縁結びの鋏
短い現代ファンタジーです。
日常のすぐ隣にある、少しだけ不思議な出来事を描きました。
気軽にどうぞ。
<序章>
和鋏。握り鋏とも言うU字型の鋏。
近年は見る機会も減ったのかもしれない。
握りこみ、親指と人差し指で「鋏」める。
バネの強さや握りの加減などは、能く用を足すための拘りだ。
和鋏の刃は見た通りにむき出しだ。しかし、それで怪我をする者は少ない。
何故なら知る者にとっては、見える刃、切れる刃は「安全」だからだ。
見えない、切れない、知らない。
本当に危ないのは、そんな刃なのだけれども、ね。
<次章>
「縁、かぁ…」
通販サイトを覗く。最近、某インフルエンサー達の間で「効く」と話題になった、和鋏を用いた恋愛系の御守り(チャーム)である。
今ではデコレーションも華やかに、SNSに「イイネ」をまき散らす飾り(チャーム)と化している。
流行り廃りに命を賭ける。造られた波に乗る者達は、しかしいつの時代にも必要だ。
しかし、供給は流行には追いつけないのが現実だ。しかも体制を取った頃には、流行など影も形も無い、なんてコトもしばしば。
それはともかく大量の、実際には和鋏などは用いていない便乗商品の並ぶ中、茶色に錆びた本体に赤い房が2つ付いただけの和鋏が陳列されている。
おばあちゃんちの茶箪笥、その引出しに入っていた様な、赤錆びたおおきな和鋏。
商品名は「縁結びの鋏」。
そのフレーバーテキストは、「身に付けていれば、悪縁を断って良縁を結ぶ」などとオカルティック。
いくら何でも、これは売れないだろう。
わたしの名は吉崎。下の名前は勘弁。ちなみに“勘弁”って名前じゃないからね。
理系の大学を卒業して、メーカーと言われる会社に勤めている。
数年前にかねてから希望していた研究職部門に配属、頑張ってるよ。
年齢は…、「リケジョ」などと呼ばれたこともあるってくらい、かな。
彼氏アリ、順調。
それなのになぜ、こんなモノを見ているかというと、あるのだ。
何とかしたいモノが。
もしかして、ストーカーに遭ってるかも知れない。
確証はあっても物証は無い、被害も無い。強いて言えば女の勘。
例えば、帰宅の道、靴音がついてきてたり。
男性の革靴だった靴音がヒールに変わったり(交代してる?)、途切れることもあったりしたが、ついてきているという感覚は消せなかった。
例えば、帰宅した部屋の雰囲気が何か違う。朝と帰宅後に部屋を撮影、PCの大きな画面で見比べたりもしたが、異常ナシ。
ドアに鍵をかけた後、「勘のいい女は嫌いだよ」などという態て来られでもしたら…。
彼氏は「最近、お疲れなんじゃない?」などと、心配はしてくれるケド。
研究職には、たとえ相談でも言っちゃイケナイコト、多し。
こんなのは縁でも何でもない、ただのお疲れなのかも知れない。
自意識過剰なのかもしれない。年齢…ではないと思いたい。
あそこのクリニックへ行ってみようか、などとぼんやりと考えている最中。
ポチった。
「リケジョ」ともあろう者が何故か、神頼み(オカルト)を優先してしまった。
安いし、気分的に救われればいいのかもだし、気は心だっけ?
歳のせいじゃないし…。そう、これは運命。
<本章>
結果から言うと「縁結びの鋏」、その効果は覿面だった、かも知れない。
彼氏とは別れた。というか彼氏消えた、物理的に。
言葉を尽くさずに言えば、スパイだった模様。
ナルホド、優しいワケね。
つーか、こっちの方が悪縁かいっ。
さすがにショックだったけど、そのあとの取調べの方がもうヒドいね。
睦言まで証言しろってのはハラスメントだろう、あぁっ?
そんなこんなで、自分の秘密はすべて晒され、向こうの秘密は一切示されない中、教えてくれたのは4つだけ。
1)彼氏はスパイ、捕まえたかは言ってくれなかった
2)尾行は公安が、護衛の為に(ホントか?ホントウに護衛か?)
3)部屋への侵入は彼氏と公安の両方
4)私は情報を流してない。だから会社も所属も今のまま
そんな傷心の日々、私の所属部門に入ってきた男子。コレがアタリ。
とにかく優しくて気が利く。
余計なことなんかは訊かず、なのにイロイロと癒してくれる。
が、まだ浅い、浅すぎるのだけれど、これは良縁と言っていいはずだろ。
以上、悪縁を断って良縁を結ぶ「縁結びの鋏」、QED。
はて、あの鋏、どこに仕舞ったか。
<終章>
都内某区にある目立たない雑居ビルの5階。
ありきたりな事務所の、ありきたりな応接セットに吉崎は座っている。
黒色のスーツ。タイトなスカートがメリハリのある曲線を描く。
整った顔立ちは美貌と言っていいだろうが、メタリックな眼鏡のフレームがそれを覆い隠している。
女の向かいには、ここの主人。
この事務所の設と同様に、特徴の薄い顔と体格。
ちょっとした人混みなら、数歩離れれば見失ってしまうのではないか。
吉崎がコトの経緯を話し終えると、10秒ほどの沈黙。
ねぇ、吉崎さん。
ヒトの認識、この場合は常識でしょうか。
それに依ればね、鋏は断つモノであって結ぶものではない。ヒトの認識に沿わないことをさせるには、相当の、そうですね、力と言っていいでしょうか、その素が必要になります。
ましてや縁の様に見えないものを結ぶなんてことは。
吉崎さんは呪物ではないかとご心配されてますが、これは呪物などではなく「騙物」と言います。
呪物とはちょっと違うもので、持ち主に何らの利得を与えずに、持ち主から代償だけを奪うものなんです。
利得の発生先は、いろいろです。騙物の製作者だったり、製作を依頼したヒトだったり。
その「縁結びの鋏」は今、お持ちでしょうか?
お持ちでない、失くしてしまったかもしれない、そうですか。
でもね、大丈夫ですよ。
件の鋏は「身に付けて」おくものでしたでしょ。身から離せば機能はしない。
だからこれから、代償を奪われ続けることもない。
ああ、この場合の代償はおそらく体力なんかだと思います。誰にもあって使いやすいモノですから。
ちょっとお腹が空くのが早いな、程度の規模だったと。
そう思います。
だからこれはお仕舞、大丈夫なんですよ。
ええ、そういうことなんです。
それで本題なんですがね。
吉崎さんに、通販サイトで、あの鋏を、ポチらせた──アナタが、ね。
一体、どうやったんでしょうね。
そもそも、アナタはどちら様でしょうか。
それと、ウチへは何をしに?
沈黙。
吉崎と名乗っていた女の唇、その端がゆっくりと釣り上がる。笑みの形に。
眼の奥からは一切の光が消え、何も映していない、正面に居る主人の姿さえも。
「物知りな方がおられるとお聞きしまして参りました。
本物かどうかを見てみたくて、つい…。
騙し撃ちの様になってしまい、失礼をいたしました。
私は、夜見塚と申します。
…公務員ですわ」
「丁寧なご挨拶、恐れ入ります。
ああ、鋏は式鬼ですか。盗聴器だとバレますもんね。
一条戻橋と同じヤツでしょうか。
だったら本物の吉崎さんは無事ってことですね。
でも、彼女に監視役くらいは付けていそうですよね。
傷心に付け込む、もとい、慰めるという意味でも」
「吉崎さんは無事、何の障りも無い。
夜見塚の名にかけて。
それに、新しい色恋の光は、古いそれを褪せさせますしね。
大丈夫ですよ、次の彼氏。色恋沙汰にも一流の者を付けましたから。
深入りさせずに引き上げてきますよ、傷付けることなく、ね」
「ポチらせた方法を、まだ伺っておりませんよ」
「ふふっ、それは公務員ですから、としか。
私どもにも、守秘義務というものがございまして。
それで、こちらにはまた伺わせていただいても?」
「ええ、是非とも。その際にはご連絡を、ご本名で。
ケーキなどご用意いたしますよ。
近くに美味しいお店があるんです」
「あら、嬉しい。でもわたくし、公務員ですので…。
利害が絡まない様にしていただけるなら、その時は頂戴しますわ。
さて、本日はありがとうございました。
これで失礼いたします。それでは、ごきげんよう。
良いご縁でした」
ただ、ドアが開いて、閉じた。それだけだった。
ソファに何か置かれているのに気付く。
赤錆びた大きな、ただの古い和鋏。
役目を果たしたのだろう、巻かれていたはずの赤い房は無い。
逢魔が刻。
ブラインドから差し込む西日の中、主人はぼんやりと考えていた。
夜見塚は国家公務員なのか、それとも地方公務員なのかを。
読んでくださり、ありがとうございました。




