1-7.裏カジノ
俺のチップが回収されていく。
財布の中身は、すでにすっからかんだ。
「……おい、芹沢」
渇いた声が背中から飛んできた。
「柳田さん」
「お前、今日も随分負けが込んでるみてぇだな」
(クソっ ニヤニヤと、いつまでも先輩面しやがって)
「……次で勝負かけますよ。取り返しますから」
「もう、やめとけ。これ以上は、俺も庇いきれねぇぞ」
柳田さんが顔を寄せてきて、声を一段低くする──”最後通告”だ。
「芹沢。いいか、ここは“遊び場”じゃねぇ。金が払えなくなった奴がどうなるか……わかってんだろ?」
奥の事務所へ連れていかれる学生やリーマンを何人も見てきた。
『釣りは好きか?』という声が漏れ聞こえたことがあった。
柳田さんに意味を聞いたら『マグロ漁船で快適な海の旅、良くて半年だな』とか。
『悪かったら?』『二度と丘には上がれねぇって話だ』と笑っていたのを思い出す。
「……っす」
「よしよし、それでいい。例の店で待っとけ。俺もあとで行くから」
(くそっ! あと一勝負できれば、取り返せたかもしんねーのに!)
でも、今は柳田さんに逆らわない方がいい。20万円の借金をどうにかしねぇと。
カードの卓を離れる。
隣に座ってたリーマンが煽るようなことを言ってきたが、構ってる場合じゃねぇ。
帰りしな、手元に残っていたのは黒チップ1枚。
最後の望みを込めて、ルーレットのRedに入れた。
カラカラカラカラ────────……
◆ ◆ ◆
「ったく、だぁからやめとけっつったろーが。お前ぇはよぉー」
「……すんません。柳田さん」
「でぇ~? いつになったら返ってくるんだぁ~? 俺の金はよぉー」
(くっそ……アテなんかあるわけねぇの、知ってんだろっ)
柳田さんとは、俺が高校に上がった時からの付き合いになる。
当時、二コ上の先輩だった柳田さんには、何かと世話になった。
在学中から、暴力団の事務所に出入りしているって噂は聞いていたが、そっち側に進路を決めたらしい。
教師と揉め事を起こして高校を中退した柳田さんは、後日、高そうなスーツを着て俺の前に現れた。
そして誘われるがまま、裏カジノにのめり込んだ挙句、気付いたら身に覚えのない借金を背負わされていた。
「それなんすけど、俺、大学で美術品なんか扱うサークル入ってんすよ」
「美術品だぁ? 金になるようなもん、あんのかよ?」
「それがっすね、ちょっと曰く付きの逸品を手に入れたんすよ」
(もうダメ元で乗り切るしかねぇ)
「ほお? 言ってみろ」
「なんか、ホントは6作品揃えて完成するっていう絵なんすけど、それの2枚目を手にいれたっす」
「なんだそりゃ? 完成すっとどーなるっつーんだよ」
「こっからが曰くっつーか、都市伝説みたいな話になるっすけど……」
俺は柳田さんに顔を近づけて、声のトーンを落として続けた。
「どっか外国の秘密結社とかの機密情報にアクセスする鍵になるらしいんすよ。ほら、裏から世界を支配しようとしてるとかいう、なんとかって組織の」
柳田さんは、豆鉄砲食らったような顔を俺に向けた。
「お前ね、そんなオカルト話に、俺が乗るとでも思ってんの? だいたい、なんだってそんな絵がお前んとこに転がり込んでんだよ。おかしーだろ?」
「いやいや、そっち系に詳しいヤツがサークルん中にいて、ホントはそいつの絵なんすけど、今なら大学の部室に保管してあっから、持ち出せるんすよ」
「……6枚セットの……1枚しかねぇんだろ?」
(っし! ちょっと乗ってきた!)
「そう! そこなんすよ。だから、柳田さんのルートで海外のオークションとかに流せば、噂が噂を呼んでバズるかもしんないっすよ」
「……俺のルート……まぁ、あるっちゃーあるが……」
(あとひと押し!)
「どっすか、俺と勝負してみませんか? 俺はその絵を入手して柳田さんに渡します。それで20万の借金はチャラってことにしてください。で、その絵をオークションに流せば、もしかしたら何倍もの値が付くかもしんないっすよ。その取り分は全部、柳田さんのモノっすよ」
「ふっ、お前ぇが俺と勝負だと? 面白れぇじゃねーか。今回だけ乗ってやるよ」
(っしゃーーー!!)
「で? その絵っつーのは?」
「あ、明日、ここでお渡しするっす」
◆ ◆ ◆
大学にある絵画サークルの部室。通称アトリエ。
こんな俺に、眩しい笑顔を向けてくれた先輩たちはもういない。
絵なんか描くガラじゃねぇのに、辞められねぇっつーか。
この油臭い部屋が気に入っちまって、今も居座っている。
ドアを開けると、サークルメンバーの結城が居た。
「あ、芹沢さん、お疲れ。ちょうど良かった」
何だよ、タイミング悪ぃな。他の奴らが来る前に俺の絵を持ち出しちまいたいのによぉ。
「ちょうど良いってなんだよ?」
「ほら、俺のスマホ、バキバキになってたの知ってますよね? ついに動かなくなっちゃって……」
「そいつぁ、ご愁傷様だな。で? 金を貸せっつーなら、ねぇぞ」
「いえいえ、違いますよー。って、また”負け”たんですか?」
「”負け負け”うるせーんだよ。ツキが下がんだろがっ。さっさと用件を言いやがれ」
「あー、そんで俺、バイト掛け持ちすることにしたんで、しばらくサークルには顔出せなくなるって、みんなにチャット送っといてください。お願いします!」
「なんだ、んなことか。了解」
「あざーっす! じゃ、これから面接あるんで、これで失礼します!」
「おー。頑張れよー」
やれやれ、余計な時間喰っちまった。
さて、俺の絵は──
奥の棚には、先輩たちの時代から何枚もの作品が保管されている。
その中から、一年ほど前に描いた俺の絵を探し出す。
(あったあった……俺が唯一まともに描き上げたラクガキだ)
『Diffusix 2』
淡い紫を背景にして、黒と緑でテキトーな直線を2本引いただけ。
(柳田さん、これ見たらブチ切れたりしねぇかな……)
今更あとには引けねえ。押し切るしかない。
(おっと、結城のこと忘れるとこだった……)
──────────
芹沢:
昇から伝言
スマホ壊れたから、しばらくサークル休むって
──────────
これでよし、と。
◆ ◆ ◆
「柳田さん、お疲れっす」
「おー」
「例のブツ、持ってきました」
それっぽく丁重に包んだ絵を差し出す。
柳田さんは興味なさそうに包みの中を覗き込んだ。
「お前ぇ……マジで言ってんの?」
(やっぱそうなるよなぁー)
「”そういうとこ”なんっすよ。”現代アート”っつって、俺ら凡人には到底理解できないモンらしいっす。しかも、6枚揃えりゃ”おまけ”が付いてくるっつーんすから」
「だからってお前、なんぼなんでも限度があんぞ……。だいたいコレ、どっちが上なんだぁ~?」
「ぁ……えっと……こう、こうっすね。この黒い線が上にくるように」
柳田さんは、『Diffusix 2』を壁際に立てかけて、少し離れて眺めながら首を捻った。
「さっぱりわっかんねーや。こんなんオークション出して売れんだろうな? 出品すんのだってタダじゃねぇーんだぞ?」
「そ、それは……柳田さんのルートで上手く噂流しとけば、きっと……」
「まいいや、そんじゃ、とりあえず、お前ぇの借金はこれでチャラにしといてやんよ」
「あざーっす!!」
(この人、こういうとこ単純っつーか、扱いやすいんだよな。何とかとハサミは使いようってやつだ)
「あ、ちなみにコレ『Diffusix』シリーズっつって、この絵が『Diffusix 2』なんすよ」
「おーそのあたり、詳しく教えとけっつーの」
な、なんとかなった──。
これで、オークションで落札されなかったとしても、あとは知らぬ存ぜぬで通せば。
そもそも何の借金だったのかもわかんねぇし。お互い様だろ? 先輩。
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しかし、このハッタリから、思いもしない事態へと発展していくのだった。
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