記憶喪失の花嫁
いつも読んでいただきありがとうございます。
他にも作品がありますので読んでもらえたら嬉しいです。
宜しくお願いします。
1. 真っ白な世界と「凜」という名
目を開けると、視界は病室の白い天井だった。
自分の名前も、家も、何も思い出せない。震える私の手を握ったのは、栗色の瞳をした青年、悠斗だった。
「目が覚めたね。……良かった、本当に」
彼は一ヶ月間、身元不明の私を世話し続けてくれた恩人だという。
記憶のない私に、彼は「凜」という名をくれた。
彼が持ってくる苺大福の甘さや、車椅子で散歩する午後の光。
私の空白の世界は、彼の優しさだけで満たされていった。
(この人を、好きになってもいいのかな……)
2. 完璧な婚約者の「綻び」
幸せは、悠斗の婚約者・彩音が帰国した日に凍りついた。
「初めまして、凜さん」
美しい微笑みを浮かべる彩音。だが、私の首元にある痣を見た瞬間、彼女の瞳に殺意が宿るのを私は見た。
その夜、脳裏に鋭い痛みが走る。
『邪魔なのよ、愛人の子なんて!』
雨の階段。突き飛ばす手。見下ろす冷酷な女の顔。
(思い出した。私は凜じゃない。彩音の義理の妹……美羽だ)
彩音は父の遺産を独占するため、私を殺そうとしたのだ。
3. 断罪の夕食会
数日後、彩音は悠斗のいない隙に病室へ現れた。
「よく生きてたわね、美羽。でも無駄よ、悠斗は私の婚約者。あんたみたいな記憶喪失の居候に、何ができるの?」
私は震える声で答えた。
「……ええ、何もできないわ。でも、悠斗さんは『真実』を愛する人よ」
その週末、彩音に連れ出されたのは、あの事故の現場である古い屋敷の階段だった。
「ここで死んでいれば、誰も不幸にならなかったのに」
彩音が私の肩を突き飛ばそうとしたその時。
「……そこまでだ、彩音」
暗闇から現れたのは、苦悶の表情を浮かべた悠斗だった。
私のポケットの中では、通話状態のスマートフォンが、今の会話のすべてを彼に届けていた。
4. 偽りの名の終わり、真実の始まり
彩音は傷害罪と殺人未遂で連行された。
一人残された私に、悠斗が近づく。
「ごめん。君をあんな女の側に置いてしまった」
「いいえ……。でも、もう私は『凜』じゃないわ。あなたの愛した、無垢な女の子じゃない」
本当の私は、姉に疎まれ、泥沼の遺産争いに巻き込まれた孤独な女。
背を向けようとした私の手を、悠斗が強く引き止めた。
「名前なんて、何度だって付け直せばいい。美羽……いや、僕にとっては、やっぱり君は『凜』だ。凍てつく寒さの中で、必死に咲こうとしていた、僕が最初に見つけた花なんだ」
桜の舞う季節。
私は初めて、自分の本当の名前で、彼に向かって微笑んだ。
「……ただいま、悠斗さん」
記憶を失うことでしか出会えなかった、これが私たちの、本当の初恋。
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