ボクの名前は和(なごみ)
2月5日。
ボクは今まで一番長く住んでいた場所から、よくわからない人間の居る場所へと住処を移った。
ボクの生まれはここから随分と離れた場所で、雪がちらつく季節に生まれた。
もうお父さんとお母さんの記憶もほとんどない。覚えているのは、甘いお乳の味。
ちゅうちゅうと吸うたびに口に含まれるそれは、とても美味しくて好きだった。
ある日四角い窮屈な箱に入れられて、ボクは長い間車に乗って移動した。
そうして、ペットショップと呼ばれる場所に移ったのだ。
長い、長い時間が過ぎた。
子犬と呼ばれる時期は過ぎ、透明なガラス越しに色々な人間がボクを見て、消えていった。
ボクにご飯をくれてお世話をしてくれたのは、優しいお姉さん。
窮屈な場所から連れ出してくれて、ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でてくれた。
好き、好き。
嬉しいとボクは尻尾が丸くなる。
ボクには名前がないけれど、名前がなくても抱きしめてくれる腕から伝わる優しさは心をじわりと温かくしてくれた。
ボクは今、変な人間三人と、二匹のお姉ちゃんたちと一緒に暮らしている。
お腹が大きくてマイペースなお父ちゃん。
いつも動いている忙しそうなお母ちゃん。
なんか変なペースのお姉ちゃん。
そして犬の中では一番年齢が上で経験がある『ゴールデンレトリーバー』のおばちゃんと、厳しくて怖いけど大好きな『コーギー』のお姉ちゃん。
ボクの周りにはいつも家族がいて、ボクは女の子なのに笑いながら『ボク』と言ってるお父ちゃんの口癖が移って、毎日毎日騒がしい日常を送ってる。
煩くて、ちょっと詰まらなくて、でも家族と毎日暮らしてる。
ボクの名前は『なごみ』。お母ちゃんが『平和の和』をとって『和』と名づけてくれた。
今日もボクは尻尾を揺らす。くるりと丸まった尻尾に触れて、お姉ちゃんが楽しそうに笑う。
それを見てコーギーのお姉ちゃんに吼えられて、ゴールデンのおばちゃんは呆れたように溜息を吐く。
変わらない家族との生活に、ボクは今日も遠吠えをする。