1-6.逃走者の気持ち
峰岸さんに正式に調査を依頼して、探偵事務所を後にした。
調査状況がどうであれ、三日後には連絡をくれるそうだ。
まだ何の問題も解決してないけど、肩の荷が少しだけ下りた気がした。
昼過ぎの駅前通り──
歩道の脇に並ぶ駐輪自転車を避けて歩きながら、調査依頼の前金として10万円を電子マネーで支払ったことを思い返す。
(ちょっとずつ手を付けちゃってるよなぁ。もしも、『入金先を間違えたから全額返金してくれ』って言われたら……、マズいよなぁ……)
しかし、改めて考えてみると、俺が描いた絵が落札されて、その代金が俺の口座へ振り込まれたのだから──
(あの46億円は、普通に俺のものってことで良いはずだよ……なぁー。足りないのは、大金を使う”勇気”なのか?)
普段は見向きもしない時計店の前で立ち止まった。
ショーウィンドウには、お高めの腕時計が飾られている。
(あのゴッツイの、10万……となりのが30万! 奥のヤツは68万!?)
腕時計に興味はないが、金持ちはみんな高級なの付けてるイメージ。
でもホント、腕時計なんて俺には必要ない。いくら億万長者だったとしても、ね。
ふと──ガラス越しに、背後に怪しげな男が立っているのに気付いた。
(尾行られてる? どこから?)
芹沢さんが撃たれたというニュースを思い出す。
頭の中には非常警報が鳴り響く。
落ち着け。
プランだ。プランを構築するんだ。
(こっちが”気付いた”と気取られたらお終いな気がする。即座に実力行使に出てくるだろう。しかし、そもそも本当に尾行なのか? それを確かめるために、不自然にならない程度に、行ったり来たりしてみよう。そしてコンビニとかに入って、様子を見るんだ。よし)
体感3秒。
素知らぬふりをして、その場をあとにした。
商店街の店を物色するように振る舞いながら、背後の男に意識を集中する。
やや大きめの黒っぽいスーツ。
がっしりとした体格。
薄めのサングラス。
オールバックに決めた髪形。
──怪しさしか感じられない。
商店街は昼下がりにも関わらず、大勢の人でごった返していた。
コンビニエンスストアに入る。
店内から入り口を警戒していると、スーツの男はコンビニには入らず、普通に通り過ぎて行った。
(……自意識過剰……過敏になってるだけかな……)
何も買わずに店を出るのは気が引けるので、店内を物色していると、文房具コーナーで防犯ブザーを見つけた。
念のため、買っておこう。
──コンビニエンスストアを出て、これからどうするか考える。
峰岸さんのところへ戻ってみるか。
(いや、危険を持ち込んじゃダメだ。男として……)
では、警察に相談してみるか。
(ストーカー問題とかでは、実害が出ないと警察は動けないらしいから、時間の無駄だろう……口座に振り込まれたお金の話とかに飛び火したら厄介そうだし……)
そのとき、後ろから声をかけられた。
「あー失礼。キミぃ、結城昇くん、だよねぇ? 少ぉし聞きたいことがあるんだけどぉ、ボクと一緒に来てもらえないかなぁ?」
振り向くと、グレーのスーツの上着を羽織り、赤いシャツに白ネクタイ。
長髪を後ろで束ねた男が、あからさまな作り笑顔で立っていた。
(っ!?)
「な、なんでしょうか……てか、何で俺の名っ……いや、人違い、では?」
「はっはっはっ、まぁ、そう警戒せずに。ウチのボスがキミと話をしたいだけなんだ。あまり時間は取らせないから。さ、こちらへ」
男が誘う先には、黒いセダンが停まっているのが見えた。
(あれに乗せられたら……ダメだ。絶対ダメだ。逃げなきゃ!)
男の誘いに乗る振りをして油断させて、防犯ブザーの紐を引いた。
【ギャアアアアアアアアーーーーーー!!!】
(なんでホラーな叫び声!?)
俺も驚いたが、男も十分驚いたようだ。周囲の目を気にしてオロオロしている。
その隙に、俺は脱兎のごとく逃げ出した。
さっきまで俺を尾行していたグラサンの男が、騒ぎを聞きつけて戻ってきた。
今度はあからさまに俺を追いかけてくる。
ここまで騒ぎになったなら、もうなりふり構っていられないってところか。
防犯ブザーはスーツ羽織りの男のところに落としてきてしまったので、今はとにかく逃げるしかない。
しかし! 人混みがっ! 邪魔でっ! 上手く走れないっ!!
自然と人混みを避けて、人気のない路地裏へと向かっていた。
(ドラマとかで、どんどん人の少ないほうへ逃げてくヤツ……こういうことだったのか)
よくあるパターンでは、この先行き止まりだったりする。
「待ちやがれーっ!」
ついに本性剥き出しで追いかけてくるグラサンの男。
後ろを気にした瞬間──
ガッ!!
何かに躓いて派手に転んでしまった。
(ってーー……)
人だ。路地に転がっていた人に躓いたんだ。
ホームレスか? 生きてるのか!? まさか死体じゃないよな!?
地面の男はムクリと上体を起こして、キョロキョロと辺りを確認している。
よかった。生きていた。
「あ、あの、すみません! 蹴とばしちゃって……あの、大丈夫──ですか?」
「んぁあ?」
男は寝ぼけたように、脇腹を摩りながら大きく欠伸をかいた。
そこへ、グラサンの男が追いついてきた──
「さぁ、もう鬼ごっこは終いだ。一緒に来てもらおうか。にぃちゃん」
慌てて立ち上がろうとしたが、足首を捻ったようで、ガクンと尻もちをついてしまった。
その場から這うようにして後ずさるが、グラサンの男が目の前に迫ってくる。
「さぁ、悪ぃようにはしねぇから、おとなしく──」
「……おい」
地面の男が、ノロノロと体を起こした。
ぼさぼさの髪、無精ひげ。コートは何年も着込まれたようにくたびれている。
迷彩柄のパンツに軍隊が履くようなブーツ。
ただのホームレスではなさそうだ。
グラサンの男は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに男を睨みつけた。
「なんだよ、オッサン。関係ねぇ奴は黙って寝てろ」
地面の男──いや、立ち上がった男は、俺とグラサン男の間に割って入った。
「この状況──黙って見過ごしちまったら、得られるもんは何も無い。がしかしだ、オレを蹴ったにぃちゃんを助ければ、どうだろう? 飯くらいはありつける。そうは思わないか?」
「はぁ? 何ワケのわかんねぇこと言ってんだ? さっさとどけ、コラ」
グラサンの男が闘う姿勢をとった。
立ち上がった男の表情は見えないが、微動だにせず俺とグラサン男の間に立ちふさがっている。
しばしの沈黙──
「……っち、今日んとこは勘弁しといてやるよ。にぃちゃん」
舌打ちして、グラサンの男は引き返していった。
(助かった……のか?)
立ち上がった男は、俺の方を見下ろして、優しい声で呟いた。
「立てるか?」
足首が痛んだが、歩けないほどではないようだ。
「は、はい……! ありがとうございます、助かりました……!」
「そいつぁ良かった。そんじゃ、行こうか」
(ぇ……この人も、俺狙い? 単に手柄の奪い合いだったとか!?)
「ど、どこに──」
「どこって……飯、奢ってくれんだろ?」
立ち上がった男は、そう言って、くったくのない笑顔を見せた。
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悪い人では無さそうだし、助けられたってことで良いんだよな?
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