暁のセレーネ
それは神が人間に下した罰なのだろうか。
天に頂く月が真円を描く時、彼等は現れる。
命を持たぬ、機械仕掛けの人喰い人形。
人々は彼等を Edere Machina【エデレ・マキーナ】と呼んだ。
満月の夜が訪れるたび、人々の心は恐怖と絶望に彩られる。
「私も、死んじゃうの――――?」
安寧の日々は崩れ落ち 人々は戦慄に染まる
見慣れた村の風景は 鮮やかな深紅に色付く
変わらぬと思っていた日常は容易に消え去り 少女【セレーネ】は無我夢中で逃げ出した
変わらぬと願っていた平凡は虚構へと墜ち もう二度とは戻らない
「どうしてこんなことになったの?」
そんな問いに意味など 無いとわかっていても
誰かに聞かずにはいられなく 少女はただ泣き叫ぶだけ
「なんで私はこんなめに?」
まだ平和だったあの頃 戻ることは叶わない
こんな思いはもういらないと 少女はただ祈り続ける
少女【セレーネ】は必死に足を動かしながら、村の外へと向かって足を動かす。
そんな少女の目の前で、一人の男性が Edere Machina【エデレ・マキーナ】に喰われた。
無垢な肌を鮮血の赤が濡らし、機械仕掛けの人喰い人形は六本の無機質な足音を鳴らす。
狂気にまみれた村を去り 少女はただ心を痛める
悲痛な叫びが届くたび 少女はただ耳をふさぐ
深く刻み込まれた殺戮の風景が ぼろぼろの心を壊し尽くす
そんな少女をさらに追い詰めるようにして Edere Machina【エデレ・マキーナ】は現れる
「私は此処で死んじゃうの……?」
深紅に濡れた足が 少女へと向けられる
命を刈り取る鉄の刃 少女はただ身をこわばらせる
「私は死ななきゃいけないの……?」
機械仕掛けの人形は 無慈悲にも刃を振る
「そんなのは絶対に嫌だ」 少女はがむしゃらに逃げ出した
走って、走って、走って、やっとの思いで逃げだせた少女【セレーネ】。
ようやく訪れた安堵に、彼女は大きく息をはずませた。
村を襲ってきた Edere Machina【エデレ・マキーナ】を振り切り、
少女を追いかけていた者ももういない。
ようやく走ることをやめた少女は、東の地を目指して歩み始める。
少しでも早く、朝日を迎えるために……。
はるか東の地を目指して 遠く日の光を求めて
少女【セレーネ】は歩き続けた
くたくたになった足を動かし それでも前へ前へと 歩みを止めることなく
ようやく小高い丘を越えた少女【セレーネ】の眼に映ったのは、
食い散らかされた人間とEdere Machina【エデレ・マキーナ】の姿。
恐らくは村に荷物を届けていた行商人だろう。
破壊された荷車と散乱する荷物と、むせ返るような血の匂い。
のどの奥から湧きあがった気持ちの悪さに、少女は思わず嘔吐する。
「嘘…………なんなの…………これ…………」
少女に気付いたEdere Machina【エデレ・マキーナ】は、六つの足を使って歩み寄る。
鉄の刃をした手足で少女を地面に縫い付け、歯車のかみ合う音に合わせて口を開いた。
その口の中には、まだ咀嚼途中であろう行商人の姿が……。
「嘘、嫌、いゃ――――――――いやぁあああああああああああああああああ!!」
生きることが罪ならば、人間は死をもってしかその罪を購えないとでも言うのか。
湧きあがる本能的な恐怖に、少女はただ泣き叫ぶ。
Edere Machina【エデレ・マキーナ】を見つめながら。
例え死んでも、こいつの姿だけは忘れまいとしているかのように……。
なんの前触れもなく 砕け散った機械人形
突然の出来事に我が目を疑う しかしそれは真実
少女はただ彼女を見上げ 畏敬の念を向け 飽きること無く見つめ続ける
「あなた、魔女、なの……?」
「だったら何? あなたも死んでみる?」
彼女の問いかけに ただ首を横に振る
だがたった一つだけ決めていた 自らが復讐者になると
神の玩具を破壊する 圧倒的な力を持つ魔女になると――――
「ふぅん……。それならついて来なさい。人でなくなる覚悟があるのなら、だけどね」
血まみれの少女【セレーネ】に、魔女は優しく微笑みかける。
例え人でなくなろうと、少女にはやりたいことがあった。
全てのEdere Machina【エデレ・マキーナ】を破壊し尽くすという、無謀な復讐劇。
罪人になることすら厭わず、少女は自らの意志で人の道を外れる。
最後に残った心さえも捨て去り、少女は魔女【テイア】への忠誠を誓った。
死んでいった村の人々を悼むことも、目の前で屍をさらす行商人達に祈りを捧げる事もなく……。
この世界にまた一人、心優しき復讐者が生まれた…………。
本来はサークルのお題『嘘』『月』『SF』で書いてたんですが、『SF(Science Fantasy)』は機械人形に丸投げした結果、なんかファンタジックな方向に。しかも、シリーズ化するかも……。