ノーマル市民
なんか書いたもの
恵まれてるね、恵まれてるね。
僕は恵まれている——そう言われ続けてきた。
親は二人そろっている、三分の四。
奨学金は借りていない、二分の一。
死ぬような思いはしたことがない、三分の四。
家事を過剰に背負う家庭でもない、三分の二。
大学は自分の意志で選んだ、三分の二。
そう、僕は恵まれている。
生きてる同級生の中で、僕の環境はずっとマジョリティだ。
僕と同じやつは山ほどいる。
物語の主人公になるのはいつも少数派。
僕はずっと多数派。モブ。幸せなモブ。
だから、教室でいきなり泣き叫ぶ主人公にはなれない。
駅のホームを飛び出すような一行目にもなれない。
恵まれない子どもたちの募金活動が好きだ。
足りない生活をしている誰かの代弁者になれるからだ。
会ったこともない、名前も知らない、
空想上の“可哀想なアフリカ人”を理由にお金を集められるからだ。
そして帰り道、募金で集めた額以上のお金を
平気で自分のために払い、
“良いことしたな”と自己達成感に浸れるからだ。
その瞬間、僕は“何者か”になれる。
そして、助けない大人たちを責められる。
CO₂を撒き散らす企業を“悪”だと名指しできる。
正義はいつだって、手軽で、甘い。
不足がない。
何もかも足りている。
食うに困らない。歩ける。話せる。大学に通っている。
全部そろってる。
イケメンになれないのは僕のせい。
起業できないのも僕のせい。
「舞台は整ってるのに何者にもなれていないのは、
お前が怠惰だからだ。」
——そう言う声が、いつもどこかで鳴っている。
でも、だからなんだ。
一歩踏み出して何になる。
大学を辞めてバックパッカー? ただの高卒の漂流者。
起業? 借金抱えて終わる未来しか見えない。
論文を頑張る? AIでいいじゃん。東大生には勝てないし。
で、何になるの。
でも“何にも決めないその他”にはなりたくない。
だから、一歩踏み出す“フリ”をする。
プログラミングを触ってみる。
営業インターンをしてみる。
簿記3級を取ってみる。
意識高い系の交流会にひょっこり顔を出す。
就活で大人の前では、ハキハキした学生を演じる。
塾バイトを続けて、「教育で日本を変えたい」と言ってみる。
ずっと僕は多数派。
ずっと僕は恵まれている。
恵まれている。恵まれている。
だから——声をあげるな。
どうせ、お前は死なないだろ。




