それは突然やってきた
お弁当の中身を空っぽにしたのを私に見せて
彼はいつものように「ごちそうさまでした。」と手を合わせた。
私も満足気に彼にうなずく。
桜の花びらも落ち切ってしまって、付きまとう風もすっかり生ぬるくなっている。
何気なく立ちあがって屋上から下を覗けば、野球部が自主練をしているのが目に入った。
「もうすぐ夏休みだねー。夏祭りとか海とかすごく楽しみだなー。」
私は彼の方を振り向いて声を弾ませた。
目の前にいる少し癖っ毛のある栗色の髪が特徴の彼、一之瀬皐月
何を隠そう私の生きてきた16年間と7ヵ月の中で初めて出来た彼氏だ。
初めて彼氏が出来た夏休み。
休みが近づいているせいもあるが、私のテンションがここ最近右肩上がりなのも無理はないと思う。
彼も私の方に歩み寄る。
顔はもちろん私とお揃いの笑顔。
そして、『今日は快晴だね!』くらいのノリで言った。
「ねぇ、その前に友達に戻んない?」
まるで冷や水をぶっかけられたみたいにテンションが急降下した。
私はいまどんな顔してるんだろう。
「・・・・・・え? じょ、冗談だよ・・ね・・・?」
「ううん。本気。」
きっとまぬけ面だ。
「なっなんでっ!?!?なにか私した!?!?
悪いことしたなら謝るし、嫌なとこあるなら出来るだけ直すからっっ!!!」
「別に柚子が悪いわけじゃないよ。」
「じゃっじゃぁどうして・・・」言いかけたところではっと気が付いた。
「・・・もう好きじゃなくなった?」
「う、う~ん・・・別に好きじゃなくなったわけじゃ・・・」
なかなか煮え切らないあいまいな返事をする皐月に、私の全身の血が頭に到達した。
「はっきり言ってよっっ!!!男でしょーが!!!」
もうどうにでもなれ、私は少し赤くなった目を目の前の煮え切らない男に向けながら叫んだ。
幸いなことに今鳴ったのは5時限目のチャイム。
屋上にはもう私たち以外は誰もいない。
皐月は少し気まずそうに目を逸らして、そしてやがて決心したようにこっちを向いて口を開けた。
「分かった。じゃあ言う。」
私は彼をまっすぐ見つめた。
「好きな人が出来た。」
鈍器で頭を殴られたみたいだ。
私は痛む頭を叱咤して、彼から一秒たりとも目を逸らすまいと、絶対に逸らしてなんかやるもんかと、
今すぐにでも目から出てきそうな不思議な塩辛い液体に気づかない振りをして彼を見続けた。
―大丈夫。こんなの想定内だ。
「私が知っている人?」
「うん。」
そこで一旦言葉を区切って、伏し目がちに彼は言った。
「それで・・・もし、また友達に戻ってくれるなら協力して欲しいんだ。」
「・・・・・・・・え?」
これは想定外だ。
こんな最低な奴だったなんて。
4ヵ月も一緒にいて全く気付かなかったなんてまぬけすぎる。
「意味分かんないよ。それ、ついさっきまで彼女だった女に言うセリフ?
皐月がそんな奴だったなんてね。」
彼は目を合わせない。
「・・・はいはい。そんなに言うなら別れましょ。さようなら。
今までありがとうございました。お・元・気・でっっ!!!」
私は一気に言いたいことをまくしたてて、早くこの場から逃げてしまおうと
彼の横を足早に通り過ぎようとした。
しかしそれは叶わない。
私の左腕が大きな手に掴まれて後ろにぐいっと引っ張られた。
思わずふらついた私を彼が支える。
そんなこともう知りたくないのに、私の心臓は大きく跳ねあがった。
「!!まだ何か「江藤。」
「は!?」
「俺・・いや、私の好きな人。」
!!こいつまだ私に協力させる・・・・・・・・・・・・・・ん?
・・・・・・・・。
ちょっと待って。江藤・・・?
うちの学校に江藤は一人しかいない。
「え?江藤って・・・。あの〜・・えー・・野球部の?」
「そう。3組の江藤敏広。ちなみに柚子の二つ前の斜め向かいの席。」なんでうちの教室配置知ってんだよ。席替えしたの今日だよ。
とかいう突っ込みはひとまず無視したとして
・・・・これはどういうことなのでしょうか。
「私、オカマなの。」
・・・お釜?
みたいなありきたりなボケじゃ乗り切れそうにない状況だ。
・・・・・・・とりあえず尋ねたいことはたった一つ。
彼の方にちゃんと向き直って私ははっきりと聞いた。
「いつから?」
彼は、
「・・・・・・高1の秋から・・。」
OK。もうその答えで十分よね。
私は右手で握りこぶしを作って彼の左頬に見舞ってやった。
「協力しましょう。」
もう私の心臓は機能停止したようだ。




