可愛い賄賂
季織と渉と茜…どうつながるのか。
休日のうららかな昼下がり。自室の畳の上で、大の字にひっくり返っていた。穏やかな夢の旅路の最中、口の中に得体の知れないものが飛び込んでくるという珍事で、俺は慌てて飛び起きると、激しく咳き込んだ。
蜘蛛かゴキブリか バッタか……ッ!?
青ざめて涙ぐむ俺の予想に反して、畳に吐き出されたそれは、仮面ライダーの人形。電球の紐の先に結びつけてあったやつだ。
チーン。
話しのオチを嘲笑うかのように、階下から鐘の音がした。一階の片隅に、小さな仏壇がある。お袋が線香でもあげたんだろう。それにしてもナイスタイミングだ。
唾液に濡れた仮面ライダーを服の裾で拭いて、頭部についた丸い金具に、ほどけた紐の先端を通す。固い結び目を作りながら、命みたいだなと想像した。
例えば俺達の身体の中に紐が生えていて、その先に心臓がぶら下がってるだろ。そうすると、大抵は年月と共に、紐が解れて傷んで自然に千切れるんだけど、中にはまだまだ頑丈な紐が、なんの躊躇いもなく、スパッと切られることもある。落ちた命は、二度と息をしない。
思い出すのも辛い、過去の記憶に絡めとられそうになっていた俺を、階段を上がってくる騒がしい気配が引きとめた。
微かに漂ってくるラーメンの匂いが鼻腔を抜けて、物思いに遮断されていた俺の耳が、外の喧騒を捕まえて吸い込み始める。
窓辺によって、中途半端なカーテンを全開にし、窓を開けた。
俺の住むこの家の一階は、『笑幸』というラーメン屋だ。
らっしゃい!威勢のいい親父の声がしたと同時に、襖が勢いよく開いた。
「渉兄ちゃん、遊ぼー!」
階段の騒々しさはこいつか。走ってきた茜は、窓辺に立つ俺の膝に体当たりをかました。前髪のちょんぼりを結わえる、ピンクの丸い髪飾りを揺らしてケタケタと笑う。
「茜、兄ちゃん疲れてっから、下で大人しくしてよっか。な?」安眠の続きを確保するために追い出すべく、その小さな身体を抱き上げた途端
「やだぁ!遊ぶのー!」
茜はじたばたと暴れながら、俺の顔の前に手のひらを突きだした。
なんだよこれは。
「お前、また隣の駄菓子屋で飴の掴み取りしたな?」
にやーんと茜が笑う。
「いいじゃん。苺飴あげるから、公園行こうよ!」
「何があげるだ?苺が嫌いだから押しつけてるだけだろうが」
「だって掴んじゃったんだもん。それに渉兄ちゃん、苺好きでしょ?」
隅に追いやったちゃぶ台と、塗装の剥げかけた洋服箪笥。黒の本棚と、服が散らばった万年床だけという、味気ない部屋の中で、赤い包みの苺飴が、怪しげな賄賂のように異彩を放っている。
「ったく……しょうがねぇな」
別に苺が死ぬほど好きとかじゃねぇけど、妥協しちまうのは結局のところ、俺にとって茜が、特別に大切な存在っていう証しなんだろう。
続く…!