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秋夜空

 エアコンから冷たい風が定期的に吹き出し、黒く艶やかな髪を靡かせる。ペラリと靡く髪に合わせるように本のページが捲られる。


「ふぅ……つい集中してしまった」


 きりが良いところまで本を読み終え、栞は椅子の背もたれに体を預け、白く細い首をのけ反らせ伸びをする。少しばかり緩み過ぎな感もあるが、既に帰りのホームルームも終わり図書館に生徒達が訪れるピークが過ぎて久しく、室内には栞しか居なかった。

 新しく入荷した本や、返却ボックスの本も整理が終わった今となってはやる事も無い。


「今日はこの辺にしておこうかな……」


 まだ読み終わっていない本を栞はリュックへと仕舞う。


「流石にここで読み終わるのは勿体無いしね」


 栞の本を読むスピードは文庫本を二、三時間で読んでしまう程に早い。今日借りた本を図書館で読み終わるというのは余りにも勿体無い。

 同じ体勢で居たため、硬くなった体を解す為に栞はよいしょと椅子から立ち上がる。


(そろそろ閉館時間か)


 閉館作業でも始めるかと栞は立ち上がりがてら、図書館内の見回ろうと足を踏み出した。小金高校の図書館は中々に広い教室六つ分は軽く有る為、戸締りに居残っている人が居ないかの確認も中々に時間が掛かる。

 とはいえ、戸締りはともかく、図書館の扉の近くにある受付に座っていれば、ある程度、人が居るか居ないか位は分かる。

 栞の記憶が正しければ、今日はもう残っている人は居ない。

 


 はずだった。




「うぇ!?……って天音様。何やってんですか?」


 誰も居ないと思い込んで書棚の角を曲がった瞬間、正座したまま宙を浮く巫女服の少女に栞は思わず体をのけ反らせてしまう。無論、そこに居たのは天音命だった。


「本を読んでいるだけよ。小説ってのも面白いけど学術書っていうのも面白いわね」

「ちょっと人に見られたらどうするんですか?本だけ浮いてるとか学校の怪談ネタは勘弁して欲しいのですが……」

「大丈夫。神様だし」


 なんでもそれで済ますな。と軽く栞は怒りを覚えるが口にしたところで治りはしないだろうし、なにより騒ぎにならないなら、とギリギリのところで怒りを抑える事に成功した。


「何を読んでいたんですか?」

「世界のUMA大全」

「っ!?」


 予想の遥か斜めの本に栞は思わず書棚に顔面から突っ込みそうになる。


(え?よりによってUMA?落語集どころかライトノベルまで一応予想してたけど、よりによってUMA?天音命様の方がよっぽどUMAだよ!)


 ネッシーやらツチノコ以上に存在があやふやなモノが未確認生物UMAの本を読んでいる。共通点と言えば両方ともオカルトの分野に分類される位しかない。


「ねぇ栞」

「なんですか?」


 妙に真剣な顔で栞に問いかける天音命。ここ数日で一番、真面目な顔と言っても差し支えない程の真面目な表情だった。


「UMAってさUnidentified Mysterious Animal、つまり未確認動物のことでしょ?」

「そ、そうみたいですね。詳しくは知りませんけど……ってか良い発音」

「確認したら未確認動物じゃないよね」

「そうなりますね」

「だよね。じゃあ河童とか人魚は確認動物だね」


 栞は長いまつ毛を備えた目をゆっくりと閉じる。思いがけない情報に混乱する脳みそを落ち着かせるために最も情報量が多いと言われる視覚を一時的に閉ざしたのだ。


「あはは、天音命様ったら、河童とか人魚はUMAじゃなくて妖怪ですよ妖怪」

「あ、そうかぁ。じゃあ確認妖怪ってことだね」

「……まぁ幽霊に神様が居るんだもんね。妖怪が居ても不思議じゃないか」


 河童や人魚と言った単語に、一瞬現実逃避するかに見えた栞だったが、土地神が居る以上、妖怪が居ても違和感は無い。


「もう宇宙人でも出てこないと驚かないわよ」

「ふふふ、栞何言ってんの?変な本の読みすぎじゃない?」


 世界のUМA大全という名の変な本を持つ天音命はくすくすと笑う。


「はぁ、それよりもうすぐ完全下校時刻になりますので帰りますよ。……その本、まだ読みたいですか?」

「え?もうちょっと読みたいかな。あ、先に帰ってていいよ。栞の家の場所は完璧に覚えているから」

「読みたいなら、貸出しますよ」

「良いの?」


 ここ数日の奇妙な共同生活の中で初めて天音命が栞の表情を伺う様な様子を見せる。そんな天音命のらしくない姿に栞はやや頬を緩ませる。


(そう言えば好き勝手に振る舞っているように見えたけど、我儘は聞いて無いかも)


 そこらをふわふわ、ふらふらと行ったり来たりはするものの、天音命は栞に対して明確に何かを要求することは少ない。神様故になんでも出来るから何も言わないのか、はたまた栞に気を使っているかはなぞだが。


「良いですよ。本を読みたい人に本を貸すのが図書委員の務めですから」

「仕事熱心だねぇ。関心関心。頭を撫でてあげよう」

「子供扱いしないで下さいよ」


 口では文句を言うものの、栞は頭を撫でられて満更でもない表情を浮かべていた。

 天音命に頭を撫でられ、栞は言いようの無い安心感を感じていた。まるで幼いころに無条件に甘えさせてくれる母の優しさ、そういったものを栞は思い出していた。

 それもそのはず。


「子供だよ。私は土地神でもあるし産土神でもあるんだから。この土地に生まれた生物はすべからく私の大事な大事な子供なんだよ」


 人間では中々理解できない考えだろうが、産土神とはその土地に生まれたあらゆるものの母。生を祝福し、たとえその土地を離れようとも死するとの時まで守護する守り神なのだ。更に自身を祀る一族の末裔とあらばなおさら情も湧くというもの。


「あ、ありがとうございます」


 にこにこと優しげに微笑む天音命の笑顔に、湧き上がる恥ずかしさが抑えられず栞は顔を伏せてしまうのであった。







 夜の田んぼ、騒がしい程にコオロギや鈴虫、キリギリス等が鳴き声を上げている。

 そんな鳴き声の中、栞はいつも通り自転車を漕いでいた。栞が走る道路の両脇は数キロ田んぼ広がっている。そんな中を自転車で走ればまさに虫達の大合唱。


「そう言えば、昔はオケラの鳴き声ってミミズと勘違いされてたって小説に書いてあったなぁ」


 時折、聞こえてくるジーというオケラの鳴き声に気付いた栞は何とはなしに、かつて読んだ小説の内容を思い出す。


「そうなの?」

「ええ、地面の下からミミズが鳴いているって勘違いしたみたいですよ」


 月明かりの下。ミミズとオケラの話をする二人、神様と話す様な内容ではないが、ここ数日ですっかり神様という存在へ抱いていた近寄り難さが無くなった栞と、実は悪戯好きなところがある天音命の二人ではこの位の会話は既に日常の一部。慣れとは恐ろしいものである。


「んー今夜は良い月ね」


 栞に背中を預け、後輪の泥除けに乗っかりながら天音命は夜空を仰いでいた。耳には虫の鳴き声、眼前には秋空特有の澄んだ空に浮かぶ月。

 街灯が無い田舎道を照らす唯一の光源が二人を柔らかく照らしていた。


「そうですね。今日は雲が少ないから良く見えますね」


 同じく空を仰ぎながら相槌を打つ栞。自転車の通学は疲れるものの、こういった景色が見られるのは利点と言って良いだろう。


 神様と神様を奉る一族の少女の二人初めての通学はまるで放課後におしゃべりしながら帰る友人達の様に帰路に着くのであった。










盛大に間を開けてしまいました。

申し訳ないです。ゴールデンウィークは都市伝説。夏休みは神話。そんな感じです。

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