運命の輪の中で
「かーめーはーめー」
言わずと知れた有名なあの言葉を紡ぐ。同時に足を開いて腰を落とし、互い違いに丸く重ねた手のひらを、腰元に隠すように添える。
「ぅ波ぁああぁああああああ!!」
手首でそろえた手を花のように開けて力の限り前方へと打ち出す。
開いた掌から光球が撃ち出され、それが尾を引きながら前方に向けて進んでいく。
光の奔流が収まり、その場には静粛が訪れた。撃ち出した本人は撃ち出した時と何ら変わらない姿勢でそこに佇み、そして微かに震えていた。
「まさか……俺が……うぉお。うぉおお。うっうぉおおぉおおおおおおおお!!」
両手を握り拳にして天高く振り上げ、雄叫びを上げる。
「マジか! かめはめ波じゃねえか! スゲぇぜ俺! やっべえこれ学校に行ったら自慢しなきゃマジやべぇ!」
興奮のあまり語彙が貧弱になる。
「早く学校に行こう待ち切れねえってか着替え何所だっ……」
勢いよく周囲を見回し、着替えはこの部屋には無いのかと扉から外に足を踏み出した。
「――って、ですよねー……」
勢いよく上半身を起き上がらせ、努めて状況把握に寝起きの頭をフル回転させる。
自分が寝起きであること、おそらく今見ていた俺が気を使えるようになっていた事は夢であった事。高校二年生にもなってまさかこんな夢を見てしまうとは思っておらず、思わず自分が見た夢の廚二加減に赤面してしまう。
「……いや分ってたんだけどさ。夢だって。でも夢の中でくらい、ほら。解るだろ?」
何かに言い訳をするように呟く。誰も見ていたわけではあるまいに、言い訳の様に呟いてしまう。
「だってさほら、憧れるじゃん強いって。俺もあんな風にやってみたいとかさ、あるんだよやっぱ。はは、ま。できないって事はわかってんだけどさ」
「――できるぞ?」
思わず独白にも似た独り言に返事をされて、跳び上がらんばかりに驚く高校二年生。
まさか誰が!? 自分の恥ずかしい独り言聞かれた!? と声のした方を振り向く。
「ふむ。草葉蓮太郎、十七歳。都立高校に通う高校二年生。親は父が財閥の子会社に勤める部長、母は専業主婦の傍らに料理教室を開いている。まあ、どこにでもありふれている普通の家庭で、こいつ自身も特別なことはない普通の子供であったと。ふむふむ」
ベッドを背もたれにしながら、手元のよく分らない文字で書かれた紙を見ながら、机の上にいつも常備している一口チョコレートを取っては口に放り込んでいる、少女。
歳は十歳前後だろうか。その低い身長に、赤く燃えるような長い髪がひどくアンバランスに思える。その身体を見れば年相応に発育は未熟で、食指に掛かるにはあと十年は必要だろう。逆に言えば、十年すれば誰もが見とれる美人になるであろう可能性を、少女は秘めていそうに感じた。
「思考がいやらしい方向になっておるぞ? 十年後の美貌よりも、今の可愛さを堪能しておけ。幼いのは幼い内だけじゃぞ?」
(妙に達観した事をいう少女だな。というか思考? え? もしかして読まれたりするの俺の思考?)
「これは異な事を言う。では逆に聞くが、この妾が読めぬとでも?」
(いや読めぬとでもじゃねえし)「ってか読めるのかってか読むなや俺の思考!?」
やっと我かえり、突っ込む蓮太郎。
当の突っ込まれてしまった少女は、気にした様子もなく手元の紙を机の上に置いて蓮太郎に向き直る。
「それはできぬな。妾とお前様は魂的に繋がっておる。まさに、心も体も一心同体なのじゃ」
「え、ど、どういうことだよそれ?」
蓮太郎に向き直って顔を近づける少女。蓮太郎は動揺しつつも何とか言葉を絞り出す。
「まあそんなことはいいのじゃ。それよりも、お前様はこれから戦わねばならない。お前様が今見た夢は、主がその証として見せた力の前払いのような物じゃ」
幾つか蓮太郎に疑問が浮かぶが、それはこの少女の説明を聞き終えてからでも問題ないだろうと後回しにする。
「そして敵を倒さねばならないのじゃが、過程はどうであれ倒すのはお前様の場合はこれで倒さねばならない」
そう言って少女は懐から出した箱を手渡される蓮太郎。手元にあるそれの中身を何度も確認するが、それはやはり綿棒であった。
「ちょ、は? ちょっと待ってくれ! これで戦うってなんだよ!?」
手渡された武器と称されたその存在に、思わず聞き返してしまう。
「まあ待て。話は後で聞いてやる。まずは聞け」
こほん、と偉そうでありつつも可愛らしい咳払いを一つ。少女が仕切り直し、話を続ける。
「手渡した武器と事前に見せた夢で、お前様は戦いを生き残らなければならない。なぜならばそれは妾の主の御尊意であらせられるからじゃ。この綿棒で敵のスティグマを突く。そうしなければ敵を蹴落とすことができんのじゃ。まあ妾はお前様を信じておるからな。負けることなど無いじゃろうて」
粗方の言うべきことを終えたのか、少女は一つ大きな息を吐く。
「で、質問は?」
質問も何も、必要な事が大量に抜けていて何から質問していけばいいのかすらも解らない状態である。蓮太郎はひとまず一番重要な事を質問する。
「あー、まずは……そうだな。君の名前は?」
目を丸くする少女。それから嬉しそうな笑顔を浮かべ、不適な表情になって答える。
「んふ、そう言えば言っておらなんだな。妾の名はフラムマじゃ。お前様とは、生き残れば長い付き合いになるじゃろうな」
言いながらしな垂れかかってくるフラムマと名乗った少女。これがせめて蓮太郎と同い年程度であれば盛大に動揺したであろうが、十歳前後の少女に抱きつかれても変な感情など一握りも抱かない。蓮太郎は平素の感情を維持したまま質問を続ける。
「で、だ。スティグマってのはなんなんだ?」
「それは、ほれ。お前様の右腕、肩の所。お前様はオミクロンのスティグマ持ちじゃから、丸い痣みたいなものができておろ?」
右肩を見て痣を確認する。確かに、アルファベットのOの様な痣ができている。
「それが貴様が選ばれたという証、スティグマじゃ。武器でそこを突きながらそれぞれに決まった言霊を唱えれば、そいつを蹴落とし、力を奪うことができる」
あまりの突拍子の無さに現実感が沸かない。きっと何かの悪い冗談で、すぐに隣の幼なじみの双子にたたき起こされる。いや、起こされたい。これは現実では無いと誰かに教えて欲しかった。
だがそれでも、その時まではこの突拍子の無い夢に付き合っても良いだろう。何故なら、俺はこの歳になってもかめはめ波が撃ちたい廚二病だからだ。
「するってぇとあれか? 俺はもうかめはめ波が撃てるのか?」
「撃てん」
「……なんでだよ」
フラムマという少女ははぁ、とため息を吐いて落胆を表す。
「じゃが聞くが、悟空は最初からかめはめ波が撃てたか?」
「……いや。撃てなかったな」
もう何年も前に見たマンガの内容を思い出しながら、蓮太郎は答える。
「であろ? じゃのにお前様に最初から撃てる道理はない。パワーアップするにはスティグマを集めろ。そうすれば、いつかは撃てるであろうさ」
えっ、撃てんの? とは蓮太郎の素直な感想である。そうであればこの夢も撃てるまで覚めなくても良いかもしれないと思ってしまう。
「じゃから夢では無いというに。まあよい。精々励んでくれよ、お前様。一度目の接敵で破れてしまうなどという無残は見せてくれるな」
一度目、と言われて重要な事が抜けていたことに気付く。
「一度目って、敵ってーかスティグマ持ち?は全部で何人いるんだ?」
「確か二十四であったはずじゃ。まあお前様であればイケるであろ? なにせ、この妾がついておるのじゃからな」
あーはっはっは。と高笑いを始めるフラムマ。だが、蓮太郎は空気も読まずに意見を挟む。
「いやムリだろ。なんで綿棒なんだよ。せめて他の、もっと武器らしい武器をくれよ」
「大丈夫! お前様なら大丈夫!」
「何その根拠のない信用! 頼むから他のに換えてって――!」
ガバリと起き上がる蓮太郎。思わず周囲を見回すが、そこには昨日の夜の蓮太郎の部屋と何ら変わり無い姿があった。得体の知れない少女が居ることもないし、机の上の一口チョコレートが食い散らかされたりしていない。
いつもの、蓮太郎の部屋である。
「…………夢じゃねーかよ……」
安心したような残念な様な複雑な感情を抱きながらため息を吐く。
だがその手には綿棒の詰め込まれた箱が握られており、さらに右肩にはOに似た痣が浮かび上がっていた。
現代日本の中で、世界の命運を握る戦いの運命に身を投じる、綿棒で戦う少年が誕生した瞬間であった。
もしも続きが見たいという声があれば連載するかもしれません。