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第十五話:嵐の前の静けさ

「ところでアフトゥンディル」


ゲオルギーは振り返りもせず、肩越しに言い捨てた。


「覚えとけ。このグループの“頭脳”は俺だ。だから俺が喋り、お前は聞くんだ」


「なんでお前が急に頭脳なんだよ?」


アフトゥンディルは憤慨して追いついた。


「俺だってお前より劣ってるわけじゃねえぞ!」


「いいや。お前は劣ってる」


リーダーは鼻で笑った。


「はあ!? 理由を言えよ!」


「お前は俺じゃないからだ。それが理由のすべてだ」


「その自意識過剰、クソ食らえだな!」


アフトゥンディルが噛みつく。


彼らは塔を出て新鮮な空気の中を歩きながら、言い争いを続けていた。


不意に、ゲオルギーが立ち止まり、勢いよく振り返った。その顔は怒りで歪んでいた。


「今、何て言った?」


「耳が遠くなったか?!」


アフトゥンディルは顎をしゃくり上げ、精一杯の虚勢を張った。


「長いこと頭を殴られてねえようだな、マヌケが」


ゲオルギーが拳を固め、低い声で威嚇する。


「ああ、随分とな。ていうかお前から殴られることはねえよ――度胸なしが!」


「このクソ野郎が……!」


ゲオルギーは拳を突き出し、顎を狙った。だが、その拳が届くことはなかった。


それまで黙っていたセナンが、瞬時に反応したのだ。片手でゲオルギーの手首を掴み、もう片方の手でアフトゥンディルの胸を突き飛ばして距離を取らせる。


「落ち着け。二人とも」


彼は怒鳴った。


「俺たちは友達だろ? くだらないことでジャッカルみたいに噛みつき合うな。もうバスは目の前だぞ。誰かに見られて、停学にでもなりたいのか? 余計なトラブルはごめんだ」


彼はゲオルギーの手を放し、両手をポケットに突っ込んだ。会話はこれで終わりだ、という態度だった。


ゲオルギーは上着を直し、呼吸を整えた。視線をセナンからアフトゥンディルへと移し、いつもの尊大な仮面を被り直す。


「まあいい。仕方ない。このグループのリーダーとして、許してやるよ。今回だけな」


「……へいへい」


アフトゥンディルは視線を逸らして不貞腐れた。


「セナンに免じてな」


「行くぞ」


セナンがため息交じりに促した。


三人は足を速め、スクールバスの方へと向かっていった。


塔の最上階、手すりのそばにラミレンは立っていた。風が髪と服を激しく叩いている。彼らの会話は聞こえていた――石造りの階段井戸が、声をよく反響させたからだ。


(あのクズども、俺だけじゃなくて互いにも噛みついてるのか。いい気味だ)


遠ざかる彼らの背中を見送りながら、彼は思った。


そして、あの崖っぷちの瞬間を思い出す。


衝撃。浮遊感。そして泥のような恐怖。


(セナンは単独で動いた。あの二人は予想すらしていなかった。あれは個人的な復讐だ……だが、何に対して? 俺が存在していることにか? 残念だったな、失敗に終わって。だが次は……)


ラミレンは手すりを強く握りしめた。


(次は、備えておく)


彼は手を放し、自分の手首を見た。


そこには、今日の大騒動の原因であるブレスレットが鈍く光っていた。古く、奇妙で、目を離せない引力がある。


(このブレスレット……俺の妄想じゃない。俺は狂ってなんかいない)


冷たい金属を指でなぞる。


(気のせいじゃなかった。これに触れた瞬間……何かを感じた。異常な感覚を)


「この力、解明してやる」


彼は呟いた。


「でも、これ以上ここにいたら担任に食い殺されるな。バスを遅らせたってクラスの連中に文句を言われるのもごめんだ」


彼は両手をポケットに突っ込み、帰ろうと急いで振り返った。


そして、危うくモップに激突しそうになった。


目の前には、青い作業着を着た年配の清掃員が立っていた。出口付近の床を磨いていたようだ。


「坊主、大丈夫か?」


老人はモップに寄りかかり、優しげに目を細めて彼を見ていた。


「なんで独り言を言ってるんだ?」


ラミレンはびくりとした。気まずさが込み上げる。


「あ……聞かれました?」彼は引きつった笑いを浮かべた。「すみません。ただ考え事をしてて、つい声に出てしまって……癖なんです」


「あることだよ」清掃員は階段の方へ顎をしゃくった。「学生さんだろ? お仲間はもう下でバスに乗り込んでるぞ。急いだほうがいい、あと数分でここは閉めるからな」


「そうでした! ありがとうございます、お爺さん! すぐ行きます!」


ラミレンは駆け出し、最初の一段に足をかけたところで、老人の声に呼び止められた。


老人は目を細め、彼をじっくりと観察していた。


「もしかして……今日の“事件”の当事者は君か? ブレスレットの。黒いくしゃくしゃの髪に、制服……やっぱりそうだ」


ラミレンは固まった。頬がカッと熱くなる。気まずそうに後頭部をかいた。


「はは……すごい特定ですね……はい、僕です。でも聞いてくださいよ、あんな古くて貴重なものなら、なんでケースに入ってなかったんですか!? わざとじゃないんです!」


彼は早口で言い訳を並べ立てた。


お爺さんは笑った――しわがれた、温かい笑い声だった。


「まあな、君の言う通りだ。こっちの管理不足もある。だがあれ以来、あの若いガイドの嬢ちゃんが可哀想でな。上司にこっぴどく叱られて、今は鬼みたいに機嫌が悪いんだ。『あの不届きなガキめ』って、俺たちの耳にタコができるほど愚痴ってたよ。だから……彼女の目には入らないようにしとくんだな、坊主」


ラミレンは生唾を飲み込んだ。


(俺のせいで怒られたのか……最悪だ)


「分かりました……存在を消して、二度とここに現れないようにします。たぶん一生覚えられてる気がするんで。忠告ありがとうございます、お爺さん! お元気で!」


走り去る彼の靴音が、古の壁に反響した。彼は新たな、奇妙な運命に向かって駆け下りていく。


ラミレンは螺旋階段を転がるように降りた。


外へ飛び出し、一瞬だけ立ち止まって振り返る。


乙女の塔の重厚な扉が閉められた。警備員が鍵を回す金属音が響く。


(終わりだ)


ラミレンの視線は石積みの壁を伝い、上へ、死にかけたあの場所へと向けられた。理解の及ばない力を手に入れた、あの場所へ。


(ここは俺を変えた。だが、今は現実に戻る時間だ)


彼はきびすを返し、スクールバスへと歩き出した。


プシューという音を立ててドアが左右に開き、彼を招き入れた。


足を踏み入れた瞬間、さざ波のようなひそひそ声が彼を襲った。車内の空気は苛立ちで充満していた。


「あいつのせいで十五分も待たされたわけ?」


前の方の席から声が聞こえる。


黒髪の女子が、毒を含んだ声で友人に耳打ちした。


「クラスへの敬意ってものがないのよ」


「なんで待たなきゃなんねーんだよ」


茶髪の男子が、声を潜めもせずに同調する。


「ここに置いてけばよかったんだ。あんなクズのせいで予定がめちゃくちゃだ」


ラミレンは前だけを見つめ、通路を進んだ。


慣れっこだった。


言葉は壁に弾かれるように彼を通り過ぎていくが、胸の奥におりのような不快感だけは残った。


自分の席にたどり着き、足を止める。窓際にマリアが座っていた。


「遅かったね……」


彼女は顔を向けずに言った。


その視線は外に向けられたままだ。


「クラス全員、十五分も待ったんだよ」


「悲劇の規模はもう十分理解したよ」


ラミレンはリュックを下ろしながら、自嘲気味に口の端を歪めた。


「これだけ熱心に陰口を叩かれてるんだからな」


彼はシートにどさりと座り込み、膝の上にリュックを置いた。


バスが動き出し、柔らかく揺れ始める。


ラミレンの視線が、隣の膝の上に落ちた。そこにはスケッチブックの紙が置かれていた。来る途中で彼女が必死に取り組んでいた、あの絵だ。


今、それは完成していた。


「見たところ、描き終わったみたいだな?」


彼は紙に顎をしゃくって尋ねた。


マリアが彼の方を向く。その瞳に、誇らしげな光がちろりと走った。


「あ、これのこと? うん……」


彼女は指先で紙の端をなぞった。


「着いたときは中断しなきゃいけなかったから。でも家まで待ちきれなくて。あと数回筆を入れるだけだったし。ここで始めたなら、ここで終わらせるべきかなって。象徴的でしょ?」


彼女は丁寧に絵をファイルにしまい、足元のリュックに隠した。


ラミレンはその仕草を目で追っていた。胸の奥に温かいものが広がり、クラスメイトたちの冷たい視線を追い出していく。


彼はヘッドレストに頭を預け、バスの天井を見上げた。


「完成形を見られてよかったよ」


静かに、けれどはっきりと言葉が漏れた。


「すごく綺麗だ」


直後、言葉に詰まる。


(しまった、今の口に出したのか!?)


彼は勢いよく顔を向けた。


マリアはほんのりと頬を染め、口元に笑みを隠していた。


気まずい沈黙が流れた。緊急事態だ、どうにかしないと。


「いや……変な意味じゃないぞ!」


彼は早口でまくし立て、落ち着きなく後頭部をかいた。


「技術的な話だ! 構図とか、色使いとか……ほら、分かるだろ! 絵としてすごくいいってことだよ」


マリアは小さく声を上げて笑った。


「気に入ってくれて嬉しいよ、ラミ」


彼女は優しくそう言い、照れ隠しのようにまた窓の方へ向いた。


ラミレンは息を吐き出した。


(助かった)


彼は盗み見るように彼女の横顔を伺った。


(たぶん今日は、俺の人生で最悪の日であり……同時に最高の日だったな)


彼は時間を確認しようと、ポケットのスマホに手を伸ばした。


画面が点灯し、ラミレンの心臓は足元まで滑り落ちた。


未読メッセージ40件。


不在着信20件。


すべて表示名は「母さん」。


「神よ、慈悲深き主よ……」


背中に冷たい汗が一気に噴き出した。


「死んだ。俺はもう死体だ。どうか母さんに慈悲を与えたまえ……この不出来な息子を玄関先で殴り殺さないよう、その御心を鎮めたまえ!」


彼は恐怖と共に気づいた。誤ってマナーモードのスイッチに触れてしまっていたことに。


着信音も、バイブレーションもなし。


(どんな言い訳も通用しない。奇跡以外に助かる道はない)


視線が画面の隅に滑る。


バッテリー残量4%。


(4パーセント?!)


ラミレンは脳内で絶叫した。


(ふざけんなよ! 取り出しもしてなかったのに! なんで今、このタイミングで死にかけてんだよ!)


全部のメッセージに返信する物理的な時間はない。スマホはいつ息絶えてもおかしくない。


指が信じられない速度でキーボードの上を走る。


『母さん、充電4%しかない。ずっと出してなくて、勝手にマナーモードになってて気づかなかった。ごめん! 俺は無事だから。あと二時間くらいで帰る、心配しないで。家で全部話す』


送信。


待っている数秒が、永遠のように感じられた。


ピコン、と音が鳴る。


返信は即座に来た。


『分かった』


ラミレンは瞬きをした。


(……「分かった」? それだけ?)


あまりにもあっさりしていた。


不気味なほどに。


彼は慌ててスマホをポケットに突っ込んだ。触らぬ神に祟りなしだ。


(バスだとここまで一時間。帰りは渋滞も入れて二時間、下手すりゃもっとかかる)


脳内で計算機が弾かれる。


(学校からタクシーを使えば三十分は削れる。よし、決まりだ。着いたらすぐ配車する。間に合わせないと、「分かった」が「黙示録アポカリプス」に変わっちまう)


彼は再びシートに背を預け、両手を頭の後ろで組んだ。


その唇には、計画を持つ男の笑みが浮かんでいた。


自分を物流の天才だと思い込みながら。


バスから遠く離れた場所。夕暮れの街を見下ろす高層ビルの屋上に、黒いシルエットがあった。


風が、闇に溶け込むそのスーツの裾をはためかせている。


彼は眼下を流れる車の列を見下ろし、そこから黄色い観光バスを正確に見つけ出した。


「ついに……」


大都市の喧騒をかき消すように、その声は低く、威圧的に響いた。


「タリスマンが使われたか」


男はゆっくりと拳を開いた。


「長き時を経て……狩りを始めるとしよう。新たな宿主ホストを求めて」

【後書き】


読んでいただきありがとうございます!


ラミレン、九死に一生を得ましたが、本当のピンチはこれからかもしれません。

スマホのバッテリー残量4%、そして激怒したお母さん……これこそが真の恐怖ですね(笑)。


しかし、物語の裏側では不気味な影が動き出しました。

この先の展開をぜひ見守ってください。物語はここからさらに面白くなっていきます!


次回もお楽しみに!

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