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縁結びの鋏

作者: qmmkruz
掲載日:2026/05/19

短い現代ファンタジーです。

日常のすぐ隣にある、少しだけ不思議な出来事を描きました。

気軽にどうぞ。


<序章>


和鋏。握り鋏とも言うU字型の鋏。

近年は見る機会も減ったのかもしれない。


握りこみ、親指と人差し指で「鋏」める。

バネの強さや握りの加減などは、能く用を足すための拘りだ。


和鋏の刃は見た通りにむき出しだ。しかし、それで怪我をする者は少ない。

何故なら知る者にとっては、見える刃、切れる刃は「安全」だからだ。


見えない、切れない、知らない。

本当に危ないのは、そんな刃なのだけれども、ね。



<次章>


「縁、かぁ…」


通販サイトを覗く。最近、某インフルエンサー達の間で「効く」と話題になった、和鋏を用いた恋愛系の御守り(チャーム)である。

今ではデコレーションも華やかに、SNSに「イイネ」をまき散らす飾り(チャーム)と化している。


流行り廃りに命を賭ける。造られた波に乗る者達は、しかしいつの時代にも必要だ。


しかし、供給は流行には追いつけないのが現実だ。しかも体制を取った頃には、流行など影も形も無い、なんてコトもしばしば。

それはともかく大量の、実際には和鋏などは用いていない便乗商品の並ぶ中、茶色に錆びた本体に赤い房が2つ付いただけの和鋏が陳列されている。

おばあちゃんちの茶箪笥、その引出しに入っていた様な、赤錆びたおおきな和鋏。


商品名は「縁結びの鋏」。

そのフレーバーテキストは、「身に付けていれば、悪縁を断って良縁を結ぶ」などとオカルティック。

いくら何でも、これは売れないだろう。


わたしの名は吉崎。下の名前は勘弁。ちなみに“勘弁”って名前じゃないからね。


理系の大学を卒業して、メーカーと言われる会社に勤めている。

数年前にかねてから希望していた研究職部門に配属、頑張ってるよ。

年齢は…、「リケジョ」などと呼ばれたこともあるってくらい、かな。


彼氏アリ、順調。

それなのになぜ、こんなモノを見ているかというと、あるのだ。

何とかしたいモノが。


もしかして、ストーカーに遭ってるかも知れない。

確証はあっても物証は無い、被害も無い。強いて言えば女の勘。


例えば、帰宅の道、靴音がついてきてたり。

男性の革靴だった靴音がヒールに変わったり(交代してる?)、途切れることもあったりしたが、ついてきているという感覚は消せなかった。


例えば、帰宅した部屋の雰囲気が何か違う。朝と帰宅後に部屋を撮影、PCの大きな画面で見比べたりもしたが、異常ナシ。

ドアに鍵をかけた後、「勘のいい女は嫌いだよ」などという態て来られでもしたら…。


彼氏は「最近、お疲れなんじゃない?」などと、心配はしてくれるケド。

研究職には、たとえ相談でも言っちゃイケナイコト、多し。


こんなのは縁でも何でもない、ただのお疲れなのかも知れない。

自意識過剰なのかもしれない。年齢…ではないと思いたい。

あそこのクリニックへ行ってみようか、などとぼんやりと考えている最中。


ポチった。


「リケジョ」ともあろう者が何故か、神頼み(オカルト)を優先してしまった。

安いし、気分的に救われればいいのかもだし、気は心だっけ?

歳のせいじゃないし…。そう、これは運命。



<本章>


結果から言うと「縁結びの鋏」、その効果は覿面てきめんだった、かも知れない。


彼氏とは別れた。というか彼氏消えた、物理的に。

言葉を尽くさずに言えば、スパイだった模様。

ナルホド、優しいワケね。

つーか、こっちの方が悪縁かいっ。


さすがにショックだったけど、そのあとの取調べの方がもうヒドいね。

睦言まで証言しろってのはハラスメントだろう、あぁっ?


そんなこんなで、自分の秘密はすべて晒され、向こうの秘密は一切示されない中、教えてくれたのは4つだけ。

1)彼氏はスパイ、捕まえたかは言ってくれなかった

2)尾行は公安が、護衛の為に(ホントか?ホントウに護衛か?)

3)部屋への侵入は彼氏と公安の両方

4)私は情報を流してない。だから会社も所属も今のまま


そんな傷心の日々、私の所属部門に入ってきた男子。コレがアタリ。


とにかく優しくて気が利く。

余計なことなんかは訊かず、なのにイロイロと癒してくれる。

が、まだ浅い、浅すぎるのだけれど、これは良縁と言っていいはずだろ。


以上、悪縁を断って良縁を結ぶ「縁結びの鋏」、QED。

はて、あの鋏、どこに仕舞ったか。



<終章>


都内某区にある目立たない雑居ビルの5階。

ありきたりな事務所の、ありきたりな応接セットに吉崎は座っている。


黒色のスーツ。タイトなスカートがメリハリのある曲線を描く。

整った顔立ちは美貌と言っていいだろうが、メタリックな眼鏡のフレームがそれを覆い隠している。


女の向かいには、ここの主人。

この事務所のしつらえと同様に、特徴の薄い顔と体格。

ちょっとした人混みなら、数歩離れれば見失ってしまうのではないか。


吉崎がコトの経緯を話し終えると、10秒ほどの沈黙。


ねぇ、吉崎さん。


ヒトの認識、この場合は常識でしょうか。

それに依ればね、鋏は断つモノであって結ぶものではない。ヒトの認識に沿わないことをさせるには、相当の、そうですね、力と言っていいでしょうか、その素が必要になります。

ましてや縁の様に見えないものを結ぶなんてことは。


吉崎さんは呪物ではないかとご心配されてますが、これは呪物などではなく「騙物べんぶつ」と言います。

呪物とはちょっと違うもので、持ち主に何らの利得を与えずに、持ち主から代償だけを奪うものなんです。

利得の発生先は、いろいろです。騙物の製作者だったり、製作を依頼したヒトだったり。


その「縁結びの鋏」は今、お持ちでしょうか?

お持ちでない、失くしてしまったかもしれない、そうですか。


でもね、大丈夫ですよ。


件の鋏は「身に付けて」おくものでしたでしょ。身から離せば機能はしない。

だからこれから、代償を奪われ続けることもない。

ああ、この場合の代償はおそらく体力なんかだと思います。誰にもあって使いやすいモノですから。

ちょっとお腹が空くのが早いな、程度の規模だったと。

そう思います。


だからこれはお仕舞、大丈夫なんですよ。


ええ、そういうことなんです。


それで本題なんですがね。


吉崎さんに、通販サイトで、あの鋏を、ポチらせた──アナタが、ね。


一体、どうやったんでしょうね。

そもそも、アナタはどちら様でしょうか。

それと、ウチへは何をしに?


沈黙。


吉崎と名乗っていた女の唇、その端がゆっくりと釣り上がる。笑みの形に。

眼の奥からは一切の光が消え、何も映していない、正面に居る主人の姿さえも。


「物知りな方がおられるとお聞きしまして参りました。

 本物かどうかを見てみたくて、つい…。

 騙し撃ちの様になってしまい、失礼をいたしました。

 私は、夜見塚よみつかと申します。

 …公務員ですわ」


「丁寧なご挨拶、恐れ入ります。

 ああ、鋏は式鬼ですか。盗聴器だとバレますもんね。

 一条戻橋と同じヤツでしょうか。

 だったら本物の吉崎さんは無事ってことですね。

 でも、彼女に監視役くらいは付けていそうですよね。

 傷心に付け込む、もとい、慰めるという意味でも」


「吉崎さんは無事、何の障りも無い。

 夜見塚の名にかけて。

 それに、新しい色恋の光は、古いそれを褪せさせますしね。

 大丈夫ですよ、次の彼氏。色恋沙汰にも一流の者を付けましたから。

 深入りさせずに引き上げてきますよ、傷付けることなく、ね」


「ポチらせた方法を、まだ伺っておりませんよ」


「ふふっ、それは公務員ですから、としか。

 私どもにも、守秘義務というものがございまして。

 それで、こちらにはまた伺わせていただいても?」


「ええ、是非とも。その際にはご連絡を、ご本名で。

 ケーキなどご用意いたしますよ。

 近くに美味しいお店があるんです」


「あら、嬉しい。でもわたくし、公務員ですので…。

 利害が絡まない様にしていただけるなら、その時は頂戴しますわ。

 さて、本日はありがとうございました。

 これで失礼いたします。それでは、ごきげんよう。

 良いご縁でした」


ただ、ドアが開いて、閉じた。それだけだった。


ソファに何か置かれているのに気付く。

赤錆びた大きな、ただの古い和鋏。

役目を果たしたのだろう、巻かれていたはずの赤い房は無い。


逢魔が刻。

ブラインドから差し込む西日の中、主人はぼんやりと考えていた。

夜見塚は国家公務員なのか、それとも地方公務員なのかを。


読んでくださり、ありがとうございました。


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