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無欲の聖女は金にときめく  作者: 中村 颯希
第三部(完結編)
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26.レオ、雪歌鳥に告げ口される(後)

「な……、…………!」


 なによこれ、とうっかり素で叫びかけて、レーナは久々に喉を焼いた。


 が、肩を震わせた彼女に周囲は誰も気づかない。

 なぜなら、アルベルトを筆頭に、男たちが一斉に顔色を変えて立ち上がったからである。


「雪歌鳥……!?」


 そう、優美な白い羽、長く引く尾を持つその鳥は、アルベルトが以前少女に預けた雪歌鳥であった。


「雪歌鳥が飛んだ……!? まさか……!」

「おい、雪歌鳥ってなんだ? 飛ぶとなにがいけないんだ?」


 青褪めながら鳥を腕に誘導するアルベルトをよそに、レーナはカイに素早く尋ねる。

 すると、カイは真っ青になりながら、「皇子殿下がレオノーラ様に遣わせた、危機の際に飛び立って殿下に知らせてくれる、人語を解する鳥です」と震え声で答えた。


「危機の際……?」


 レーナは眉を寄せる。

 まさか、本当にレオになんらかの危機が迫っているということか。


 アルベルトは、もはや正体を隠すこともせず、その場で雪歌鳥に問い詰めた。


「どうした! レオノーラの身になにかあったのか!」

「ピィ! ピピィ! ――……ニシヤガル……」


 人語を解するという鳥は、アルベルトに縋るような細い声を上げると、徐々に鳴き声を変え、人間の言葉を話し出す。


すべて甲高くぎこちない鳥の声ではあるが、どうやらそれは、ふたりの人物の会話の再現であるようだった。


「オウオウ、ヤッテクレルジャネエカァ……! ナニシヤガル!」


 ひとりは、柄の悪いエランド語を操る、男と思しき人物。

 ゲスな口調を隠しもしないその男は、おぞましい恫喝を口にした。


「オマエ、言葉ガワカルノカ。災難ダナア。売リ払オウト思ッテタガ、気ガ変ワッタヨ。オマエハ俺自ラガ、コノ場デ締メ殺シテヤロウ」


 そこに、可憐な口調の悲鳴が響く。


「ヤ、ヤメテ!」


 そちらが少女のものであることは、誰の耳にも明らかだろう。

 アルベルトたちは顔を強張らせた。


「心配スルナ。ココハ精霊ノハジマリノ土地。オマエノ魂ハ、最モ偉大ナ精霊様ノモトニ間違イナクタドリ着キ、ソノ御心ヲ満タスダロウヨ!」

「イヤ! ヤメテ!」


 耳を塞ぎたくなるような、悲壮な悲鳴が再現される。

 しかし、


「ハッ! 体ツキハ貧相ダガ、オキレイナモンダ。供物ニハウッテツケダナ!」


 悪党はそんな言葉を叫び、それを最後に再現は終わった。


「なんてことだ……! レオノーラ様! レオノーラ様!」

「おい、鳥! レオノーラになにがあったんだ! ……くそっ、自分の意志では文章を紡げないのか!」


 カイやオスカーは顔色を失いながら、必死に鳥を揺さぶっている。

 アルベルトは一言すら発することもなく、青ざめたまま強くこぶしを握り締めていた。


 かたや、レーナとブルーノといえば、


「――……なんで……!」

「こうなる……」


 皇子一行とはまた異なる衝撃を味わっていた。

 レーナは土にめり込みそうなほど項垂れ、ブルーノもさすがに、遠い目をしている。


 彼らには、柄の悪いエランド語で、ゲスな内容を叫ぶ声の持ち主こそレオで、悲鳴を上げているのは鳥のほうだということは、考えるまでもなく明らかであった。


 きっとレオは脱走を前に、売り払おうと思っていた鳥を、絞め殺して食べることでも思いついたのだろう。

 言葉を解して云々、と言っていたから、うっかり鳥の前で脱走計画を独白でもしてしまったのかもしれない。

 それで、鳥は「自分に迫った危機」を察知して、飛び立ったのだ。


 だというのに、


「言葉を解するから……? まさか、エランド語での陰謀を聞いてしまったレオノーラ様を、口封じに……!?」

「最も偉大な精霊への供物と言っていたな。光の精霊でない以上……まさか、闇の精霊の生贄に……!?」


 カイやオスカーが、額に手を当てながら叫ぶ推測が、どんどんとんでもないことになっている。

 今や彼らの中で、邪導師によって祭壇に括りつけられ、絞め殺されようとしている可憐な少女の図が出来上がっていることは、想像に難くなかった。


(ああ……もう……、ああもう、ああもう、……ああもおおおおお!)


 生命の危機にさらされるようなことがない限り、ことは荒立てないと言ったとたん、これだ。

 レーナは危うく泣きそうになった。


 見れば、一番冷静に見えるアルベルトは、険しい表情で顎に手を当ててなにやら考え込んでいる。

 その高貴なる唇から、「奇襲か、兵か……」という呟きが漏れているのを聞き取り、レーナはさあっと血の気を引かせた。


 このまま乗り込むか、それともヴァイツに一度引き返して、兵を率いるかを検討しているのだろう。

 皇子が兵をエランドに引き連れたとき――それが戦争の始まりだ。エランド終了のお知らせだ。


(冗談っじゃ、ない……!)


 こんな馬鹿馬鹿しい禍があってたまるか。

 レーナは焦燥に目を見開き、冷や汗を浮かべながら、必死に思考を巡らせた。


 とにかく、レオが無事だということを彼らに知らせて、落ち着かせなければ。

 言葉だけではもはや通じない。

 なにか明確な保証、証拠を突きつける必要があるだろう。


(ああ、でも、どうやって……!?)


 皇子に遠視の魔力を使わせる――いやだめだ、もうここはエランド国内、魔力は使えない。

 ブルーノに闇の精霊を顕現させ、怪しげな儀式など行われていないことを証明する――だめだ、さすがにブルーノの素性を帝国の皇子に知らしめるのはリスクが大きすぎる。


 レーナは、己の今の身体が魔力を帯びぬことを、心の底からもどかしく思った。

 自分に魔力が使えれば、仮にアルベルトたちがレオのもとに駆けつけた後でも、こっそりヴァイツに引き返し、力技でなんとかことを収めてしまうのに。


(なんて、忌々しい巡り合わせなのよ……!)


 憎々しげに自分の両手を見下ろし――そこで、追い詰められたレーナの脳裏に、あるひらめきが浮かんだ。


 魔力を帯びぬ、少年の身体。

 入れ替わりの魔術が行使(・・・・・)されたまま(・・・・・)の、自分。


(――……契約祭の最中の、エランドの強い精霊力は魔力を阻害するというのに……なぜ、私たちの身体は入れ替わったままなの?)


 あまりに自然すぎて、今まで疑問にも思わなかった事実。

 だがそこから、レーナはある仮説にたどり着いた。


(皇子が魔力を使えない様子である以上、魔力が抑制されているのは事実。それでも、私たちの身体にかかり続けている入れ替わりの魔術や、麗句封印の魔術は、変更なく効力を発揮しつづけている……。つまり)


 新たに魔力を発動させるのではなく、すでに行使されている魔術ならば、変わらずに展開できる――?


 レーナはまじまじと両手を見つめた。


 魔力を持たないレオの身体でも水晶を使用できるよう、そしてまた、魔術の下手なレオでも一声叫べば連絡が取り合えるよう、監視の水晶の魔術は展開させっぱなしにしてある。

 平易な表現に置き換えれば、常にスタンバイ状態にしてあるのだ。


(水晶は、「すでに行使されている魔術」。だとしたら……!)


 瞬時に頭を駆け巡った思考を整理し、レーナはブルーノの腕を掴んで走り出した。


「こいつ、エランド人で、ちょこっとだけ精霊力があるんで。周囲の精霊に呼び掛けて、レオノーラ様になにが起こったのかを聞いてみる!」


 パニックに陥りつつある周囲に、そんな適当なことを言い捨てて。


「おい、どういうつもりだ?」


 一行に声が聞こえないくらいの距離を取ると、腕を引っ張られていたブルーノが困惑したように問うてきた。


「レオと連絡を取って、あいつらが想像しているような状況じゃないことを証明する。あんたの精霊力のことをばらしたのは悪いと思うが、闇の精霊云々に触れなきゃ、リカバリーはいくらでもきくだろ? こっちも水晶の魔術が使えることはばらすんだ、おあいこにしてくれ」


 それにレーナは早口で答え、懐から水晶を取り出した。

 ひとまずあの大馬鹿守銭奴をどやしつけて、口裏を合わせるまでは、皇子たちに内容を聞き取られてはならない。


「水晶の再生を。現在の、レオノーラ・フォン・ハーケンベルグの姿を」


 小声で告げると、水晶が淡く光り出す。

 同時に、レオが持っている水晶のほうも光っているはずだ。

 それにレオが気付き、同じくこちらの再生を要求する呪文を唱えれば、ふたりは会話を交わすことができる。


(――出なさい、レオ!)


 強くレーナが念じたその瞬間、


 ――ふわっ


 水晶が輪郭に沿って光の輪を放ち、次に見たときには、その透明な玉の中に、見知った少女の顔を浮かび上がらせた。


『レ、レーナ……!? すげ、まじで繋がった……! これってどんな奇跡!?』


 異国風のローブに身を包み、横たわった状態から半身を起こしたレオは、数日そちらの言葉で話しつづけていたためか、エランド語でそんなことを呟く。

 どうやら、魔力が使えない環境のはずなのに、水晶が繋がっていることを心底驚いているらしい。


 人様がパニックに陥りかけているところを、のんきに寝ていたらしい相手を見て、レーナは昂る感情のまま、思わずエランド語で怒鳴りつけた。


『どんな奇跡? じゃないわよ! 欲を掻くなって、私、あれほど言ったわよね。あなた、あの鳥になにをしようとしたの? 売ろうとした? 焼いて食べようとした? おかげで、皇子以下、こっちは大混乱よ!』

『え? 鳥? え? 皇子?』

『聞いて驚きなさい。彼らの中ではね、あなたは邪導師の陰謀を見抜いたがために、そいつの遣わせたチンピラかなにかに捕まって、闇の精霊に捧げる生贄として、祭壇に括りつけられて、絞め殺されようとしていることになってるわよ!』


 怒りのままにまくし立てると、レオは目をまん丸に見開いて黙り込んだ。


『…………』

『どうしてくれるのよ。これで怒り心頭のヴァイツ兵が大挙でもしてきたら、脱走計画は破綻どころじゃないわよ! いい? 私がリードするから、あなたはとにかく無事だって――』

『……すげえ』


 そして、レーナを遮って、ぽつんと呟いた。


『なんでわかったの?』

『――……は?』


 文意を捉えそこねたレーナが、つい眉を寄せる。

 そうして、水晶の映し出す範囲が徐々に広がり――どうやらゆっくりと空中に浮きあがっているらしい――、とうとうレオの全身を視界に入れたとき、彼女は絶句した。


『俺……まさに、その状況なんですけど』


 冷や汗を浮かべ、ぎこちなく微笑みながらそう告げたレオは、ヤギの首や血塗られた金貨や怪しげな蠟燭に囲まれ、――その足首を、祭壇から伸びる鎖に繋がれていた。

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