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神様がいる教室

 


 学校というのは多感な少年少女が多数居る為だろう。非常に騒がしい場所に分類される。ましてや、昼休みとなればその騒がしさも天井知らずだ。それは栞が通っている小金高校も例外では無い。というか男子生徒と女子生徒の比率が女子生徒に傾いている分、騒がしさも一塩だった。箸が転がっても、とまではいかないまでも、あちらこちらで面白そうに笑い合っている。


「……で先輩が」 

「それでそれで!」


 特に、それが恋愛の話なら騒がしさはメーターが振り切れんばかりの勢いだ。恋愛にダイエット、好きなアイドルの話。クラスの大半の女子が一日どれか一つ、どころか三つ全部が話題にあがってもなんら不思議では無い。


「部室の掃除をしたらありがとうって言ってくれたのよ!」

「……え、それだけ?」

「うわああ!優しい!」


 そして、栞の隣の席の女子、中山有里なかやまゆうりとその後ろの席の女子、茂泉桜子もいずみさくらこも、その例に漏れずに、恋愛話に興じていた。内容は、有里が絶賛片思い中の同じ部活の先輩の話で二人・・で周囲を気にせずに盛り上がっていた。


「でしょ?帰る時も気をつけて帰れよって言ってくれたし……はふぅ」

「きゃー!」


 恋する女の子フィルターがかかった有里と、友人の恋愛話に興味津津な桜子の会話は弾む。


「それって普通じゃないの?」

「あぁ早く放課後にならないかなぁ……」

「思い切ってメアド聞いちゃえば?」


 そんな二人の会話に時折、何度が言葉が挟まれるが、何故か有里も桜子も、まるでその言葉が聞こえないように会話を続けていた。だが二人はシカト、無視、等のネガティブな理由で二人だけで会話をしていたわけでは決して無い。

 単純に二人には、その言葉が聞こえていないだけだった。


「えー恥ずかしい……でも……」

「そこは告白……いや、押し倒すのよ!」

『まったく……何を言ってるんですか?』


 二人の会話に割り込んでいたのは、巫女服が似合う美しい少女の姿をした土地神、天音命。その人?だった。無論、有里も桜子も天音命の姿はおろか、言葉すら聞こえてはいない。天音命の姿を見るには余程霊力が高いか、相性が良いか、降神の儀をするか、もしくは彼女自身が自身の姿を見せようする等の方法しかない。

 ちなみに栞は霊力自体は一族でも平均位だが、天音命と何故か波長がぴったりと合ってしまった為、天音命の姿をはっきりと認識出来ている。


「うーん……部活の連絡用に知りたいですとか、どう?」

「あ!それ良いかも!」  

『いやいや、十六才だったら子供がいてもおかしくないでしょ?十歳で結婚とか珍しくも無いし』

『いつの時代の話をしているんですか?……いま、そんなことになったら犯罪ですよ犯罪』


 恋愛話に花を咲かせる二人の少女の隣で、栞と天音命はここ数日ですっかり定番となった時代錯誤ギャクを繰り広げていた。


「ねぇ、今度、神籬かみがき神社に行こうよ」 

「おぉ!確か、縁結びにも効果あるんだっけか?」

『いやいや、縁結び、家内安全、安産祈願、豊作やらとありとあらゆることにご利益があるよー』


 自信を信仰してくれているのが嬉しいのだろう。笑顔を浮かべながら、聞こえてもいない自身のご利益をべらべらと天音命は喋りだす。何と言っても千年単位でこの地に祀られ続けてきたのは伊達ではない。既に栞は近所の能天気なお姉さんばりにしか見られていないが、神格はかなりのものだ。女神だけあって安産祈願や縁結びはもとより、豊作やら健康祈願とご利益は多岐に渡る。

 とは言え、神様が一人で己の御利益を喋りまくっている姿に栞は哀愁を感じ、相手をする事にした。


『……えっと学問もですか?』

『ん?当たり前だよ。さすがに天神様には劣るけどね』

「……嘘だ」


 天音命が齎す学問に対するご利益が信じられずに、小さく呟いた。他のご利益に関しては確かにまだ信じられる。だが、現代知識がごっそりが抜けている彼女が学問にご利益が有ると信じられるほど、栞も能天気ではない。


『ふふ、栞の頭も良くしてあげようか?』

『遠慮しておきます』


 栞の学力は全国トップレベルでもなければ県内随一……なんて事は無いが、学年でも十指に入る程度には勉強が出来る。御利益がいまいち信用できない天音命に祈る暇があったら英単語の一つでも覚えた方が有意義とだと、天音命の誘いをあっさりと断り、次の準備に移る事にした。








『ほら、だから頭を良くしてあげるって言ったのに』

「……」


 次の英語の時間。栞は腕を組みながら、したり顔で自分を見下ろす天音命の視線に耐え切れず、肌理細やかなといって差支えない頬をぴくぴくと引き攣らせていた。

 何故、そんな事態に陥っているのか?それは……。


『ジョンは―――――――――――』


 中途半端な現代知識を持ち、ここ数日、栞をさんざ困らせていた天音命。

 多種多様なボケを湧水の様に生み出し、今日の全ての授業において、とんちんかんな事を言いまくっていた天音命に、栞は当然の様に英語の授業も同様にすごさねばならないのだろうと、頭を良くしてあげるなどといった誘いを断ったのだが。


『なんで、そんなに英語が出来るんですか?』

『ふふん。自分の土地に住んでいる人の言葉を理解出来なくちゃ、神なんて名乗れないよ』


 この天音命は、教科書の内容が分かるなんてレベルでは無く、流暢に英語を喋っているのだ。

 それどころか、単語のスペルや、高度な意訳すらも余裕で熟すレベルで英語を操っていた。

 今までの、栞が見てきた日常生活の足りなさを帳消しにしかねない英語力。その理由を問いただし、なるほどと栞は納得する。

 考えてみれば、キリスト教も日本の教会では日曜の礼拝で讃美歌をバリバリの日本語で歌っているし、聖書も日本語やロシア語、イタリア語、英語訳となんでもござれだ。

 仏教にしても、そうだ元々の発祥はインド、禅宗だの日蓮宗だの宗派は細分化されていても、日本においてヒンドゥー語で布教している宗派はいない。


(……インチキ、って今更か)


 一瞬、あまりのインチキっぷりに栞は怒りを覚えたが、よく考えなくても相手は神様。栞以外に姿が見えなかったり、漫画を見ただけでテレパシーを使ったりする、存在そのものがインチキの様なモノに怒っても益はない。


(……集中、集中)


 自分よりも英語が出来る存在に気を取られて、英語の成績を落としたら、本末転倒。栞は気持ちをすっぱりと切り替えて、目を教科書と黒板に、耳を教師の声へと傾ける。


『なんか実践的な授業じゃないなぁ。喋んないと覚えないんじゃない?』


 目の前でひらひらと揺れる巫女服、脳内に直接響く鈴の様な声は気付かないふりをして、ただ授業に没頭した。現実逃避したわけではきっと無い。





 放課後。

 栞はリノリウムの床をてくてくと歩いていた。癖の無い直毛が歩くリズムに合わせてさらさらと流れ、髪質の良さを強調していた。割と羨ましがられる綺麗な髪だが、栞本人からすれば三つ編みもすぐに解けるので、少しは癖が欲しいと思っていたりする。隣の芝生は青いのだろう。


「今日は凄く疲れた……」


 溜息を吐く様に栞は呟く。既に五ヶ月経過した高校生活。慣れたと言って差し支えない程に過ごしたはずだったが、天音命が傍に居る。ただそれだけで栞は週末に匹敵するほどの疲労を感じていた。


「……あれ?」


 疲労感から思わず直帰しようと思うも、とある目的地に向かって歩いていた栞は、南校舎の二階の踊り場で、違和感を感じて辺りに視線を走らせた。違和感とは言っても、体質故に学校にありがちな幽霊を見た―――――等と言うわけではない。


(はぁ……やばい天音命様が近くに居ないのを違和感だと思ってしまう私が居るよ) 


 栞は自身が感じた違和感に気付き肩を落とす。リアルおはようからお休みまで一緒に居れば、近くに居なければ、多少は違和感を覚えるのは致し方ないだろう。


(でも、何処に行ったんだろう?学校の幽霊とかと友達になってたらどうしよう?)


 幽霊も元は生者だったからか、人間が多いところには相対的に多い。特に学校は元々が怪談が多いせいか、その傾向が強い。幽霊を見る力がある故に、栞はそれを経験的に知っていた。その幽霊が天音命と知り合って、憑いてきたらと、嫌な想像が彼女の脳内に浮かび上がった。


「うーん。否定出来ない……って着いちゃった」


 不安を否定出来ず、栞は目的地に到着した。引き戸の前に着いた栞は、ノックをし、失礼しますと部屋の中に踏み入った。

 引き戸を開けた先には、栞の頭二つ分も高い、本棚が幾つも並び、更に部屋の一角にはカウンターが備え付けられている。そう、ここは日本の学校の多くにある学校施設、図書室だ。

 図書室に来る用事の大半は、本の返却、もしくは本を借りる為だろう。栞もその例に漏れず、本の返却と新たな本を借りに来たのだが、それだけが理由では無い。

 栞はここ、小金高校の図書委員で今日、月曜日の放課後は栞の当番日なのだ。今は誰も居ないカウンター内に何の躊躇いも無く足を踏み入れると、足元に愛用のリュックを置いて、椅子に座る。

 手慣れた手つきでPCを再起動すると、リュックの中に閉まっておいた文庫本を取り出し、ハンドスキャナーでバーコードを読み取り、返却処理を済ませ、本を元の場所に戻すべく立ち上がる。


(お、五巻返却されてる)


 栞は本を棚に戻すと、本の続きが返却されているのに気付き、思わず笑顔を浮かべた。

 本のタイトルはダブルホームズ。シリーズものの小説で、新刊が出るたびに大抵の本屋に並ぶほどには有名であり、栞が最近、読み始めた本でもある。タイトルから示す通り、探偵ものの小説で非常に良く似た二卵生の男女の双子の高校生が主人公で、時に二人が入れ替わったりしながら、身の回りに起こる事件を解決するというライトミステリーな内容となっている。

 

(ラッキー!)


 キョロキョロと何故か周りを見渡し、栞は素早くダブルホームズの五巻を手にすると、貸し出し処理をするべく、カウンターに向かうのであった。 



大分、更新が遅れてしまい申し訳ありません。

四月になれば、人が増えるので、そうなれば更新が安定するはず……です。


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