表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/68

第65回 / 炎上(キャンセルカルチャー)の火消し


ロサンゼルスのダウンタウンにあるテレビ局の巨大スタジオ。

全米で最も視聴率が高いと悪名高いワイドショー番組『ザ・ギロチン』の生放送が、今まさに始まろうとしていた。


番組のコンセプトは単純にして残酷。「過ちを犯した有名人を、国民全員で裁く」。

スタジオには、魔女狩りの群衆のように興奮した観覧客が五百人詰めかけ、手には「GUILTY(有罪)」と書かれたプラカードを握りしめている。


今日の被告人は、つい先日「普通の女の子宣言」をしたばかりの元スーパーヒーロー、リビーだった。


「――さあ、国民の皆様! 正義の鉄槌を下す時間です!」


司会者のバリー・バーナーが、過剰な身振りでカメラを指差す。

彼は「炎上の魔術師」と呼ばれる男で、他人の失言を切り取り、扇動し、社会的に抹殺することを生き甲斐にしている。


「ゲストは、我々を裏切った元・国民的ヒロイン、リビー!

彼女は先日、SNSでこう発言しました。『今日は疲れたから、一日中ポテトチップスを食べて寝てた』と!

……信じられますか!? その間に、世界のどこかで犯罪が起きているというのに! これは職務放棄ネグレクトだ! 偽善者だ!」


「ブーッ! 恥を知れ!」「謝れ!」「金返せ!」


観客席から罵声が飛ぶ。

ステージ中央のパイプ椅子に座らされたリビーは、大きめのパーカーに身を包み、震えながら下を向いていた。


「ち、違います……。私はただ……人間らしい生活を……」


「言い訳無用!」

バリーが彼女の顔にマイクを突きつける。

「君は公人だ! 子供たちの模範だ! 『怠惰』を肯定するのか? それがアメリカの精神か!

……さあ、カメラに向かって土下座しろ! そして引退を撤回し、死ぬまで戦うと誓え!」


「うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」


リビーが涙を流す。

その姿を見て、観客のボルテージは最高潮に達する。

正義という名の暴力。安全圏から石を投げる快感。

スタジオの空気は、熱狂的で、そしてヘドロのように淀んでいた。


「……趣味が悪いですわね」


その時。

怒号渦巻くスタジオに、場違いなほど澄んだ声が響き渡った。


「誰だ!?」

バリーが振り返ると、スタジオの照明が突然切り替わり、スポットライトが客席後方の扉を照らし出した。


そこには、優雅に扇を開き、純白のドレスを翻す私が立っていた。

背後には、不機嫌そうに腕を組むベルナデットと、ビデオカメラを回すソフィアちゃん。


「ごきげんよう、ミスター・バーナー。……『ギロチン』だなんて、野蛮なショーですこと。フランス革命の時代からタイムスリップしてこられたのかしら?」


          ◇


「あ、あんたは……例の『全肯定未亡人』か!」

バリーが顔を引きつらせる。

「部外者は出て行け! ここは神聖なる法廷だ!」


「法廷? いいえ、ここはただの『いじめの現場』ですわ」


私は優雅に階段を降り、ステージへと向かった。

観客たちがざわめく。「なんだあの女」「帰れ」という声が上がるが、ベルナデットが軽く睨みをきかせると、モーゼの海割れのように道が開いた。


私はリビーの前に立ち、彼女を背に庇った。


「大丈夫よ、リビー。……ポテトチップスはおいしかった?」


「……え? ……う、うん。コンソメ味で……」


「素敵。最高の休日ね。……誰に謝る必要もありませんわ」


私は扇を閉じ、バリーと、五百人の観客を見回した。


「さて、皆様。……一人の女の子が、休日に家でゴロゴロしていた。

それが、これほど寄ってたかって石を投げるような大罪なのですか?」


「当然だ!」

最前列の男が叫んだ。

「彼女は特別なんだ! 俺たちは期待してたんだ! それを裏切るなんて許せねぇ!」


「そう。……では貴方は、生まれてから一度も、誰かの期待を裏切ったことがないの?」


「え……?」


「親の期待、上司の期待、恋人の期待。……すべて完璧に応えて、一度も『疲れた』と言わず、一度もサボらずに生きてきた聖人君主なのですか?」


私は男の目の前に顔を近づけた。

男は言葉に詰まり、視線を逸らした。


「……そ、それは……人間だから、たまには……」


「ええ。人間だもの。誰だって間違えるし、疲れるし、逃げたくなるわ。

……なのに、なぜ彼女だけは許されないの?」


スタジオが静まり返る。

痛いところを突かれたからだ。

彼らはリビーを攻撃することで、「自分たちは正しい側にいる」と安心したいだけなのだ。自分自身の弱さから目を逸らすために。


「詭弁だ!」

司会のバリーが叫び、自分のペースを取り戻そうとする。

「個人の問題じゃない! これは『キャンセル・カルチャー』だ!

社会的に不適切な言動をした者は、市場から退場させられるべきなんだ! それが現代の自浄作用だ!」


バリーは意地悪な笑みを浮かべ、背後の巨大スクリーンを指差した。


「それに、あんたのことも調べがついているぞ、レティーティア!

……見ろ! これが彼女の『過去の失言集』だ!」


スクリーンに映し出されたのは、私が王宮時代に発した(とされる)言葉の数々だった。

『パンがないならスコーンを食べればいいじゃない』

『王様の演説、長くて飽きましたわ』

『公務よりお昼寝が優先です』


「どうだ! こんな不謹慎で、わがままで、常識外れな女が、正義を語る資格があるか!

さあ、観客諸君! こいつこそ断罪されるべき魔女だ! 燃やせ! 炎上させろ!」


バリーが煽る。

ネット上のコメント欄も『こいつ何様だ』『生意気だ』と加速する。

通常なら、これで社会的に抹殺される。過去を掘り返され、人格を否定され、謝罪に追い込まれる。


しかし。


「……ふふ。ふふふふ!」


私は扇で口元を隠し、高らかに笑った。


「な、何がおかしい!」


「だって、それだけ? 調査不足ですわ、ミスター・バーナー」


私はスクリーンを見上げた。


「私の失敗談なら、もっと面白いものがありましてよ?

……初めてのダンスパーティーで、王様の足を踏んで骨折させたこと。

……外交の席で、国賓のハゲ頭を『満月みたいで綺麗』と褒めてしまったこと。

……夜中にこっそりつまみ食いをして、ドレスの背中が弾け飛んだこと」


私は指を折りながら、自分の「黒歴史」を次々と暴露した。

堂々と。楽しそうに。


「え……?」

バリーも観客も、ポカンとしている。


「人間ですもの。失敗なんて、生きていれば山ほどありますわ。

……それを隠して『私は清廉潔白です』なんて顔をするほうが、よほど不健全じゃなくて?」


私は両手を広げた。


「さあ、燃やしなさい!

私の失敗も、失言も、だらしない所も、全部事実よ!

……でも、だから何?

私はそんな『ダメな私』も含めて、自分のことが大好きですわ!」


圧倒的な自己肯定。

「恥」を「ネタ」に変え、「攻撃」を「愛嬌」に変える無敵のメンタル。

炎上させようとした火種が、私の笑顔という防火壁の前で、シュンと消えていく。


「……か、勝てない……」

バリーが後ずさる。

「恥ずかしくないのか……? 過去の過ちを……」


「恥ずかしいわよ。……だから、笑い飛ばすの」


私はバリーの手を取り、マイクを握らせた。


「貴方も、本当は怖いのね。

……自分がいつか『キャンセル』される側になるのが怖くて、必死に他人を攻撃して、『自分は安全圏にいる』と確認している」


「……ッ」


「可哀想なバリー。……貴方も、過去に何か『許されない失敗』をしたのかしら?」


バリーの顔が歪む。

彼がまだ新人だった頃、些細なミスで干されかけ、必死に他人を蹴落として這い上がってきた記憶。

彼の攻撃性は、その時のトラウマの裏返しだ。


「……俺は……ただ……この椅子を守りたかっただけだ……」


「椅子なんて、また探せばいいわ。

……でも、人を傷つけた傷跡は、貴方の心に残る。

もう、ギロチンの紐を放しなさい」


私は彼の胸ポケットから、赤いハンカチを引き抜き、彼の額の汗を拭いてあげた。


「……観客の皆様もです」


私は客席に向き直った。

いつの間にか、ソフィアちゃんがスタジオの空調をハックし、甘いバニラの香りを流している。


「人を許すことは、自分を許すことです。

『あの人もダメだった。じゃあ、私の失敗も許されるかも』。

……そう思えたほうが、世界は生きやすいと思いませんこと?」


私はリビーの手を引いて、ステージの前に出た。


「彼女はポテトチップスを食べて寝ました。

私はドレスを破りました。

バリーさんは、焦って汗びっしょりです。

……みーんな、ダメ人間! みーんな、有罪ギロチン!」


私はウィンクした。


「だから……全員まとめて、『恩赦(特赦)』ですわ!」


一瞬の沈黙。

そして、誰かが吹き出した。


「……ぶっ。……なんだそれ」

「めちゃくちゃだ……」

「でも……なんか、楽になったかも」


プラカードが下ろされる。

怒っていた顔が、苦笑いに変わる。

「許す」という行為の甘美さに、彼らは初めて気づいたのだ。他人を裁く快感よりも、許し合う温かさの方が、ずっと心地よいことに。


「……リビー、どう?」

「……うん。……私、ダメダメだけど……でも、今、すごくお腹空いた」


リビーが笑った。

その笑顔は、番組冒頭の引きつったものではなく、等身大の少女のものだった。


「じゃあ、みんなで打ち上げにしましょうか。

……バリーさん、貴方の奢りでよろしくて?」


「……はは。……参ったな。……予算、下りるかな」

バリーは力なく、しかし毒の抜けた顔で笑った。


          ◇


生放送は、番組史上最高の視聴率を記録し、そして最も「放送事故」的なエンディングを迎えた。

スタジオで観客も出演者も入り混じって、ドーナツを食べる映像が全米に流れたのだ。


「キャンセルカルチャー、鎮火しましたわ」

ソフィアちゃんがタブレットを閉じる。

「ネット上のトレンドが、『#許し合おう』『#私もダメ人間』に変わりました」


「上出来ね」


私はスタジオの出口で、LAの夜風に当たった。

不寛容な社会の熱を冷ますのは、正論ではない。

「自分も完璧じゃない」と認める、ユーモアと自己愛だ。


「……さて。リビーの心も、世間の目も、これでクリアになりました」


しかし、私の背後で、ベルナデットが低い声で告げた。

「だがレティ。……『力』の象徴である彼女が戦線を離脱したことで、バランスが崩れたぞ。

……本物の『脅威』が現れた時、誰が戦うのだ?」


その予言めいた言葉に応えるように、私の通信機が鳴った。

ホワイトハウス周辺で、ストロング大統領が暴走し、自らパワードスーツを着込んで出撃しようとしているという情報だ。


「……あらあら。寂しがり屋の王様が、癇癪を起こしたようですわね」


私は夜空を見上げた。

「行きましょう。……彼が核ボタンを『かまってちゃんボタン』と勘違いして押す前に」


甘い革命は、いよいよ最終局面へ。

私が相手にするのは、世界で一番強くて、世界で一番脆い男。

さあ、抱きしめる準備はできていてよ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ