ったのに、絶体絶命のピンチ再びであった。


 しかも、とどめのように、


『おい、おまえら、しっかり……。…………』


 理性を保っていたと思しき、リーダー格の男までが、ふいに黙り込んだのである。


(ま、まさか……)


 だらだらと冷や汗を流しながら見守っていると、


『――……穢せ……殺せ……』

『あんたもかああああ!』


 とうとう男までもが、香の支配下に置かれてしまった。


 総勢五人の男たちが、今やゆらゆらと左右に揺れながら、一歩ずつ祭壇に近づいてくる。


『……穢せ、殺せ……! 血と、苦しみを、捧げろ……』

『ちょ、あの、皆さん、お、落ち着いて……!』


 必死に訴えるが、もはや彼らに聞こえている様子はない。

 くりぬかれた頭巾からは、血走った目が見えた。


『穢せ……!』


 リーダーの男が、勢いよく腕を伸ばしてくる。

 レオは咄嗟に身をよじったが、鎖にかくんと足を引っ張られ、バランスを崩して祭壇に倒れ込んだ。


『ちょ……っ、ぐ……!』


 身を乗り出した男が、馬乗りになる。

 その野太い腕が、レオの首にかかり、締め上げに掛かった。


『や、め……!』


 手をひっかき、全身をばたつかせて抗うが、敵わない。

 がしゃがしゃと、激しく鎖が鳴った。


(嘘だろおおお!? エログロの世界へようこそ!? 俺が!? 勘弁!)


 パニックに陥りかけた脳内で、レオは必死になにかに縋った。


(た、助けて! 助けて! 助けて!)


 ブルーノは来ない。

 レーナには頼ってはいけない。

 カイにもグスタフにも、カジェたちやその他大勢にも、ここからの悲鳴は届かない。


 必然、レオの叫びは、かの存在に向かった。


(カー様……! 金の、……精霊様ああああああ!)


 もし肉声が漏れていたら、「光の精霊じゃないんかい!」とエランド勢から総ツッコミをくらいそうな、そんな叫びを上げた、その瞬間。


 ――ああ、やっと呼んでくれた!


 どこかほっとしたような、艶やかな声とともに。


 ――パァァァァッ……!


 薄暗かった室内に金色の輝きが満ち。


『…………!』

『穢せ……ころ、……あれ……?』


 正気を失っていた男たちが目をつぶり、次に瞼を持ち上げたときには、――祭壇から、少女の姿が消え失せていた。

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