第四話:選択
昼休み。太陽に照らされた校庭。
ラミレンとアナールは、あの落書きのある木の陰に座っていた。ノートは放置され、アナールの膝の上には例の“禁書”が開かれている。
「つまり、数は多いのか? 正確な数は分からない?」
ラミレンはざらついたページをめくりながら、奇妙な指輪や護符の挿絵に見入っていた。さっきの授業での気まずさは、秘密を前にしてすっかり消えている。
「何百…いや、何千かも」
アナールは自信ありげにうなずいた。
「世界中に散らばってるってことしか分かってないんだ。それを持ってる人の多くは、自分の腕に本物の魔法を着けてるなんて気づいてもいない…」
そこへ三人組が近づいてきた。そのニヤついた顔だけで、十分すぎる説明だった。
ゲオルギー、アフトゥンディル、セナン。校庭を自分たちの縄張りだと思い込んでいる連中だ。
「おやおや、ここはおとぎ話クラブか?」
ゲオルギーが言いながら、アナールの手から本をひったくった。
「おい! 返せ!」
アナールは立ち上がったが、ゲオルギーは背が高い。腕を上げられると届かない。
ラミレンもマリアも立ち上がる。空気が一気に張り詰めた。
「今すぐ本を返せ」
ラミレンは低く言った。その声は子供のものじゃなかった。冷え切っている。まっすぐゲオルギーの目を射抜く。
「は? さもないと何だ?」ゲオルギーは腰に手を当てて笑う。「先生にチクるか?」
「そのネズミみたいな顔、ぶん殴るぞ」
静かに、はっきりと告げた。一瞬、ゲオルギーの表情が固まった。だがすぐに歪んだ笑い声をあげる。
「やってみろよ、この生意気な――」
最後まで言わせなかった。ラミレンは待たなかった。
拳が一直線に振り抜かれる。ゲオルギーの顔面に、強烈な一撃が叩き込まれた。あの嘲笑を粉々にするつもりで。
拳が軟骨にめり込み、鈍い衝撃が腕に走る。鼻に直撃だ。
ゲオルギーはうめき声をあげ、芝生に倒れ込んだ。ラミレンはすぐに胸ぐらを掴み、揺さぶる。
「アナールに謝れ! いい加減にしろ!」
「おい、押さえろ!」ゲオルギーが叫ぶ。
セナンとアフトゥンディルが即座に動いた。ラミレンの腕を掴み、無理やり引き剥がす。
「三人がかりとか卑――」
言い終わる前に、立ち上がったゲオルギーの重い拳がラミレンの顎に炸裂した。
視界が揺れる。口の中に血の味が広がった。
「ラミレン!」アナールが叫ぶ。本を抱えたまま立ち尽くす。
だが、マリアは待たなかった。叫びもしなければ、大人を呼びもしない。
助走をつけ、そのままセナンの膝に思いきり蹴りを入れた。セナンは悲鳴を上げ、ラミレンを掴んでいた手の力が緩む。その隙に、マリアは全力で彼の背中を突き飛ばした――まっすぐアフトゥンディルの方へ。二人はもつれ合い、そのまま地面に転がった。
自由になったラミレンは、唇の血を手の甲で拭う。すでにマリアが彼の手を掴んでいた。
「走って!」彼女が叫ぶ。
三人は一斉に木から離れ、校庭を横切って走り出した。アナールは本を胸に抱えたまま、必死に後を追う。
「くそガキどもが! ツケは払わせるぞ!」
後ろでゲオルギーの怒鳴り声が響いたが、彼らは振り返らなかった。
三人が足を止めたのは、学校の門を出てからだった。
出口のそばには、運転手付きの高級車が停まっている。少し離れた場所には、アナールの祖父の古いセダンも見えた。
「あ、迎え来てる」マリアが二人に頷く。
「俺もじいちゃんが来てる」アナールはリュックを肩にかけた。
ラミレンはポケットに手を突っ込み、ぼんやり立っていた。
「ラミ、誰か迎え来てるのか?」
「俺は……たぶん、歩きだな」
声は平静だった。だがその奥には、冷たくて、慣れきった寂しさが滲んでいた。
「じゃ、また明日な! 本の続き、絶対読むからな!」アナールは叫び、車の中へ滑り込んだ。
マリアはまだ残り、じっとラミレンの顔を見ていた。
「ラミ、送っていこうか?」
「いや……いいよ。一人の方が楽なんだ」
「そっか」彼女は頷き、黒く磨かれた車へと走っていった。ラミレンは一人、深い溜息をついた。
車のドアが開くと、運転席にはスーツ姿の若い男が座っていた。マリアの兄だ。
「あれ、誰だ? 友達か?」
マリアは、ゆっくり歩き出すラミレンの背中を見つめた。
「ううん。友達以上の存在」
「はあ?! 彼氏とか言うなよな、まだ十歳だぞ!」
「ちがうってば!!」マリアの顔が赤くなる。「ただ……守らなきゃいけない気がするの」
兄は肩をすくめ、車を発進させた。俺は何十件も事件を解決してきたが、妹の考えてることだけは分からんとぼやきながら。
車はスピードを上げ、一人歩く小さな背中を後方に残して走り去っていった。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!
ラミレンの真っ直ぐな拳、かっこよかったですね。でも、その後の孤独な帰り道が少し切ない……。
マリアの「友達以上の存在」という言葉、そして彼女の兄の登場。物語の裏側で何かが動き出している予感がします。
11話以降はさらにボリュームを増やして、物語を深掘りしていく予定です!
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