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非日常、気付いた時には日常

あいやー長らくお待たせしました。

感覚を取り戻しつつ投稿を再開していきたいと思います。

 癖の無い髪が一つに括られ持ち主の後方へと流れていく。栞は上昇気流に緩やかに体を預けるとんびの心地良い鳴き声に耳を傾けながらの通学途中であった。


「……」


 自転車を漕ぐのが好きな栞では有ったが、青い空、澄んだ空気そして、その空気を思い切り感じる事が出来る風を感じながらも、幾分か晴れない顔を浮かべていた。


(あぁ……まさか、こんな気持ちになるなんてね)


 栞は一つ溜息を吐くと、自転車を漕いでいるにも関わらず両手をハンドルから離し一つ大きな伸びをし、昨夜の出来事を脳裏に思い浮かべるのだった。





「え?遠出ってどういうこと?」


 深夜と言うにはまだまだ夜も更け切らぬ時間に、栞は部屋の床を粘着テープが付いたコロコロで掃除をしながら、訝しげに両目を細めながらベッドに寝そべる天音命、もとい天音あまねに疑問をぶつけていた。なんでも、遠出をするので暫く栞の傍から離れるというのだ。


「ん、ちょっと神様の集まりがねぇ。あぁ面倒くさいなぁ。あと敬語も良いってば」

「神様の集まり……そんなの有るんですね。……有るの?」


 胡乱気に視線を合わせる天音に耐えられず栞は目線を反らしながら言葉尻を訂正する。


「そうそう、十月と言えば神無月だからね。行かないと後から煩いのも居るしね」


 やれやれと最近見たアメリカのホームドラマの真似か大げさに肩を竦めて天音は溜息を吐いた。相も変わらず偶に見せる神々しさを打ち消さんばかりの俗っぷりだ。


「ん?神無月?」


 話を聞きつつも部屋を掃除していた栞は天音が口にしたある単語にふと疑問を覚え、その手を止めた。


「神無月って……もう十月の十日になってるんだけど」

「うん。だからもう遅刻は確定だね」

「眩しい笑顔で言われても困るんだけど」


 後光が差すようなというか、実際に後光を放ちながら天音は軽く首を左に傾ける。呆れた表情の栞との落差が激しい。


「別に遅れても大した影響ないしね。どうせ一か月間お祭り騒ぎみたいに事をするだけだから、それに神様の数も多いから、私が来てないのもまだ気づいてないと思うわ」

「お祭りって、何処から食べ物とか調達するのか興味あるわね」

「奉納品をそのまま持って行くだけだから、対して興味深いもんでもないよ」

「……すごい量になりそうね」

「そりゃあもう」


 えへんと腰に手を当て胸を反らす天音は自信満々気だ。態度こそ神様としてそれはどうなんだろうという姿勢だが、地方一帯に厚く信仰され全国でも知名度が非常に高い神様であり、その奉納品は栞が想像する以上に莫大だ。


「そんな訳だから、ちょっとばかり顔を出してくるよ。来月には帰るからよろしくね」

「はぁ……分かりました」






「この間に変な騒ぎが起きないと良いわね」


 ここ一カ月の大凡の人が体験しないであろう諸々を思い出して、栞はぽつりと独り言を漏らす。目下のところ栞が一番悩んでいるのが奏莉……神代本家のお姫様についてであった。


(こういうのって大抵、取り巻きが騒ぐのがセオリーなんだよね)


 十月の冷え始めた空気を溜息を吐いた分だけ吸い込みながら栞は趣味である読書の中で何度も呼んだことが有る展開を想像する。物語と現実の違いは無論有るだろうが、小説は言わばその人の想像を文章に起こしたものだ。ファンタジーやSFなどのトンデモ技術はともかく人の心理に大きな違いは無いだろう。


(何事も無ければ良いけど……)


 フラグの様な事を脳内で思い浮かべながら栞は棒掛けされた稲を見ながら力強くペダルを漕ぐ。トレードマークのポニーテールが風に流されていく。栞は何故か自転車がいつもより軽く感じていた。

 そして彼女は忘れているが自身が幽霊が見える上に女神様と同居しているというファンタジーな状況は道路に置いて行かれる事なぞ無く彼女に付随するものなのだった。




 チャイムの音が鳴り響くと同時に栞の腹部から、くぅと小さな音が鳴る。思わず栞は右手をお腹に当てるが、そんな事をしたところで鳴ってしまった音が戻るわけもない。


「っ」

「……」


 微かに空気が漏れる音に気付いた栞が恐る恐る後ろを振り向けば彼女の親友たる少女がと小さく震えて笑っている。菜々美のいつもは表情に乏しい顔が聞いてやったと言わんばかりににやりと笑っている様子を見て栞の両頬が紅を差す。

 栞の名誉の為に言っておくが、栞は体重を気にして朝食を抜くという事はしてはいない。ヴィクトリア朝のイギリスの様に朝食が一番豪華という程ではないが、一汁一菜位はきちんと食べている。しからば、腹が鳴ってしまう理由は単純に通学において朝から自転車で四十五分も掛る為だ。特に栞が暮らす土地は冬であれば雪が当たり前に降る。十月の朝はもう肌寒くそれだけでカロリーを消費してしまうのだ。

 

「――――」


 菜々美は分かっていますと言わんばかりに何度か頷くと、後ろを振り向いた事で自分に近づいた栞の右肩をぽんぽんと叩くと、ごそごそと空いている左手でブレザーの右の内ポケットから何やら取り出した。


「まぁくれるって言うなら貰うけど……いつも持ってるよね。それ」


 菜々美が取りだしたチーズかまぼこ、所謂ちーかまに一瞬眉を顰めるもそれ以上、質問するでも無く栞はちーかまを受け取った。菜々美がちーかまを所持しているのは常の事で有り、いまさら問うても好きだからという答えが返ってくるのは明白だったからだ。


「じゃあ、代わりに……はい」

「―――」


 代わりとばかりに栞はリュックの中に入れてある梟がプリントされたポーチから幾つかの飴を取り出すと菜々美へと渡す。そしてついでとばかりに取り出した弁当箱を彼女の机の上に置いた。

 菜々美は神妙に両の手を合わせると飴を受け取り、自身も栞と一緒に昼ご飯を食べる為に弁当箱を取り出す。栞が持つ飴が本来、腹が鳴らない様に持っているはずなのにリュックに入れっ放しにしては役に立たないなぁということは、今日も黙っている事にした菜々美だった。



 容姿としては活発な印象の栞に対し、一見して物静かな印象を与える菜々美だが以外に気は合っている。声がハスキー気味であまり喋りたくないだけで、性格自体は非常に騒がしく身振り手振りが異様に多いのが菜々美だ。ただ無言と言う事も有り気付かれない事が多いので静かに見えるだけである。この為、男子からは大人しくミステリアスと思われていたりする。


「……」

「ん?どうかした?」

「……ちょっと寂しそうに、見えた」

「え?い、いや別に寂しいとかは無いけど?」


 普段はジェスチャーという迂遠な方法でなるべく済ませようとする菜々美が言葉を口にしたことで栞はかなりの驚きを見せるが、それ以上に自信でも気付かないようにしていた事を指摘され動揺してしまう。


(あれだけ四六時中一緒に居れば情も湧くのかなぁ……多分)


 まだ半日も経っていないのに妙な寂しさを覚える栞。その寂しさは大切な何かが遠くに有るような、他では感じられない不思議な感覚だった。


「―――」


 今にも溜息を吐きそうな栞の目の前にドンと小ぶりなお弁当箱が置かれる。それとともにそっちも早くと言わんばかりの視線が妙な眼力を持って栞へと注がれる。


「あ、ああごめん、ごめん。のんびりしてると時間が無くなちゃうもんね」


 急かされるように栞はシンプルな青色の包みを解き、二段弁当を取り出した。上の段にはおかずがそして下の段には御飯が敷き詰められた特徴の無い弁当だが、共働きの合間に両親が作ってくれる弁当だ、文句が有るはずもない。


「―――」

「見ないでよ」


 とは言え、含み笑いを浮かべながら見るのは奈々美の弁当だ。


「早く空けたら?」

「――――」


 煽る様な栞の言葉に奈々美は一瞬に怯む様に顔を歪める。


「ぐふ……止めてよ。そ、その顔芸」


 無口少女とは思えない表情筋の柔軟さを見せつける奈々美に栞は思わず噴き出す。だが奈々美はそんな栞に構うことなく、表情をいつもの無表情に戻し、まるで挑むかの様に小ぶりな弁当箱を包む、薄緑色の布とバンドを外す。


「―――――――なんてこったぃ」


 弁当の蓋が外され、中身が晒されるのと同時に栞の耳に僅かに届く耳触りの良いハスキーな落ち着いた声が届く。そしてその声質からは想像出来ないギャグよりの内容も……。


「今日は外れだったみたいね」

「―――――――」


 空腹の音を聞かれた意趣返しか、にやりと笑みを浮かべた栞の視線の先にはデカデカとマイシスターと書かれた手作り弁当を憎々しげに凝視する奈々美の姿があった。

 奈々美、一見するとクールであるが実は無口系のリアクションガール。三人兄妹の真ん中で有り上に二人の妹を溺愛する兄が居る少女である。

久しぶりの投稿です。お待たせしてしまい申し訳ありません。

新人教育は疲れる。

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