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思考と感情に差はあるのか。
思考と感情は、本当に異なるものなのだろうか。それとも同一ものなのだろうか。
異なるものだとしたら、何をもって線引きできるのだろうか。
思考と感情が同一のもかと言われれば、一見その境界は揺らいで見える。そのため、思考と感情が異なるものである、という仮定を立てて考えてみよう。
思考は、私が紡ぎだすものだとする。感情は、私の中に湧き出るものだとする。前者は能動的、後者は受動的。こういった分け方が自然なのだろうか。
では、例えば、好き嫌いは思考なのか、感情なのか。何か原因があって好き嫌いがあるならば、思考だろうか。特にこれといった理由もないのに好き嫌いがあるのならば、感情だろうか。いや、これといった理由がない、というのは理由を言語化できていないため、とも考えた方がしっくりくるだろう。
これらに則ると、言語化されたうえでの判断は思考、言語化されない判断が感情、と呼べるのだろうか。
ここまでのことを総合して言えば、これらは感じるそのままの「生データ」の状態が感情、それを言語化して「理解(主観的な理解、把握と言っても差し支えないだろう)」したものが「思考」ではないだろうか。




