第十四話:古の秘宝
少年は動揺したが、すぐに気を取り直して答えた。
「す、すみません……もう二度としません……」
「よろしい!」
彼女は瞬時に彼を解放し、クラスに向かって太陽のような笑顔を向けた。
「皆さん、良い一日を! 階段には気をつけてね!」
ラミレンは後ずさり、掴まれた腕をさすった。
(怖い女だ。怒ったときの母さんに似てる)
彼は息を吐き出し、張り詰めていた緊張を解いた。
「どうしたの?」
彼が青ざめているのに気づき、マリアが尋ねた。
「あの人に何言われたの?」
「別に……」
ラミレンは後頭部をかいた。手首に巻かれた新しいブレスレットの冷たい感触が伝わってくる。
「重要な警告を受けただけさ。怖かったけどな」
「さてと、屋上に行こっか」
マリアが肘で彼をつついた。
「みんなもう上にいるよ。ここで二人きりで突っ立ってると、デート中のカップルみたいだしね。あはは」
ラミレンは、顔に血が上るのを感じた。
「カ、カップル?」
彼は言葉に詰まりながら聞き返した。
「ど、どんなカップルだよ? 何の話だ?」
(何の話だ? 冗談か? それとも俺が鈍感すぎてヒントを逃してるのか?)
「もう、またトマトみたいに赤くなってる!」
彼女は声を上げて笑った。
「ほら行くよ、この朴念仁! 棒立ちしてないで」
彼女は彼の手を掴み、階段の方へと引っ張った。
その手のひらは温かく、柔らかかった。ラミレンは心臓が早鐘を打っていることを意識しないように努めながら、大人しく彼女の後についていった。
塔の屋上には、強い風が吹いていた。
眼下には素晴らしい景色が広がっている。旧市街の古い街並み、青く広がるカスピ海、そして遠くに見える近代的な高層ビル群。
マリアは立ち止まり、感嘆の息を漏らした。
ラミレンは空を見上げた。
「雲か……」
彼はぼんやりと呟いた。
「俺もあんなふうになりたいな」
(水滴からなる水象……つまんない説明だ。違う。雲は自由だ。風に乗って流れるだけ。誰にも借りは作らない。学校も、勉強も、家族も、老後の死も関係ない。ただ浮かんで、綿菓子を食べてるだけ)
マリアは彼の虚ろな視線に気づいた。
彼女は手を離し、彼の鼻先で手のひらをひらひらと振った。
「地球からラミレンへ! 応答せよ! ラミレン、空から降りてきて!」
「あ? 何?」
彼は瞬きをし、現実に戻った。
「何の話だっけ?」
「もういいよ……」
彼女は呆れたように目を回し、溜め息をついた。
「私の写真撮って、お願い。あそこの柵のところで。あ、近づきすぎちゃだめだよ! ガイドさんの話、覚えてるでしょ? 注意しないと」
「仰せのままに」
彼は彼女のスマホを受け取った。
「真ん中に立って。傑作を撮ってやるよ」
マリアは手すりに歩み寄り、風に遊ばれる髪を直して、微笑んだ。
ラミレンは構図を決めながら、あとずさりした。
「そう……もうちょい左……完璧」
彼はもう一歩下がり、背中を低い胸壁に押し付けた。
「ちょっと、バカなの!?」
彼が立っている場所を見て、マリアが叫んだ。
「端から離れてよ! 落ちちゃうでしょ!」
「心配すんなって!」
彼は画面を見つめたまま、能天気に手を振った。
「すぐ終わるから。数秒だって。はい、笑って!」
数メートル離れたところに、あの三人が立っていた。
セナンはラミレンの背中をじっと見つめていた。彼の頭の中で、暗く、粘り気のある思考が渦巻いていた。
(あいつは俺に恥をかかせた。七年前のあの時も……今日もだ。俺の友達をボコボコにして、俺たちを惨めな負け犬にしやがった)
憎悪が視界を覆っていく。理性の声は沈黙した。
(復讐してやる。今すぐに)
彼は仲間から離れ、音もなくラミレンへと近づいた。
「おい、あいつ何する気だ?」
ゲオルギーがアフトゥンディルの脇腹を突き、小声で言った。
「なんであいつに近づいてくんだ?」
「知らねえよ……手出しはしないって決めたはずだろ」
アフトゥンディルが眉をひそめる。
「完璧! そのまま!」
ラミレンが叫び、シャッターボタンを押した。
その瞬間、彼は肩を強く突き飛ばされた。
卑劣で、予期せぬ衝撃だった。突き飛ばされると同時に、みぞおちに拳が叩き込まれた。
「うぐっ」
ラミレンはうめき声を上げ、バランスを失い――低い胸壁の向こう側へと転がり落ちた。
「クソッ!」
ゲオルギーが息を飲んだ。
「あいつ正気か?」
「イカれてやがる……」
アフトゥンディルが吐き捨てた。体が震え出していた。
セナンは縁に立ち、狂気を宿した顔で下を見下ろしていた。
ラミレンが落ちていく間、空と地面が入れ替わったようだった。耳元で風がヒューヒューと鳴っていた。
「これで終わりか? こんなあっけなく死ぬのか? こんな間抜けな死に方で?」
不思議と、恐怖はなかった。ただ、困惑だけがあった。そして、周囲の時間がねっとりと濃くなったような奇妙な感覚。
視界の端を、カモメが横切った。
だがその鳥は空中で静止し、翼をほとんど動かしていない。
(何が起きてるんだ? なんでこんなに遅い?)
手首が、冷たく焼けるように痛んだ。
腕の金属製ブレスレットが青い光を放ち始めた。細い光の糸が皮膚を這い、まるで筋肉そのものに力を注ぎ込んでいるかのように脈打つ。
ラミレンは理解した。ただゆっくり落ちているのではない。自分が、世界よりも速く動いているのだ。
彼の体は、人間業とは思えない敏捷さで空中で身をよじった。
50センチほど先に、突き出たコーニス(軒蛇腹)が見えた。
彼は身を投げ出し、魔法で強化された指が石に食い込んだ。関節に地獄のような激痛が走ったが、耐えた。
片手一本で、断崖にぶら下がる。
時間が、ガクンと正常な流れに戻った。
風の音と、悲鳴が一気に鼓膜を打つ。
「ラミレン!!!」
マリアの金切り声。
彼は片腕で体を引き上げ、足を胸壁にかけ、屋上へと転がり込んだ。
激しく息を切れさせながら膝をつき、手すりにしがみつく。心臓が喉の奥で早鐘を打っていた。
「ラミレン!」
マリアが駆け寄り、彼の隣にへたり込んで肩を掴む。顔面は漆喰のように蒼白だった。
「あなた……大丈夫なの……? 私、間に合わなくて……もう駄目かと……」
「俺も……わけが分からない……」
震える両手を見つめながら、彼はしわがれた声で答えた。
青い光は消え、ブレスレットはまた変哲もない鉄の塊に戻っていた。
「一瞬だけ……フラッシュになった気分だった」
「バカ!」
彼女は小さな拳で彼の胸を叩いた。その目には恐怖が浮かんでいた。
「冗談言ってる場合!? 本当に怖かったんだから!」
彼は立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、そのまま彼女の上に倒れ込んでしまった。
二人は固まった。顔と顔が数センチの距離にある。二人とも、瞬時に耳まで赤くなった。
「ご、ごめん……」
頬にかかる彼女の吐息を感じながら、ラミレンはどもった。
「わざとじゃなくて……」
「だ、大丈夫……」
彼女は視線を逸らし、ささやいた。
「生きててくれれば、それでいいよ。その……ずっと乗っかってるつもり?」
(いっそこのままでも悪くないかもな)――そう答えたい衝動を抑える。それはさすがにやりすぎだ。
「あ? ああ、そうだな! もちろん!」
彼は不格好に体を離し、隣に座り直した。
「でもほら、写真は最高だぞ! 見てみろよ!」
彼はポケットから彼女のスマホを取り出し、差し出した。
「写真は確かにいいけど」マリアはスマホを受け取り、力なく微笑んだ。「あなたの命と引き換えにする価値はないよ! もう二度とあんなことしないで!」
「もちろんだよ! でも一番大事なのは、スマホが無傷ってことだろ!」
彼は冗談めかして言った。
「スマホなんてどうでもいいでしょ!?」彼女が爆発した。「ほんとにバカなの!? スマホは買えるけど! 命は……買い直せないんだよ!」
ラミレンから笑みが消えた。彼女の言う通りだ。冗談を言っている場合ではない。
「そうだな……」彼は静かに言った。「ごめん。確かに変なこと言った」
顔を上げると、セナンと目が合った。
彼は少し離れた場所に立ち尽くしていた。顔色は悪く、手は震えている。ラミレンが生きているのを確認すると、後ずさりし、クラスメイトの集団の中へと紛れ込んでいった。
「どうして落ちたの?」マリアが眉を寄せて尋ねる。「落ちたとき……セナンが近くにいたよね。もしかして、あの子が押した?」
ラミレンは、遠ざかるかつての友の背中を見つめた。
(彼女は勘づいてる。でも本当のことを言えば、警察沙汰になるし、彼女も証人として巻き込まれる。マリアにはこれ以上、重荷を背負わせたくない)
「まさか」
彼はきっぱりと言い切り、彼女の目をまっすぐ見た。
「はっきり覚えてるよ。誰も押してない。自分で足を滑らせただけだ。靴紐を踏んだか何かでな。ただの不注意だよ」
「そう……」
彼女は疑わしそうに首を横に振った。
「私が考えすぎだったのかな。いくらあの子たちでも、人殺しなんてするわけないよね」
「ああ、そうだよ」
ラミレンは頷いた。
(いや、やるさ。あいつらはやる。もしこのブレスレットがなかったら……俺は今頃あの世行きだった。セナン――あいつは根っからのクズだ。この借りは絶対に忘れない)
クラスのみんなが階段を降り始めていた。見学時間は終了だ。
「行こう」ラミレンは立ち上がり、ズボンの土を払った。「バスに置いていかれる」
「結局、旧市街は見られなかったね」マリアが溜め息をつく。
「また今度な」彼は約束した。「追いつくから、先に行ってて」
マリアは階段へと駆けていった。
ラミレンは手すりのそばに残った。自分の腕を見る。ブレスレットは冷たいままだ。だが今や確信していた。この物体には、不可解な力が秘められている。自分の命を救った力が。
(こいつが何なのか、突き止めてやる)
「お前、頭イカれたのか? マジであいつを殺すつもりだったのかよ?」
アフトゥンディルが、戻ってきたセナンを恐る恐る見ながら言った。
「ああ。それが何か?」
セナンは横を向いて唾を吐いた。
「あいつは負け犬だ。ゴミだ。あんな奴、生きてるだけで酸素の無駄なんだよ」
「クソッ、でもよぉ……!」アフトゥンディルが言いかけたが、乱暴に遮られた。
「黙れ、アフトゥンディル。俺に言わせろ」
ゲオルギーが一歩前に出て、二人の間に割って入った。声は穏やかだったが、その静けさには明確な脅威が含まれていた。
「いいか、セナン。言ってることは正しい。だがやり方が……」彼は首を振った。「人前であんなことするもんじゃねえよ、バカか。ラミレンが何が起きたか分かってないみたいだから助かったものの、運がいつまでも続くと思うな」
ゲオルギーは友人の肩に手を置き、指に力を込めた。
「次はタイミングを選べ。完璧な瞬間をな。目撃者も、カメラもない場所でだ。俺たちは群れ(パック)として動くんだよ、ヒステリックなガキの集まりじゃなくてな。分かったか?」
その顔に、あのぞっとするような冷酷な笑みが浮かぶ。
「それ俺がセナンに言おうと思ってたことだし……お前が遮ったんだよ、ゴーシャ!」
アフトゥンディルが慌てて調子を合わせ、視線を泳がせる。
「誰にそんな世迷い言を吐いてんだ?」
ゲオルギーは彼を軽蔑しきった目で見下ろした。
「お前が言いたかったのは全然違うことだろ。ビビったのか?」
「なんでだよ!? 俺がビビるわけ……」
「よし、もういい」
セナンが割って入った。
攻撃的な態度は消え、代わりに陰鬱な決意がその場を支配した。
「俺がミスった。認めるよ。もう二度としねぇ」
「ならいい」ゲオルギーが頷く。「間違いを認めるのが大事だ、兄弟。さあ、ずらかるぞ。クラスに追いついてバスに乗らねえとな。あのクソラミレンに変に勘ぐられる前に」
彼はきびすを返し、塔の螺旋階段を降り始めた。残りの二人もその後に続いた。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます!
このエピソードを書きながらタイトルのことをずっと考えていたのですが、より謎めいた雰囲気にするためにこの名前に決めました。
ところで、今回のエピソードはいかがでしたか?
皆さんに楽しんでいただけたなら幸いです。
感想やフィードバック、お待ちしています!
次回もお楽しみに。




