第十六話:ザ・ハント
「頼む……頼む、助けてくれ……」
膝をついた男が、血の塊を吐き出しながら喉を鳴らす。顔は原形を留めないほど腫れ上がり、手は恐怖で震えていた。
「どう思う、野郎ども?」
黒いマスクで顔を覆い、冷たい双眸だけを覗かせた男が、気だるげに尋ねた。
「この哀れな男を、本当に逃がしてやるか?」
「ボス、冗談でしょう?」
捕虜の背後に立つ部下の一人が吠えた。
「このクソ野郎は俺たちの仲間を五人も殺ったんですよ! 議論の余地なんてないでしょう」
「ハッ……まあな」
リーダーは何事もなかったかのように頷いた。
「確かにこいつには手を焼いた。なかなかのタフガイだ」
彼はゆっくりと、ほとんど無造作な動作で、ホルスターから銃を抜いた。
捕虜の体が跳ね、その目が動物的な恐怖で見開かれる。
(やめろ……やめてくれ! 頼む、待っ――)
乾いた発砲音が、絶叫を断ち切った。
体がビクリと痙攣し、ボロ袋のように汚れた床へ崩れ落ちる。額には、煙を上げる正確な風穴が開いていた。
「死体を探れ」
リーダーは銃をしまいながら命じた。
タバコの箱を取り出し、ライターを鳴らして深く吸い込む。天井に向けて煙を吐き出しながら、部下たちが死人のポケットを漁る様子を、彼は無関心に見下ろしていた。
「ボス! ありました」
部下が血に濡れた戦利品を差し出す。
「探していたのはこれのようです」
男はその物体を手に取った。古く、くすんだメダルだった。
「メダル、か……」
彼は金属についた他人の血を指で拭い、鼻を鳴らした。
「何年この仕事をしていても、このアーティファクトってやつには驚かされるな。見た目はただのゴミだが、中には軍隊並みの力が詰まってやがる」
彼は無造作にそれを部下へ放った。
「いつもの場所に送っておけ」
「了解。次のターゲットは?」
部下はメダルをケースにしまいながら尋ねた。
ハンターはタバコを吸い終わり、吸い殻を死体の上に投げ捨てて靴底で踏み消した。
「昨日、センサーが反応した。別のアーティファクトが起動したんだ。かなり強力なやつだ」
彼はタブレットを取り出し、地図を確認する。
「シグナルは学校の遠足バスから出ていた。ルートを追跡したところ、向かった先は学校だ。そこの番号も控えてある。次はそこへ向かう」
「学校?」
部下はマスクの下で驚いたように眉を上げた。
「馬鹿げた話だ」
「俺の勘は一度も外れたことがない」
ハンターは言い切った。その声は鋼のように硬質だった。
「あそこには、俺たちが求めるものがある」
彼らは暗い部屋の出口へと向かった。
「その新しい持ち主が誰であろうと――学生だろうが、教師だろうが、あるいは悪魔だろうが関係ない。俺たちは手に入れる。手段は選ばん」
リーダーはマスクの下で、獲物を待ち望むような獰猛な笑みを浮かべた。
「楽しみだ……。そいつはどれほど強いのか」
目覚まし時計が叫んでいた。六回目のコールだ。
深い眠りに落ちた人間でさえ叩き起こすはずのメロディも、ラミレンには効果がない。彼は枕に顔を埋め、幸せそうに寝息を立てていた。
ザバァッ!
氷のような水流が顔面を直撃し、彼を夢の王国から過酷な現実へと瞬時に引きずり戻した。
「ぶはっ?!」
ラミレンは空気を求めてあえぎ、びしょ濡れになった枕の上で飛び起きた。水を吐き出し、必死に目をこする。
(何ごとかよ?!)
瞬きをして視界を確保すると、目の前にはニヤニヤと笑う弟の顔があった。
その手には空のマグカップ。ラミレンの愛用しているカップだ。
「お前、死にたいのか? チビ」
ラミレンは濡れた毛布を跳ね除け、獣のように唸った。
「久しぶりに首へし折られたいようだな?」
「母さんが起こしてって言ったんだよ」
弟は悪びれもせず肩をすくめた。三つ下のこの弟は、背は低いが態度のデカさは一人前だ。
「兄貴のスマホ、叫びすぎて声枯れてたし。だから俺が画期的なメソッドを採用したわけ。天才だろ?」
ラミレンは弟の襟首を掴み上げた。
「天才だと? お前に『天才』ってやつを教えてやるよ……」
彼は弟をドアの方へ突き飛ばした。弟は大げさに転んでみせたが、すぐに跳ね起きた。
「頭おかしんじゃねーの」
弟は鼻で笑い、勢いよくドアを閉めて廊下へ逃げ出した。
「消えろ! 次俺のカップに触ったら殺すぞ!」
ラミレンは背中に向かって怒鳴った。
重い溜息をつき、濡れた髪をかき上げる。床に転がっているスマホに目が止まった。画面が点灯する。
そこに表示された数字を見て、心臓が止まりかけた。
(はあ?!)
彼は頭を抱えた。
(二時間目も終わってる! 本来なら二時間前に学校にいなきゃいけないのに!)
脳内で最悪の映画が上映される。担任の嫌味な声、クラスメイトの嘲笑、生徒指導。
(まあ……あの小さな悪魔が水をぶっかけてくれなきゃ、夕方まで寝てたかもな)
彼はクローゼットに飛びつき、制服をひったくってベッドに投げた。
ピチャッ。
湿った音がして、生地がマットレスに着地する。
ラミレンはゆっくりと首を回した。シャツとズボンは、「水責め」の跡が残る濡れたシミのど真ん中に鎮座していた。
「ふざけんなよ……」
じわじわと広がる黒いシミを見つめ、彼はうめいた。
彼は乾いている部分を救おうと毛布を隅に寄せ、鏡の前に立った。濡れたTシャツを脱ぐ。
昨夜の記憶が蘇る。ブレスレットと、あの奇妙な力。
(もしかして……体も変わってたりするのか?)
彼は期待を込めて腹筋に力を入れた。スーパーヒーローのような鋼の腹筋を期待して。
鏡に映ったのは、ごく平均的な、少し痩せ気味の十代の腹だった。
「だよな……何を期待してんだか」
彼は自嘲し、軽い失望を覚えた。
急いで着替える。シャツを着て、袖を通す。
(まあいい、シミは乾くだろ)
そう自分に言い聞かせ、ベストとジャケットを着込む。
「誰が考えたんだよ、この制服。学校に行くのか、王室の舞踏会に行くのか分かんねえな」
ブツブツ文句を言いながらボタンを留める。
「ま、今日はブレスレットの力を試せるかもしれないしな。場所があればだけど」
ズボンを履き、ベルトを締め、リュックとスマホを掴む。部屋を出るとき、弟が机の上に放置した自分のマグカップが目に入った。
(あの寄生虫め)
キッチンには焼き菓子の匂いが漂っていた。
弟はテーブルにつき、優雅にワッフルをかじりながら茶をすすっている。これ以上ないほど無実な顔をして。
ラミレンは無言で自分に茶を注ぎ、棚からクロワッサンを取り出して向かいに座った。
「あと三十分で三時間目もサボることになるけど、分かってる?」
弟が憎たらしいほど楽しげに尋ねてきた。
ラミレンはクロワッサンを大きくかじり、仏のような穏やかさで弟を見つめながら咀嚼した。
「食べてる間、俺は聾者で口がきけない」
「『2(F)』を食らっても、先生に文句言うなよ」
弟は止まらない。
ラミレンは茶を飲み干し、マグカップをシンクに置いて振り返った。
「皮肉を言う元気があるなら、もう全快したみたいだな。座って飯食って、咳もなし、熱もなし」
「俺は病人だっつの!」
チビが抗議する。
「兄貴を心配させないために、最後の力で耐えてるだけだよ」
「お前が病気で弱っててくれた方が俺は嬉しいけどな。そしたら少しは黙るだろ」
ラミレンは、弟が思わず噎せるほどの「慈愛に満ちた」笑顔を向けた。
「それとな。次、俺の部屋に入ったら――殺す」
彼は廊下へ出た。靴を履いていると、キッチンから声が聞こえた。
「学校でまた恥かけばいいのに!」
ラミレンは靴紐を結ぶ手を止め、一瞬固まった。
そして背筋を伸ばし、キッチンのドアを見据えた。
「俺もお前のこと愛してるよ、弟」
彼が家を出ると同時に、カチャリと鍵の閉まる音がした。チビが中から鍵をかけたのだ。
ラミレンは玄関を飛び出した。三時間目の終わりまであと十五分。
(バス待ってたら遅すぎる。歩きじゃ間に合わない)
路肩に黄色いタクシーを見つけ、窓を叩く。
「こんにちは! 学校まで、住所はこれです。いくらですか?」
「7マンニだ」
「7(ナナ)?!」
ラミレンは空気を喉に詰まらせそうになった。今日の昼飯代が全部飛ぶ。
「……分かりました。お願いします。さよなら、俺のパン……」
学校はいつものように灰色で迎えてくれた。
(地上で二番目に嫌いな場所だ。一番は病院)
入り口には年老いた警備員がいた。制服も警棒もなく、手にはクロスワードパズルだけ。
「お爺さん、なんで警備なのに武器を持ってないんですか?」
ラミレンは改札を通りながら尋ねた。
「誰が俺たちなんか必要とするんだい、息子よ? 脅威なんてない、だから武器もないのさ」
老人は手を振った。
「論理的ですね……」
ラミレンは頷き、三階へと駆け上がった。
チャイムと同時に教室へ飛び込む。二時間目が終わったところだった。
「おやおや、ようやくお出まし?」
担任が厳しい視線を向け、出席簿をまとめる。
「次遅れたら、親呼び出しと学期評価『2(不可)』だからね。分かった?」
彼女は返事も待たずに教室を出て行った。
ラミレンはいつもの冷たい視線を浴びながら自分の席へ向かった。
(まあいい、自業自得だ。次は一番乗りで来て、あいつの度肝を抜いてやる)
椅子にドサリと座り込む。
休み時間。話す相手もいない、やることもない。
彼はスマホを取り出し、お気に入りのマンガを開いた。
(第106話……さあどうする、主人公。何を選ぶ? 力か、愛か?)
ページをめくりながら考える。
「俺なら迷わず力を選ぶけどな……」
思わず口に出して呟いた。
「具体的に、どんな力を?」
耳元で声がした。
「うわっ?!」
ラミレンは飛び上がり、スマホを取り落としそうになった。
すぐ横にマリアが立っていた。
「おい、忍び寄るなよ! 心臓止まるかと思った!」
彼女は画面に顎をしゃくった。
「それ、あなたも読んでるの? 私もちょうどそこ読んでた」
ラミレンは慌てて画面を消した。
「マンガ? 何のマンガ? 俺が読んでたのは……アレクサンドロス大王の伝記だ。見間違いだろ」
落ち着きなく後頭部をかく。
「本気?」
マリアは悪戯っぽく笑いながら顔を近づけた。
「嘘つき」
「嘘じゃな……」
「確かめてあげる」
彼女は電光石火の早業で、彼の手からスマホをひったくった。画面が点灯し、白黒のコミックのページが映し出される。
「おい! 返せよ!」
ラミレンは抗議して立ち上がる。
「取り返してみなよ」
彼女は挑発するように後ずさる。
「言ったな……」
彼は一歩踏み出し、彼女の手首を掴み、逃げられないように反対の手で腰を引き寄せ、器用にガジェットを抜き取った。
一瞬、二人は静止した。
顔が近すぎる。視線が絡み合う。
花の香りがした。彼女のシャンプーの匂い。
ラミレンの頬がカッと燃え上がった。彼は弾かれたように彼女を放し、後ずさった。
「ごめん……」
床を見つめながらボソリと言う。
「い、いいよ、気にしないで」
マリアも少し赤くなり、髪を直した。
「私が取ったのが悪かったし」
「……ああそうだよ、マンガ読んでたよ。それが何だ? お前も読んでるなら、俺を裁く権利はないはずだろ」
照れ隠しに顔を背ける。
「裁いてなんかないよ、バカ」
彼女は少し黙り、それから不意に真剣な声で尋ねた。
「それで、さっきの選択の話。本当に、運命の愛より力を選ぶの?」
ラミレンは言葉に詰まった。
【後書き】
時々、完璧主義が自分をダメにしてしまうのではないかと思うことがあります。
過去のエピソードを見返しては「もっとうまく書けたはずだ」という思いに駆られるからです。
確かに、もっと良くすることは常に可能です。ですが、過去作の書き直しに囚われてしまったら、それは自分の足を撃つ(自滅する)ようなものだとも気づきました。
だから、僕は立ち止まらずに次のエピソードを作り続けていこうと思います。
どうか、これからも物語を見守ってください。次はもっと面白くなります!




