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お墓参りにて

作者: 虎鶫

 周囲を森に囲まれた町のはずれに、小さな墓地がある。

山の傾斜に沿うように幅の狭い一本の坂道があり、そこからさらに細い道がそれぞれのお墓へ、葉脈のように伸びている。

 お墓はどれも綺麗に手入れされていて、卒塔婆も新しいものばかりのようだ。

 今しも、数人がセミの合唱の中、お墓にお供え物をしたり手を合わせたりしている。

 ほとんどが子連れや夫婦で来ているなか、一人で来ている青年がいた。

 日に焼けた、細身の、優しげな顔立ちをした青年だ。

その脇には水桶と柄杓があり、花やお供え物が新しく、線香も燃えきっていない。

「よし」

 そう呟き、手桶を掴みながら立ち上り、お墓に目礼してから坂を下っていった。

 ところが、曲りくねった坂の途中にある、六体の地蔵が祀られた祠の前で急に立ち止まると、あたりを見回し、いぶかしげな顔をして元来た道を戻り始めたのだ。

 青年の姿が曲り角に消えるのと同時に、祠の後ろから一匹の猫がのどを鳴らしながら現れた。

そして、少し前まで青年が立ち止まっていた場所には、穏やかな顔をした老女が立っていた。

どことなく、顔や雰囲気が青年に似ているその老女は、猫を抱き抱えると、砂のようにかき消えてしまった。

当の青年は、墓地のさらに上にある少し開けた場所に出ようとしていた。

そこには、古いものだがシーソーや滑り台があり、今しも、数人の子供たちがベンチに座っている恰幅のよいご老人に見守られながら遊んでいた。

青年はためらいなくご老人に近づいていくと、

「お久しぶりです」

 少し砕けた調子で声をかけた。

「おぉ、源蔵のとこのか」

 ご老人はにこやかな顔を、さらに破顔させてこたえた。

 かくしゃくとしていて、

「若いもんには、まだまだ負けん」

 を、地で行くようなお人柄のようだ。

「久しぶりじゃな、公輔くん。元気にしとったか?」

「えぇ、庄一郎さんこそお元気そうで」

「ふふ。あいつには悪いが、まだまだ向こうへ行くつもりはないわぃ」

 などと話す二人のもとに、子供たちが近寄ってきた。

 しきりに公輔の袖をひっぱり、一緒に遊ぼうと催促する。

 公輔は一言、庄一郎に断りをいれて子供たちの輪に加わった。

別人のような、成人しているとも思えないような、見事な同化ぶりである。

 しばらく、その様子を呆れたように見ていた庄一郎の目がわずかに見開かれた。

公輔と子供たちが駆け回っている場所の後ろにある茂みを見つめる。

視線の先には、先ほどの老女と猫がいた。

公輔と子供たちは、気づきもしていない。

二人が見つめあうこと数分、庄一郎が小さくうなずくと、腕の時計を確認してから、子供たちに声をかけた。

 彼らが集まってきたときには、老女と猫の姿は消えていた。

庄一郎は子供たちに時計を見せ、ごねる子をなだめながら、公輔が登ってきた道の反対側の、車がすれ違えるくらいに広い道の方を下っていった。

「あと二、三十分ほどここに居なさい。いいことがあるから」

 と、いい残して。

公輔は怪訝な顔をしながらも、

「わかりました」

と、答えてベンチに座った。遊びたりないとでも言いたげな様子で。

彼が携帯を取り出したりしながら待つこと数十分後、庄一郎と子供たちの下っていった道の方から話声が聞こえてきた。

 上がってきたのは、四十前後の夫婦とその娘らしき女性の三人だった。

 公輔の顔を見知っているらしく、会話を中断して足早に近寄ってくる。

「久しぶりだね」

「まったくねぇ」

 夫婦がそれぞれ言うのへ、公輔は立ち上がって軽い会釈で返した。

女性は、夫婦の数歩後ろに立っていた。

暑さのせいか、顔が紅潮している。

夫人が強引に女性を前に押しやり、

「墓参りは私たちに任せて、二人で話してなさい」

 と、少しきつい口調で言い、夫を連れてさっさと細い坂道に消えてしまった。

 残された女性は、まさに借りてきた猫の状態になっている。

 公輔が促すと、素直にベンチに座ったが、うつむいたまま顔を見ようともしない。

 公輔は少し間を開けて座った。何ともぎこちない空気のなか、後ろに束ねられた女性の髪が揺れている。

公輔が、

「僑花」

 と呼んでいるその女性は、雰囲気は大人びているが、顔立ちは少女のようなそれだ。

 公輔の問いかけに対して、細々とではあるが答えているあたり、単に内気なだけなのかもしれない。

 あるいは……。

 と、二人の数歩後ろに、老女と猫がいた。

片手に猫を抱え、もう片方で頭を抱えるようにしている老女と、しきりに欠伸をしている猫が。

 猫が欠伸をやめて老女を見上げたあと、勢いよく飛び上がった。

 そのままの勢いでベンチの下、僑花の足のあたりへと潜り込む。

 当然、僑花は驚いて足もとを除き込むのだが、猫すでに老女の腕に戻っていた。

 心なしか誇らしげに、ひげを動かしながら老女を見上げる。

 しかし、老女は猫を見ていない。

慌ただしくやり取りをしている二人に、心配そうに見入っている。

 不満げな猫が一鳴き、それが合図かのように老女は平静を取り戻した。

 老女は猫に何か言っているが、ふんぞり返って意に介さない。

 老女は深い溜め息をついたが、二人の様子を見て思わず微笑むと、消えていった。

「幸せになりなさい」

 そう言い残して。



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