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いつもと違う帰宅

 

 一両編成の電車の窓から見える田園風景が進行方向とは逆側へと流れていく。もうすぐ稲刈りを控えた金色の田んぼが赤い夕陽を浴びる光景は正しく田舎の光景。なのだろうが、この風景に感慨を浮かべる者は久しぶりに田舎に帰省したものか、田舎に憧れを抱いている者くらいだろう。


「今日はなんだか疲れた……早く帰りたい」


 その証拠にここの出身であり、現在進行形で暮らしている栞は、その光景を綺麗だなぁとは思っても当たり前の光景過ぎてそれ以上の感情を抱いていない。それどころか想像外の出来事に遭遇してしまったおかげで、肩をがっくりと落としていた。

 華の女子高生が昏い空気をぶん撒いていれば普通は目立つところだろうが、一杜市街から栞が住む地区はローカル線。都会の対面式の座席では無く、ボックス席。幸いにもそれほど目立たない。っていうか乗客は十人に満たない。


「うわぁ速い速い!これがSLね!」

「違いますSLは蒸気機関車です。……これは電車です」


 いつの時代の田舎者ですか。と突っ込みを入れたくなる栞だったが、とりあえず間違いだけ正して置く。ちなみに彼女はSLがスチームロコモービルの略称とは流石に知らない。


「電車?電気自動車の事?」


 人目が有る場所ではあまり会話したくないが、無視するには神と言う存在は大きすぎるし、なによりキラキラと輝く大きな瞳は断れない、断ってはいけない力を宿している様に栞は感じてしまっていた。……神云々では無く、無垢な子供の期待を裏切ってはいけないという信仰もへったくれも無い理由だったが。


「なんで電気自動車は知っているのに電車は知らないんですか?」

 

 電車よりも後に誕生した電気自動車を知っているくせに、電車を知らない天音命に栞は首を傾げる。

 栞の神と言うイメージはお天道様とかキリスト教でのヤハヴェなどの唯一神が大半を占めている。全知全能と言えば分かり易いだろう。


「神様だからってなんでも知ってる。って思ってるでしょ?」

「……」


 天音命の問いに栞は素直に首肯した。


「まぁそういう神様もいるけどね……天神様とか」


 天神様。梅干の種を割ると会えるとか出所のよく分からない話はさておいて、天神様とは祀っている神社が日本で第三位を誇る学問の神様。歴史上の実在の人物。菅原道真の事である。藤原時平の陰謀により大宰府に左遷され、失意の内に死を迎え、怨霊となって祟りを起こしたとされる。

 後に祟りを鎮めるために御霊信仰として神に祀られ、学問のみならず雷や牛、農耕など多岐に渡る権能を有している元は人とは思えない有能な神である。


「なんて説明すればいいんだろ?ん―――っと、そうねぇ」


 首を左右に振るって、顎に手を当て天音命は自身についてどう話していいやら暫し、頭の中で順序立てていた。


「私は普段、一杜の土地全体に広がっているのよ。……ちょっと違うかもしれないけど」

「広がっている?」

「そう、こんな風に人の姿をしている方が珍しいのよ。ああ、そうだ。私は一杜の土地そのものって考えてもらえれば良いかな。うん」


 両手を広げて、うんうんと頷くその姿は神と言うより子供のそれに近い。


「でも、それだと余計になんでも分かるんじゃないですか?」

「逆よ逆。情報が多すぎるし、それに意識もここまではっきりしてないから、どこかでちょっと耳にした言葉を覚えているってくらいなのよ」

「……空気みたいに一杜全体を包んでいるって感じでしょうか?」

「そう!それよそれ!」


 天音命の言葉から栞になりに推察した考えに天音命はぱしんと膝を叩いて肯定する。


「まぁ、そんな事はどうでも良いよ。それで何処で降りるの?」

「次の駅です。後三分もかかりませんよ」

 




 三分後。栞の口にした通り、電車は栞の家の最寄駅へと到着する。

 制服のスカートのポケットから四葉のクローバーが描かれたカードケースを取り出して自動改札を通り抜ける。無論、天音命はするりと通り抜けていた。なんとか改札口を通り抜けるのは気分的なものなのだろう。


「栞、栞っ!」

「なんですか?ってなんで怒っているんですか?」


 激怒とまではいかないが、何処か怒りを滲ませて天音命は栞の名前を呼んでいた。


「いくらあたしが付いているからって無賃乗車は許せないわよ。体調を整える位ならしてあげるから」


 金やら切符を出していないのを無賃乗車としたと勘違いしている天音命に栞は今日一番の倦怠感を覚えていた。体調を整えるというなら、今すぐにでもお帰りになってもらった方が遥かに精神衛生上、好ましかった。


「……無賃乗車ありませんよ。この中にお金が入っているんです」


 ピラピラと何気にお気に入りのカードケースを振るって、必要最低限の説明だけを口にする。余計な事を喋れば、そこから連鎖的に質問が飛んでくるのは僅か数時間で学習したことだった。


(そう言えばなんで無賃乗車の事をキセルって言うのかしら?)


 これからの事を考えると思わず頭を抱えたくなるので、栞は無賃乗車がキセルと呼ばれる所以を考え始めた。……人、それを現実逃避と呼ぶ。

 ちなみにキセルというのは無賃乗車では無く、不正乗車の方である。その由来はキセル―――つまり煙管を語源としている。煙管は構造上、両端に金属を使っており、中を煙が通る。つまり、入口と出口だけお金を払い、その間は煙に巻くことからキセルと呼んでいる。

 とはいえ、今の自動改札時代では一時期と比べ激減している。


「あの中に、お金が……?クレジットカードって奴かしら」


 栞が比較的どうでも良い事に脳味噌を使っているその脇で、天音命は天音命で頭を使っていた。呟いている内容にはもう栞は突っ込みを入れるのを放棄していた。知識が中途半端過ぎて何処まで突っ込めば良いのか分からなくなっていた。


「よいしょっと」


 駅の駐輪場に止めていたお気に入りのマウンテンバイクのカギを外し、掛け声を一つするとギアを一番軽くして慣れた動きで駐輪場を後にする。

 軽快に自転車を漕ぎ、栞は寄り道をしないで家に帰る為、最短で家に帰るルートを選択した。


「……やっぱり付いて来るよねぇ」


 栞の右肩に後ろ向きに座る様な形で天音命は栞にぴったりと付いて来ていた。栞的には何も告げずに最高速で振り切れれば良いなぁ。と諦め半分で考えていたので、ダメージは多少は少ないが、それでも付いて来ていることに落胆しているのに間違いは無い。


(なんて言うか……私が自転車を漕いでいることに気付いてないっぽいんだよなぁ。も、もしかして憑かれてんのかな)


 蛇行してみたり、急停止してみたり、曲がり角でフェイントをかましたりしても、無意識に付いて来ている天音命にあまり当たって欲しくない予想が栞の中で形を成しつつあった。

 神様に憑いてもらえるとうなら、疫病神やら貧乏神以外だったら喜ぶところなのだが、天音命が下手に姿を見せようものなら、そしてそれがまかり間違って神代一族の本家、名家、もしくは有力な分家の者に見られでもすれば、どんな厄介事に巻き込まれるか分かったものでは無い。

 どんどん考えがネガティブの方へと突き進み、それとは非対称にどんどんとマウンテンバイクは自宅へと突き進み、幾ばくかもしない間に、栞は帰宅の途についた。


「……ただいまー」

「おかりなさい」

「おかえりなさーい!」


 普段、部活からくるものとは毛色の違う疲労を声に載せ、栞は弟妹によって開けられた玄関からゆっくりと家に入る。


「おかえり栞姉っ」

「おねーちゃん!」

「こらこら制服に皺が出来るから後でね」


 右腰に中学二年の妹、沙織。左腰に小学三年の弟、伊織をそれぞれ纏わりつかせながら栞はリビングに足を進める。口では窘める事を言いつつも、強引に二人を引きはがしたりはしない。栞は二人の弟妹に激甘な姉だった。


「お母さんただいま」

「お帰り栞、用事って言うのは無事終わった?」

「う、うん」


 母、直子の言葉にどもりながら答える栞の視線の先にはふよふよと、天音命が浮いている。


「ここが栞の家の家……。えっと母屋は何処?離れにしても狭くない?」

(……離れじゃないし)


 神の感覚なのだろうか、一般的な栞の家の大きさを狭いと感じた天音命はずけずけと思った事を喋りまくっている。

 ちなみに栞の家はダイニングキッチンに父の書斎、夫婦の寝室、子供部屋、栞の部屋、客室と割と部屋数がある。都会だったら広めの家になるのであろうが、栞の家の周りには同じような家が建っている。……流石田舎。

 さらに言うと政令指定都市と一杜市とはいえ、栞の住む場所は中心街から電車で一時間以上も掛かる場所。それに比して土地代も都市部と比べ同じ市とは思えない程に安い。


「今日はレタス炒飯よー。一応、サラダと味噌汁も有るからね」


 お父さんが作ったのよ。と、家族の目が有る為、天音命を華麗にスルーしているに気付かず直子はにこにことテーブルに料理を並べていく。


「三カ国の料理とは贅沢だろ?」


 たった三品で三カ国の料理とドヤ顔を決めている男性が料理で使ったであろうフライパンやら木べらやらを洗いながら、栞に話しかける。この男性の名前は四方幸隆。直子の夫であり、栞達の父である。病院勤め(医者ではない)で当直やら早番などの休日が安定しない職業にも関わらず、家事を手伝う良き夫であり良き父でもある。

 強いて欠点を言うならば、そう。


「まぁ、サラダは何処の料理かって聞かれても答えられないけどなぁ」


 よく分からない笑いの感性を持っており、言葉の節々に混ぜる事だろうか、親父ギャグと言っても良い。


「どうでも良いよ。とりあえずただいま。着替えて来るね」

「母さんっ。栞が冷たい!」

「いつもの事でしょ。水、出しっぱなしよ」


 娘どころか妻にも軽く流され、幸隆は婿か婿が悪いのかっ。等と叫んでいた。がそれもいつもの事だった。そもそも婿やら嫁やらに幸隆はあまり興味が無い。ただ言いたいだけだった。


「ほら、二人ともちょっと離れて、着替えて来るから」

「はーい」

「うん」


 弟妹の頭を優しく撫で、体から引きはがすと栞はとんとんと軽快に階段を上り自室へと入っていった。


「ここが栞の部屋……?寝室かしら?」

「……自室です。ちなみに離れとか母屋でも無いですよ」


 ようやく人目が無くなった事で、突っ込みたくて仕方なかった事を栞は口にする。


「……え」

「な、なんでそんなに驚くんですか?ここに来る時にも同じくらいの家を見てましたよね」

「え、だって栞って神代一族でしょ?」


 栞の家が一軒家だと知るや否や、天音命はこれでもかと目を見開いて驚きを露わにする。名字から本家では無いというのは天音命も理解していたが、そうでなくても自らが加護する一族。それなりの名家だと思い込んでいたのだ。


「えっと……栞ってちなみにどのくらい本家から離れているの?四名家の分家くらい?」

「んー分家の分家の分家でも足りないくらい離れてます、けど……どうかしました?」

「え……そんなに離れてたんだ。あたしが見えるからそれなりに近いかと思ったんだけど……」

「そんなに離れてます。家系図の端も端です」


 生物の系統図に例えるなら同じ哺乳類でもヒトとネズミくらい離れている。

 栞的には何がショックなのか分からないが、天音命は目を見開いたまま固まっていた。そしてなんやらぶつぶつ呟いている。


「……あたしの加護がこんなに薄いくらいの分家かぁ。……苦労してるのねぇぐすっ」

「い、いえ別に苦労してないんですけど」


 ある意味、箱入り娘よりも世間、現代常識を知らない天音命は栞の境遇を勝手に想像して涙を流す。その憐憫の対象の栞は同級生と比して特に貧乏でも裕福でもない生活を送っている為、天音命のリアクションにどう対応して良いのか困っていた。


「と、とりあえず夕食なんで下に行きますね」 

「……あ、うん」


 もう夕食が出来ているので、家族を待たせるのが嫌なのと、変な想像しているのか唸っている天音命にこれ以上構いたくない栞はとんとんとリズミカルに階段を降りていく。

 その後ろを天音命は正座しながらふよふよと付いていくのだった。



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