34/34
感情は思考に含まれるか、それとも異なるものか。
感情が生じると同時に私たちの意識がその感情を認識し、把握するのだとしたら、思考と感情を区別することには意味があるのだろうか。そもそも、思考と感情は区別し得るものなのだろうか。
感情には本来形がないから、思考することができなければ、私たちには感情を「感じる」ことしかできなかっただろう。しかし、「言葉」を使うことで、それに意味と形を持たせているのが「私」の思考である。タンスの角に足をぶつけた時に感じる怒りも、良い夢をみていたのに目覚ましに起こされたときの怒りも、同じ「怒り」というラベルを与えて理解している。前者には不運に対するいら立ちや痛みへの不快感が含まれ、後者には幸せから引き離されたことへの抗議や外部刺激の強制的な介入への不満が含まれるが、その差異をひっくるめて「怒り」という形に収めているのだ。
つまり、感情があり、思考はそれを理解するものであるから、全く別のものである。ただし、私たちはそれをほとんど同一のものとして処理しているがゆえに、混同してしまうのではないだろうか。




