二人?で通学
大分遅れてしまいました申し訳ありません。
新キャラ登場です。
チュンチュンと雀が囀る早朝、癖の無い黒髪を靡かせ栞は自転車を走らせていた。彼女の視界のおよそ八割は田んぼ。まさに米どころならではの光景である。
「うー流石に朝はちょっと寒くなってきたなぁ」
昼間、日がある内はプールの授業が出来るくらい暑くなるが朝方はそろそろ肌寒さを感じさせる。それでも栞が自転車を漕ぐスピードは全く衰えない。風が冷たいからとゆっくり走れば寒さを感じる時間が長くなる。かと言ってスピードを上げれば風が強くなる。
どちらも一長一短だが、朝の貴重な時間にゆっくりと自転車を走らせる利点も少ない、栞は勢い良く自転車を走らせる。ポニーテールにすらりとした彼女の体型に、その登校風景はかなりマッチしているが、唯一難点を上げるとすれば、それは―――――。
「ホントに付いて来るんですか?別に面白いものなんて無いですよ」
周囲には誰も居ないのにブツブツと呟いている点だった。とは言え、それは栞以外の視点で見た場合に限る。今、栞の頭の上には一人の巫女服の少女が乗っかっていた。
「んー家に居ても話し相手居ないし、憑代から長時間離れているのもあれだしねー」
巫女服の少女、一杜の土地を守護する土地神、天音命はたははーと笑いながら返事を返す。
「ん……よりしろ?あの天音……」
「あー一々、口に出さなくても大丈夫だよ。てれぱしーって言うので話は出来るから」
「え……あぁそうなんですか。ってそれを早く使って下さいよ!」
普段の一人きりの通学とは違うお喋りしながらの登校に、不本意ながらも栞は楽しいと感じた。感じてしまった。そして、ちょっとした高揚感によって危険ワードを聞き直すのをすっかり忘れてしまった。
「昨日、栞の部屋にある漫画にあったのを真似してみた」
「なに、この無駄な神の力……はぁ」
漫画で見たからと言って即座にその力を真似できる事に慄けばいいやら、漫画に即座に影響を受ける土地神にして産土神の女神に呆れればいいやらと、栞は妙なところで悩んでいた。
(誰よ。朝起きたら居なくなってるかもって期待させたのは!、まぁ私だけどね)
頭の上に乗っているくせに、重さを感じさせず、そのくせ風に茶色掛った髪を靡かせる天音命に栞は内心でボケ突っ込みを一人で行う。通学時間が長いだけあって、その一人ボケ突っ込みに対する空しさは無い。というか自覚が無い。
昨日、日曜日、栞が目覚めるとまるで昨日ことが夢だったかのように、天音命の姿は無くなっていた……なんて事は無く。天音命はふよふよと浮きながら、巫女服を着崩して眠りこけていた。せめて、自らを奉る一族の前ではきちんとして欲しい、もう昨日の厳かな儀式の様子がシュールにしか思えなくなっていた。
しかも、その後に朝御飯の時は例の如くはしゃぎ、そして部屋に戻れば漫画を読む。なんで物に触れられるのかと問えば。
「神様だから」
その一言で説明を終える始末。しかも、それが妙な説得力が込められているのだから、そこは流石、神様といったところなのだろう。多分。
そして今朝、月曜日。今度こそ居なくなっていてくれたらと願う栞の願いはあっさりと裏切られ今に至るわけだ。
「そう言えばなんで電車を使わないの?もう二十分位走ってるよ?」
栞の住む地区、里峰と学校が有る地区である小金は十キロ近く離れている。一応、この二つの地区は平均して一時間に一本。流石に出勤、帰宅ラッシュ時には三本程だが電車が通っている。ならばわざわざ自転車で通学する必要は少ない。……のだが、実は小金駅から栞が通う小金高校は歩いて二十分程の距離が有るのだ。そうなると、電車を待つ時間を考えると電車通学、自転車通学はそこまで登校にかかる時間に違いは無い。
なら何故、栞はわざわざ疲れる上に暑さ、寒さをダイレクトに感じる自転車通学を選んでいるのか。それは―――。
「混んでる電車が好きじゃないとか、電車時刻に縛られるのが嫌とか、ありますけど……」
栞はそこで一度、言葉を区切ると、突然栞はそれまで座って漕いでいた自転車を立ち漕ぎで走らせ始めた。推進力を与えられた自転車は栞を乗せて、ぐんぐんと加速していく。髪が後ろに靡き、耳の上を冷たい空気が流れていく。
「好きなんですよね。この風景が」
栞の周囲一キロには稲狩りを控えた田んぼが朝日を浴びて金色に揺れている。
小さな頃、栞は近くに住む男の子達と一緒になって、田んぼで遊ぶお転婆な女の子であった。その頃の遊び場であり、懐かしさを感じる田んぼを栞は今でも好きなのだ。
「身近な風景ですけど……一番綺麗な風景だなって思うんですよね」
「……ここらの神としては嬉しいねぇ」
二人?を乗せたマウンテンバイクは一路、栞が通う高校を目指してひた走るのであった。
疎ら、どころか数人しか歩いていない通学路を通り抜け栞は今年の四月に入学し、すっかり見慣れた校門を潜り抜け、学校へと辿り着いた。
栞が通っている高校の名は小金高校。県立の共学校で、特徴と言えば、数年前まで女子高であったのが共学になった為、女子と男子の比率がニ対一で女子が多いのが唯一の特徴の平凡な高校だ。
校舎は駐輪場から桜並木に囲まれたなだらかな坂を上った先にあり、昇降口を備えた中央校舎を中心に南校舎、北校舎、そして北校舎の隣に実習棟を備えた造りをしている。
一年生である栞は北校舎の三階に位置していた。購買が中央校舎一階、昇降口のすぐ傍にある事を考えると、昼の人気総菜パン争奪戦は非常に不利と言えるだろう。……栞は母である直子が毎朝作ってくれているお弁当持参なのであまり、関係が無いが。
「ここが栞が通っている寺子屋ね」
栞が駐輪場に愛車であるマウンテンバイクを止め、チェーンキーとハンドルロックをしっかりと掛け、昇降口に向かう道すがら、天音命は興味深げに、そして真剣な表情でそう言った。
その真剣すぎる表情に突っ込みを入れるべきか、はたまたきちんとした訂正を加えるべきがポニーテールを揺らしながら栞は悩みながら歩を進めていた。爽やかな風が通り過ぎる中、栞の脳内は最適な答えを導き出そうと茹るが、結局導き出した結論は微妙なものだった。
「あ、……えっと、寺子屋ではないです」
「ふふ、冗談だよ。流石にそんな変な間違いはしないわよ。騙されたわね栞」
(……分かりにくい!)
神様じゃなかったら思わず小突いていたであろう衝動を必死に抑え、栞は昇降口を潜る。何が面白いのかお腹を抱えて笑い転げている天音命の事はとりあえず置いておき、いつも綺麗に磨いているローファーから上履きへと履き替えた。
一年生である栞の上履きの色は赤、ちなみに二年生が緑、三年生が青とそれぞれ色分けされている。
「ふむふむラブレターは無いわね」
「どこのラブ……ん」
『どこのラブコメですか?……って聞こえてます?』
しげしげと栞の下駄箱を眺める天音命に突っ込みを入れながら、途中で購買部のおばちゃんの気配を感じ、さっそく栞は自転車に乗っていた時に天音命が言っていたテレパシーとやらを試してみる。だが、使い方など分かるわけも無く、なんとなく届け~と妙な思念とともに伝えたい事を送る。何故か眼を細めたのは御愛嬌。
『ん?何、眼を細めてんの?人相悪いよ』
『んぐ……なんとなくです』
コイツ何してんだというセリフを顔面に張り付けた様に話す天音命に急に恥ずかしくなったのか、頬を赤く染め、栞は頭を軽く下げる。教室に至るまで誰にも会わない事を祈りながら。
幸いにも誰にも会う事も無く栞は自らが在籍する一年五組のドアをガラリと開ける。栞によって開け放たれた教室内はシンと静まりかえり、カチコチと黒板の上に掛けられた時計だけが静かに、そして正確に音を刻んでいた。
栞の席は教室の窓際、一番後ろの席。という物語でありがちな定番の席では無く。特徴もへったくれもない窓際から横に三番目、そこから後ろに四番目の席。黒板を真正面から見えるのが唯一の利点の様な席である。
栞は席に黒いリュックサックを置くと今日の授業で使う教科書や筆記用具を取り出し、机へとしまう。ちなみに栞は置き勉はしない。予習復習を毎日するとまでは流石に言わないが、その日に分からなかった所の復習をやる位には真面目な生徒だった。
『栞以外は誰も居ないね』
『皆が来るのは大体七時四十分位ですからね。あと二十分位は誰も来ませんよ』
現在の時刻は七時二十分。この時間なら朝練で早く来ている生徒を除けば、数人の生徒が居る程度だ。
『なんでそんなに早く来るの?』
『電車組の時間とかち合うと来る途中であった橋のところでつっかえちゃうんですよ』
小金高校が建っている小金地区には地区を真ん中から分断するように小さな川が流れており、橋がかかっている。歩道も併設されてはいるが、その歩道は二人が並んで歩ける程度の広さしかない。普通の時間ならまだ良いだろうが、通学時間ともなれば、数珠繋ぎもかくやという勢いで生徒が連なって歩く為、自転車で通るのはかなりの手間なのだ。
『じゃあ少し遅く来れば良いんじゃない?』
『あの時間は電車が三本位あるんで、それも難しいんですよ』
忘れ物が無いかの確認を終えると、栞はトイレへと向かう。肌寒い早朝の風のせいで体が冷えた為と、その風で乱れた髪を整える為だ。
「まぁこんなもんかな?ん?」
手櫛で髪を整え終わり、栞が教室に戻ると、一人の女子生徒が栞の後ろの席に座って文庫本を読んでいる。
「菜々美。おはよ」
「……」
軽く手をあげて栞は笑顔で少女に声を掛ける。少女は文庫本から視線を外し、こくりと頷いた。少女の名は武石菜々美。ショートカットが似合う、無口系の少女である。無口とは言っても性格は大人しいわけではなく、ハスキーボイス気味な自分の声が嫌いな為、あまり喋らないだけで性格は非常に明るい。
「今日は早いね?月曜は電車の日じゃなかったけ?」
「……」
無言。無口にしても、うん、いや、程度の言葉を口にしても良い所だが、菜々美の無口さはそこらの無口とはレベルが違う。菜々美が学校内で喋る事があるとすれば、教師による出席の確認や、問題の回答を促された時位しかないという徹底ぶりだ。
現に菜々美は栞の言葉に何も喋らない。けれども何も答えていないわけではない。小説を左手に置き、右手を左右に振っている。そこに意味など普通は見いだせないだろう。
「ん?お兄さんが出かけるついでに、送ってもらったんだ」
「……」
だが、何故か栞には菜々美が伝えたいことが出来た。そのせいか、出会った当初はなんとか喋らせようとあれこれしていたのだが、夏休みが終わり二学期が始まった今となっては、もうこれで良いやと栞は諦めていた。
「ん?どうしたの?」
「……」
「今月泊まりに来ないかって?今月はちょっと無理かなぁ。来月は文化祭と大会が有るから練習が入ってるのよ」
おいでおいでをする様な動作から菜々美の意図を正確に読み取り、栞は返答を返す。どうやら菜々美は栞をお泊り会に誘いたがっている様だった。
だが、残念な事に栞は文科系の部活動――――演劇部―――に所属しており、二学期が始まってからは七時過ぎ、場合によっては八時近くまで練習に明け暮れており、中々に暇が無かった。
「……」
菜々美なりに期待を込めてのお誘いだったのだろう。断られた瞬間、菜々美は机に突っ伏しで肩をプルプルと震わせている。
そんな誰が見ても悲しげな姿を見て、栞はゆっくりと右手を菜々美の頭に近づける。それは頭を慰める意思が込められた行動―――――なんかでは無かった。
べしっ。
「……」
「演技は良いから」
悪戯がバレた事に、菜々美は左目を閉じて舌を少し唇からはみ出させ、可愛らしいポーズをとる。とても無口な人物がやる行動では無いが、それを平気でやってのける。菜々美はそんな女の子だった。
友人同士の取り留めのない会話。天音命はそんな二人を微笑ましそうに、慈愛に満ちた瞳で見つめていた。その姿はやはり女神と呼ばれるだけの神聖さを滲ませるものだった。
職場で二人ほど欠員が出たので、忙しさが半端じゃないというのが更新が遅れた言い訳です。本当に申し訳ありません。
昼間の忙しさは良いのですが、当直が増えるのが辛い……給料が増えた分、寿命が……。