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記憶喪失の花嫁

作者: たま
掲載日:2026/03/10

いつも読んでいただきありがとうございます。

他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。

宜しくお願いします。

1. 真っ白な世界と「凜」という名


目を開けると、視界は病室の白い天井だった。

自分の名前も、家も、何も思い出せない。震える私の手を握ったのは、栗色の瞳をした青年、悠斗だった。


「目が覚めたね。……良かった、本当に」


彼は一ヶ月間、身元不明の私を世話し続けてくれた恩人だという。

記憶のない私に、彼は「りん」という名をくれた。

彼が持ってくる苺大福の甘さや、車椅子で散歩する午後の光。

私の空白の世界は、彼の優しさだけで満たされていった。


(この人を、好きになってもいいのかな……)


2. 完璧な婚約者の「綻び」


幸せは、悠斗の婚約者・彩音が帰国した日に凍りついた。

「初めまして、凜さん」

美しい微笑みを浮かべる彩音。だが、私の首元にある痣を見た瞬間、彼女の瞳に殺意が宿るのを私は見た。


その夜、脳裏に鋭い痛みが走る。

『邪魔なのよ、愛人の子なんて!』

雨の階段。突き飛ばす手。見下ろす冷酷な女の顔。


(思い出した。私は凜じゃない。彩音の義理の妹……美羽だ)


彩音は父の遺産を独占するため、私を殺そうとしたのだ。


3. 断罪の夕食会


数日後、彩音は悠斗のいない隙に病室へ現れた。

「よく生きてたわね、美羽。でも無駄よ、悠斗は私の婚約者。あんたみたいな記憶喪失の居候に、何ができるの?」


私は震える声で答えた。

「……ええ、何もできないわ。でも、悠斗さんは『真実』を愛する人よ」


その週末、彩音に連れ出されたのは、あの事故の現場である古い屋敷の階段だった。

「ここで死んでいれば、誰も不幸にならなかったのに」

彩音が私の肩を突き飛ばそうとしたその時。


「……そこまでだ、彩音」


暗闇から現れたのは、苦悶の表情を浮かべた悠斗だった。

私のポケットの中では、通話状態のスマートフォンが、今の会話のすべてを彼に届けていた。


4. 偽りの名の終わり、真実の始まり


彩音は傷害罪と殺人未遂で連行された。

一人残された私に、悠斗が近づく。


「ごめん。君をあんな女の側に置いてしまった」

「いいえ……。でも、もう私は『凜』じゃないわ。あなたの愛した、無垢な女の子じゃない」


本当の私は、姉に疎まれ、泥沼の遺産争いに巻き込まれた孤独な女。

背を向けようとした私の手を、悠斗が強く引き止めた。


「名前なんて、何度だって付け直せばいい。美羽……いや、僕にとっては、やっぱり君は『凜』だ。凍てつく寒さの中で、必死に咲こうとしていた、僕が最初に見つけた花なんだ」


桜の舞う季節。

私は初めて、自分の本当の名前で、彼に向かって微笑んだ。


「……ただいま、悠斗さん」


記憶を失うことでしか出会えなかった、これが私たちの、本当の初恋。



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