第二話:異質な夢
「どうしたの、ラミ?」
すぐ近くから聞こえた声。
柔らかく、不安げで、現実の声。
悪夢の声じゃない。
必死に焦点を合わせると、少し身をかがめた少女が立っていた。
「……マリア?」
闇から抜け出せたことを、まだ信じきれずに息を吐く。
「見たんだ……変な夢……」
ラミレンは眉をひそめ、崩壊した街の残像を掴もうとする。
だが、それらは風の中の煙のように消えていく。
「くそ……思い出せない……何も」
「ただ眠って、気を失ったみたいになっただけよ」
マリアは、大きな瞳に純粋な戸惑いを浮かべていた。
「急だったから……怖かった」
「そうか……」
少年はぶっきらぼうに答えた。
体は、木の下で寝ていただけとは思えないほど重かった。
「ほら、起きて。寝坊助」
彼女は手を差し出す。
「アナール、もう待ちくたびれてる」
ラミレンは立ち上がり、ズボンを払った。
その瞬間、マリアが彼の顔をじっと見て固まる。
「ラミ……その夢、何か嫌なもの見た?」
「え……?」
頬に触れる。
指が濡れた。
嗚咽も理由もなく、涙だけが流れていた。
体が、自分のものではない痛みをまだ覚えているかのように。
ラミレンは乱暴に袖で顔を拭った。
「アナールには言うなよ。いいな?」
睨みつけるように低い声で言う。
「もしあいつが知ったら、俺……」
「はははは! ラミレン、お前泣いてたのかよ?!」
横から、からかうような声。
茂みの中からアナールが現れ、満足げに笑っていた。
もちろん、全部聞いていた。
「泣いてねぇ!」
恥と怒りで一気に顔を赤くして、ラミレンは怒鳴った。
アナールは気にも留めず、マリアにアイスを差し出し、もう一本取り出す。
「ほら、泣き虫」
満面の笑みで、友に差し出した。
「お、アイス!」
ラミレンの怒りは一瞬で消えた。
奪うように受け取り、すぐに舐める。
だが、最後の一言は譲れない。
「だから泣き虫じゃねぇって。
お前がムカついてるだけだろ、俺がマリアと一緒にいる時間のほうが長いから」
口いっぱいに言った。
「この……」
アナールは鼻を鳴らし、自分のアイスに取りかかる。
「でも……ありがとな」
ラミレンは口元だけで笑った。
アナールは軽く鼻で笑い、わずかに赤くなった頬を隠すように頷いた。
数秒間、三人は黙り込んだ。
溶ける前にアイスを救う、という重要な作業に集中していた。
マリアは、完全に自分の世界だった。
「どういたしましてだよ、泣き虫」
アナールが腕を組み、ぽつりと言う。
ラミレンがむせた。
時間が止まる。
「……何て言った?」
声が低くなる。
空いている手で、勢いよくアナールの襟を掴んだ。
アイスが危うく傾く。
「聞こえただろ!」
アナールも即座に反応し、相手の襟を掴み返す。
額がほとんど触れそうだった。
「ちょっと、やめなさい!」
それまで落ち着いていたマリアが、二人の間に割って入った。
絡み合った手首を掴み、一気に下ろす。
「いつもそう!」
小さな子に言い聞かせるように叱る。
「猫みたいに喧嘩して、すぐ仲直りして、また同じことの繰り返し。
私たち、友達でしょ。もうやめて!」
荒い息のまま睨み合っていた二人は、渋々手を離した。
マリアには逆らえない。
「……その通りだな」
アナールは溜息をつき、乱れた服を直した。
「悪いのはアナールだ。俺はいつも正しい」
ラミレンは友を見ずにぼそぼそ言う。
今は正しさより、アイスのほうが大事だった。
「この……!」
アナールは言葉に詰まったが、マリアに目を向けて固まる。
彼女の手には、もうアイスがなかった。
「頭キーンってならなかったのか?
どうやってそんな早く食べたんだ?」
「すげぇな……」
ラミレンも感心したように、溶けた一滴を舐める。
マリアは肩をすくめ、少年たちを黙らせるあの柔らかな笑みを浮かべた。
「私は、こういう人だから」
それだけ答えた。
やがて喧嘩は忘れられた。
三人は古く大きな木の周りを走り回り、鬼ごっこをして、息が切れるまで笑った。
へとへとになりながらも満足して、再び幹にもたれかかる。
ラミレンは地面から尖った石を拾った。
目に、ひらめきが宿る。
「なあ、二人とも」
少し大げさに言う。
「この木を、俺たちのシンボルにしよう。
友情のシンボルだ」
返事を待たず、樹皮に石を当て、夢中で削り始めた。
しばらくして、少し歪だが深い文字が刻まれる。
「永遠の友情」。
その下に、イニシャル。
「M・R」
慎重に刻み、少し考えてから「A」を――
少し離れた位置に――付け足した。
満足げに笑う。
背後から覗き込んだアナールが眉をひそめた。
「わざとだろ?」
子供じみた不満が声に混じる。
「なんで俺のだけ、こんな遠いんだよ」
「ほんと、すぐ文句言うな」
ラミレンは賢そうな顔を作る。
「いいから笑え。
これはな、象徴的なんだ」
「ラミ、頭いい!」
マリアは感嘆の息を漏らした。
「こいつ、難しい言葉使ってカッコつけてるだけだ!」
アナールは指を突きつける。
「見せかけだ!」
「……でも、まあ」
マリアが温かく文字を見ているのに気づき、彼はすぐ勢いを失った。
「……本当に、いいな」
アナールはようやく認めるように言った。
「うん……」
少女も静かに頷いた。
「ここは、いつも遊ぶ場所だからな。
この木が、俺たちを覚えててくれればいい」
ラミレンが締めくくる。
(中心にRを置いたのは正解だな。
俺のすごさが際立つ)
彼は内心で満足していた。
「ほら、行こう。遅れる」
アナールは草の中に転がっていたリュックを拾う。
「ほんとだ!」
ラミレンも慌てる。
三人は小石を蹴りながら、学校へ向かった。
「はぁ……まだ四年生なのに、もう学校嫌いだ」
ラミレンは、刑務所に十年入っていたかのような溜息をつく。
「でも、他に何があるんだよ。
俺たち十歳だぞ、選択肢ないだろ」
アナールはもっともらしく言った。
「俺が世界を支配したら、国レベルで勉強禁止にする。
子供のためにな」
ラミレンは鼻を高くした。
「ラミ、やっぱり頭いい!」
マリアはまた感動していた。
彼の妄言を、預言者の言葉のように聞いている。
「それ、本のセリフだろ! ずるい!」
アナールが耐えきれず叫ぶ。
「読書量の差ってやつだ。
読んでたら、お前も知ってる」
ラミレンは、殴りたくなるような笑みを向けた。
「お前、最高の親友だけど……
時々、最悪の敵だぞ、ラミレン」
アナールはぼやき、マリアを見る。
褒め言葉を期待して。
「アナールって……」
マリアが言いかけ、彼の心臓が跳ねる。
「……引用泥棒」
そう締めくくり、アナールは口を開けたまま固まった。
「なんでだよ?!」
「昨日、国語で読んだ本の主人公のセリフ。
名前をラミに変えただけ」
彼女は淡々と説明した。
「でも……でも、あいつだって盗んでるじゃないか!」
アナールは抗議する。
理不尽だった。
その間に、ラミレンはもう先を歩き、勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「な? アナール。
やっぱ俺のほうが頭いい」
アナールはむっとしながら追いついた。
だが、怒りは長く続かなかった。
「ラミレン……」
呼びかける。
「ん?」
「俺たちが大人になっても……
何年経っても……
六年でも、百年でも……覚えとけ。
俺はずっと……」
一拍置く。
ラミレンは立ち止まり、何か壮大な言葉を待った。
「……ずっと、お前と喧嘩する」
ラミレンは瞬きをした。
マリアがくすっと笑う。
「お前らしいな……バカ」
わざと失望したように溜息をつく。
だが、胸の内は楽しかった。
「鋭いチャイムの音が教室に鳴り響き、
ひそひそ声や教科書の擦れる音を一気にかき消した。」
普段は真面目なアナールが、突然ラミレンの机に身を寄せ、
肘が触れそうなほど近づいてくる。
「おい、もうチャイム――」
ラミレンは驚いて眉を上げ、言いかけた。
だがアナールはそれを遮るように、
周囲を気にしながら声を落とす。
「なあ……ずっと聞きたかったんだけどさ。
そのブレスレットのこと」
ラミレンは自分の手首に視線を落とした。
くすんだ光を放つ、古びた革のブレスレット。
「これ?
一年生の頃からつけてるけど。どうかした?」
突然の関心に、首を傾げる。
「いや……別に……」
アナールは一度言葉を切り、教室を見回してから、
さらに身を乗り出した。
ほとんど友の耳元に顔が触れそうな距離だ。
「それってさ……
家族の護符なんだろ?」
「まあ、そう言えなくもないな」
ラミレンはブレスレットを指でくるりと回す。
「親父の、そのまた親父の代かららしい。
普通の家宝だよ。
学校行くときに“お守り代わり”だって渡された」
「ふーん……」
アナールは意味ありげに息を吐いた。
その目には、どこか落ち着きのない、妙な熱が宿っている。
「じゃあさ……
何か、特別な力とか……ないの?」
「特別な力?」
ラミレンは思わず笑いそうになり、
ブレスレットを見つめた。
擦れた革。
古い留め具。
どう見ても、普通だ。
「漫画の読みすぎじゃないか?」
苦笑する。
「違う、聞いてくれ!」
アナールは抑えきれない様子で、
声をひそめたまま続ける。
「じいちゃんが言ってたんだ……
古い話だけどさ。
見た目は普通でも、
中に“何か”を宿した物があるって。




