第三章:兄弟の誓い
指輪とか、ブレスレットとか、ペンダントとか……
代々受け継がれる、忘れられたものがあるんだって」
ラミレンは半分しか聞いていなかったが、
アナールが落ち着かない手つきで
リュックを探るのが視界に入った。
「親は、じいちゃんがボケたって言うけど……」
独り言のように続けながら、アナールは言う。
「ただの昔話だって。
でも……俺は、ちょっと信じてる」
そう言って、彼は一冊の本を取り出した。
革表紙の、
かなり使い込まれた本だった。
「じいちゃんがくれたんだ。
誰にも見せるなって言われたけど……
お前なら、いい」
そっと開かれたページには、
簡素な挿絵と古めかしい文字が並んでいる。
ラミレンは、思わず身を乗り出した。
「……『アーティファクト百科』?」
「名前は大げさだけどさ」
アナールはページをめくりながら言う。
「持ち主に影響を与える物がある、って書いてある。
ほら……これ」
指差された挿絵に、
ラミレンの視線が止まる。
形は曖昧だが、
どこか――自分のブレスレットに似ていた。
「……すげぇ」
自分でも意外なほど、
声が低くなる。
「まだ全部読んでないけどさ」
アナールは嬉しそうに言う。
「どれも、変な話ばっかりなんだ。
でも……妙に具体的でさ」
前の席では、マリアが顎を腕に乗せ、
二人をちらりと見ていた。
会話は聞こえない。
だが、アナールの熱のこもった表情と、
ラミレンの真剣な横顔は見える。
――自分だけ、そこに入れない。
その感覚が、
彼女の胸に小さく引っかかった。
突然、机に影が落ちる。
ラミレンが顔を上げた。
腕を組んだ教師が、
アナールの真後ろに立っていた。
「アナール。
方程式じゃなくて、ずいぶん熱心に何を話しているんだ?
よかったら、みんなにも聞かせてくれ」
空気が、
一瞬で凍りついた。
アナールはびくりと肩を震わせ、
本を落としかける。
反射的にパタンと閉じ、
そのままリュックに突っ込んだ。
「ぼ、僕たちは……」
顔が一気に赤くなる。
頭が必死に言い訳を探す。
本は見せられない。
絶対に。
「……女の子の話です!」
勢いだけで、
口から飛び出した。
教室が静まり返った。
ラミレンは固まる。
(はあああ?!)
ゆっくりと、
悪夢を見るように前を見る。
――マリアの視線が、刺さる。
十歳の少女の視線は、
時に大人よりも容赦がない。
そこには、
疑いと、
軽蔑と、
「本気で言ってるの?」という問いが混ざっていた。
「ラミレン。
それは本当か?」
教師の視線が向けられる。
背中に、
冷たい汗が流れた。
否定すれば、
リュックを調べられる。
秘密は、終わる。
選択肢はなかった。
ラミレンは、
ゆっくりと机に額を伏せる。
「……本当です」
死刑宣告を受け入れるような声だった。
後頭部に、
マリアの視線が突き刺さるのを感じる。
アナールは大きく息を吐き、
今にも崩れ落ちそうになる。
「まったく……」
教師は呆れたように言った。
「そういう話は休み時間にしろ。
今は四十ページ、問題五だ」
残りの授業は、霧の中だった。
ノートを見つめながらも、
前の席の気配が気になって仕方がない。
――ありがとうな、アナール。
ラミレンは顔を上げられないまま、
心の中でそう呟いた。
鋭いチャイムの音が教室に鳴り響き、ひそひそ声や教科書の擦れる音をかき消した。
普段は真面目なアナールが、突然ラミレンの机に身を寄せ、肘が触れそうなほど近づいてきた。
「おい、もうチャイム――」
ラミレンは驚いて眉を上げ、言いかけた。
だがアナールは遮るように、声を conspiratorial な囁きに落とした。
「なあ、ずっと聞きたかったんだけど……そのブレスレットのこと」
ラミレンは自分の手首を見た。
くすんだ光を放つ、古い革のブレスレット。
「これ? 一年生の頃からつけてるけど。どうかした?」
突然の関心に首を傾げる。
「いや……別に……ただ……」
アナールは周囲を見回し、さらに身を乗り出して、ほとんど友の耳に鼻が触れそうな距離まで近づいた。
「それってさ、家族の護符なんだろ?」
「まあ、そう言えなくもないな」
ラミレンはブレスレットをくるりと回す。
「親父の、じいちゃんの、その前もそうだったらしい。普通の家宝だよ。学校に行くときに“お守り代わり”だって渡された」
「ふーん……」
アナールは意味深に伸ばした。
その目に、奇妙で、どこか熱に浮かされたような光が宿る。
「じゃあさ……何か特別な力とか……ないの?」
「特別な力?」
ラミレンは、今にも喋り出しそうな顔でブレスレットを見つめた。
擦れた革、古い留め具。
「漫画の読みすぎじゃないか?」
苦笑する。
「違う、聞いてくれ!」
アナールは抑えきれない興奮で早口になった。
「じいちゃんが言ってたんだ……古い伝承さ。
見た目は普通でも、中に力を宿した物があるって。
指輪、ブレスレット、ペンダント……
忘れられた力を持ってて、代々受け継がれるんだ」
ラミレンは半分しか聞いていなかったが、横目で、アナールが震える手でリュックに手を突っ込むのが見えた。
「親はさ、じいちゃんがボケたって言うけど……
子供向けの昔話だって。
でも、俺は信じてる」
ぶつぶつ言いながら、アナールは続ける。
「ほら……これ。
じいちゃんがくれた本なんだ。誰にも見せるなって言われたけど……お前なら、いい」
革表紙の、使い古された本を取り出し、そっと開く。
挿絵だらけのページに、ラミレンは思わず身を乗り出した。
「『アーティファクト百科』……
ここには、持ち主に能力を与えるって書いてある」
アナールの指が行をなぞる。
「ほら、これは転移用。
で……これ、形がさ……お前のに似てないか?」
「……すげぇ」
ラミレンは自分でも驚くほど、引き込まれていた。
絵は古く、文字も奇妙だったが……妙に惹きつけられる。
「まだ全部読んでないけどさ、全部魔法の話だ!
しかも、具体的なんだ!」
アナールの目は輝いていた。
前の席では、マリアが顎を腕に乗せ、二人の様子を見ていた。
会話は聞こえない。
だが、アナールの熱のこもった表情と、真剣なラミレンの横顔は見えた。
それが、彼女には気に入らなかった。
――自分だけ、そこに入れない秘密。
突然、影が机を覆った。
ラミレンが顔を上げる。
腕を組んだ教師が、アナールの真後ろに立っていた。
「アナール。
方程式じゃなくて、ずいぶん熱心に何を話してるのか、みんなにも教えてくれるか?」
雷が落ちたようだった。
アナールは大きく震え、本を落としそうになる。
反射的にパタンと閉じ、リュックに突っ込んだ。
「ぼ、僕たちは……」
顔が真っ赤になる。
頭が必死に言い訳を探す。
本は見せられない。絶対に。
「……女の子の話です!」
パニックのまま、口から飛び出した。
教室が凍りついた。
ラミレンは固まった。
(はあああ?!)
ゆっくり、悪夢の中のように、マリアの方を見る。
――視線が、殺意レベルだった。
十歳の少女の視線は、ときに地面に沈みたくなるほど鋭い。
そこには、嫌悪と、軽蔑と、
「本気?」という問いが混ざっていた。
「ラミレン、それは本当か?」
教師の視線が突き刺さる。
背中に冷たい汗が流れる。
否定すれば、リュックを調べられる。
本は見つかり、秘密は終わりだ。
選択肢はなかった。
ラミレンは、ゆっくり机に額を落とす。
「……本当です」
死刑宣告を受け入れる者の声だった。
マリアの視線が、後頭部を焼くのを肌で感じる。
アナールは大きく息を吐き、今にも机の下に崩れ落ちそうになった。
助かった。
「まったく……」
教師は目を回す。
「そういう話は休み時間にしろ。
今は四十ページ、問題五だ」
残りの授業は霧の中だった。
ノートを見つめながらも、前の席の気配が刺さる。
――ありがとうな、アナール。
ラミレンは、顔を上げられずに心の中で毒づいた。




